追放された悪役令息だけど何故キミが追いかけて来るんだ

キトー

文字の大きさ
5 / 11

5.信じていたもの

しおりを挟む
 
「え……え……?」

 戸惑う私にかまわず男は腫れた私の頬をそっと手のひらで包み、眉間にしわを寄せた。それは怒っているというより泣きそうな顔だった。
 優しい手に更に戸惑う。なぜこの人はこんなにも私を心配するのだろう。

「き、さま……誰だ!?」

 レオナールの呻くような声に我に返る。
 声のした方へ顔を向ければ、レオナールが棚と共に床に倒れていた。頬が私より腫れている。

「レオ!? だ、大丈夫──」

「アンタは自分の心配をしろ! この男に拳で殴られかけたんだぞ」

 男がレオナールを睨む。どうやらこの人が私を殴ろうとしたレオナールを殴り飛ばしたようだ。
 レオナールより身長は高くないのに、腕っぷしは強いらしい。

「何なんだ貴様は!? 僕の家に無断で入って来て頭おかしいんじゃないのか! 自警団を呼ぶぞ!!」

「あ゛っ!? 何言ってんだテメェ……ここはシャルノ様の家だろが」

「貴様こそ何を言っている! ここは私がシャルノに与えた家だ! つまり私の家でもある!!」

「へぇ……?」

 男の目が細められる。
 レオナールは立ち上がり歯ぎしりしながら睨みつけるが、男は自分よりも背の高いレオナールにまったく怯むことなく見据えていた。

「おいクソ男、テメェの汚い怒鳴り声は外まで聞こえてたぞ。『誰がこの家を与えてやったと思ってる、家族にも見捨てられたシャルノ様を助けたのは誰だ、それを忘れたのか』……だっけ?」

 静かだが怒りを含んだ声が、レオナールに問う。

「そ、それがどうした! 僕とシャルノの問題だろ。貴様には関係ない」

「関係大ありなんだよ」

 男が一歩踏み出す。気圧されたレオナールが後ずさる。

「なぁ俺にも教えてくれ。この家をシャルノ様に贈ったのは誰だ? シャルノ様を助けたのは……誰だ?」

「そんなの僕に決まって──」

「レオナールッ!!」

 レオナールが再び吹っ飛んだ。男がまた殴り飛ばしたからだ。
 成り行きを見守っていた私だが流石に焦り、レオナールの元に駆け寄ろうとしたが、それより早く男がレオナールの胸ぐらをつかみ強制的に立たせた。

「あの! あの! もうこれ以上は止めてください!」

 私は必死でレオナールを引き上げる腕にしがみついたがびくともしない。それでも必死に止めようとした。
 男は私を助けてくれた。そして心配までしてくれた。有り難いと思うし感謝もしている。
 しかしこれ以上はやりすぎだと思う。確かに私は殴られかけたが、だからってレオナールを殴り返したいとは思わない。
 それに、レオナールの言うとおり私はレオナールに助けられた恩がある。
 だから多少の事は我慢できるし、今は少し精神的に弱っているがきちんと話し合って、私が今まで以上に頑張ればきっと立ち直れると思うのだ。

 しかし、男はレオナールを離さなかった。
 ぞっとするほど鋭い目つきでレオナールを見据え、地を這うような声で再びレオナールに問う。

「もう一度訊く……シャルノ様を助け、住む家を贈ったのは誰だ……?」

「だ、だから……僕だと……っ、ぐうっ」

「いい加減にしろよ……たび重なる暴力行為で廃嫡になって追い出された伯爵家の元ご令息様よぉ」 

「……え?」

「き、きさっ……なぜそれを……っ」

 男の言葉に私の心が揺れる。
 レオナールは私を追って来てくれたのでは無かったのか。

「だ、だが……シャルノを助けたのは僕だ!」

「卒業パーティーの日に謹慎になっていたてめぇがどうやって助けた? 家はどうやって用意した?」

「それは……」

 レオナールに期待の目を向けていても、彼は言いよどみ明確な答えは出なかった。
 今まで信じていた物が次々と砕け散る。
 視界が、色あせていく。
 レオナール、全部嘘だったのか? 私の為に平民になってくれた事も、私に手を差し伸べてくれた事も……。
 だとしたら、これから私は何を信じればいい?
 男を止めようとしがみついていた腕から力が抜け、私はぼーっと二人を眺めた。
 もう、考える事すら煩わしかった。

 なんかもう、どうでもいいや。
 どこでも良い。どこかに消えてしまいたい。
 そうやけになった私に再び喝を入れたのは、男の予想外の言葉だった。

「なぁ答えろよ……どうやって助けた? 何を贈った? シャルノ様が追放されたあの日、バスケットに入れていた焼き菓子はどこの店の物だ?」

「……え?」

 思わず声を漏らしたのは私だった。
 この男は、今なんと言った?
 考える事をやめていたはずの脳が、すごい速さで動き出す。
 色あせていった視界が、色を取り戻す。
 私は顔を上げ、男をまじまじと見た。
 凛とした佇まい。無駄な贅肉の無い筋肉のついた男らしい腕。
 男は、この青年は、いったい誰だ。
 分からない。分からないけれど、一つだけ分かった事がある。

 あの日、私に手を差し伸べてくれたのは、この人だ。

「でも……誰……?」

 あの日、生活に必要な物が詰め込まれたバッグの中に、私の好きな焼き菓子が入っていた事は誰にも話していない。
 それを、この男は知っていた。
 しかしどれだけ記憶を遡ろうと、この男の顔は出てこない。
 おそらく同じ年頃だろうが、こんな生徒が学園に居ただろうか。
 もし居たとして、なぜ助けてくれたのか。
 こんな顔すら覚えていない私に、手を差し伸べる理由は何なのか。

「さっさと出てけ。ここはお前の家じゃない。」

 私が目を白黒させている間にも、二人の争いは進んでいた。

「なっ、いきなりそんな事無理に決まってるだろ!」

「家を追い出された日に戻っただけだろ。てめぇの世話くらいてめぇでしな。この家からなにかを持ち出す事も許さねぇ。この家にあるもんは全部シャルノ様が働いて買ったもんだ。お前の物は一つもねぇからな」

 男がレオナールの胸ぐらを掴んだまま、ドアへと向かう。

「そんなっ、困るだろ! ……ぼ、僕はこれからどうすれば……っ」

「うるせぇ! 誰かに寄生しないと生きられない奴なんかその辺で野垂れ死んでろっ! お前以外誰も困らねぇよ!」

 レオナールを家から蹴り出し、勢いよくドアを閉め鍵をかけた。外からレオナールがドアを叩く音がしたが、男が思いっきりドアを殴り返すと、音は止まった。
 ふー……っと男が息を吐く。怒りを鎮めているようだ。
 しかし、彼は本当に誰なんだ?
 なぜこの人は私の為にここまで怒ってくれるのだろう。
 怒涛の展開と謎だらけの青年の登場に、私のとろい思考はついて行けない。
 間抜けにもぼーっと男を眺めていたら、少し落ち着きを取り戻したらしい男と目が合った。
 そして、私に近づき両肩を掴まれたかと思ったら、

「アンタは………………何っっであのクソ王子から逃げられたと思ったらまた新たにクソ男に捕まってんだよっ!!!!」

 と、怒られた。
 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

処理中です...