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幕引き
しおりを挟む「──ああ、そうか。そこ迄知られているのであればもう、隠す必要は無いのだな。」
サンドラルド公爵は、そう乾いた声で呟いた。そして、肩を震わせて笑った。
「その通りです。
私は、フレデリック殿下。貴方の祖先がサンドラルドの娘に産ませた子どもだ。その事は長く一族の中で伏せられてきた。」
その声には、深い侮蔑と憤怒が込められていた。
「私の祖父は言っていた。『サンドラルド公爵家の黒と青の目は、王族の罪を晒し続けているのだ』と。
──可笑しいでしょう?
同じ血を持ちながら、方や国の最高位、方や公爵家……。
公爵で満足していればいいだろうと、そう思いますか?国の貴族の最高位なのだから文句を言うなと。」
歪んだ笑みを浮かべながら、彼は忌々しそうに首を振る。
「あんな不出来な、役立たずだと分かり切っている男の下に、何故私がいなくてはならないのか?
何をやらせても愚図でのろまで、出来損ない。いつ見ても背を丸め自信なげに立たずむあの愚鈍が、質疑応答もまともに出来ない、見ているだけでも腹立たしい気持ちになるあの男が、何故私の上に立つのか?」
サラはサンドラルド公爵が、怒鳴り散らすことを想像していた。娘を失い、罪を暴かれ、声高らかに──先程のマルベリアのように──自分の心の内を曝け出すのだと。
「知っておられますか?サンドラルドの娘を汚したのは、その時代に愚王と呼ばれた男だった。その血の呪いなのですかね?数代置きに、愚かな王が誕生するのは。」
しかし、公爵の声はまるで幼子をあやすかのように穏やかで、そして冷たく。それが返って貴族達の心に凍った雨のように降り注いだ。
「ああ、そうだ。マクベス殿下の事も教えて差し上げよう。
フレデリック殿下よ。
貴方の弟。あれは本当に、駄目です。若い時分のウルク王にそっくりだ。成る可く早めに他所にやってしまいなさい。それが出来ないのなら他に役には立たないので、閉じ込めでもして、貴方にお子が産まれなかった時の種馬にでもしたら良いでしょう。
能力も無く、頭脳も無く、人を惹き付ける力は弱く、その見た目だけ。
そして、第二王子という肩書きにすがりついているだけの哀れな王子。
時代はとっくに変わったというのに、それを受け入れられず、未だに剣と力が全てだと信じている愚か者。挙句の果てに、自身の妹に惑わされて身を滅ぼした。
……第一王子殿下よ。貴方はウルク王が何と言って私にあの不出来な息子を押し付けようとしたのか知っていますか?
『お前なら何とかしてくれるだろう』。
そう言われました。
いやあ。……有難い言葉だな。
息子を導くどころか、制御すらできない無能な王が、自分の不出来な血筋の尻拭いを、同じ血を持つ私に押し付けたのだから。
私の思惑など何の疑いも持たず、ただ耳に入ってくる戯言を信じ、殺人鬼に成り果てた。ああ面白い。まるで喜劇のようですよ。
マクベスを取り込めば、私が王政に多大な影響力を持つ日が来るかと期待をしたが、それも叶わなかった。
ローゼマリアを孕ますことが出来れば、この目の青色は完璧なものとなっただろうが、それも成せなかった。
唯一の誤算は、我が娘がそんな無能な男を愛したことだった。
驚きでしたよ。私は何度も言ったのです。
『使えぬ男だ。お前には不必要だ』と。マルベリアは誰に似たのか頑固で、聞き入れず。終いには、あの娘を攫って売るならまだしも、自分の手を汚してまで殺すなど。
私も育て方を間違えたのか、──そもそもこの王家の血が穢らわしくて呪われているからなのか。
──フレデリック殿下、私は貴方が幼い時分に貴方を始末しておくべきでした。私の中には二人の人間がいるのです。王族に仕えようとする私と、私をこのように歪めたあなた方を憎み続ける私と。
──貴方の存在がいかに時代に合致していようと、私にとっては、王家の者全てが不快な存在でしかないのですよ。」
彼の静かな声には、王家全体に対する深い憎悪が滲んでいた。独白のような彼の言葉が終わると、ホール内の空気がまるで日の暮れゆく空のように、深く重く沈み込んだ。
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