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お化粧を直してもらいます
しおりを挟む(しょ、小説の中のアリアは、どどどうやってこの場面切り抜けたんでしたっけ…、あ、違います!
だって私の出番は既に終わってしまっているのです…!まさか、まさか逃げた先でこんな展開になるなんて知らなかったんですけどもっ…!!?)
こんな展開は全くの予想外だった。
どうしようもない事態にアリアはパニックになり、身体中の毛穴から変な汗が出てくる。あわわ、と顔には出ていないもの内心の動揺で固まってしまった少女をよそに、リュシアンは自分の背後に向かって声をかけた。
「カトレア。」
「お呼びでしょうか、我が君。」
「ひぇぁっ?!」
リュシアンに呼ばれて、その後ろからすっと現れた女性に、今度こそアリアはあられもない声を上げて驚いてしまった。居ると思っていなかった、という状況が二回も続くとはさすがに予想していなかったからだ。
でも、普通に考えてみれば隣国の皇太子がたった一人で…警備をしっかりとされている安全な公爵家の敷地内とは言えども単独で彷徨いているはずがない。気配はなくとも、恐らく近くに護衛の騎士も何人かいるのだろう。
「彼女の化粧を直してやってくれないだろうか?」
「畏まりました、我が君。」
そういうと、カトレアと呼ばれた侍女はアリアに「こちらへお越しください」と促す。
「えっ?え、あの、殿下」
「カトレアに直してもらうといい。私はここで待っているから。」
にこりと、リュシアンは笑顔でアリアを促した。
突然のことに戸惑いながらも、いえいえそんな大丈夫です、と伝えるのは王族に楯突いたと思われては危険極まりない。それに確かにこの顔で出歩いてしまっては、先程晒してしまった醜聞が更に深ーく堕ちてしまうだけで、それはつまり伯爵家、お父様や領民に迷惑をかけることになる。
(お言葉に甘えさせていただきましょう…)
そう思ったアリアは、大人しく彼女の後ろに着いてゆき、近くにあった化粧室へと誘導された。
案内された化粧室の、曇りひとつないピカピカに磨かれた大鏡の前に座り、改めて自分の顔を見てアリアは卒倒しそうになった。
(ひ、酷すぎる…。)
酷いなんてものではない。
泣き腫らしたせいでいつもよりも大いに腫れた上下のまぶた、真っ赤になった白目、もちろん化粧は駄々崩れで茶色の涙跡が頬についている。唇を噛み締めていたせいか、紅も唇から取れてしまっていた。
普段の自分の顔を見ても特段美しいと思ったことは無かったが、今の顔はアリア的に完全にアウトだった。
(この顔を見て美しいとおっしゃったんですか…?リュシアン殿下は…お世辞にも程がありすぎのありすぎです…)
遠のきそうになる少女の意識を、凛とした女性の声が現世に留めた。
「お嬢様、それではまずお化粧を落としますので、少し上を向いていただき、目を閉じてお待ちくださいませ。」
「は、はい…。」
命じられたとはいえ、見ず知らずの伯爵令嬢の化粧直しを行わせるなんて、カトレアさん、でしたっけ…?
皇太子付きの侍女の方と言うことは、きっと高貴族のお嬢様に違いない、と思ったアリアは心の中で額を地面に打ち付けて土下座をした。
すみません、本当に…。
申し訳なさで溜息をつきそうになりながら、アリアは大人しく言われた通りにした。閉じた目の上に、丁度良い熱さのお湯が含まれた布が置かれる。
心地好いそれに、少女がほっと息をつくと、今度は人肌程度の冷たい布で顔全体を優しくくまなく拭かれ、最後に目の上に乗っていた布で目の周りをガラス細工を取り扱うように撫でるように擦られた。
「化粧は落とせましたので、次は目の腫れを少しでも緩和させましょう。」
そういうと、侍女はアリアの両目の上に彼女の手をかざし小さく何かを呟いた。すると、目の周りの空気がさっと冷えるのを感じた。
「え?瞼が冷たいです…。」
「魔法で冷やしております。」
「魔法…!」
やはり皇太子の侍女ともなるとそんなことが出来るのですか…!と思わず目を開けてしまいそうになるのを我慢して。
心の底から感心しながら、アリアは10分ほどされるがままになっていた。
「お嬢様、目を開けてみてくださいませ。」
「…ふぇ…?ハッ!…」
あまりの心地良さに完全に眠りに入ろうとしていたアリアは、優しい声にハッと意識を浮上させる。
顔を上げると鏡の向こう側、ぱっちりとした紫色の瞳がこちらを見返してくる。目の赤みも若干は残っているものの、気になるほどではない。
これが魔法。すごい。
「素晴らしいです…。」
「お嬢様は美しい目をされていらっしゃいますね。」
「え、あ、ありがとうございます…。」
褒められたアリアは、カトレアを見て驚いた。あれ?どっかで見たこと…いいえ読んだことのある容姿。
黒髪に赤い瞳。冴え冴えとした氷のような美貌の、少し歳上に見えるその女性。カトレア。
約二秒ほど小首を傾げて考えて。
(…リュシアン皇太子陛下の、側近の暗殺者の方だーーーー!!)
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