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35.気持ちをぶつけ合う

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 抵抗するうちに黒い何かに腕を取られ、僕はマオの腕の中におさまってしまった。ズルい。
 僕を胸に抱いたマオは上から嬉しそうに覗き込むから、黒髪がサラリと垂れて僕を包む。
 僕を至近距離で見つめる瞳は、星光を受けて赤く美しく輝いた。やっぱりズルい。

「サクが、まだ俺を子供のように思っているのは知ってる」

「し……知ってるなら──」

「だから俺をサクに、男として認めさせたい」

「なん……っ」

 抱きすくめられ、ゆっくり降りてくる少し薄くて形の良い唇。
 あんなに濃ゆかった目の下のくまはすっかり薄れ、伸び放題だった髪も整えられ、残ったのは見惚れるほどの美丈夫。
 成長が止まってしまっていた昔を考えれば、立派になった姿に感慨深いものがある。
 そんな、美しく成長したあの子が、優しく微笑み頬を包んで僕の唇を──

「──~~っ、やっぱりダメだーっ!!」

「ぐ……ッ」

 うん、やっぱりダメに決まってるだろ。
 自分が育てた子供だぞ。
 流されそうになって慌てて腕を上に突っ張り、マオの顔を無理やり上に向かせた。
 ちょっと苦しそうだが、中途半端な抵抗では止まらないのだこの子は。

「マオ! マオは家族の愛と恋愛の愛を勘違いしてるんだよ……っ」

 抱きしめられたままなんとか距離を取り、心を落ち着かせてしっかりマオを見る。

「マオは、親代わりの僕を慕ってくれてるだけだよ……それを勘違いしてるんだ」

「……」

 マオはムッとした顔のまま黙ってしまった。
 少し唇を突き出しているのは、自分の考えを否定されて拗ねているのだろう。
 可愛い仕草だが、この男は僕を隙あらばベッドに連れ込もうとしているんだから誤魔化されてはいけない。

「……勘違いなんてしてない」

「してる!」

「してない」

「してます!」

 ムーッとするマオに負けないよう、心を鬼にして言い切る。
 かわいそうだけど、この子のためなんだ。そう本気で思っていた、のだけれども──

「だって俺は、昔からサクをそんな目で見ていた」

「……へ」

 マオのまさかの発言に、僕は変な声を出して固まった。昔って、どの昔だ?
 衝撃的な告白に頭がぐわんぐわんしている僕を置いて、マオは続けた。

「体は成長しなくても心は成長していた。サクに花を送り始めた頃にはもうサクに恋をしていた」

 予想していた通りの昔の話で心底驚きながらも、真剣なその瞳に見つめられ目が離せなくなる。
 僕は息を飲んだまま、彼の真剣な声を聞いた。

「花を渡すのは、プロポーズのつもりだったんだ。サクと生涯を誓いたかった。でも俺は子供のままで、守られてばかりで、そんな情けない自分じゃ好きなんて言う資格は無かった……」

「マオ……」

 知らなかった。毎日くれる何気ない喜びに、そんな思いが込められていたなんて。
 可愛いあの子からの可愛い贈り物に毎日胸が温かくなっていた。けれどあの子は、成長できない自分にどれだけ苦しんだだろう。
 毎日にこにこしていた優しいあの子。
 でも内心では、毎日花を贈るだけしかできない自分に、どれだけ歯がゆい思いをしたのだろうか。

「でも今は違う。サクと対等になれた。守る事もできる。だから──」

 子供の姿から立派に成長した僕の大切なマオ。
 子供から男の目になった彼から真っ直ぐ見つめられ、なんだろうか、とても胸が苦しかった。

「──好きなんだサク。愛してる。俺を、男として認めてほしい」

「……っ」

 真剣な眼差しと、真摯な言葉に息が詰まる。真っ直ぐな熱の籠もった告白に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 これは、育て親としてどんな態度を取れば正解なのだろう。
 どうやったらこの子は傷つかないだろう。どうしたらこの子は幸せになるだろう。

 なんて、そんな考えは、一旦捨てなくてはならないんだとやっと気づく。
 百年秘めてきた思いの丈を素直にぶつけてきたマオ。
 その純粋な気持ちを、僕ははぐらかそうとしていたんだ。
 彼を傷つけないように、なんて思っていたくせに、その行為こそが彼を傷つけていた。
 この気持ちに向き合わなくてはいけない。それが今、僕が彼にできる最善なんだ。

「ありがとう……マオ」

 小さく呟かれた僕の返事を聞き、マオの瞳は不安げに揺れた。
 そんなマオの頬に触れ、僕はカラカラに乾いていた喉をつばを飲んで潤した。

「……だけどごめんね。やっぱりマオは、僕にとって愛おしい我が子としか見れないんだ」

「……」

 素直に言葉にして、マオの目を見て伝えると、彼は悲しそうに眉を寄せるでもなく、ただ黙って僕を見た。
 静かに話を聞いてくれるマオにホッとし、僕は湿っぽい空気を入れ替えるように声を明るくする。

「だってさ、マオのおねしょとか大きな犬にじゃれつかれて泣いたりとか……僕はそんな時を知ってる人だよ……?」

「……そこは思い出さなくていいのに……っ」

 マオが苦い顔でそっぽを向く。
 今こんな話を出すのは卑怯だとは思うが、それだって僕の素直な気持ちだ。
 何でも知ってる、だからこそ愛おしくて大事なんだ。
 けれどこの気持ちをマオと同じ物にするのは難しいと思う。
 だけどキミの幸せを願う気持ちは誰にも負けないから──

「──マオが幸せになるまでいつまででもそばにいる。満足するまで一緒にいるからさ。それで、許してくれないかな?」

「嫌だ」

「何だと」

 んんっ……?
 あれ、今諦めてもらう雰囲気じゃなかったか?
 今すぐ諦めないにしても、一旦話を終えてゆっくり考える感じになったと思ったのだけど。
 なのにマオは、僕の頰に添えられた手に自分の手を重ね、少しだけ頰を寄せてまた口を開いた。

「俺は、もう充分すぎるほど待った──」

「うわっ! んんぅ……っ!?」

 あまりにハッキリ断られて呆気にとられた隙に抱きしめられ、僕の唇が奪われる。
 強く抱きしめられたまま、体が動くのが分かった。
 おそらく黒い何かを使って移動しているんだ。
 そして移動した先は──

「すまないサク」

「ちょっ、え……っ?」

 ──ベッドの上だった。

 
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