売り専の俺、眠れない写真家に“抱き枕”として買われました

子犬一 はぁて

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52 豹変

 桜が洗濯物を干し終わってリビングへ戻ると、ソファで横になっていた真柴はいつの間にか眠ってしまっていた。

 半袖半ズボンという寒そうな格好をしていたので、桜は近くに丸まっていたブランケットを広げて真柴にかける。

 しばらくその寝顔をまじまじと観察していた。

 やっぱり顔が整ってるよなあ。

 今でこそ顔を合わせるのは当たり前だが、この男の持つ中性的な見た目には初めの頃は緊張したものだ。

 見た目は美人だけどちょっと抜けてる天然だから、顔と声がイメージと一致しないんだよな。

 きっとその異色の組み合わせで、見ているこっちは簡単に振り回されるのだろう。

「それにしても暇になったな」

 真柴から言いつけられた仕事はすでに終わらせてしまった。

 カチカチと時計が針を回す音がしんとしたリビングに響く。

 でもこういう生活もわるくない。

 売り専をやってたころは一分一秒に必死になってゆっくり休んだ記憶がない。

 桜もその穏やかな時に身を委ねようとした。

 そのとき、真柴の体が震えた。

 見間違いだろうか……。いや本当に震えている。

 心配になって真柴の顔を覗く。

「大丈夫か?」

 背中を優しくさするが、真柴からの返答はない。

 どうしようどうしよう。救急車に電話する? でも、原因もわからないし……どうすれば……。

 突然のことに頭が追いつかなくて、どうにか真柴の意識を戻そうと必死に呼びかける。

「真柴さん! 起きて!」

 真柴が震えはじめて五分程経っただろうか。

 ようやく体の震えは止まったが、真柴の意識は戻らない。

「真柴さん……。はやく起きてよっ!」

 桜は半ばパニックになってなんとしてでも真柴の意識を戻そうと強めに肩をたたく。

 すると、少し唸ってから真柴は薄らと目を開けた。

「よかった……」

 安心してほっとしていると、張りつめていた緊張がゆるんだのか桜の瞳から涙がこぼれた。

 その様子を見ていた真柴がゆっくりと体を起こす。

 桜はあわてて服の袖で涙をふこうとした。

 突如、唇に何かが触れた。

 桜は驚いて身を引こうとしたが真柴の両腕に閉じ込められ、それはかなわない。

「真柴さ、ん……やめっ」

 その先の言葉は真柴によって吸い消された。

 口元に熱いものがねじ込まれる。

 それは性急で、一方的な口付けだった。

 桜は必死に真柴の胸を押して、少しでもこの激しい口付けから逃れようとした。

 桜が息も絶え絶えになったころ、真柴は耳元で優しく囁いた。

「おびひと……」

 真柴の手に後頭部を優しく包まれて、身動きが取れない。

 真柴は桜の耳たぶに優しく吸いつく。元々耳の弱い桜はそれだけで閉じていたまつ毛を震わせた。

「……おびひと、愛してる」

 「愛してる」その言葉に桜の胸がちくりと痛む。

 なぜ自分の胸が痛むのか桜には検討がつかない。

 けれど、真柴が自分を誰かと勘違いしていることだけは理解できた。

 真柴は桜の首筋に顔をうずめると、しばらくそこを念入りに舐めてくる。

 まるで慈しむような舌先で、その一つ一つの愛撫が優しく丁寧で桜は胸が苦しくなる。

 今までたくさんの男から愛撫を受けてきたがそのときは何も感じなかった。

 ただ男達が喜ぶような演技をしていただけ。なのに真柴の愛撫は胸を痛いくらいに締め付ける。心臓がひとつでは足りないくらいに。

 真柴は桜の着ていたトレーナーを胸のあたりまでめくりあげた。

 これからされることが容易に想像できて、桜はそれを阻止するために何度も何度も真柴の胸や肩を押す。

 けれど、いっこうに抜け出せるチャンスがやってこない。

 真柴の唇が桜の胸に当たる直前に、真柴は力尽きるように体をソファに沈めた。

 桜が真柴の顔を覗くと、呼吸も落ち着いていて特に異変は見受けられない。
 また眠ってしまったようだ。

 なんだったんだ?

 桜はトレーナーを下ろして身なりを整えた。

 もう一度真柴を見ると、瞳から静かに涙を流していた。

 その涙があまりにも綺麗で、桜は食い入るように真柴を見つめてしまう。

「おびひと……」

 真柴が愛おしそうに誰かの名前を呼ぶ。

 真柴を獣のように激変させる「おびひと」とはどんな人なのだろう。

 彼氏……なのか?

 ちくり、とまた桜の胸が痛んだ。

 ハーブティーを飲みすぎてしまったのだろうか。喉が熱く焼けるような、少し胸がつかえるような気がした。
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