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見ちゃったんだけど
しおりを挟む(寝不足だわ~…。)
ここ数日、寝つきが良くなかったサラは、学園の廊下を歩きながらふう、と小さく溜息をついた。
何時もはキラキラと輝いている新緑色の瞳も、長い睫毛が半分ほど覆いかぶさっていて前が見にくい。少女はぼんやりとした頭を起こそうと背中まで伸びた柔らかな焦茶色の髪を左右に揺らしながら顔を振った。
だめだめ、まだ朝は始まったばかりなのだ。
朝起きた時の侍女のケリーの驚いた顔を思い出す。「お嬢様?!目の下に熊さんがいらっしゃいますよ?!」と言いながら、慌ててクマ消しを施してくれたのだけれど。朝、鏡を見た時には綺麗に消えていたがそもそも顔が疲れているように感じた。でもそんな理由で授業を休む訳にも行かない。
(休む、なんて言うとお父様達が心配しちゃうだろうし。)
過保護な父や心配性の母が、慌てふためくところを見たい訳でもないので、馬車までは普段通りに元気よく歩いた。その後は馬車の中で半分魂が抜けていた。
眠いものは眠いのである。
「サラ、おはよう。」
「…ガヴィ。おはよう。」
「…?どうしたの?どこか、具合でも悪い?」
「え?」
高位貴族の集められたいつもの教室で、席に着いた途端に後ろからガーヴィンから話し掛けられた。
少し間を置いて、サラは覚悟を決めて笑顔で振り返った。視線の先にはいつも通りの彼だ。
小首を傾げ、こちらを心配気に見つめる傾国の美姫のようなお顔。ちょっと垂れ目なのがセクシーと最近騒がれているが幼馴染兼婚約者として、ときめきを感じると同時に複雑な気持ちになるなあ、と思いながら。
「…サラ、具合悪いでしょう?」
「…そんな事ないわ。」
「だって顔色が良くないよ、ねえ。」
ほっそりとした長く白い指が、サラの血色の悪い頬にそっと触れる。以前はただ白くて柔らかそうだったその指は、形の良い爪はそのままに剣だこが付いていて少し硬い。
突然頬に触れられて、ビクッとサラの肩が跳ねるのを見てガーヴィンは目を瞬かせた。ああ、いつもは触られるのは平気なのに、つい。
「ね、寝不足なのかもしれないわ。」
「何か、あった?」
「…何もないわ。」
(何か、あった?なんて、貴方がそれを聞く?)
でも、貴方のせいで眠れなかった、なんて言えない。そもそも、断りの手紙を貰った日に傷ついて、そしてあれを見た日から眠りが浅くなってしまっただなんて。
その眠れなかった時間で考えた自分の今までの行動のあれやこれや、それに対するガーヴィンの態度のなんやかんやが、あれ?もしかしてこれって自分の一方通行の恋なの?とか思ってしまったら、もっと目が冴えてしまったなんて。
ああ、でも気になる!
「私は大丈夫よ。…ところで、週末は何処へ行っていたの?」
「週末?ああ、そうだ。ごめんね。…殿下に呼ばれて王宮へ行っていたんだ。」
「…ハーヴェイ殿下に?」
「うん。」
「どんな用事で?」
ハーヴェイ殿下は十六歳で私達は同い歳だ。ガーヴィンは彼の側近候補として週に何度かハーヴェイ殿下の元を訪れている。でも今までお休みの日に招集をかけられることなんてなかったよね?
あ、目を逸らしたわ。
あ、右手で耳を触ったわ。それ嘘をつく直前の貴方の癖よね?
「…あー、えっと。こ、今度、新しく来る側近について?」
「…ふーん。」
「あ、あと、次の実務訓練の件で…?」
吃ってるし、?って語尾なってるじゃない。嘘だねえ。それ。何処か教室の隅の方を見ながら、右手で耳を引っ張ってるし。しどろもどろだし!
サラは思わず無表情になってしまった。
ああ、目の前の無垢な天使みたいな顔が憎い…!
(知ってるんだからね…。
だって週末に、貴方がローゼマリア様と二人で腕を組んで歩いているのを見ちゃったんだから…!)
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