【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

文字の大きさ
74 / 87

観念と嘲笑

しおりを挟む






 



 フレデリック殿下の目が鋭く細められる。



「……具体的には、どんな手助けをしたのだ?」

「簡単ですよ。」サンドラルド公爵は穏やかに微笑み、肩をすくめて言った。

「彼のやること成すことに、全て文句をつけるんです。それだけで十分でした。周囲も自然と彼を低く見積もるようになる。そして、彼自身も――。」

「彼自身も?」

「勝手に落ち込み、勝手に自滅したのです。私はただ真実を指摘しただけ。彼の才能の無さを教えただけです。そして、その結果ウルクは血に飢えた殺人鬼となった。ただ、それだけの事です。」



 その言葉に、ホール全体が凍りついたように静まり返る。その異様さに、誰も声を上げる事が出来なかった。
 サンドラルド公爵の声は、今ではどこか余裕すら漂わせていた。まるで天気の話をしているかのような態度に、サラは思わず背筋が寒くなるのを感じた。彼の言葉の裏に隠された狂気を、本能的に感じ取ったからだ。他の貴族達も同じような思いなのだろう。



「私は、むしろ彼のために助言を与えたのですよ。彼が良くなるようにと。」

「助言、か。」

「ええ。そして、ローゼマリアのことも同じです。ウルクが見向きもしなかったものを私が使えると思って拾い上げただけです。何も悪いことではないでしょう?」


 フレデリック殿下は、サンドラルド公爵の方へと一歩踏み出すと、言葉を重ねた。


「その助言とやらには、『第一王子ライルの代わりにお前が死ねば良かった』という言葉も含まれているのか?」


 サンドラルド公爵の表情が僅かに歪んだ。


「──そんなことは……一言も。」

「貴方はウルクの腹心の振りをして近づき、彼に嘘を吹き込み、あるいは真実を曲げて伝えていたのだろう。
 彼が王族派閥に認められず、周囲に蔑まれるよう仕向けたのも、全て貴方の仕業だ。その結果、貴方はウルクが最も欲したをも取り上げた。」


 フレデリック殿下の言葉は静かだが、その響きは鋭利だった。


「そんな男に、『王族派閥の貴族たちがこう言っている』となどと嘘を交えて吹き込めば、どうなるか――分かるだろう?」


 公爵は一言も返せなかった。その場の空気がどんどん重くなる中、殿下はさらに追い詰めるように告げた。


「そして、ここ四年間の事件の中で、一件だけ解決していないものがある。四年前の、ある子爵令息と婚約者の令嬢が殺害された事件だ。」

「……!」

「その事件で、唯一生き延びた従者がこう証言している。『犯人は黒い目をしていたが、光の加減で青くも見えた』と。」


 フレデリック殿下の目がサンドラルド公爵を貫いた。


「その特徴を持つ者は、この国でただ一人――今は貴方しかいない。」


 周囲の視線が一斉に公爵の目へと注がれた。
 額に滲んだ冷や汗が、サンドラルド公爵の頬を滑って落ちてゆく。
 ホール内を明るく灯す蝋燭の光により照らされたその目は、確かに漆黒だった。
 しかし警戒するように彼がきょろきょろと周りを見渡した瞬間、光の角度によって黒い瞳が一瞬青く光った。その青は濃く深い──まさに王族特有ロイヤルブルーのものであった。

 フレデリック殿下は、冷厳な声で最後の一言を告げた。


「貴方は王族派閥の貴族を殺すことをウルクに。目障りなら消せば良いと、目の前でやって見せた。

 冷酷だな。貴方はとんでもない策士だ。
 ……血の契りを交わさずとも、貴方の中には元より王族のが流れている。それが全ての答えだ。」



 フレデリック殿下のその言葉に。
 サンドラルド公爵は微かに笑い、震える声で呟いた。



「……恐ろしい……。本当に恐ろしいお方だ、殿下は。」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...