逃げる太陽【完結】

須木 水夏

文字の大きさ
21 / 24

竜神

しおりを挟む



 耳元でくぐもった水音が響き、直ぐに水の膜に包み込まれる。
 真っ暗闇の中に引き込まれてゆく陽日は、どちらが上か下か途端に分からなくなり、それに小さく息を吐くと身体の力を抜いて身を委ねていた。




(ごめんなさい…)




 誰にも謝ったのか分からず。冷たい水温が少女の体温を急速に奪い、次第に何も考えられなくなる。
 襲ってくる息苦しささえ、自分の身体の出来事ではないように感じられて、穏やかな気持ちで暗い水底へと誘われようとしていた時。





 温かい誰かの手に手首を掴まれ、ぐいっと強く引っ張られたのを感じた。

 薄く開けた目の先に、夜空の星のように、銀色に光り輝く鱗が見えた気がした。







「…ひ、陽日!」



 頬を強く叩かれ、睫毛を震わせて少女は眼を開けた。静かな月明かりの下、視界にこちらを覗き込むが映りこんだ。
 ぽたぽたと上から落ちてきた水滴が、陽日の頬を滑って落ちてゆく。身体が重く、それを拭うことも出来ない。


 湖に飛び込んで自分を助けてくれたのか、とその時になって気がついた。

 
 氷魚の名前を呼ぼうとして口を開いた瞬間、肺に入ってきた沢山の空気に驚いて激しく咳き込んだ。水を口から吐き出す。

「陽日…、何してんの、君。」

 背中を丸くして咳き込み続ける少女の背中を撫でながら、頬に張り付いた濡れた髪を、そっと払う氷魚の指先は僅かに震えていた。


「水遊びにはまだ早いよ。死ぬ気?」
「……」


 荒い息の下まだ喋る事が出来ず、陽日はぼんやりと少し顔を顰めた彼を見つめる。見つめているうちに、赤かった瞳はいつもの空色の瞳へと変化した。

 その瞬間に頭に思い浮かんだのは、姿を一度も見た事も無いはずの、白蛇が神々しい巨大な白竜へと変化する瞬間だった。






りゅ、う…?


 掠れてほぼ音にならない陽日の呟きに氷魚は一瞬、瞠目すると微かに微笑んだ。

「夢でも見たか?」


 ゆ、め…?




 今はまだゆっくりおやすみ、と温かく大きな手のひらで両目を覆われ、陽日はまたすぐに意識を手放した。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

処理中です...