婚約破棄から始まる4度の人生、今世は隣国の王太子妃!?

緋水晶

文字の大きさ
2 / 80

承諾されました

しおりを挟む
「……はい!?」
「よし」
彼にそのまま右手を取られた時、私は頭の中の靄が晴れたように一気に正気に戻った。
しかしすでに時遅く、彼は私を伴って国王陛下の前に進み出る。
「あ、あの!?」
私はなんとかしなければと彼に声を掛けるが、彼がそれに答えるよりも早く陛下がこちらに気づいてしまった。
私の婚約破棄は会場の隅で行われていたため、陛下は何が起きていたのか気がついておらず、息子の婚約者が隣国の王太子にエスコートされて自分に向かってくるのを驚いた顔で見ていた。
「ジェ、ジェラルド殿下、いかがなされました?どうしてその、我が愚息の婚約者と…?」
マリシティ国の国王とはいえこちらは小国、比べるべくもない大国オークリッドの王太子に対して、陛下は正しく自分が下だという態度で接する。
そしてそれが当然と受け止めたジェラルド殿下は流れるような動きで私の腰に手を添えると、躊躇うことなく陛下に事の顛末を説明した。
「先ほどファビアン殿が彼女との婚約破棄を宣言した。そのため私は彼女に求婚し、それに対し了承をもらった。従って近い将来彼女は私の妃となる」
「はっ!?」
事実を並べただけの簡潔過ぎる説明は、しかし誤解しようもなく、陛下は目と口を大きく開くと自身の息子を探した。
「ファ、ファビアンはどこにいる!?急ぎ連れて参れ!!」
「はっ!」
近くにいた騎士に命じると、程なくその騎士は命令通りカミラを伴ったファビアン殿下を連れて戻ってくる。
殿下の取り繕えないほどに焦った顔を見て、彼は自分の行いに対して疚しい思いがあるらしいことがその場にいた多くの者に伝わった。
「ファビアン殿下をお連れしました」
「……ファビアン、参りました」
騎士は陛下に一礼するとすぐに元の位置に戻り、その場に残された殿下は陛下に向かい膝をつく。
カミラも所在なさげな様子で殿下の後方に跪く。
「ファビアン、お前は、なんということをしてくれたのだ…!!」
陛下はファビアン殿下に速足で近づくと、言葉と共にパンッと小気味のいい音を立ててその頬を張った。
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!」
予想外の衝撃に殿下は呻きながらよろけ、次いで信じられないと言わんばかりの顔で陛下の顔を見る。
だが見上げたその顔が怒りに染まっているのを見て肩を揺らした。
「お前は自分が一体何をしたのか、わかっているのか!!」
陛下は普段の穏やかさが嘘のように殿下に厳しい言葉を浴びせる。
そんな姿を見るのは初めてで、私もカミラも、周りにいた大臣たちや騎士たちも、会場にいた誰も彼もが驚いた顔をしていた。
ただ一人ジェラルド殿下だけがつまらなそうにそれを見ている。
「アンネローゼとの婚約は私が打診したものだ!渋っていたアリンガム侯爵を何とか説き伏せて漸く了承されたものを」
「なっ!?そんな馬鹿な」
怒りに顔を赤くする陛下の言葉をファビアン殿下が遮る。
余程驚いたのだろう、父親とはいえ陛下相手に不敬だと思う間もなく口にしてしまったらしい。
「何が馬鹿なものか!!お前が凡庸であったから10歳ながらに才女と名高かったアンネローゼを王家に招いたというのに、お前はそれから6年の間に何も成長しなかったばかりか、他の女にうつつを抜かし、あまつさえ勝手に婚約破棄をしただと!?この愚か者が!!」
陛下は沸き上がる怒りを抑えようと肩で息をしながら、それでも抑えきれない苛立ちを全て言葉に乗せて殿下を詰る。
後ろにいるカミラはすでに顔面蒼白で、まるでこれから処刑されるかのようだった。
「し、しかし、アンネローゼはカミラを虐げていました!!いくら才女でもそのような女はこの国の王妃に相応しくありません!」
だが後ろに目があるわけではない殿下は彼女の様子には気づかず、陛下に反論した。
その瞬間、カミラは顔に絶望を浮かべ、大臣たちは天を仰ぐ。
何故火に油を注ぐようなことを言うのかと。
「……お前はその瞬間を見たのか?」
けれど陛下はそれまでの厳しい語気を和らげ、静かに殿下に問う。
それを好機と見た殿下は許可も得ないまま立ち上がり、後ろ手でカミラを示しながら言葉を継いだ。
「いえ、ですがカミラからはずっと訴えられておりました。アンネローゼに心無い言葉を言われたり、茶会で冷遇されたり、時には扇でぶたれることもあったと!」
そうだよな、とカミラを振り返った殿下は、しかしカミラの顔を見て固まる。
彼女は「止めて、言わないで」と言葉にしないものの、必死に目で訴えていたからだ。
「…カミラ?」
殿下は恐る恐るその名を呼ぶ。
だが呼ばれたカミラは跪いたままジリジリと後退していった。
「ファビアンよ、お前は当然、その件について調べたのだな?」
殿下がどうしたと訝しみを込めてカミラを見ていると、陛下が再び静かな声で問う。
「は……」
「調べた、のだよな?」
そこで殿下は漸くそこに含まれた怒気に気がついたようだ。
それは先ほどの厳しい声の時よりも数倍に多い。
しかもすぐに返答しないことで、殿下が男爵令嬢のカミラの証言を鵜呑みにして確たる調査もなく侯爵令嬢である私を糾弾していたことが陛下に伝わった。
「……私は随分とお前を過大に評価していたらしい」
陛下は悲し気に目を伏せ、ずっと放っておかれた私を見る。
「アンネローゼよ、すまなかった。国のためとはいえこんな愚か者のためにお前の時間を無駄にさせてしまった」
そして陛下は私に頭を下げた。
これにはジェラルド殿下も多少は驚いたらしく、僅かに目を見開いた。
だが私はそれをゆっくり見ている場合ではない。
自国の王に頭を下げさせる侯爵令嬢がどこにいる。
「へ、陛下!どうかお顔をお上げください!!」
こんなことは前代未聞で、さしものファビアン殿下も顔を青褪めさせている。
「いや、これはこの国の王としてではなく、そなたを不肖の息子の婚約者にしてしまった父親としての謝罪だ。どうか受け入れてほしい」
ましてその原因が自分だとはっきり言われてしまえば立つ瀬がなかった。
「う、受け入れます!!受け入れますから、どうか、お顔を」
「……すまない。私の気は済まないが、これ以上下げてもそなたの迷惑だな」
陛下は酷く悲しそうな顔で私を見て、一度瞑目するとジェラルド殿下に向き直った。
「ジェラルド殿下。こんな茶番に長々と付き合わせてしまい申し訳ございません。何故アンネローゼを娶ろうと思われたのか、詳しくはお聞きしますまい。しかしこの通り彼女はここにいる愚か者のせいで不当な扱いを受けた身です。叶うならば小国の令嬢ではなく、王太子妃として正しく扱われるようお取り計らいくださいますようお願い申し上げます」
「…勿論だ」
陛下はジェラルド殿下が了承を返したことにほっと目元を緩ませると、深く頭を下げる。
だが、ややして顔を上げた時にはその目に慈悲は残っていなかったように見えた。
「ありがとうございます。こちらにいる愚か者には彼女に不当な恨みを持って害さないよう処理をいたします。また、元凶となりましたそちらの男爵令嬢についても厳罰を科しますので処遇は当国にお任せください」
言いながら陛下は厳しい目で再びファビアン殿下とカミラを見る。
全くの偶然だが、これでカミラが殿下から離れれば、彼女の得た情報によってマリシティ国がガルディアナ国に滅ぼされる未来はなくなったかもしれない。
陛下のお陰で今までの人生の敵は取ったようなものだし、今回はまだ酷い目に遭っていないので、この国が攻め込まれるかもしれない不安が減ってよかったと思う。
私がほっと胸を撫で下ろしていると、隣から、つまりジェラルド殿下から思いもかけない言葉が聞こえた。
「ああ、そういえばその女はガルディアナ国の間者だったな。この国のために徹底的に調べ上げた方がいいだろう」
「なっ、なんですと!?」
当然陛下は驚き、カミラの方を振り返る。
同時に殿下も振り返ったところでカミラが走り去ろうとする背が見えた。
「逃がすか!」
「ぐっ…!!」
しかし当然ながら国王と王太子が2人もいるこの場は大勢の騎士が囲っており、カミラは呆気なく捕まった。
それを見届けて私は視線をジェラルド殿下へと戻す。
私は1度目の人生で聞いたからこそ知っていたが、何故彼はカミラがガルディアナ国の間者だと知っていたのだろう。
「なんだ?」
「い、いえ…」
しかしそれを今問うのは何か違う気がして、私は殿下から向けられた水を弾いた。
けれどタイミングを逸してしまった問いを発する機会はそれから暫く訪れなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

処理中です...