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しおりを挟む目に入ってくるのは、フラフラと幽鬼のように、カーテンもベッドもボロボロに朽ち果てている室内をうろつきながら、金切り声で泣き叫ぶ女。
床に落ちた、食事だったものの残骸。
耳鳴りがする。頭が痛い。すすり泣いているのは、自分なのか。
『何で私がこんな目に?お前を産んだから?
冗談じゃないわ。私は聖女なのよ!』
『アンドリューはどうして私を迎えに来ないの?子供を産んだのよ!?私は貴方の子供を、痛かったけど、死ぬかと思ったけど必死でっ!産んだのにっ…!!』
『私は王妃になる女なのよ?!アンドリュー!貴方の血を引いた娘がここにいるわ!迎えに来なさいよ!』
『なによ…ふざけないでよ…。こんな事になるならあんな人、好きになるんじゃなかった』
『お前なんか、産むんじゃなかった』
骨ばった手が、自分へと伸ばされて。
「っ!」
チチチ、と外で聞こえてくる小鳥のさえずりに。温かいベッドの中で大きく目を見開いたティアリーネは、知らぬ間に止めていた呼吸を解放して、ほっと息をついた。ベッドから起き上がると、小さな手で顔を覆い。
「また、あの夢…」
「ティア、お早う」
「ヴァンお兄様、おはようございます」
「僕の姫君は今日も可愛らしいね」
朝食へと向かう廊下にて呼ばれて振り返ると、にっこりと笑顔でこちらに向かって歩いてくる美青年に、ティアリーネは微笑を浮かべた。
ヴァン・マスティマリエ公爵令息。マスティマリエ家の嫡男。十九歳。
レイラミアが薔薇の大華だとすると、ヴァンは月夜にひっそりと咲く木蓮のような美しさを持つ男だった。
父親と同じ銀髪に母の色である深い青い瞳、優美な顔立ち。
女性に好かれる見た目で王太子の側近をしているのにも関わらず、まだ婚約者は居らず、各所より持ち込まれる婚約話ものらりくらりと躱していて、父にせっつかれている事をティアリーネは知っている。
いつも飄々としている兄は、少女の前に立ちどまり、ティアリーネの顔を改めて近くで見て、形の良い眉を心配そうに寄せた。
「ティア?もしかして眠れていないの?」
「え?」
「なんだか、寝不足のように見えるよ」
ヴァンの指摘に、ティアリーネはパッと自分の目の下に手をやった。朝起きた時も少し隈が出来ているように感じ化粧で隠し出もらったのだが、上手くいかなかったのだろうかと思い。そんな少女の手をヴァンは優しくとった。
「綺麗にお化粧されているよ。大丈夫」
「そう、ですか」
頬を赤く染めるティアリーネに、ヴァンは優しく微笑むとそのまま手を取って歩き始めた。
「学園はどうだい?友達はできた」
「…同じ派閥の方に気をかけて頂いております」
「なるほど。心を許せるような相手はいない?」
「…ご心配をお掛けてして申し訳ございません」
「んーん、僕が勝手に気にしてるだけ。ティアはこんなに可愛いのにね。可愛いからこそ周りが近寄り難いのかな?」
「そんなことは」
「あるよ。君は僕のお姫様だからね、誰よりも大事な」
ティアリーネは、いつもヴァンの言葉や態度を擽ったく感じている。女性に対しての扱いが上手すぎるのが問題ね、と思いながら兄妹は並んでダイニングへと入っていった。
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