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三人ともに生きてゆく

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「…それで、その、そのねこ…大翼竜様は…?」

「その後ね、直ぐに学園の入学式があってその日のうちにネルネルに出会っての中から出ちゃったから、もう会えなくなっちゃった。」

「え?!私もしかして知らない間に余計なことしてる?!」



「巨大樹は、だったのねえ…。」


 慌てふためくネイフィアの叫び声の向こう側、クリステルはそっと呟いた。
 白金の長い睫毛が青い瞳に翳りを作り、憂いを帯びた表情にネイフィアとノエリアはパッと口を閉じた。


 クリステルが持つサフィア王女の記憶は、恐らく今後も聖女が生まれる度に継がれていくものなのだろうと、彼女は心のどこかで知っていた。
 大翼竜がノエリアに言ったという言葉。「母の命は巡る」はクリステルにも当てはまるだろう。

 これまで彼女たち聖女は公にそれを口にはしてこなかったが、友人や家族といった心を開いていた相手に、見た夢の事を誰かに零した者もいたはずだ。それが伝承されいつしか神話になったのだと、確信した。

 ネイフィアの記憶も、もしかしたら他にも同じような者が過去に居たのかもしれない。
 この国に生まれる者達が、聖女と変わらず、同じ命を持ち産まれてくるのであれば、それは王子ラピスではなく、あの時あの場に居た女性兵士の記憶や、他の子ども達の記憶が引き継がれている可能性もあるということだ。
 

 ノエリアのように、大翼竜を遠隔で見た者もいるだろう。だって彼は言っていた。「よくある事だ」と。
 ネイフィアはなんとも言えない気持ちになっていた。


「何だか、なんて言うか。上手い言葉が見つからないんだけど…不思議ね。」

「そうだね。」

「…まるで輪廻の呪いのようよね~。」

「呪い?!」
 
「えっ!?」


 クリステルの口からぽろりと、考えてもみなかった言葉が出てきて、二人はびっくりした顔で少女を見つめた。見つめられた少女は微笑み、言葉を続ける。


「私達は、大翼竜を助けた王女の『国と子供たちを護って』という願いの言葉が発せられた瞬間から、魔法をかけられてるのよね~。それはこの国が続く限り永遠に解けない呪い。あながち間違っていないでしょう~?」

 
 ネイフィアは、その言葉を告げた人物の記憶を持つクリステルが複雑な思いを抱えている事に気がついた。

 この国の女性が男性よりも強い魔力を持っているのは当たり前のことで、それはネイフィア達にとっては国を護っていくという重責にも繋がってゆく。家も女性が継ぎ、王族も代々女王が頂点にいる。
 それは少しもおかしな事ではないと、ネイフィアは思っているが、アストリス国の女性が他国でなんと呼ばれているのかも知っていた。

『化け物』だ。

 
 隣国へ留学している兄が、一度手紙をくれた事がある。そこに書いてあったのだ。『周りはみんな言っている。アストリス国は化け物の国だと。化け物じみた力を持つ女ばかりがいる国なんて、怖くて帰ることはできない』と。

 兄はずっと、超えることの出来ないネイフィアを傷つけたかったのだろう。実際にその手紙を読んだ時、少女は馬鹿げたことを、と思いながらも傷ついた。だから、未だに婚約者探しもしていない。中にはエリオットのように、クリステル婚約者の力を尊敬している人もいる。しかし、アストリスで産まれた男性で、女性が強いと理解していてもそう思う人間もいることを、身近に知ってしまったから。
 
 



「…でもそれなら、幸せな呪いだね!」


 ノエリアの明るい声に、今度はクリステルが瞳を大きく見開いた。


「私、アストリス国の事が好き。お父様もお母様も、テルテルやネルネルもいて、大翼竜様も遠くにだけどいる。
 毎日がとても幸せ。私にはそれを全部護る為の力があるってことでしょう?すごく嬉しい!」

 キラキラした目で言うノエリアに、複雑な思いにふと沈みかけていた二人は、顔を見合せて優しく微笑んだ。


「そうね。ノンの言う通りだわ。私も、辺境伯爵家を継ぐものとして頑張らなきゃ。」

「そうね。未来はまだまだ続いていくもの~。逞しく生きていくしかないわね~。」

「身体が弱くて守ってあげたくなる美少女って言うのとは、私たち真反対の立場だしね。」

「強くてよかったんじゃない?」

「うん!守れた方がいい!」




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