【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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過去からの声【ガーヴィンの母クロエ視点】

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「サラが暴漢に襲われたんだ。」
「……え?」


 昨日の夜遅く、城へ行くと言って出かけた息子が、次の日の夕刻頃、沈みきった顔で帰宅した。
 クロエが問いかけると返ってきた言葉に、彼女は座っていた椅子から思わず立ち上がった。


「大丈夫。サラには怪我はない。……でも、侍女が一人切りつけられて、今もまだ昏睡状態なんだ。」
「……そう、なの。」


 クロエの脳裏には十二年前の記憶が鮮明に浮かび上がっていた。それは決して思い出したくない、忌まわしい過去だった。
 微かに震える手をそっと握りしめながら、クロエは息子に問いかけた。


「……その侍女は、ケリーさんね?彼女の容態は?」
「医者は、命に別状はないって言ってる。」
「そう……それは本当に良かった。」


 クロエはほっと息を吐いた。
 頭の片隅に、はにかみを浮かべるシェアナの侍女の姿が思い浮かびあがる。
 ケリーは生きている。本当に良かった。それはクロエの心からの言葉だった。

 彼女は息子が椅子に座るのを待ち、その顔を改めて見た。クタクタに疲れ果てた様子で、目の下には深い隈が浮かんでいる。


「……貴方、大丈夫なの?」
「うん。まあ、なんとか平気だよ。ただ、ハーヴェイ殿下の人遣いの荒さには正直うんざりしてる。」
「目処はつきそうなの?」
「さあね……。でも殿下の思惑通りに進んでる気がする。それがまた、腹立たしいんだよな。」


 珍しく感情をあらわにする息子に、クロエは少し驚いた。冷静なガーヴィンがこうして感情を揺らすのは、決まってサラが関わる時だけだ。


「……危険に晒すつもりはなかったとはいえ、サラを囮に使ったのは事実だ。しかも侍女まで怪我をしてるし、全部ハーヴェイ殿下のやり方が悪い。」


 ガーヴィンの呟きに、クロエは思わず問いかけた。


「……どういうこと?」
「そのままの意味だよ。殿下は今回の事件を利用して、ここ四年間に起きた類似事件について調べているんだ。」
「四年間?」


 クロエの胸に嫌な予感が広がる。


「お母様も覚えてるでしょう? 以前話した王族派閥の貴族令嬢が襲われた事件のことだよ。」



 どくり、と心臓が嫌な音を立てた。


「……どんな事件?」
「三件くらい連続で起きた事があったじゃないか。夕食の時、四人でその話をして、ティアラにも気を付けないと、とお父様が言ってたじゃないか。覚えてない?」


 覚えている。
 忘れられるはずがない。
 その話を聞いた時、奇妙な感覚に襲われたのだ。
 襲われた令嬢は生き延びたものの、従者と侍女は命を落とした――そんな話だった筈だ。カトラリーを持つ手が震え、クロエはそれを隠すために手をテーブルの下に置いた事も、昨日の事のように鮮明に覚えていた。何も気が付かない子供達と、此方に気がついて心配そうに見つめるフランクの視線も。



「……その事件を、第三王子殿下が調べているの?」
「そうだよ。でも目撃証言が少なくて、全然進展しなかったんだ。
 だから殿下は強硬手段に出た。僕とサラを利用して、あの庶子に興味を引かせて襲わせようとして成功してるんだから、本当に性格悪い。」
「待って……庶子って?」
「王の庶子さ。」
「それが事件と関係あるの?」
「分からない。ただ、あの女ローゼマリアが関わった者の婚約者たちが襲撃されたってことだけは確かなんだ。」



 刹那。
 かつてクロエの耳元で囁かれた、低く怨みとも悲しみともつかない言葉が、再び鮮明に響いた。


『……お前も、。』

 







「お母様?」




 ガーヴィンの声が遠くから聞こえるように思えた。だがクロエはその場で硬直し、しばらくの間言葉を返すことができなかった。






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