スウェロニア家の番犬の騎士見習い〔弟〕は騎士団長〔兄〕の「待て、おすわり」がきけない

子犬一 はぁて

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おまじない

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「にい、さま?」

 不意に頬を包まれたぼくは驚いて後ろへ体重が傾く。その瞬間、胸の痛みがじわりと疼き前かがみになるのをハイリが抱き寄せてくれた。久しい抱擁にぼくは言葉を失う。

 ──ああ。こんなにも……こんなにも身体が大きくなられたんだ。

 子どもの頃はぼくとそんなに背の高さが変わらなかったのに。足だってぼくのほうが速かったのに。知らないうちに遠くへ来ていたんだ。

 ぼくはハイリの肩に頭を載せて目を閉じる。こうしているとあの頃の晴れやかな思い出がひとつ、またひとつと瞼の裏に浮かぶ。数分、いや数十秒の間だったかもしれない。ぼくの身体をハイリはそっと引き離す。

 ──もっと触れていたかった……。

 名残惜しく思いながら俯こうとすると、その顎を恐ろしく骨ばった指が持ち上げた。

「っ!」

 目の前にハイリの首がある。喉仏が浮かんでいる色白の陶器のような肌。肌に透き通る青い血管。そして額への接吻。熱を帯びた唇がぼくの額に触れてゆっくりと離れる。

「にいさま、今のは……?」

「おまじない。お前が俺の弟だと周りに気づかれないように」

「あっ、ありがとう、ございます……」

 ぼくは額を前髪で隠した。そうか。おまじないか。そうだよね。にいさまが接吻なんて、変な意味じゃないか。

「……オズ」

「はい」

 憂いに満ちた眼差しがぼくに注がれる。

「このおまじないは7日ほどしか効果が持続しない。だからまたそのときはしよう」

 仄かに上がる口端には、ハイリの満足感と少しの悪戯心が浮かんでいた。ぼくはこくりと小さく頷くことしかできなかった。



 ドンダンドンと医務室の外から大きな音が聞こえてきた。ガララ、と勢いよく戸が開く。

「オズ! 無事かー!」

 はあはあと息を荒らげてきたのはイルファ先輩だ。ぼくとハイリを見比べて「?」を頭に浮かべている。

「まあまあ。イルファ。そんなに慌ててもオズを驚かせるだけだから」

 イルファ先輩の後ろから現れたのはレフさんだった。こちらもぼくとハイリの組み合わせに驚いたのか口に手をあてて「あら」と呟いた。

「イルファ先輩、レフさん……」

 イルファ先輩が駆け寄ってきてぼくの身体をぎゅっと抱きしめてきた。正直、傷口に響くくらいぎゅっとされて少し痛い。「おおーん」と唸り泣き始める。

「我が一番弟子のオズが死んじゃったらどうしようって心配してたんだよー」

「こらこら。縁起の悪いことは言うもんじゃない。それにオズが苦しそうだ。もっとソフトに抱きしめないと」
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