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神話の中の聖女
しおりを挟むアストリスという国には、白金の大翼竜が峻険な山岳のある一つの山に住み着いていると言われている。
険しく、人の立ち入れないその場所は、かつて多くの女性が立て篭り、大翼竜を守る為にその身を犠牲にしたと記録に残されている。
実際にそんなことがあったのかは、史実として残っている訳では無いので分からない。現代に語り継がれる神話の中でしか、そういった話が載っている書物はないからだ。
けれど、神話がある程度事実であるとアストリス国で認められているのは、偏に女性の魔力の高さにあった。他国では認められていない魔力の男女差の偏りを説明するには、古代から言い伝えられている神話が正しくなければ、我々アストリス人、その中でも女性が何者であるのかの説明がつかないと、聖職者は言った。
更にこの国では、数十年に一度ほどの割合で『聖女』と呼ばれる全ての魔力に精通した子どもが産まれている。
『聖女』とされた彼女達に共通しているのは、どの時代に生まれても白金髪で美しい見た目であったこと。そして、魔力が桁違いに大きいこと。
大翼竜も白金であったことから、『聖女』は大翼竜の力を受け継いでいるのではないかと考えられてきた。
神話の中で、最後まで大翼竜に寄り添っていたのはアストリスの姫であり、彼女は白金髪の美しい髪をしていたと、記録には残っている。
そんな偶然があるのだろうか。アストリス国の内情を調べた他国の間者はいつも疑問視する。
そもそも大翼竜など、本当に存在しているのだろうか。
そう考え、かの者を探し出す為に山岳へと踏み入った国内外の者も幾人かはいたようだが、残念ながら生きて帰ってきた者は誰一人としておらず、伝説は伝説のまま、神話として現代まで続いているのだ。
聖女であるクリステルは、誰にも言っていないが実は幼い頃から変わらず見ている夢が一つだけある。
その夢は、いつもクリステルに死が迫っている場面から始まる。
アストリス国には、大翼竜と呼ばれる美しい生き物が住んでいた。彼の者はアストリス国に結界を張り、他の土地から入ってこようとする邪悪を退け、自らを神と崇める国内の人間に愛情を持っていた。彼の者は、彼らの為に力の宿る石を創り与えた。人間はその石の使い方を知らずとも、与えられた石を手元に持っておくと、健康に長生きすることが出来た。
隣国がこの国の大翼竜の護りや、生み出す不思議な力を宿した石を狙っていることは知っていた。彼らは大翼竜を奪おうと、もしくは殺してしまい、石の鉱山を自分たちの物にする為に幾度となくチャンスを伺っていたからだ。
いつかは戦になると言われていた為、国民は男女変わらず戦闘する術を身につけた。
アストリス国の姫であったクリステルは、父や兄が守りを固めていた隣国との境界を、数で優っていた敵国が破った事を知り、王都内に残っていた女達を連れ、最後の砦となる大翼竜の巣へとやってきていた。
怯え、震えながら山岳の洞窟へと進む行進の中には小さな子供も含まれていた。
(父上、兄上…お二人とももはや…)
境界戦でアストリス国軍によって敵が大分削れていたとしても、それでもかなりの数は国内へと侵入している事だろう。
(母上は城に残られた。あの場所で父上を待つと仰っていたから。でも、もう…。)
洞窟の入口へと到着すると、クリステルは備え付けの納屋の扉を開いた。そこには以前にかき集められた武器が仕舞われている。
クリステルは一瞬躊躇いを見せ、しかし勇気を奮って弓と剣を手に取った。そして後ろを振り返り、力強い声で言った。
「大翼竜を護るのだ!我が国の神を奪われてはならない!我らがここに篭城し敵の侵入を防ぐ。必ず護りきろう…!」
姫の声に、女達は震える手に武器を取り、覚悟を決めた。
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