王命を忘れた恋

須木 水夏

文字の大きさ
14 / 14

繭の中で

しおりを挟む




 

 クリスティアンの母の実家はこの国の侯爵家とは言え、正妃は北の大国の王女。地位は比べるまでもない。
 母の産んだ一人息子、しかも第六王子であり、王太子には程遠い場所にいたけれど、子どもの頃から毒殺未遂がクリスティアンには相次いでいた。
 汚い権力が行き交い、自分や自分以外の兄弟の生命の明日すら定かでは無い恐ろしく、虚無で、窮屈な空間。

 自分は王位には興味が無いと示す為に騎士を志しても力をつける事が、将来の謀反と見なされたが故に、その未来を取り上げられる始末。

 それなら自分は何のために生きているのだと、クリスティアンが全てを投げ出して逃げ出してしまいたくなった時に、偶然にも彼の元へと訪れた『ステイフィルドの聖女』との婚姻だった。






「僕らは望んでいなくてもそれぞれに役目を負っている。けれど、僕らにも感情はあるでしょう?
 …僕は代用品ではなく、僕でなくては駄目だとずっと言ってもらいたかったんだ。君も、婚約者だった騎士に聖女ではなく、本当の君を見て欲しかったのではない?」





「…おっしゃる通りです」




 クリスティアンの言葉にユリアーナは小さく頷き、目を伏せた。水色の瞳が陽を湛えた水面のように柔らかく光った。





「私は常、ステイフィルドに相応しくあるようにと生きて参りました。けれど、一人の人間としても私を見て欲しかったのです…。

 成長するに従い、『始まりの少女』の話を聞く度に私はどんどんと聖女でいる事が怖くなっていきました。

 私達は『神糸』を紡ぐことが出来ます。けれど、あの伝承は最期はに姿を変えて終わってしまう。

 誰に迷惑を掛けたわけでもなく、慎ましく生きていた彼女だったのに、それでも厭われ蔑まれ、最後には自分の居場所を失って繭になった…自分で自分を『糸』を使って封じ込め、殺して…消してしまったのではないかと、私は思っています。

 きっとそれは、彼女が役目や自分の力から逃げ出したかったから…。
 誰かが、誰か一人でも彼女を抱きしめてくれていれば、そうはならなかったのかもしれない…」



 ユリアーナは、その少女に自分を投影していた。
 魔力を錬成して創る糸は決して切れない。例え剣で切りつけられても傷が付くどころか弾き返してしまうだろう。糸を作った本人が生きている内に消失を願わなければ損なわれない。

 だからこそ。

 隙間なく身体を覆ってしまえばきっと。助けも回復も間に合わないほどに素早く自らの意思で首を絞め、口を塞ぎ、息を出来なくしてしまえば。

 それ程にこの世界から消えてしまいたかった『白蘭の聖女』のように、この力をこの国から取り上げることも出来るだろう。




 けれど、今世まで続く聖女の血筋はそうしなかった。それはきっと、側にいてくれた人達が居たから。
 母には父がいるから。
 
 そして、ユリアーナにディオラルドはいなくなってしまったけれど。





 クリスティアンが手を伸ばしてユリアーナの小さな手に触れた。彼の手は、男性にしては優美でほっそりとしていたが、その指先や掌は剣士らしくマメが出来ていた。






「…僕君を護るよ。
 厭われることも蔑まれることも、軽く見られることもないように。騎士として、君を護りたい…人として愛したい、とも思っている。護らせてもらえないか?

 そして、君も…これから先は僕をただ唯一と思ってくれたらと、願っている」





 大きな手の指先は、少し震えていた。
 それは、クリスティアンがその言葉をユリアーナに伝える為にとても緊張をしている、という事が言葉よりも雄弁に伝わってきた。

 ユリアーナが一瞬、戸惑った後そっとその手を柔らかく握り返すと、ほっとしたようにクリスティアンの指から力が抜けた。表情も先程までのどこか張り詰めたようなものから、安心した子どものように目元が緩んでいるのを見て。




(王族でおあせられるのに、とても素直な方なのね…)




 …この人とだったら。





「クリス様、私も…クリス様の唯一になれたらと、そう思います。
 …そのような我儘を、叶えてくださいますか?」



 そう言ってユリアーナが微笑むと、クリスティアンはホッとしたように笑った。勿論、と頷いて。













 貴方に弱さを見せていれば良かったのでしょうか。弱さを吐き出してれば、そうすれば、あの子のように私も愛されていたのでしょうか?

 問いかけても返事をしてくれる人はもういないけれど。





 握りしめられた手から視線を外し、こぼれ落ちる陽の光の中で温かな繭の中にいる様な気持ちで、ユリアーナはそっと目を閉じた。




















……………………………………………………



拙い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございました(* .ˬ.)
 




 追記ですが、ディオラルド君は他に四家、聖女を護る騎士の家がある中、自分の代で選ばれた!と張り切って聖女の騎士となれたのに、その役目を自らおりてしまった形となります。
 ユリアーナに恋心を抱いていたわけではありませんでしたが、長い時間を過ごす内に家族に向ける親愛のような気持ちを持っていました。それがアゼリアに恋をしてしまったことにより、大切にしていた親愛が負けてしまいました。

 愛情など目に見えないもので形が変わってゆくものを、変わらないようにお互いが努力をする事を怠い、よそ見なんかしてしまった日には何時しかそれは終わってしまうよね、と言うのが描きたかったお話でした!



またどうぞ別作品でもよろしくお願いいたします♪


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

後悔は手遅れになってから

豆狸
恋愛
もう父にもレオナール様にも伝えたいことはありません。なのに胸に広がる後悔と伝えたいという想いはなんなのでしょうか。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸
恋愛
だけど不幸で間違っていた。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

処理中です...