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神話の中の聖女2
しおりを挟む「姫様!奥へ!あの子達の元へ行かれてください!」
「ここは我らが防ぎます…!」
「敵が来るぞー!!矢を放てー!!」
「矢を放てー!!」
「皆の者…!死ぬな!死ぬではないぞ!」
女達の力強い声に押され、クリステルは下り坂になっている洞窟の難路を進んだ。前方に微かに灯りの見える真っ暗な中、何度か岩に足を取られて転びそうになりながら、震える足で先を急ぐ。
途中、パッと見ただけでは分からない分かれ道の下の部分に空いている、子どもが通れる程度の穴に向かって話しかけた。
「大丈夫か?」
「…ひめさま!」
「ひめさま!」
幼い声がざわめき、自分を不安げに呼ぶ声が幾つも穴の中から聞こえてきた。中にはしゃっくりを上げている者もいる。クリステルは落ち着いた声でゆっくりと喋った。
「いい?ここに隠れている最中は決して声を出してはいけないよ。大翼竜の鳴き声が聞こえるまで、喋らず静かにこの中で待っていてね。」
「ひめさまはどうするの?」
「こわいよう」
「暗いところ、いやだよお」
「お母さんはどこにいっちゃったの?」
「大丈夫。貴方達のお母さんと私、それから大翼竜が貴方達を護る。静かに、いい子にしておいで。いい?大翼竜の鳴き声が聞こえるまで待っているのよ。後で迎えに来るね。」
クリステルが優しくそう言うと、ざわめきは小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
クリステルは少しだけ微笑み、また地下へと向けて悪路を下った。
やがて、明かりが灯る広い空間へと辿り着いた時。悲鳴と怒号が高く聳え立つ岩肌に反響して、色んな場所から聞こえてきた。
そして、自分が来た方角から漂ってくる濃い血の匂い。バッとクリステルは上に続く坂道を見上げた。
(皆…!)
恐らく外で食い止めていた女達が攻撃を受けてしまったのだと、クリステルは瞬時に理解した。悲鳴はまだ続いている。絶対に行かせない、という咆哮も聞こえてきた。
やがてそれらの叫び声が聞こえなくなった頃。
悲しみや怒りや恐ろしさで、心臓の音が耳元でやかましく鳴り響く。自分の呼吸も荒く、忙しなく、そしてもうすぐここに脅威が迫っているのだろうと遠くより聞こえてくる足音の気配で察していた。
刹那、大きな岩に囲まれた洞窟の壁に、焚火によって浮かび上がる自分よりも遥かに大きな影が揺れた。
振り返ると、艶のある、まだ濡れた白い柔らかな産毛に覆われた被毛を持つ、一体の生き物がこちらを見つめている。
長い睫毛と金色に輝く大きな瞳。目の周りを囲む青色の鮮やかなライン。
前に長く伸びる鼻先には、髭が長く垂れ下がり、ゴツゴツした岩肌へと川のように流れている。大きな蜥蜴や大蛇のように長く伸びた身体は、火の光に反射して鱗の一枚一枚が橙色にまるで宝石のように輝いている。その体の傍には、大きな翡翠色の卵の殻が転がっていた。その中にはまだ臍の緒が残っている。
(ああ…、まだ産まれたばかりなのに。)
アストリス国で代々奉り、神の使いと信仰している大翼竜。けれど、そこに存在しているのはまだ幼獣だ。先代の大翼竜が千年の時の流れから解放され、次世代に力を受け継いだところだった。
けれどまさか代替わりのこの瞬間を狙われるなんて、とクリステルは唇を強く噛んだ。きっと間者が潜んで居たのだろう。
まだ幼獣である竜は、意識はある様だがまだ立ち上がる気配は無い。鳴き声を発しさえすれば、その身体はたちまちに成長し自身が何者であるのかも理解すると、古文書には記載されていた。
じっと、自分を無垢な瞳で見つめる雛に、クリステルは柔らかな笑みを浮かべた。
「貴方様をお守り致します。必ず、私の命に替えてでも。」
そして、背後より駆け下りてくる足音を確認したクリステルは、その場にしゃがむと息を大きく吸い込み、ぐっと呼吸を止めて弓を引いた。
その瞬間、岩陰から飛び出した敵国の兵士の心臓を矢で撃ち抜いた。
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