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3.私の希望、生きる意味
しおりを挟む平民の生活に慣れてきたら、次は職を探した。
幸いにも字が綺麗な事を買われて代書人の補佐として雇ってもらえた。
生活していくには十分な賃金も確保でき、私の生活は安定した。
そんな、貴族時代よりはるかに心穏やかに過ごしていた生活から一年、私がお気に入りのパン屋で買い物をして店を出た時だ。
「シャルノ?」
背後から名を呼ばれ、振り返る。
そこには、友人……とも呼べないほどの仲の、学園での顔見知りが居た。黒髪で長身の元同級生。名前は確か……
「あ、えっと……レオナール、さん?」
名を呼び返すと彼は嬉しそうに笑い、私は胸をなでおろす。良かった、名前を間違えてなかったようだ。
「久しぶりだねシャルノ。あれからずっと心配していたんだ」
紫の不思議な色をした瞳が、私を見て優しく細められる。
心配、してくれたのか? こんな私を?
長身の彼は確かに同じ学年だったが、あまり話をした事はなかった。
そんな彼が、半年間も元同級生を心配してくれたのだろうか。
だとしたら、随分と優しい人なのだろう。
「ありがとうございます……見ての通り私は元気にしていますよ」
胸がポカポカと温かくなる。自分の知らない所で、自分を心配してくれた人が居た。
ありがたくて、嬉しくて、私も自然と笑顔を返していた。
「元気そうで何よりだ。しかし随分と大荷物だね? 良ければ少し持とう」
「え? いえいえこれぐらい大丈夫ですよ。こう見えて割と力はありますし……」
「僕が持ちたいんだ……駄目かなシャルノ」
そう言い、レオナールはパンの袋を私の腕から奪う。
慌てる私にウインクを寄越すと、レオナールは長い足で歩き出してしまった。
「あのっ、レオナール……」
「レオで良いよ。久しぶりにキミと話がしたいんだ。良ければキミの家にお邪魔させてくれないかい? ディナーの卵は僕が買うからさ」
レオナールの言葉にやはり戸惑う。しかし、嬉しく思う自分も確かに居た。
こんな私を心配してくれた元同級生、いやもう友人と呼んでも良いだろうか。
そんな人がディナーを共にと誘ってくれている。
この街で顔見知りはたくさん出来たが、まだ家に誰かを招いた事は無い。
今日初めて、優しい友人を我が家に招きディナーを共に出来るのだ。
「えっと……ありがとう、レオ」
先程許しが出たばかりの愛称を呼ぶと、レオナールは優しく微笑む。
「礼を言うのは僕のほうだろ? シャルノの手料理楽しみだな」
片手でパンの袋を持ったレオナールは、そっと私の肩を引き寄せて隣を歩いてくれた。
元婚約者にすらされた事の無い甘い触れ合いに、頬が熱くなるのを感じる。
それが恥ずかしくてうつむいてしまったが、レオナールはそんな私を優しくエスコートしてくれた。
ただ、やはり私はどんくさい。
迷いもなく進むレオナールに何故私の家を知っているんだろうと疑問に思ったのは、家に着く直前だった。
「ねぇレオ、何で知ってるのですか?」
そこでようやく私は、疑問を口にする。
レオナールは何が? と言いたげに首を傾げたから、私は言葉を続けた。
「私の家、何で知ってるのかなって……」
口にして、私もレオナールと同じように首を傾げる。
レオナールは、私の言葉を理解したのか目を見開き慌てたようにそっぽを向いた。まるで、しまった……とでも言うように。
「いや……ただ僕は、心配で……キミが……そのっ……」
しどろもどろに何かを伝えようとするレオナールに、私はようやく気づく。
今の私の家を知っている知り合いなんて、一人しかいない筈じゃないか。
「あ、……あなた……だったんですね……」
「へ?」
私の呟きを聞き逃さなかったらしいレオナールは、泳がせていた視線を私へと戻した。
その顔は、まだ驚きや焦りが見えて何だか面白かった。
私は、彼と向き合う。
「あの日、追放されて途方にくれていた私を助けてくれた方が居ました」
あの日の事は、いまでも鮮明に覚えている。
「何もかも失って、絶望しかなかった私に手を差し伸べてくれた方が……」
目の前が真っ暗になって、これからどうすれば良いのかも分からず、誰かに助けを求める事すら出来ない、そんな私を助けてくれた。
「必要な物を揃えてくださり、住む家まで与えてくれたのです」
生きるための道標を作ってくれた。私をどん底からすくい上げてくれたただ一人の存在。
「その方は誰だか分かりません。でも、私にとって生きる希望で、今では家族より大切に思っています……」
私はまだ生きていける。名前も名乗らず助けてくれた大切なあの人の為にも、私は立派に歩んで行こう。あの日、そう心に決めたのだ。
私は目の前の彼の手を取り握りしめた。何故か泣きそうになっている自分に気づき、ぐっと涙腺を引き締めた。
「……レオ、あなただったんですね……」
最後の言葉は震えてしまった。
それでも、彼から視線を離さず答えを待つ。
しかし、レオナールは目を見開いたかと思えば私の手を強く握り返し、そのまま私の肩に顔をかくしてしまった。
そして、深く長いため息。
「困ったな……」
「え?」
言葉通り、困ったように呟いた彼は、
「こんなに早くバレるなんて……かっこ悪いな僕は……」
と、やはり困ったように言ったのだ。
ここでとうとう、私の引き締めていた涙腺は崩壊してしまった。
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