デレがバレバレなツンデレ猫獣人に懐かれてます

キトー

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1巻

1-3

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「……じゃあアムールが取ってよ」
「なんで俺がチビのために動かないといけないんだ」

 あーもー可愛くない。とはいえ、ぴょこぴょこ揺れる猫耳はやっぱり眼福だ。
 俺は気を取り直しそもそもの目的である薬草採取へと向かった。
 すると水場が近いからか、珍しい薬草が生えていてちょっと嬉しくなった。俺はさっそく地面に膝をついて、薬草に余計な傷が付かないよう、慎重に採取していった。

「おい、俺の薬草もちゃんと採れよ」
「採ってる採ってる。ここ、質のいいやつがたくさんあるよ」

 いつの間にか隣に来ていたアムールが言うから、俺は笑顔で返事をする。
 欲しいと思っていた薬草もたくさん生えていて、これなら薬師のオヤジさんも喜ぶだろう。
 俺は鼻歌を歌いながら籠をいっぱいにしていく。たくさん採ってもアムールがマジックバッグに入れてくれるから、遠慮なく採れてありがたい。
 アムールと一緒だと森の深くまで入れるから採れる薬草の種類も豊富だし、採りに来る人が少ないからか採れる量も多い。
 最初は戸惑ったが、アムールとの依頼は俺にとっては良い事しかなかった。
 それに、心配していた魔物との遭遇も、食われかけたあの日以降は一度もない。
 これはもう魔物なんていないんじゃないかな。
 なんて、フラグを立ててしまったのがいけなかったのかもしれない。

「……来たな」
「何が?」

 ほくほくとした気持ちでバッグに薬草を収めていると、隣に居たアムールが突然立ち上がる。焦げ茶色の耳を忙しなく動かすアムール。
 その動きに首を傾げ、一緒に立ち上がろうとすると手で制されてしまう。

「ひぇっ!?」

 その数秒後、俺の口から情けない声がもれる。
 アムールの視線の先から、猪のような魔物が姿を現したのだ。
 俺が知っている猪より数倍大きい。大きな牙が陽光を受けて輝き、まるで今にも突っ込んでこようとしているようにひづめが地面を掻く。それだけで地響きが鳴った。

「ひっ……!」
「やっと来たか」

 腰を抜かして声にならない悲鳴を上げた俺とは対照的に、アムールはニヤリと笑う。
 獲物をとらえた金の瞳は、瞳孔を細くしてギラギラ輝いていた。

「チビはそこで黙って見てろよ」

 そう言ってアムールは地を蹴った。
 ――言われなくても参戦なんかするもんか!
 俺は大きな木の陰に移動してしゃがみ込み、目をつぶって耳を塞いだ。
 それでも感じる戦闘の気配。耳を塞いでも聞こえてしまう魔物の断末魔。震える体に、自分は冒険者には向いていないと、改めて突き付けられる。
 やっぱり、冒険者ならあれぐらい倒せないといけないのかな……。いや、っていうか、アムールが怪我したら俺が助けないとじゃ……
 出来るだろうか、と不安を募らせていたら、地鳴りのように低い声が後ろからかかった。

「……おいクソチビ……」

 驚いて恐る恐る顔を上げれば、なぜか不機嫌そうな顔のアムールが俺を見下ろしていた。戦闘はあっという間に終わったらしい。

「け、怪我とかしてない!?」
「見りゃ分かるだろ……まぁ見てなかったみたいだけどな」
「まぁ隠れてたから……」
「バッカなのかお前っ!」
「え、えぇ……っ!?」

 返り血すら浴びていないアムールは、俺の心配など不要なぐらい簡単に魔物を倒したのだと分かる。
 その姿に安堵したが、快勝のはずなのになんで怒っているんだろう。

「あーもーっ、やっと魔物が出てきたってのに! あんな魔物一匹に隠れるなっての!」

 分からない。なぜここまで怒っているのか分からないから、こんな時の翻訳アプリである。
 怒るアムールに気づかれないようアプリを起動する。

「ちゃんと見とけっつったろうが!」

 ──なでなでして
 …………いや、これは誤訳だろう。
 今にも怒って引っかいてきそうなアムールと、アプリの画面を二度見する。
 これを真に受けようものなら、噛み殺されるかもしれない。
 しかし、そう思いつつアムールを見ると俺に怒鳴りながらも耳が少し後ろに倒れていた。
 この耳の形は見覚えがある。飼い猫が撫でてほしい時にする仕草だ。
 ……いや、いやいやいや、撫でたら怒られるって。なんか期待に満ちた目でこっちを見ているように見えるけど、気のせいだって。
 そう思いながらも猫好きの右手がうずいてしまって、俺はアムールを見つめながら言ってみる。

「あのさアムール、ちょっとかがんでくれる?」
「はぁ? なんで俺が……」

 ぶつぶつ言いながらもかがむ、というより頭を俺に向けるアムール。妙に従順な仕草に、きゅんと胸が締めつけられる。
 分かった、分かったよ、撫でれば良いんだろ。頼むから怒って噛むなよ。
 そう思いながらアムールの頭に手を乗せると、ピクリと反応したがアムールは怒らなかった。
 ふ、フワフワだ……。それが嬉しくて、ちょっと癖のある赤い髪を後ろにくように撫でると、アムールは黙って撫でられたままでいる。
 ゆっくり手を動かし続けると、長い尻尾がふよふよと揺れた。

「あの、魔物倒してくれてありがとなアムール……」
「……見てねぇくせに……」
「ご、ごめん……?」

 先程よりは機嫌がなおったみたいだが、まだちょっと不貞腐されたような声。
 これはもしかしてだけれど、戦ってる所を見てほしかった? 
 そして、ひょっとしてたけどさ、褒めてほしかった……とか? 
 そう考えると、なんだかアムールがとてつもなく可愛く見えた。
 そっかー、獲物を狩るところを見て褒めてほしかったのかー。ますます飼い猫そっくりだな。
 上級冒険者ともなると戦うのが当たり前になって、誰も褒めてくれなくなるのかな。

「ふふ……」

 なんだか楽しいな、と思う。
 アムールと居ると自分勝手な行動に振り回されるし疲れるけど、わりと楽しいかもしれない。
 もうなんだかんだ五日間も一緒にいるのだから、なんとなくこれからも一緒にいるような気がしていた。
 ふと、エモワとトワの姿が脳裏に浮かぶ。
 ほとんど毎日、一緒に冒険をして背中を預けられる相手。俺はまだ底辺冒険者だし、薬草を摘むしか能がないけれど、いつか――

「……何笑ってんだよ……」

 アムールが髪の隙間から睨むが、撫でられる体勢はやめないのでまったく怖くない。
 だから俺は笑ったまま、今の思いを素直に告げた。

「いや別に、ただアムールとパートナーになったら楽しいだろうなって思っただけ」
「……っっ!!??」
「ぅわっ!」

 するとご機嫌に揺れていたアムールの尻尾が、突然ボンッ、と、太くなった。

「え、え……アムール?」

 尻尾と耳の毛を逆立て、アムールが壊れたロボットみたいに不自然な動きで俺を見つめる。

「おまっ……それ、どういう……っ」

 顔を上げたアムールの感情がよく分からない。尻尾はものすごく驚いているように膨らんでるけど、顔を真っ赤にして唇をわなわな震わせる様子は、怒っているようにも驚いているようにも喜んでいるようにも見えたからだ。
 でも、たぶん、怒ってるよな?

「ご、ごめんごめん! 冗談だからっ!」
「はぁっ!? 冗談とかふざけんなチビッ!」

 咄嗟に謝ったら、今度はもっと分かりやすく怒りだした。
 なんだよ、じゃあどうすればいいんだよ。

「いやあの、冗談っていうかアムールとパートナーになったら楽しそうって思ったのはホントだよ!? ただアムールも迷惑だろうし本気にしなくていいよって意味で……」
「お、お前がどうしてもって言うなら……っ」

 何がアムールの逆鱗になっているのか分からなかったので、もごもご言い訳していたら、アムールもなんだかもごもご言い出した。その言葉に慌てて首を振る。

「いや別にどうしてもってほどでは──」
「あぁっ!?」
「どうしてもなってほしいです」
「そこまで言うならしょうがねぇな!」

 恫喝どうかつされて思わず頭を下げると、アムールのキョロキョロしていた耳がピンと立つ。
 頭を上げ腕を組みながら、フンフンと鼻息荒く発するアムールの声は、なんだか勝ち誇ったように楽しそうだ。

「いいか! しょうがなくだからな! お前がどうしてもって言うから俺は嫌だけどしょうがなくお前と、パ、パートナーになってやるんだ! ありがたく思えよっ!」

 口調は怒っているようだが、金の瞳はキラキラ輝いていてやっぱり感情がつかめない。
 アプリの画面を見ようとしたけれど、アムールの眼がばっちり俺のほうを向いていたから触ることが出来なかった。
 でも、アムールの尻尾はまっすぐ立ち上がり、あまりにも嬉しそうに目が輝いている。

「うん、ありがとう」

 だからそうやって頷くと、アムールはとても満足そうに鼻を鳴らして胸を張った。
 どうやら俺の対応は間違っていなかったようだ。

「よし! 帰るぞ!」
「うん」

 倒した魔物を解体し、マジックバッグにしまったアムールが声高らかに言う。
 とても上機嫌に見えるが、本当にアムールは良かったのだろうか。
 俺とアムールでは冒険者としてのランクが違いすぎる。
 俺は一人では入れない森の奥に行けて、アムールに守ってもらいながら薬草採取ができる。しかも採った物はアムールのマジックバッグに入れてもらえるしで、利点しかない。
 しかしアムールにとって俺はお荷物だろう。自分で言ってて情けないけど、俺とパートナーになった所でいいことなんてないはずだ。

「ねぇ、アムール」
「なんだよチビ」
「あのー…………やっぱりいいや……」
「はぁ? なんだっての」

 まだ三角耳がピンと立っているアムールの眼のきらめきを見ると、「本当に俺でいいのか」なんて訊くのは申し訳なくて、俺は口を閉ざした。
 代わりに、起動しっぱなしだったスマートフォンを確認してみる。
 ずっとアムールの声を訳してくれていたアプリの履歴。
 ──とても動揺している
 の後は、壊れたように同じ言葉が続いていた。
 ──しあわせ! 
 ──しあわせ! 
 ──しあわせ! 
 うん。とりあえずアムールも嫌がっているわけではなさそうだ。
 乗合馬車に並んで座ると、今日はいつにも増してアムールの尻尾が俺の体に巻きついてきた。


 街に着くと、今日はアムールもギルドに付いてきた。魔物を討伐したから報酬と引き換える必要があるのだろう。いまだに絡んでいた尻尾が俺の身体をするりと撫でて、アムールがバッグ片手に受付に向かう。
 それからこっちを振り返って、彼は俺に指を突き付けた。

「俺は草むしりのお前と違って時間がかかるからちゃんと待ってろよ」
「だから草むしりじゃなくて薬草採取だって」
「待ってろよ!」
「分かったって」

 そんな会話をしてそれぞれ受付に行ったが、よく考えれば俺がアムールを待つ理由ってなんだ。
 特にこれから約束があるわけじゃないし先に帰っても……相当怒られそうだ。
 大人しく待とう、と思いながら事前にアムールのバッグから出した籠を受付のお姉さんに見せる。

「最近は大収穫ね! しかもどれも質がいいし珍しい薬草まであるわ!」

 今日も褒めてくれる優しい笑顔に癒やされながら、照れ笑いを浮かべて礼を言う。

「アムールのおかげです。ずいぶん助けられているので……」

 いつもと変わらない世間話のつもりでそう言うと、何故か受付のお姉さんは難しい表情になった。

「アムールって……あのアムールさん?」
「どのアムールさんか分かりませんが、猫みたいな耳と尻尾が生えた獣人のアムールです。赤髪の」
「……あのアムールさんね……」

 なんだろうと思っていたら急に顔を寄せられて、ちょっとドキッとする。

「えっ、あの……」
「リョウさん……大丈夫?」
「へ?」

 突然の言葉。なんのことだと思っていたら、受付のお姉さんはさらに言葉を続けた。

「無茶なこと言われたりしてない?」
「アムールから?」
「あの人、腕は確かだけど性格がアレでしょ? だからなかなか他の人は行動したがらないの。リョウさん何か無茶をいられてるんじゃない?」

 こそこそと小声で言われる言葉に、一瞬迷った。
 そんなの、日常茶飯事だ。なんなら無茶なことしかされてない気がする。でもアムールは、実のところそこそこ優しい。今日、アムールを撫でたけど怒られませんでした、なんて言ったら驚くだろうなと思いながら、俺はへらりと笑みを作った。

「そんな悪い奴じゃないですよ。強いし、頼りにしてます」
「……そう」

 しかし俺の返答にお姉さんはきゅっと眉間に皺を寄せた。いまいち納得いってなさそうな様子に不安になったけれど、それ以上の追及はせず、お姉さんは俺にそっと囁いた。

「何かあったらいつでも相談してね。冒険者同士の問題も、ギルドが手助け出来ることがあるから」
「はい、ありがとうございます」

 お礼を言いながらも、ざらっとした気持ちになった。
 アムールは上級冒険者のはずなのにあまり信用されてないようだ。
 あんな態度だけど、実は人懐っこいのに。
 とはいえ、それはアプリのおかげかもしれないし、もしかしたら俺が猫好きの贔屓目で見てしまっているのかもしれない。
 でも、と俺は今日のことを思いだした。パートナーと聞いて顔を真っ赤にして、目を輝かせた姿だったり、しれっと俺を守ってくれたり。アムールは案外可愛い性格をしていると思う。
 そんなことを思いながら報酬を受け取ると初期の頃より少しだけ重たい。前より稼げるようになったのだと実感し、嬉しくなった。これだってアムールのおかげなのだ。
 預金の出来る受付に行き、半分ほど預けてからギルドの広間に置かれた椅子の一席に腰かけて、アムールを待つことにした。
 少しもやもやが残る中で、なんとなく周りの冒険者達を観察する。
 行き交う冒険者はみんな背が高くて強そうだ。女性でも立派な武器を持っていて、戦い慣れてそうな雰囲気を醸しだす。それに比べて自分は……

「キミ、どうした? 迷子か?」
「……いいえ、違います」

 そんな事を考えていたら、大剣を持った男の冒険者が俺に話しかけてきた。俺は慌てて首を振る。
 その目は同業者を見る目じゃない。迷い込んだ子供を見るような生暖かい視線につい唇を尖らせると、彼は一瞬目を見開いてからにこやかな笑みを浮かべた。

「すまない。突然失礼だったね。……ここに座っても?」

 そう言って、男は暇だったのか俺の向かいに座る。
 そして色々と話しかけてくるものだから、俺もポツポツと自分のことを話したりした。

「――へぇ、リョウくんはもう成人しているんだな。しかし薬草採取だけで生計は成り立つのかい?」
「贅沢しなければ大丈夫ですよ。たまに指名依頼ももらえるし、なんとかなってます」
「そうか……」

 俺に話しかけてきた冒険者はマーロと名乗った。アムールほどではないが長身だ。
 金髪の髪はサラサラで、左耳の下あたりで一つに束ねている。少し垂れた目元には泣きぼくろまであって、そのイケメンっぷりについつい恨めしく見てしまう。マーロは何も悪くないのだが。
 マーロは俺が薬草採取で生計を立てていると知ると、とても心配してくれた。
 そんな彼に大丈夫だと微笑むと、なぜかマーロは俺の手を握って真剣なまなざしをこちらに向けた。

「なんなら私が養ってやろうか?」
「はい?」

 いたって真面目な顔で言われたが、俺は冗談にしか聞こえなくて笑いそうになる。
 しかしマーロは真剣な顔を崩さないまま話を続けた。

「これでも冒険者としてそれなりの地位がある。リョウくん一人養うぐらいどうってことない」

 強く握られた手。強い眼差し。これは、おちょくってるわけではなさそうだ。
 ほとんど見ず知らずの人間にこうして言ってくれる彼はとてもいい人なんだろう。
 でも、その時、ちょっとだけ反発心が湧き上がった。
 確かにこの世界に来るまで、俺は両親から養ってもらっていた。
 でも、今生きているこの世界は十五歳で成人とみなされる。俺より若い人達が当たり前に自立しているのだ。
 俺は笑みを取り繕って、彼の手をそっと放す。

「……ありがたい話ですけど、遠慮します。俺もちゃんと自分の力で食っていきたいですし」

 今更誰かを頼るなんて情けない。まだまだ新米でなんの取り柄もない俺は、いろんな人に助けてもらってなんとか生活出来ている。
 でもいつかは、助けてくれた人たちに胸を張って恩返しがしたいのだ。だったら出来る限り自分の力で生きなくては、胸を張れないじゃないか。
 俺がそう伝えると、マーロは目元をやわらげ、再び俺の手をそっと取った。

「分かった……だがいつでも私を頼ってくれていいんだよ? 私はいつでも手を差し伸べるから」

 優しい言葉に胸が熱くなる。
 見ず知らずの男を世話してくれるエモワやトワ。いつも励ましてくれる受付のお姉さん。
 アムールも……やや強引だがなんだかんだ世話になっている。
 そして、出会ったばかりの俺の生活をこんなにも心配し、手を差し伸べてくれるマーロ。
 この世界に来てから、本当に人に恵まれている。
 鼻がツンと熱くなるのを咳払いで誤魔化して、マーロに礼を言おうとした、その時だ。
 ダンッ──と、俺の背後から伸びてきた腕がテーブルを叩いた。
 驚いて振り向けば、アムールがいた。さっきまで上機嫌そうに揺れていた彼の尻尾は、何かに警戒するようにピンと立ち、視線は鋭くマーロを睨んでいる。

「アムールじゃないか。私は今リョウくんと話しているんだが何か用かい?」

 にこやかに対応するマーロとは反対に、アムールはムッとしたまま俺の手を引っ張り、握られていたマーロの手を振り落とす。

「てめぇに用はねーよ。リョウもてめぇに用はねぇ……つかお前誰だ」
「ちょっ、アムール……!」

 アムールの失礼な物言いに焦ったが、マーロは笑顔のままだった。

「私はマーロだよ。それなりに冒険者として頑張っているんだが、アムールに比べたらまだまだだからね。知らないのも仕方ないさ」
「てめぇが新人だろうが上級冒険者だろうが興味ねーよ」
「アムールってば……」

 俺の頭に腕を乗せたまま不機嫌そうに言うアムールの態度にヒヤヒヤする。

「アムールはリョウくんと仲良いの?」
「てめぇに関係ねぇだろ」
「ずいぶんと嫌われちゃったな……じゃあリョウくん、また今度話そうか」
「ふざけんな今度なんてあるか!」
「アムールッ!」

 どんどん険悪になる空気に耐えられなくなって間に入る。振り返ると、アムールはそっぽを向いて不貞腐されていた。思わずため息を吐くと、マーロが笑いながら席を立つ。

「いやいや、長居をしてしまったね。それじゃあまたねリョウくん。アムールも」
「すみませんマーロさん。また今度!」

 マーロを見送ると、ようやくアムールは俺の頭から腕を退けた。ただ、まだどこか威嚇しているようにギルドの入り口を見つめている。
 マーロはなにも悪いことなんてしてないのに、いくらなんでも言いすぎだろう。
 俺は立ち上がって、アムールに向かい合って聞いた。

「アムール、なんでそんなに不機嫌だったんだよ。喧嘩になるかとヒヤヒヤしただろ」
「別に俺は負けねぇし……」
「そういう問題じゃないって」
「……飯食いに行こうぜ」
「全然人の話聞いてないしさ……」

 森から帰ってきてからはすこぶるご機嫌だったのに、いったい何が気に入らなかったのか。
 受付のお姉さんからの悪い印象が悲しくてなんとかしたかったけれど、そう簡単にはいかないのかもしれない。周囲からの視線もアムールを睨むものが多いように見えた。少し落ち込みそうになって、付けっぱなしだったアプリの画面に気づき思わず声が出そうになった。

「おら飯行くぞチビ」

 ──こっちに来て
 ──あなたが必要

「っ! お、おう……」

 思いもよらない可愛い翻訳に、不覚にもキュンとしてしまった。
 こんなの反則だろ。そんなことされたら怒るに怒れない。あざといぞこの猫。

「──……え、一緒に食べるの?」

 そんなことを考えていたものだから、またもやおかしな状況になっていると気づいたのは店に辿り着く直前だった。
 アムールの行きつけらしい飯処に来るのは初めてだが、ここまで来てしまったからにはもう断れない。いや、断る理由もないのだが、いつ俺達は一緒に飯を食う約束をしたんだっけ?
 メニューを見ると、魚料理から肉料理、野菜料理までなんでもあるかわりに酒の種類は少ない。
 何を食べようかな、とメニューを眺めていたら、アムールが勝手に次々注文していた。

「っていうかこれ……」

 元居た世界のごちそうに似ていて、でもやっぱり違う不思議な香りが漂っている。野菜は少なめで、何かの肉を豪快に焼いたステーキが一番多い。
 ただ俺が驚いているのは料理じゃない。目の前に並んだ皿の数に唖然としたのだ。

「お前そんだけしか食わねぇのかよ。コレだから貧乏人は……仕方ねえから奢ってやる。食え」

 違うんだアムール。お金がないからびっくりしたんじゃないんだ、そんなに食べられないんだよ。体の大きさが違うんだから自分を基準にするな。
 そう思うが、せっかく奢りだと言っているのに残すのは申し訳なくて、慌てて手を合わせた。

「いただきます!」

 食べ始めると、びっくりするぐらい美味しかった。
 ただ、やはり量が多すぎて最後は無理やり腹に詰め込んだ。
 機嫌がよさそうなアムールを横目に、よろよろと店を出る。食後にアムールの整腸薬草を少し分けてもらったが、過食の苦しさは消えない。
 さっさと宿に戻って寝よう。

「じゃあなアムール。また明日……」
「は?」
「へ?」

 そう思いつつ、店の前で別れの挨拶をしたら、アムールが変な顔をして俺の腕を掴む。

「どこ行くつもりだ?」
「どこって……宿に帰るだけだよ?」
「なんでだよ!?」
「だから何が!?」

 もうなんなんだよ。この猫獣人と居ると一日百回は『なんなんだよ』って思ってる気がする。
 まさかまだどこかで遊ぶつもりなのだろうか。だとしてももう少し満腹感が落ち着いてからじゃないと俺は動けないぞ。
 掴まれた腕をそのままにして待っていると、アムールは予想外のことを言ってきた。

「帰るなら俺んちだろうが!」
「なんでっ!!??」

 なぜだ。いつそんな話が出た。
 混乱する俺の前では、アムールが眉間に皴を寄せている。まるで一緒にアムールの家に行く方がこの世界の当然で、俺がおかしいと言わんばかりの表情だ。
 そんなアムールの態度にだんだん俺の方が不安になる。
 ……俺の考えが間違ってるの? 

「俺たちそんな話したっけ……?」

 飯の話にしろギルドでの話にしろ、なんだか知らない話が勝手に進んでいるような気分だ。

「お前マジで言ってんのか……」

 金色の瞳で呆れたように見つめられ、俺は居心地の悪さに身を縮めた。
 これはやっぱり俺が悪いのだろうか。とはいえ何度記憶を探ってもそんな話をした覚えはない。
 おろおろと視線を動かしていると、しゃあっと吼えるような勢いでアムールが俺に向かって言った。

「俺とお前はパートナーになったんだろが! お前がどうしてもって言うから仕方なくな!」
「まぁ、うん……」

 やや語弊があるが今は置いておこう。頷くと、アムールが威嚇するような勢いで俺に指を突き付けた。

「パートナーなんだから同じ家に住むのは当然だろ!」
「……え」

 パートナーは同じ家に住むのが当然。それが、この世界の常識?
 唖然とする俺だったが、アムールは言い切ると、話は終わったとばかりに俺の腕を引っ張りはじめる。俺は慌てて足を踏ん張った。

「待ってアムール! いきなりは無理だよ!」
「はぁ? なんでだよ」
「だって宿に色々荷物置いたままだしさ、数日分の宿代払ってるから勿体ないし……」

 この世界の常識なんて知らなかったので、ちょっとずつ声が小さくなってしまうけれど、一応主張はさせていただきたい。アムールの家に住むにしても色々準備はあるのだから。

「……ちっ、面倒くせぇな」

 必死に抗弁すれば、アムールは舌打ちをしたがとりあえず納得してくれたようだ。
 ホッとして体の力を抜くと、アムールの尻尾は不機嫌そうにペシペシ街路灯を叩いた。ごめんって。
 なんだか、この頃はアプリを通じなくてもアムールの気持ちが分かるようになっている気がする。

「じゃあいつならいいんだ」
「ええと、あと七日分はお金払ってるから、それまでは宿に泊まるよ」
「じゃあ七日後だな?」
「あ、でも日用品も買い揃えないと……」
「それは明日全部買い揃えるぞ」
「明日!?」

 アムールの中ではもう同居するのは決定事項らしいが、せっかちすぎないか。俺はまだ気持ちの整理がついていないというのに。
 だってまさかパートナーになったら一緒に住むなんて思わないじゃないか。
 一緒に依頼をこなす相棒だからなるべく近くに居たほうがいいのは分かるが、そこまでするか? 
 こんなことならもっとエモワとトワに話を聞いておくんだった……


   ***


 そんなこんなで日用品を買い揃えることになって、今、俺は朝早くからアムールを待っている。
 いつもアムールを待たせてるから出来る限り早く来たが、一時間も前に来たのは早すぎただろうか。さすがにまだアムールも来ないだろうと思っていたが、数分後にもう来た。
 焦げ茶のお耳と尻尾を揺らしながら、大きな猫獣人が駆け寄ってくる。
 ……ちょっと可愛い。

「なんだよ、今日はずいぶん早いじゃねぇか」
「アムールもだろ」
「俺はたまたま近くに用事があったからだ! たまたまだ、たまたまっ」
「分かった分かった」

 広場の時計を見上げると、待ち合わせの四十五分前。いつもこんなに早く来てくれているのだろうか。だったら俺も今後は早く来てアムールを待ち構えていよう。
 大きな猫が俺に駆け寄ってきてくれるのは予想以上に嬉しかったからだ。
 店を回る前に、アムールが飲み物を買ってくれた。公園に出ていたドリンクスタンドだったが、どうやらアムールのお気に入りの露店らしい。そこで俺が買ったのは、生姜湯みたいな甘いけど少しピリッとした辛味のある飲み物。
 ちょっぴり肌寒い早朝に飲むと、ほわっと温かさが喉を伝って、肩の力が抜けるのを感じる。

「これ美味しい」
「俺それ嫌い。不味まずいじゃん」
「あっそう……」

 それ言う必要あるか?
 アムールの余計な一言にそう思いながらちびちび啜っていると、露店の店主がこちらに顔を覗かせた。

「こらこらアムール。不味まずいとはなんだ不味まずいとは」
「なんか変な味するじゃんか」
「お前の口に合わないだけだろう。お隣の子は美味しいって言ってんだから余計なことを言うな」

 彼はアムールより大きくて丸い耳が生えた獣人だった。おそらく熊の獣人だろう。縦にも横にも大きい。
 文句を言いながらも、彼はアムールのとげのある言葉に怒っているようには見えない。アムールの行きつけなだけあって彼も慣れているのだろう。
 そんな熊獣人は、アムールに別の飲み物を渡しながら言った。

「ところでアムールが誰かを連れてくるなんて珍しいじゃないか。友達か?」

 するとアムールが突然得意げな顔になった。同時に胸を張り、俺の頭にアムールが腕を乗っけて熊獣人に言う。

「パートナーだ」
「……は?」

 アムールの言葉に、熊獣人はドリンクを渡した腕を下ろすのも忘れて固まってしまう。
 そして俺とアムールを交互に見てから片眉を上げた。

「おいおい、アムールにパートナーって……笑えない冗談はよせ」
「なんで笑えない冗談なんだ! 正真正銘俺とこいつはパートナーだってんだよ!」

 アムールの尻尾が俺の腰に巻きついてきた。何これ可愛い。
 思わず顔が緩むと、熊獣人の目線が俺のほうに移動してくる。


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希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

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