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第三部
210【番外編①】 黒い獣の檻 (side義則)
しおりを挟む甘く、深く、閉じ込めてあげる──。
忙しない金曜日のシャイニングムーンの中心で、激しく体を動かす男。それに目がいくのは当然のことだろう。なにせ彼はここの店のナンバーワンダンサーなのだから。
カラン、とグラスに入った氷をストローの先でぐるぐるとまわしながら義則は物思いに耽る。日々妄想するのが趣味だった。寂しいやつだと思われても気にしない。なぜなら、妄想の中では義則には敵なしだからである。
ふらりとカウンター席にやってきたダンサーに声をかける。よそよそしく耳を傾けたのは最近入ったという日本人キャストだった。この店では唯一の日本人らしい。
「あの子、ナンバーワンの子が好きなお酒って何?」
男はうーんと顎に手をやって考え込む。まだ日が浅いから酒の好みなんて知らないかもしれない。それでもなんとなく訊いてみたくなったのだ。
「クインさんは、たしかレモンサワーが好きだと言っていたような……酸っぱいのがたまらないんだとか」
彼にお礼を言って、バーカウンターに向かう。店長に「レモンサワー一杯」と注文すると、あいよと元気な声が厨房から聞こえてきた。店内はゆっくりと暗闇に包まれる。ショーが終わるのを待ってから、客席にやってきたナンバーワンダンサー。
──名前はクインというらしい。にレモンサワーを手渡す。
「差し入れ? ありがとう」
きらきらと汗の粒が光る。短めの金髪とヘイゼルグレーの瞳がやんちゃな末っ子キャラを醸し出している。義則は長財布から一万円を三枚取り出すと、クインの胸元のベストに挟んでやった。
「わっ、三万円だ」
にこっと営業スマイルらしい笑みを見せてクインはお辞儀する。ちょっといいかな、と彼を引き止めて義則はその手をとった。
「どうすれば君の一番になれる?」
率直な質問にクインは驚いて固まってしまったようだ。ゆっくりと目を瞬かせる。
「一番って、そりゃあ大金積んでくれたら好きになるけどさ」
しげしげと俺を見ながらクインが言う。そこに申し訳なさや遠慮の影は微塵もない。彼にとって義則は単なる一人の客に過ぎないのだとこのとき理解した。それがなぜか悔しくて、足が震える。酔いすぎてしまったのかもしれない。
今日は得意先との取引の日で神経をすり減らして仕事をしてきたから、行きつけのバーの隣の隣にあるこの居酒屋バルにやってきたのだった。最近は自炊もろくにせずコンビニ弁当で凌いでいた義則にとって、シャイニングムーンの料理はまさにご馳走だった。しかし、そんな和気藹々とした店がストリップショーも兼ねているとは入店した際には気づかなかった。近くの客達の話でようやく理解したのだった。
「そっか。じゃあ、今日の分」
財布に入っていた一万円札と千円札を全て手渡す。全部で十枚はあるだろうか。クインはやったぁと幼なげな笑顔を見せる。その笑顔にたまらなく惹かれる自分がいた。
「ありがとう。えっと……」
「義則。また、来るから」
「待ってるね。義則さん」
クインはそう言うとまた他の客に声をかける。まだまだこちらを振り向かせるには足りないらしい。義則は店を後にする。電車に揺られながら、あの瞳をじっくりと見つめたいと思った。
「また来たのー? 義則さん暇なの?」
シャイニングムーンに通いつめて三ヶ月もする頃には、クインは義則のことを常連客だと認めたらしい。そのおかげで、クインを目の前で見れるソファ席は義則が掴んだ。以前は別の客が居座っていたらしいが、その彼は今義則の後ろに座っている。
金で買い取ったソファ席がこんなに自分の心を満たしてくれるなんて考えもしなかった。馬鹿なことをしているという自覚はあった。男一人にこの三ヶ月で五十万は使ってしまった。しかし、それに悔いはない。俺の働いた金でクインが楽しく暮らせるのならそれでよかった。
「義則さん。今日もおかわりしていい?」
ジョッキを片手にショーを終えたクインがバーカウンターの前でねだってくる。それを上司や後輩から屈託のない笑みですねと評される笑顔で返事をした。
「もちろん。何杯でも飲んで」
「やった!」
ぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながらクインがダグ店長におかわり! と叫んでいる。店長ともずいぶん顔馴染みになっていて、お互い面識があった。
「また義則さんか。クイン、あんまりわがまま言っちゃだめだよ」
それを遮るようにして義則はクインに囁く。
「いいよ。料理を頼んでもいいし」
「ほんと?」
ヘイゼルグレーの瞳がきらきらと光る。その瞳をじっと見つめていると、クインが少しかぶりを振った。
「ちょっと、飲みすぎたみたい」
ふらふらとバーカウンターの席に座るクインの介抱をしながら、店内の様子をうかがい見る。今日はチャンスかもしれない。そんな思いでクインの肩に触れた。
「おさわりは禁止って前にも言ったじゃん」
へらへらと笑いながらクインが言う。怒っているわけではないらしい。肩に乗せた手をそっと叩かれる。俺の手は空中に舞った。どこに置いたらいいかもわからず、最後には自分のもう片方の手のひらを握り込む形になった。
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