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竜神
しおりを挟む耳元でくぐもった水音が響き、直ぐに水の膜に包み込まれる。
真っ暗闇の中に引き込まれてゆく陽日は、どちらが上か下か途端に分からなくなり、それに小さく息を吐くと身体の力を抜いて身を委ねていた。
(ごめんなさい…)
誰にも謝ったのか分からず。冷たい水温が少女の体温を急速に奪い、次第に何も考えられなくなる。
襲ってくる息苦しささえ、自分の身体の出来事ではないように感じられて、穏やかな気持ちで暗い水底へと誘われようとしていた時。
温かい誰かの手に手首を掴まれ、ぐいっと強く引っ張られたのを感じた。
薄く開けた目の先に、夜空の星のように、銀色に光り輝く鱗が見えた気がした。
「…ひ、陽日!」
頬を強く叩かれ、睫毛を震わせて少女は眼を開けた。静かな月明かりの下、視界にこちらを覗き込む赤い目が映りこんだ。
ぽたぽたと上から落ちてきた水滴が、陽日の頬を滑って落ちてゆく。身体が重く、それを拭うことも出来ない。
湖に飛び込んで自分を助けてくれたのか、とその時になって気がついた。
氷魚の名前を呼ぼうとして口を開いた瞬間、肺に入ってきた沢山の空気に驚いて激しく咳き込んだ。水を口から吐き出す。
「陽日…、何してんの、君。」
背中を丸くして咳き込み続ける少女の背中を撫でながら、頬に張り付いた濡れた髪を、そっと払う氷魚の指先は僅かに震えていた。
「水遊びにはまだ早いよ。死ぬ気?」
「……」
荒い息の下まだ喋る事が出来ず、陽日はぼんやりと少し顔を顰めた彼を見つめる。見つめているうちに、赤かった瞳はいつもの空色の瞳へと変化した。
その瞬間に頭に思い浮かんだのは、姿を一度も見た事も無いはずの、白蛇が神々しい巨大な白竜へと変化する瞬間だった。
りゅ、う…?
掠れてほぼ音にならない陽日の呟きに氷魚は一瞬、瞠目すると微かに微笑んだ。
「夢でも見たか?」
ゆ、め…?
今はまだゆっくりおやすみ、と温かく大きな手のひらで両目を覆われ、陽日はまたすぐに意識を手放した。
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