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番外編
コミカライズ記念SS
しおりを挟むアムールが何か隠し事をしている。
「アムール、どこ行くの?」
「……散歩」
「ふーん……」
俺が聞くと、アムールはピタリと行動を止めるが視線はうろうろと泳ぐ。
そして俺が近づくと、いつもピンと立つ尻尾が足の間に引っ込んだ。
アムール、感情が何もかもに出過ぎだよ。
「……俺もついて行って良い?」
「ダメに決まってんだろ! あの、あれだ、チビには危険だから」
「散歩なのに?」
「上級冒険者の散歩は危険なんだよ!」
どんな散歩だよ。
そんな疑いの目を向ける俺と目を合わせないまま、アムールはいそいそと出ていってしまった。
十日ほど前からこの調子である。
「怪しい……」
今更だが、とても怪しい。いったい何を隠しているのか。
しかし隠し事をしていると確信していても、確かめる術がなかった。
俺ごときではアムールを尾行するなんて不可能だからだ。たぶん秒でバレる。
「むー……気になる」
諦めるしか無いか、と考えた俺だったが、意外にも隠し事を知る日はすぐに訪れた。
* * *
「……あ、アムールだ」
アムールが出かけた日、俺も街に出ると赤毛の猫獣人を発見したのだ。
今日も散歩と言って出かけたはずなのだが、アムールが入って行ったのは彼が贔屓にしている武器屋だった。
べつにやましい事なんてないじゃないか。なのになぜアムールは行き先を誤魔化していたのだろう。
疑問に思いながらもそっと俺も武器屋を覗いたら、その理由を知ってしまったのである。
「……猫獣人だ…………」
ドアの隙間から覗いたそこには、三角耳と長い尻尾が可愛らしい猫獣人が居たのだ。
アムールではない。若い女性の猫獣人である。
「え……」
武器屋の親方は奥で作業をしているのだろう。トンテンカンと金槌の音がする。
そしてカウンターの前で小柄で可愛らしい猫獣人とアムールが何か話している。
何を話しているのかなんて聞こえないが、大きな猫獣人であるアムールと同じ猫獣人である彼女が並ぶととても絵になった。
そうだ。平凡な俺なんかより、よっぽどアムールとお似合いに見えたのだ。
じくりと、胸が痛む。ねぇアムール、何で俺に内緒で彼女に会っているの……?
「よー、リョウじゃねーか。久しぶりだな」
「っ!? エ、エモワさん……っ」
二人の姿を見ていたくなくて、そっときびしを返そうとした時だった。
武器を買いに来たらしきエモワと鉢合わせてしまったのだ。なんてタイミングだよ。
「珍しいな、リョウが武器屋に来るなんて」
「いや、えっと……」
「もしかしてアムールの付き添いか? あいつは事あるごとにリョウを連れ回すもんなー」
俺の心境など知りもしないエモワは、笑いながら俺まで武器屋に入れさせる。
あまりに自然に誘導させたからつい足を踏み入れてしまったが、アムールに見つかったらマズイと気づき慌てて出ようとした。
だが、どんくさい俺は慌てるのも遅すぎたのだ。
「は? なんでチビがいんだ」
ばっちり見つかった。
「なんだ、アムールと一緒に来たわけじゃなかったのか」
「ま、まぁ……」
少し驚いた様子のアムールと気まずさから目を合わせられず、うろうろと視線をさまよわせる。
するとアムールの隣に立つ小柄な猫獣人の彼女に視線がたどり着き、思わずじっと見つめてしまった。
近くで見ても、とても可愛らしくて──。
「──チビは見るな!」
「へ?」
狭い部屋に、アムールの声が響く。
そして、驚いている間にアムールが猫獣人である彼女の姿を隠すように前に出たのだ。
まるでお前には渡さないと言っているかのように……。
「……なんで、アムール……」
「浮気はゆるさねぇっ!」
「………………はぁ?」
なんで、とショックを受けていた俺に、返ってきた言葉は意味不明だった。
そのセリフを言うの、どう考えても俺の方じゃない?
「もしかしてこの人がアムールさんのパートナー? わぁ、やっとお会いできて嬉しいですー」
「勝手に話しかけんな! 俺のパートナーだ!」
「パートナーでも他の人と挨拶ぐらいしますよーだ」
唖然とする俺の前で、アムールの陰から彼女がひょっこり顔を出す。
そして威嚇するアムールを遠慮なく押しのけ、俺の前へと尻尾を揺らして歩み寄ってきた。
「初めまして、私はここの親方の姪っ子のナラです。前からアムールさんのパートナーに会ってみたかったのー! でもアムールさんったら叔父さんにはパートナーを自分から会わせたくせに、私はダメだって言うんですよ。酷いですよねー」
「だから勝手にしゃべんなっつってんだろ!」
「アムールさん、うるさい男は嫌われますよー」
「てめ……っ」
隣でギャーギャー騒ぐアムールをものともせず、ナラさんは俺の手を握る。
どうやら俺が疑うような仲ではないと理解してきたが、それでも、どうしても腑に落ちないものがある。
「なんで、わざわざ俺に隠してたんだよ……」
これだ。やましいことがないなら堂々としていたら良かったじゃないか。
なのに、なぜこそこそしてたんだよ。
そんな思いから、俺はじっとアムールを睨んだ。そしたらなぜかアムールまで俺を睨んだのだ。
「お前は猫と見たらオスでもメスでも色目を使うだろうが! 簡単に懐かせやがって……この浮気野郎!」
「はぁっ!?」
「へー。リョウ、二股はいけないぞ」
「あらー、私恋人居るんですよねー」
「ち、ちがーうっ!」
真剣に怒るアムールのそばで、まったく真剣な様子じゃない二人が追撃してくる。完全に面白がってるだろ。
ていうか、俺が猫なら節操なしみたいじゃないか!
「誤解だから!」
「しょっちゅう他のヤツの匂いや毛を付けて帰ってくるくせに何が誤解だ!」
「に、ニャンコを撫でるぐらいいじゃん……」
「そう言って今度はコイツみたいな猫の獣人まで撫で始めるんだろ!」
「さすがに撫でるわけないだろっ!」
セクハラだろ。そこまで節操なしじゃない。
確かに冷静になったらナラさんの猫耳とか尻尾とか可愛いけどさ……ちょっと触りたい。
「いいか、俺がいねー時に近づくの禁止だからな」
「分かった分かった、アムール以外のニャンコには近づかないよ」
「俺は猫じゃねぇ、獅子だ」
「はいはい」
「惚気はよそでやれよ」
「確かに、営業妨害でーす」
生暖かい二人の視線に見送られ、俺達は店を出た。
隣でムスッとしたアムールが「俺は不機嫌だ」と言いたげにそっぽを向くが、尻尾はしっかり俺に絡んでいた。
まったく、見当違いの嫉妬なんて、迷惑な。
なんて俺も怒るふりをするのだが、ツンデレで甘えん坊で、おまけに嫉妬深い大きなニャンコが、俺は可愛くてしかたないから困ったものだ。
「もし約束やぶったら……」
「やぶったら?」
「……尻尾触らせねぇ」
「約束は守りますっ!」
そしてこの後全身マーキングされて、やっぱり可愛くないと思い直すのだった。
【おわり】
本日より平田ハニー先生によるコミカライズが連載開始です!
宜しくお願いいたします(^^)
(2025.8.7)
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なぁ恋様お祝いのお言葉ありがとうございます!
もう本当に嬉しくて嬉しくて……🤭✨
そしてSSも楽しんでもらえて良かった💕
猫バカと嫉妬深いニャンコは書いてて楽しかったです笑
嬉しいコメントありがとうございました!
しぉり様コメントありがとうございます!
お祝いのお言葉も嬉しいです💕💕
しかも大好きな作品と言っていただけて……!
ありがたい😭🙏✨
せっかく褒めてもらえたのでこれからも頑張って更新しますね!
嬉しいコメントありがとうございました✨
朝倉真琴様いつもありがとうございます!
コミカライズのお祝いのお言葉も嬉しいですー💕💕
そして相変わらずイチャイチャ(?)してる2人でしたが楽しんでもらえてよかったです🤭✨
平田ハニー先生の手掛けるコミカライズもすっっっごく素敵なのでぜひ楽しんでくださいね!
嬉しいコメントをありがとうございました🥰