【完結】ただ好きと言ってくれたなら

須木 水夏

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拒絶と混乱とその先【ハーヴェイとエミリア】

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 エミリアに掛けられた突然の言葉の意味が理解できず、ハーヴェイはしばらく返事ができなかった。ただ困惑するばかりで、ようやく「……どういう意味?」と問い返した時には、エミリアは既にそれをと受け取ったのだと思う。

 少し目を伏せ、躊躇するように迷った後、それでも彼女は言葉を続けた。


「⋯⋯サンドラルド公爵家ほどの力はございませんが、我がフォークス侯爵家も、貴方様へのお力添えは可能かと存じます。」


 その一言で、フレデリック程では無いが頭の回転が早いハーヴェイは、全てを悟ってしまった。
 エミリアは自分がマルベリアに特別な好意を抱いていることを見抜いている。そして、それでも自身がとなり、ハーヴェイを支える意思があることを伝えようとしている――その事を。

 顔がかっと熱くなり、子どもながらにどうしていいかわからず、焦りが口を突いた。


「⋯⋯君のたすけは、ぼくには必要ない。」



 冷たく、突き放すような声でそう言ってしまった。

 はっとして言葉を飲み込んだ時には、もう遅かった。エミリアの表情は無に変わり、その美しい瞳から光が消えていた。

 やってしまった。

 ハーヴェイが冷や汗をかきながら「あ、あの」と口を開こうとしたその前で、エミリアは穏やかな笑みを浮かべ、丁寧にカーテシーをして一言。


「……承知いたしました。よけいなことを申しあげてしまいましたわ。どうぞ御機嫌よう。」


 その背筋の伸びた姿が遠ざかるまで、ハーヴェイはその場を動くことも追いかける事も、何もできなかった。
 ただ、彼女がそれからしばらく自分をのを痛感するだけだった。




 エミリアはマルベリアの幼馴染であり、家柄は申し分なく、フォークス侯爵家の令嬢は第三王子である自分にとって降婿先として理想的な相手だったはずだ。それにもかかわらず――ハーヴェイは、彼女に無遠慮な拒絶を突きつけてしまった。

 おそらく、あの場を整えたのは王家に仕える臣下たちやフォークス侯爵家の思惑だったのだろう。マルベリアを仲介に、二人を近づけるためのという名の計画。
 しかし、それをハーヴェイ自身が叩き潰してしまった。


(しまった……。)


 とは思ったが、子ども心にそれを認めたくない気持ちもどこかにあった。エミリアがあのように直球で言わなければ、自分だってあんなことを言わずに済んだのに――と。

 その後、エミリアはなぜか長らく婚約者を持たなかったが、学園に上がる年になると婚約者が決まったとマルベリアから聞いた。その知らせを受けた時、ハーヴェイはどこかほっとしたのを覚えている。


(良かった……。)

 好き嫌い以前に、出会って数度しか言葉を交わしていない相手に対して、あのような感情的な拒絶をしてしまったことを、ハーヴェイは何年経っても思い出しては落ち込んでいたから。



 それなのに。


 「――フォークス侯爵令嬢との婚約、ですか?」

 ハーヴェイは耳を疑った。

「そうだ。」

 新しく王となった尊敬する兄、フレデリックからの言葉は衝撃的だった。恐る恐る、ハーヴェイは「あの」と引きつった声を出した。



「念のため確認しますが……。令嬢とは、エミリア嬢のことでしょうか?」
「その通りだ。学園では同じクラスだったのだろう?」
「ええ……まあ、そうですね。」
「ローゼマリアの件で彼女は婚約を解消してから、まだ誰とも再婚約を結んでいない。ハーヴェイもその事情は知っているだろう。」


 ローゼマリア半分だけ血の繋がった者――その名前に付随して、かつてエミリアの婚約者だったロールベン侯爵家の令息の顔と名前が思い出される。

 学園に入る前、その令息がエミリアの婚約者になったと知った時、ハーヴェイは何故か複雑な気持ちを抱いた。

 そして、彼はその高位の身分により自分の側近候補にいたが、婚約者がいる身でありながら城の中庭で他の女性ローゼマリアと親しげにしているのを見つかってしまい、それが原因でエミリアとの婚約は破談となった。それでハーヴェイの彼に対する心象も一気に悪くなり、即座に候補から外したことも、記憶に新しい。

 けれど、その一件はハーヴェイにとってさほど重要ではなかった。むしろ問題なのは、兄から告げられた現実――エミリアと婚約しなければならないという事実だった。


(なぜ、よりによって彼女なんだ……!)



 かつての自分の失態が鮮やかに蘇る。今更自分との婚姻を結んで欲しいなど、彼女はどう思うのだろうか。
 ハーヴェイは、胸の奥が重く沈むのを感じた。







 
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