売り専の俺、眠れない写真家に“抱き枕”として買われました

子犬一 はぁて

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55 天敵襲来

「今日は助かった。ごみ袋多いだろ。俺もマンションの1階にあるごみステーションに持っていく。桜には場所も覚えてもらえると助かるしな」

 食事を終えて1時間後、真柴が仕事部屋から出てきた。玄関先にまとめて置いてあるごみ袋の山を見てそう声かけをしてくれた。

「うん。ありがと」

 変に真柴からされたことを意識しすぎて力みすぎていたからだろう。普段通りの真柴を見て安心した。

 桜はゆっくり肩をなで下ろすとソファから立ち上がり玄関へと向かった。

「行くぞ」

「うん」

 玄関で靴を履きながら、桜はこの家に来たときのことを思いだしていた。

 玄関まで漂う納豆の匂い、廊下に溢れ出したゴミたち。洗濯機から溢れた洗濯物の山。

 玄関のドアから出ようとしたときに、もう一度後ろを振り返って廊下を眺めた。

 うん。やっぱり綺麗なほうがいい。整理整頓されてると気持ちもすっきりするし。

 よく部屋の散らかりはメンタルの散らかりとも通じると聞く。あまりにも酷いゴミだらけの場合は、本人が無意識に行うセルフネグレクトだとニュースで見たことがある。

 もしかしたら真柴も仕事が多忙で不眠症もあるから家がゴミだらけになっていたのかもしれないな。キャパオーバーだったのかもしれない。

 大事になる前に間に合ってよかった。

 思わずそんなことまで考え込んでしまい、これじゃあハウスキーパーというより真柴のお母さんみたいじゃん、とセルフツッコミをしてしまった。

 来たときと同じようにエレベーターに向かう。さすがタワマンと言うべきか高級ホテルのようにしんと静まり返った共有部にはゴミひとつ見当たらない。

 エレベーターが6つもあってひっきりなしに動いている。タワマンに足を踏み入れたのはこれが初めてで変に緊張してしまう。

 開いたエレベーターに乗りこむと、既に一人先客が乗っていた。

 すると突然、その男が桜と真柴を交互に見てくる。

 知らない人にじろじろと見られるのはいい気分ではない。桜はエレベーターの隅に体を寄せた。しかし真柴はすぐにその男を見ると朗らかな笑みを浮かべて話しかけた。初めて見る真柴の穏やかな表情に釘付けになる。

 この人もこんなふうに笑うんだ。

大沼おおぬま。もう日本に帰ってきたのか」

「睦月」

二人はもともと知り合いなのだろう。
「大沼」と呼ばれた男は明らかに不機嫌そうな顔をしている。

 その男はじっと桜に視線を向けた。その視線は柔らかいものではない。

 敵意を剥き出しにしたような視線だった。

 桜はどうしてそんな目で見られないといけないのかわからなかった。ひやりとしたものを感じて桜は怖くなって真柴を見る。だが、真柴はそんな桜の視線など気にしていない様子で男に話しかけている。

「いつ帰ってきたんだ。報告してくれてもいいだろう」

「別に報告する義理なんてない。お前こそまだ治ってないのか?」

 男はそう言うと、また敵意むき出しの目で桜を見た。

「まあそんなところだ」

 真柴は苦笑を浮かべて自嘲的に笑った。

 ちょうどエレベーターも1階についたので、真柴と桜は男より先に出た。

 真柴の歩くスピードが早くて桜は小走りしないとついていけない。

 少しずつ二人の間に距離ができる。

 ようやく真柴が止まったのは、ごみステーションの前に来た時だった。

「ここが可燃ごみを置く場所だ。隣がペットボトル、缶、びんを分別して入れるコンテナだ。乾電池やスプレーは専用のボックスがあるから使い切ってからそのボックスに入れるようにすれば問題ない」

 真柴はあの男と会ってから少し様子がおかしい。


 本人は隠しきっているつもりかもしれないが、早口で声も張りがなく元気がないように見える。どこか焦っている様子もあり、いつもの穏やかな雰囲気はない。

 真柴は桜が可燃ごみの袋をごみステーションに置いたのを確認してから、自分の両手に持っているペットボトルと缶、びんをコンテナに置いた。

 その横顔は桜から見ると焦燥感に駆られているように見えてなぜか胸がつきんと痛む。

 なんで胸が痛いんだ?

 初めて感じた胸の締めつけに後ろ髪を引かれながら、桜は真柴の後ろについて歩き部屋へ戻っていった。
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