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あの日の記憶・後編
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小さいころから、亮のお母さんはヒマワリのような人だと思っていた。
亮のお母さんが笑えば、周りのみんなも笑顔になる。
その笑い声を聞けば、皆が楽しくなる。
私もその一人で、いつも元気をもらっていた。
彼女の近くにいるだけで、癒されるような、不思議な光をまとっているように見えることがある。
きっと、亮のみんなを惹きつける力や、明るさもお母さんからもらったものなんだろうなと思う。
でも。
その時の黒く塗りつぶされた私には、その笑顔はあまりに眩しくてまともに目を合わせることもできなかった。
むしろ、その笑顔に嫌悪さえ感じた。
だから「どっちでもいいです。」と、可愛げなく反抗的にそう答えた。
母が行きたいといえば、ついていくし、行かないといえば行かない。
ただそれだけだった。
私に選択肢なんてないし、考えることも面倒だった。
亮のお母さんはそんな酷く荒れた私の返事を聞いても
「わかったわ。じゃあ、お母さんに相談してみるね。」
嫌な顔一つせず笑顔を崩すことはなかった。
それから、すぐに亮のお母さんは、母を説得しに行った。
一度は断った母だったけれど、亮のお母さんは熱心に誘ってくれて、母は渋々その話に乗ることにしたようだった。
それを聞いた私は愕然とした。
娘である私がいくら声をかけても上の空だった母が、亮のお母さんには耳を傾けたことに。
私の存在って何なんだろう。
一生懸命母の支えになっているつもりだった。
寄り添っているつもりだった。
何も語らうことはなかったけれど、その静寂にある悲しみを共有していると思っていた。
母にとって、私は…必要なんだろうか?
亮の両親が旅行の計画を練ってくれて、旅行の準備までも亮のお母さんが手伝ってくれて、亮家族に負んぶに抱っこ状態で、私と母はその旅行の日を迎えた。
最初は無表情だった母も、電車に揺られ海が車窓から見えてくると、父が亡くなってから見たことがないような穏やかな表情を見せた。
そんな僅かな母の変化に亮のお母さんは敏感に察知して、終始笑顔で明るく楽しい会話を繰り広げてくれると、母も時折笑顔を見せるようになった。
そんな母を見て、心の底からホッとした。
母は父とは違う。ちゃんと生きている。
そう実感すれば、何を見ても、何も感じなかった私の心も静かに動き始めたような気がした。
でも、その一方でとてつもない虚無感に襲われた。
目的地である『三原海岸』に到着して、徒歩数分で海水浴場にたどり着いた。
メディアにも取り上げられたことがない穴場の海岸だったせか、夏の一番いい時期なのにさほど人も多くはなかった。
でも、地元ではとても有名な場所だというだけあって、美しい白い砂浜と透き通った瑠璃色の海は、息を飲むほど美しかった。
亮のお父さんは担いできたテントを砂浜張ると、亮のお母さんと母はその中に入ると静かに語らい始めた。
最初は神妙な面持ちだったけれど、時が経つに連れて、涙しながら、笑い合う声が漏れ聞こえてきた。
亮のお父さんは、海ではしゃぐ私と亮をそっと見守ってくれていた。
私は亮と一緒に太陽に照らし出されてエメラルドに光る海で泳いだ。
一通り泳いだら、今度はシャボン玉を飛ばした。
シャボン玉はふわりと吹く風に乗って、空高く舞い上がっていった。
砂浜に上がれば、二人で走り回ったり、貝殻やシーグラスを探した。
父のことも母のことも何もかも忘れて、心から楽しんだ。
顔の筋肉が痛くなるほどたくさん笑った。
そして、気づけば空高くあった太陽も気づけば、傾き海をオレンジに照らしていた。
太陽の光は徐々に力を失い、海の水も冷えはじめると亮のお父さんは
「海の中に入るのは終わりだよ。」
と声をかけた。
亮と私は素直に「はーい。」と返事をして、海から上がり始めた。
それを見届けた亮のお父さんは、私たちからそっと離れていった。
亮が先導するように前を歩いて、私はその背中を追っていった。
胸くらいまであった海水は、どんどん浅くなっていく。
本当は、もっと海にいたかった。
海からあがってしまえば、こんなにも楽しい時間が泡沫のように消えて行ってしまう気がして。
浅くなればなるほど身も心もどんどん重くなっていった。
打ち寄せる波が、足首くらい浅くなったところで、波の遠音の隙間から懐かしく優しい声に呼ばれたような気がした。
私は足を止めて、海の方へ振り返った。
でも、そこには誰もいなくて代わりに視界いっぱいに広がったのは、夕日が海一面を照らし燃えるような赤。
それは、この世のものではないのではないかと思えるほど、幻想的で、息を飲むほど美しかった。
その瞬間―また名前を呼ばれた気がした。
海に映る太陽に向かう一筋の光が、私を呼んでいる世界につながっているような気がした。
きっと、その世界では、私を必要としてくれているんだ。
そう思えば、海から上がりかけた足がいつの間にか海へと方向を変えていた。
呼んでくれたのはお父さん?と呟いてみても、波の音に掻き消されてしまった。
なにも答えはなかったけれど、あれは幻聴なんかじゃない。
私には確かに聞こえた。
父の穏やかな優しい声が。
もう一度。
もう一度だけでいい。
もう一度だけ会いたい。
もう一度だけその声を聴きたい。
波が寄せるように、その思いは強くなって、私の足は自然と海の方へと一歩踏み出そうとした。
その時ー
「唯!」
と、鋭く名前を呼ばれて、私のすっかり冷たくなった左手を亮の温かい右手で掴まれた。
握られた手は、泣きたいくらい強くて痛かったけれど、引きずられるように砂浜まで引っ張られた。
完全に海から遠ざかったところで、
「何やってんだよ!
何でまた戻ろうとしたんだよ!」
背を向けていた亮が私の方へと振り返ると、顔を歪め、青ざめた亮の顔がそこにあった。
驚いて私は
「どうしたの?」
と聞けば
「どうしたのじゃねぇだろ!!」
と怒りを滲ませていた。
その顔をみて、ああ、なるほど。と思った。
別に、死のうなんて思ってないのに亮にはそう見えたのかもしれないと思った。
違うんだよ、亮。
私は、ただ……ほんの少し近づきたかっただけ。
もう一度だけ、声を聴きたかっただけ。
そう言いたかったけど、なぜか「私は大丈夫だよ。」と、いう言葉が出た。
すると、亮はものすごい剣幕で
「大丈夫じゃない!
本当は大丈夫なんかじゃないだろ!?」
そう悲鳴を上げるように、叫んで亮が涙を溜めた顔をこちらに向けた。
初めてみた顔だった。
びっくりするくらい、苦しそうで、悲しそうで、寂しそうな、悲壮感を纏っていて、私は何も言えなくなった。
「俺はわかってんだよ。お前が今家でもめちゃくちゃ頑張ってんのも。夜一人で泣いてんのも。」
亮の震えるその声は、私の代わりに悲鳴をあげているようで。私の凍りついた心は音を立ててひび割れていく。
更にもう片方の手も握られて両手でぎゅっと握られて、右手の冷たかった手も熱を取り戻していく。
「唯は父ちゃんのことが好きだったことも。毎日元気になるようにお願いしてたことも。本当はもっと、もっと父ちゃんに生きててほしかったことも。俺は、全部知ってる。」
私は静かに小さく何度も頷いた。
そう。亮の言うとおりだよ。
誰にも言えなかったこと、亮はよくわかったね。お母さんでもわからなかったことなのに。亮は、凄いね。何でそんなにわかってくれるの?
そう言いたかったけど、声は出なかった。
「もっかい会いたい気持ちもわかるよ!でも、いくら願ったって帰ってこないんだよ!いくら、追いかけようとしても…もう…追いつけないんだよ…。…だから、そんなことすんなよ!お前の父ちゃんは、そんなことしても、全然喜ばないぞ!めちゃくちゃ怒られるぞ!お前の父ちゃんが怒ると、すっげー怖いのお前だって知ってんだろ!」
…そうだね。
お父さんは、滅多に怒らないけど、怒ると本当に怖かった。
今まで怒られたことは、ほんの数回しかなかったけど。
その時も亮が隣にいたもんね。
…会いに行ったら、あの時以上に怒られるのかな。
それは、嫌だな。
「頼りないかもしんないけど、俺が唯の力になる。辛いときは、どんなことだって聞いてやる。どんな時だって、鬱陶しいって言われるくらいずっと隣にいてやる。だから、一緒に頑張ろうぜ。」
涙を溜めながら亮は、いつもの明るい自信に満ちた笑顔を見せてくれた。
亮の透き通った双眸が、夕日に照らされているせいか黄金色に輝いて見えた。
いろんな思いが、溢れては溢れ落ちる。
失っていた心を取り戻していくように、溢れた涙は白い砂にハラハラと落ちて染み込んで灰色に色を変えていった。
ずっと、言いたかったこと。
ずっと、隠し持っていたこと。
それを簡単に言い当てられて、何だか悔しいような、嬉しいような、安堵したような、複雑な感情が押し寄せる。
それに、応えるように私の視界はどんどん滲んでいった。
涙で歪んだ亮の顔を見つめながら、私は
「ありがとう…。」と涙声で何とか振り絞るようにそういうと、握られていた両手はゆっくりと離され、私はその場に膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
そして、私は顔を両手で覆って誰の前でも見せられなかった涙を呆れるほど、流し続けた。
その震える私の背中を亮は、何度も何度もさすり続けてくれた。
ずっと失い続けていた熱を取り戻すように。
背中からじんわりと感じるその温もりは、静かに染み込んでいく。
悲しみを遥か遠くへ流していくかのように、砂浜に打ち上げられたさざ波は穏やかに引いていった。
黄昏に染まる海と空は、月の輝きと共に私たちを見守るように、そっと包んでくれていたようだった。
※※※※※※
あの日が、今の私たちの関係の始まりだったように思う。
私と亮の関係がより深いものになったのは。
そう。
だから、あの海は私にとって一つの終わりの場所であり、亮との始まりの場所。
亮のお母さんが笑えば、周りのみんなも笑顔になる。
その笑い声を聞けば、皆が楽しくなる。
私もその一人で、いつも元気をもらっていた。
彼女の近くにいるだけで、癒されるような、不思議な光をまとっているように見えることがある。
きっと、亮のみんなを惹きつける力や、明るさもお母さんからもらったものなんだろうなと思う。
でも。
その時の黒く塗りつぶされた私には、その笑顔はあまりに眩しくてまともに目を合わせることもできなかった。
むしろ、その笑顔に嫌悪さえ感じた。
だから「どっちでもいいです。」と、可愛げなく反抗的にそう答えた。
母が行きたいといえば、ついていくし、行かないといえば行かない。
ただそれだけだった。
私に選択肢なんてないし、考えることも面倒だった。
亮のお母さんはそんな酷く荒れた私の返事を聞いても
「わかったわ。じゃあ、お母さんに相談してみるね。」
嫌な顔一つせず笑顔を崩すことはなかった。
それから、すぐに亮のお母さんは、母を説得しに行った。
一度は断った母だったけれど、亮のお母さんは熱心に誘ってくれて、母は渋々その話に乗ることにしたようだった。
それを聞いた私は愕然とした。
娘である私がいくら声をかけても上の空だった母が、亮のお母さんには耳を傾けたことに。
私の存在って何なんだろう。
一生懸命母の支えになっているつもりだった。
寄り添っているつもりだった。
何も語らうことはなかったけれど、その静寂にある悲しみを共有していると思っていた。
母にとって、私は…必要なんだろうか?
亮の両親が旅行の計画を練ってくれて、旅行の準備までも亮のお母さんが手伝ってくれて、亮家族に負んぶに抱っこ状態で、私と母はその旅行の日を迎えた。
最初は無表情だった母も、電車に揺られ海が車窓から見えてくると、父が亡くなってから見たことがないような穏やかな表情を見せた。
そんな僅かな母の変化に亮のお母さんは敏感に察知して、終始笑顔で明るく楽しい会話を繰り広げてくれると、母も時折笑顔を見せるようになった。
そんな母を見て、心の底からホッとした。
母は父とは違う。ちゃんと生きている。
そう実感すれば、何を見ても、何も感じなかった私の心も静かに動き始めたような気がした。
でも、その一方でとてつもない虚無感に襲われた。
目的地である『三原海岸』に到着して、徒歩数分で海水浴場にたどり着いた。
メディアにも取り上げられたことがない穴場の海岸だったせか、夏の一番いい時期なのにさほど人も多くはなかった。
でも、地元ではとても有名な場所だというだけあって、美しい白い砂浜と透き通った瑠璃色の海は、息を飲むほど美しかった。
亮のお父さんは担いできたテントを砂浜張ると、亮のお母さんと母はその中に入ると静かに語らい始めた。
最初は神妙な面持ちだったけれど、時が経つに連れて、涙しながら、笑い合う声が漏れ聞こえてきた。
亮のお父さんは、海ではしゃぐ私と亮をそっと見守ってくれていた。
私は亮と一緒に太陽に照らし出されてエメラルドに光る海で泳いだ。
一通り泳いだら、今度はシャボン玉を飛ばした。
シャボン玉はふわりと吹く風に乗って、空高く舞い上がっていった。
砂浜に上がれば、二人で走り回ったり、貝殻やシーグラスを探した。
父のことも母のことも何もかも忘れて、心から楽しんだ。
顔の筋肉が痛くなるほどたくさん笑った。
そして、気づけば空高くあった太陽も気づけば、傾き海をオレンジに照らしていた。
太陽の光は徐々に力を失い、海の水も冷えはじめると亮のお父さんは
「海の中に入るのは終わりだよ。」
と声をかけた。
亮と私は素直に「はーい。」と返事をして、海から上がり始めた。
それを見届けた亮のお父さんは、私たちからそっと離れていった。
亮が先導するように前を歩いて、私はその背中を追っていった。
胸くらいまであった海水は、どんどん浅くなっていく。
本当は、もっと海にいたかった。
海からあがってしまえば、こんなにも楽しい時間が泡沫のように消えて行ってしまう気がして。
浅くなればなるほど身も心もどんどん重くなっていった。
打ち寄せる波が、足首くらい浅くなったところで、波の遠音の隙間から懐かしく優しい声に呼ばれたような気がした。
私は足を止めて、海の方へ振り返った。
でも、そこには誰もいなくて代わりに視界いっぱいに広がったのは、夕日が海一面を照らし燃えるような赤。
それは、この世のものではないのではないかと思えるほど、幻想的で、息を飲むほど美しかった。
その瞬間―また名前を呼ばれた気がした。
海に映る太陽に向かう一筋の光が、私を呼んでいる世界につながっているような気がした。
きっと、その世界では、私を必要としてくれているんだ。
そう思えば、海から上がりかけた足がいつの間にか海へと方向を変えていた。
呼んでくれたのはお父さん?と呟いてみても、波の音に掻き消されてしまった。
なにも答えはなかったけれど、あれは幻聴なんかじゃない。
私には確かに聞こえた。
父の穏やかな優しい声が。
もう一度。
もう一度だけでいい。
もう一度だけ会いたい。
もう一度だけその声を聴きたい。
波が寄せるように、その思いは強くなって、私の足は自然と海の方へと一歩踏み出そうとした。
その時ー
「唯!」
と、鋭く名前を呼ばれて、私のすっかり冷たくなった左手を亮の温かい右手で掴まれた。
握られた手は、泣きたいくらい強くて痛かったけれど、引きずられるように砂浜まで引っ張られた。
完全に海から遠ざかったところで、
「何やってんだよ!
何でまた戻ろうとしたんだよ!」
背を向けていた亮が私の方へと振り返ると、顔を歪め、青ざめた亮の顔がそこにあった。
驚いて私は
「どうしたの?」
と聞けば
「どうしたのじゃねぇだろ!!」
と怒りを滲ませていた。
その顔をみて、ああ、なるほど。と思った。
別に、死のうなんて思ってないのに亮にはそう見えたのかもしれないと思った。
違うんだよ、亮。
私は、ただ……ほんの少し近づきたかっただけ。
もう一度だけ、声を聴きたかっただけ。
そう言いたかったけど、なぜか「私は大丈夫だよ。」と、いう言葉が出た。
すると、亮はものすごい剣幕で
「大丈夫じゃない!
本当は大丈夫なんかじゃないだろ!?」
そう悲鳴を上げるように、叫んで亮が涙を溜めた顔をこちらに向けた。
初めてみた顔だった。
びっくりするくらい、苦しそうで、悲しそうで、寂しそうな、悲壮感を纏っていて、私は何も言えなくなった。
「俺はわかってんだよ。お前が今家でもめちゃくちゃ頑張ってんのも。夜一人で泣いてんのも。」
亮の震えるその声は、私の代わりに悲鳴をあげているようで。私の凍りついた心は音を立ててひび割れていく。
更にもう片方の手も握られて両手でぎゅっと握られて、右手の冷たかった手も熱を取り戻していく。
「唯は父ちゃんのことが好きだったことも。毎日元気になるようにお願いしてたことも。本当はもっと、もっと父ちゃんに生きててほしかったことも。俺は、全部知ってる。」
私は静かに小さく何度も頷いた。
そう。亮の言うとおりだよ。
誰にも言えなかったこと、亮はよくわかったね。お母さんでもわからなかったことなのに。亮は、凄いね。何でそんなにわかってくれるの?
そう言いたかったけど、声は出なかった。
「もっかい会いたい気持ちもわかるよ!でも、いくら願ったって帰ってこないんだよ!いくら、追いかけようとしても…もう…追いつけないんだよ…。…だから、そんなことすんなよ!お前の父ちゃんは、そんなことしても、全然喜ばないぞ!めちゃくちゃ怒られるぞ!お前の父ちゃんが怒ると、すっげー怖いのお前だって知ってんだろ!」
…そうだね。
お父さんは、滅多に怒らないけど、怒ると本当に怖かった。
今まで怒られたことは、ほんの数回しかなかったけど。
その時も亮が隣にいたもんね。
…会いに行ったら、あの時以上に怒られるのかな。
それは、嫌だな。
「頼りないかもしんないけど、俺が唯の力になる。辛いときは、どんなことだって聞いてやる。どんな時だって、鬱陶しいって言われるくらいずっと隣にいてやる。だから、一緒に頑張ろうぜ。」
涙を溜めながら亮は、いつもの明るい自信に満ちた笑顔を見せてくれた。
亮の透き通った双眸が、夕日に照らされているせいか黄金色に輝いて見えた。
いろんな思いが、溢れては溢れ落ちる。
失っていた心を取り戻していくように、溢れた涙は白い砂にハラハラと落ちて染み込んで灰色に色を変えていった。
ずっと、言いたかったこと。
ずっと、隠し持っていたこと。
それを簡単に言い当てられて、何だか悔しいような、嬉しいような、安堵したような、複雑な感情が押し寄せる。
それに、応えるように私の視界はどんどん滲んでいった。
涙で歪んだ亮の顔を見つめながら、私は
「ありがとう…。」と涙声で何とか振り絞るようにそういうと、握られていた両手はゆっくりと離され、私はその場に膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
そして、私は顔を両手で覆って誰の前でも見せられなかった涙を呆れるほど、流し続けた。
その震える私の背中を亮は、何度も何度もさすり続けてくれた。
ずっと失い続けていた熱を取り戻すように。
背中からじんわりと感じるその温もりは、静かに染み込んでいく。
悲しみを遥か遠くへ流していくかのように、砂浜に打ち上げられたさざ波は穏やかに引いていった。
黄昏に染まる海と空は、月の輝きと共に私たちを見守るように、そっと包んでくれていたようだった。
※※※※※※
あの日が、今の私たちの関係の始まりだったように思う。
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だから、あの海は私にとって一つの終わりの場所であり、亮との始まりの場所。
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