逃げる太陽【完結】

須木 水夏

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望み

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 何も持たず、着の身着のままで家を出た陽日は、足の赴くままに歩いた。


(悲しい、苦しい…)


 ひっきりなしに零れる涙が、陽日の白いワンピースの胸元にいくつも染みを作った。頬を拭うこともせず、少女は夜の道を力の無くトボトボと進む。


(どうしたら良かったのかな…)



 フラフラと何も考えずに進み、辿り着いたのはいつもの湖だった。真っ暗な水際沿いを陽日はいつもの桟橋へと進んでゆく。湖面は夜闇を吸い取ったように、ぬるりと澱んでおり、昼間とは全く違って見えた。
 引き寄せられるように、陽日は暗い瞳で水面を見つめた。ポタリポタリと音もなく涙が湖へと消えてゆく。



「竜神ヶ淵…か。」


 ポツリと、ずいぶん昔に聞いた名前を消えいるような声で呟く。

 もしも本当に竜がいるのなら、陽日を攫ってはくれないだろうか。湖の底に連れ去ってくれないだろうか。

 桟橋へとたどり着いた少女は、軋む板床をゆっくり踏みしめながら先端まで止まることなく歩みを進める。
 冷たく心地よい夜風が陽日の長く伸びた髪を優しく撫でた。


 そしてふと、思い出す。


(だと、なぜあの人は知っていたのだろう?)


 白い鱗と赤い目の蛇。
 彼の青い瞳が、一瞬赤く見えたような気がしたのも、陽日のだったのかもしれない。彼が竜神であったのなら、陽日を攫って欲しいという幻想のような願望。

 履いてきたサンダルを脱ぐと、裸足のつま先を桟橋のギリギリに引っ掛けて、少女は夜空を見上げた。月が煌々と輝き、木々と空の境界線を浮かび上がらせている。星々が煌めき、遠い宇宙の果てで命が燃えているのを少女は黙ってじっと見つめた。風は優しく森を眠らせ、子守唄を歌う。



 世界はこんなに美しいのに。

 
 
 なぜ私は、孤独なのだろう。




「会いたいなぁ…。」


 氷魚に、会いたい。



 咲夜の気持ちを嘘でも受け入れれば、この心は少しでも満たされたのか。でもそれは、彼にも自分にも失礼な事だと、直ぐに陽日は気持ちを打ち消すを繰り返す。少年に愛されても愛せるか分からない状態で一緒にいた所で、と何度も意味の無い事を考えてしまう。
 こんなことで、死にたくなってしまう自分が可笑しいのか。



 真っ黒な湖が、自分を招いているように見えて陽日は、唇に薄く笑みを浮かべた。


 ゆらりと、身体を揺らすとそのまま水音もなく湖の中へと姿を消した。




 
 

 
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