62 / 87
過去からの声【ガーヴィンの母クロエ視点】
しおりを挟む「サラが暴漢に襲われたんだ。」
「……え?」
昨日の夜遅く、城へ行くと言って出かけた息子が、次の日の夕刻頃、沈みきった顔で帰宅した。
クロエが問いかけると返ってきた言葉に、彼女は座っていた椅子から思わず立ち上がった。
「大丈夫。サラには怪我はない。……でも、侍女が一人切りつけられて、今もまだ昏睡状態なんだ。」
「……そう、なの。」
クロエの脳裏には十二年前の記憶が鮮明に浮かび上がっていた。それは決して思い出したくない、忌まわしい過去だった。
微かに震える手をそっと握りしめながら、クロエは息子に問いかけた。
「……その侍女は、ケリーさんね?彼女の容態は?」
「医者は、命に別状はないって言ってる。」
「そう……それは本当に良かった。」
クロエはほっと息を吐いた。
頭の片隅に、はにかみを浮かべるシェアナの侍女の姿が思い浮かびあがる。
ケリーは生きている。本当に良かった。それはクロエの心からの言葉だった。
彼女は息子が椅子に座るのを待ち、その顔を改めて見た。クタクタに疲れ果てた様子で、目の下には深い隈が浮かんでいる。
「……貴方、大丈夫なの?」
「うん。まあ、なんとか平気だよ。ただ、ハーヴェイ殿下の人遣いの荒さには正直うんざりしてる。」
「目処はつきそうなの?」
「さあね……。でも殿下の思惑通りに進んでる気がする。それがまた、腹立たしいんだよな。」
珍しく感情をあらわにする息子に、クロエは少し驚いた。冷静なガーヴィンがこうして感情を揺らすのは、決まってサラが関わる時だけだ。
「……危険に晒すつもりはなかったとはいえ、サラを囮に使ったのは事実だ。しかも侍女まで怪我をしてるし、全部ハーヴェイ殿下のやり方が悪い。」
ガーヴィンの呟きに、クロエは思わず問いかけた。
「……どういうこと?」
「そのままの意味だよ。殿下は今回の事件を利用して、ここ四年間に起きた類似事件について調べているんだ。」
「四年間?」
クロエの胸に嫌な予感が広がる。
「お母様も覚えてるでしょう? 以前話した王族派閥の貴族令嬢が襲われた事件のことだよ。」
どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
「……どんな事件?」
「三件くらい連続で起きた事があったじゃないか。夕食の時、四人でその話をして、ティアラにも気を付けないと、とお父様が言ってたじゃないか。覚えてない?」
覚えている。
忘れられるはずがない。
その話を聞いた時、奇妙な感覚に襲われたのだ。
襲われた令嬢は生き延びたものの、従者と侍女は命を落とした――そんな話だった筈だ。カトラリーを持つ手が震え、クロエはそれを隠すために手をテーブルの下に置いた事も、昨日の事のように鮮明に覚えていた。何も気が付かない子供達と、此方に気がついて心配そうに見つめるフランクの視線も。
「……その事件を、第三王子殿下が調べているの?」
「そうだよ。でも目撃証言が少なくて、全然進展しなかったんだ。
だから殿下は強硬手段に出た。僕とサラを利用して、あの庶子に興味を引かせて襲わせようとして成功してるんだから、本当に性格悪い。」
「待って……庶子って?」
「王の庶子さ。」
「それが事件と関係あるの?」
「分からない。ただ、あの女が関わった者の婚約者たちが襲撃されたってことだけは確かなんだ。」
刹那。
かつてクロエの耳元で囁かれた、低く怨みとも悲しみともつかない言葉が、再び鮮明に響いた。
『……お前も、私のことを見ないのか。』
「お母様?」
ガーヴィンの声が遠くから聞こえるように思えた。だがクロエはその場で硬直し、しばらくの間言葉を返すことができなかった。
406
あなたにおすすめの小説
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる