【完結】君との約束と呪いの果て

須木 水夏

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移り変わる人生

一方的な戦争











 僕は小国『タルメニアの第一王子』だった。

 父王の唯一の子として王位継承権を持ち、王になるべくして幼い頃から厳しく育てられた。
 タルメニアは小さいながらも豊富な資源と油田を持ち、豊かな国だった。周りの3つの大国に囲まれ、それらの国々と『不可侵条約』を結び、国交を保っていた。

 マリーアンヌは、そんな僕の定められた婚約者であった。

 公爵令嬢として、厳格に育てられ淑女であったマリーアンヌが、二人きりでいる時に時折見せてくれる自然な微笑みが、子どもの頃から変わらない砕けた態度が、窮屈に生きる僕の未来を照らす光だった。




「一つ、約束をしませんか?」

「約束?どんな?」




 15歳の頃だ。ある夏の夕べに、彼女はそんな事を言った。二人並んだ執務室で、ひと時の休憩を取っている時だった。





「もしもこの先、貴方が疲れてしまってどうしても泣いてしまいたくなった時」
「泣く?そんな時は来ないよ。」




 彼女の言葉に驚いて、僕は手元にあった申告書から顔を上げた。そして、隣にいる彼女がこちらを見つめていつもの様に…何時もよりも気安い雰囲気に年相応の表情で笑っていた。
 その顔に、僕の胸はどきり、といつものように高鳴る。
 大人になりゆく最中のマリーアンヌは、まるで羽化する直前の蝶々のように神秘的で可憐で儚く、暫し目の離せないくらいに僕を惹き付けた。
 その内、眩いばかりの美しい大人の女性になる事が容易に想像できた。
 婚約者のままの彼女とは、非常に清い関係である。不埒な考えが浮かばないなかと問われればそんな筈はなく、ただ格好がつかないのでそんなものはおくびにも出さないように心掛けているだけだ。
 けれど、時折そんなに純真な瞳で、真っ直ぐ微笑まれるとどうして良いのか分からなくなる時があった。
 そして、今は夕暮れ。大きな窓からの夕陽に照らされるマリーアンヌはまた一際美しかった。
 だから、僕はさっと直ぐに目を逸らした。




「…うん、絶対無いな。」

「もしもです!あるかもしれないでしょう?貴方は…子どもの頃はとっても泣き虫でしたし。」

「…リア、不敬だぞ。」


 ふふっ、とマリーアンヌはいたずらっ子の様に笑った。僕のふくれ面が余程面白かったのか、ずっと笑い続ける彼女に、僕は心の内に灯った恋の炎がまた燻っていたがそれを悟られないように、そして痺れを切らして聞いた。



「…それで?僕が泣きたくなったら、何を約束してくれると?」

「私が必ず傍にいます。」



 彼女のその言葉に、僕は一瞬反応が遅れた。
 マリーアンヌの僕を見つめるラベンダー色の瞳があまりにも優し過ぎて、息が止まりそうになる。






「…そ、れは、あ、当たり前だろう?だって君は、…リアは、僕の…妃になるのだし。」

「当たり前ではありませんよ、殿下。」

「な。」

「私は貴方をお慕いしているから、傍にいたいのです。」

「…。」

わたくしは貴方が大好きです。アレクセイ殿下。」





 幼少期に運命られた政治的な意味を多大に持つ政略結婚であり、その為の婚約者だったマリーアンヌは、私を慕っているとそう言って綺麗に笑った。
 本当は僕の方が先に一目惚れをした事は、結局最後まで言えず終いだったけれど。その時の僕は顔が真っ赤になって、その気持ちは言葉よりも雄弁に彼女に伝わったのだろう。頬を赤らめて微笑むマリーアンヌに、僕も微笑み返した。

 好きな子に好きと言われた。それだけで、十分に幸せだった。









 けれど、その直ぐ後に戦争は起こった。正確には起こったのではない。一方的に蹂躙された。


 隣国のひとつであった大国マテアは、タルメニアの資源をずっと以前より虎視眈々と狙っていた。他の二国よりも最も広い国土と、そして残忍な国民性を持つと言われる国だった。

 交渉術に長けていた二代前の王は、マテアとタルメニアの間に百年の平和協定を結んでいた。しかし、それは父王に代替わりをした後にまだ協定期間は残っているにも関わらず何らかのタイミングで無効とされ、何の宣言もなく国は攻め入られた。大国の力は野蛮で大きく、元々平和な国であり小さなタルメニアには、為す術もなかった。


 マテアの交渉人だと、国内のある貴族を介して招き入れた相手は、敵の騎士であり、その者の眼前にいた父王と正妃は目の前で殺された。
 内部にも裏切り者がいたのだ。

 尖鋭の騎士達により、私は城の秘密の通路を使って地下の隠れ部屋に逃げることが出来た。地下へと続く坑道は、数十に及ぶ迷路になっており、行き着く先はトラップか水深のある洞窟の中。入れば二度と出て来れぬ程に入り組んでいて、その中から王族である僕だけが正しい道を知っていた。何度も仕掛けを使い、扉を閉じ敵の目を晦ましている隙に、その坑道へと逃げ果せた。
 その時、マリーアンヌも一緒だったのは幸か不幸か。一時的には隠れる事が出来たが、それからが地獄だった。

 城の隠れ部屋への入口はその内見つかってしまうだろう。敵兵の数はどれだけいるのか分からないが、多数で捜索されれば容易く見つかってしまうのかもしれない。
 もしも今いる部屋に責めいられた時に王子である僕は無論のこと、その婚約者である彼女もタダでは済まない。逃げ場が何処にも無いその空間で、僕らは確実に追い詰められていったけれど。



「リア。ここの地下道はね、北の森へと繋がっているものがあるんだ。それも、王族と王に忠誠を誓った者達しか知らない道だ。」

「北の森、でございますか?」

「そう、魔女の森だって僕らが言っていたあの森。」

「ふふ、懐かしいお話ですね。アレクセイ様が怖がってらしたのを覚えています。」

「…君は変なことばかり覚えているなあ…。」



 他わいもない話をしながら、何とか明るく努めようとすると、弱々しく微笑みながらも、マリーアンヌも同じようにしてくれた。
 けれどその内、備蓄されていた食べ物も水も少なくなってゆく。



 
「…リア、もしかしたら僕らはもう…」

「私はアレクセイ様と、どこまでも一緒です。」




 陽の光の入らない部屋の中、小さく灯るランプの灯りに彼女の瞳の中の星が煌めいた。
 逃げ惑う中で崩れた髪型や、走るのに邪魔だったから裂いたボロボロのドレスを着ていても、マリーアンヌは相変わらず凛としていて、とても気高く美しかった。



「約束です。貴方が泣きたくなったらお傍にいると。」

「リア…どうしてそこまで?そこまでして僕を慕ってくれるの?」





 僅かな灯りに照らされて、マリーアンヌはふわりと微笑んだ。





「私は、愛されずに育った子どもです。」


 ぽつり、とそう呟いて。






 



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