【完結】元罪人は聖女のことが気になって仕方がない

ariya

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本編

32 逃げてきた女性

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 スミア城で魔王は外の景色をみて上機嫌に笑った。

「機嫌がよさそうですね」

 シュールがそういうと魔王はにこやかに頷いた。

「ああ、もうすぐ聖女が近づくからかな」

 魔王は右手で外へ示し呟いた。

「レンジュ」

 その声音は甘く優しいものであり、まるで恋人を待っているかのような口ぶりであった。

「そんなに欲しいなら奪えばいいんじゃないの?」

 部屋に入ってきた女性が魔王に進言した。
 魔王が振り返るとそこには美女がじっと魔王を見つめていた。
 吸い込まれそうな程蠱惑的な黒い瞳が印象的であった。通常の人であれば一気に骨抜きにされるであろうが、魔王は全く動じなかった。

「クベラ、戻ってきたか」
「ええ……あちこちに悪魔を誘導したり、領主を惑わせたり忙しかったわ」

 ここに戻るまでに3つ程の町をダメにしたと報告した。
 それに魔王はよくやったと頷いた。

 その美しさで籠絡された指導者は政治に集中できないようなってしまった。悪魔の瘴気をばらまかれても指導者は対応できない。
 これがクベラのやり方であった。
 クベラの自身の美しさと蠱惑的な瞳の力で、人の男は骨抜きにされてしまう。
 この働きがあったからこそ、魔王傘下になって数年しか経っていないが高い地位を築いていた。
 ひらひらと舞う羽衣をいじりながらクベラは大きくため息をついた。

「全く人の世界を滅ぼすのに私はこんなに力を尽くしているのに上のあなたはここで女一人を待っているなんて」

 ならば、聖女を奪ってしまい力を失わせてしまえばいい。
 魔王の力を使えばとっくに聖女はここで無残な姿になっていただろう。

「どうして奪わないのよ?」

 聖女さえ手に入れれば、人々の希望は潰えてしまう。
 人の世界を滅ぼすのにこれほど効果的なことはないだろう。

「眷属に邪魔されたとか理由にならないわよ。あなたならすぐに殺せたはずよ」
「そうだな」
「まぁ、魔王様の考えることは私には理解できないからいいわ。それで次はどうすればいいの?」
「うーん、そうだなぁ」

 新しく作られた悪魔を試しに放ってみたい。
 そのためクベラにそいつらの誘導を任せたいが、先ほどまでしたことと同じでうんざりとした表情をしていた。

「悪魔を使ってあちこちの街に放つのはシュールでもいいでしょう。私は……」

 クベラはひらめいたように頷いた。

「聖女をここまで連れてきてあげる」

 その提言に魔王は首を傾げた。そんなことする必要はないとさえ思った。

「まどろっこしいのよ。欲しいならとっとと奪って自分のものにするなり好きにしなさいよ」

 あとついでにとクベラは呟いた。

「眷属は皆殺しにしていいわよね」

 当然、聖女を奪おうとすれば眷属が前に立ちはだかるだろう。
 それらを殺して人々の前に死体を晒すのもいいかもしれない。
 いや、殺す前に自分の美貌で落とし堕落させてしまってもいいかもしれない。
 そうクベラは考えた。

「あー、まぁ。できるならやればいいだろう」
「まるで私が倒されるような言い方ね」

 美しい顔が不愉快そうに歪んでいった。

「ふん、眷属の女は殺して、男は骨抜きにしてやるわ」

 そういいクベラは部屋を飛び出した。

「全くあれが神に近い天人というのだから聞いてあきれる」

 慢心の塊のような女だ。
 魔王は深くため息をついた。

「よろしいのですか?」
「ああ?」
「ラーフがクベラの誘惑に屈するとあなたにどういう影響が及ぶかが気になります」

 シュールは魔王とラーフが同一人物であることを知っていた。
 過去の自分に何かあればいくらかの影響があるだろうがラーフは全く興味なさげであった。

「っは、俺があんな女に誘惑されるか」

 魔王は皮肉げに笑った。

「もし、そんなことになれば俺があれを殺すさ」
「そうなれば……」
「あれが死んだとしても、俺の魂は残る。もう俺とあれは別者なのだ」

 だからこそ問題はない。魔王はそう断言した。

「それより新しい悪魔の性能とやらの確認をしておきたい。ここへ呼び寄せよ」

 そういうとシュールはかしこまりましたと頭を下げた。

 ◇◇◇

 スミアの領域は全体的に山で囲まれている地域であった。
 険しい道がいくつも並び、レンジュの足では危なっかしく感じられる。
 ラーフたちはレンジュの足取りに注意しながら前を進んだ。
 日が沈むと同時に一気に冷え込み、日が沈んだ途端ギーラはレンジュに外套を羽織らせた。

「ありがとう」

 にこりと微笑んだ少女の口からあ白い湯気現れた。
 他の者たちもそれぞれ用意していた外套を身に着けた。
 夜間はひどく冷え込み、人が棲むにはあまりにきつい場所であった。

 それにここは神が降りる神聖な場所として国全体の信仰の地であった。簡単に住み着こうとする者はいない。いても、寒さと獰猛な獣で悩むことになるのは必至であった。

 古い時代よりここを通るのが許されるのは聖女とその供の者のみと言われていた。
 その神聖な土地に魔王は棲み、ここから多くの悪魔が放たれるようになった。
 おかげで空は以前の澄みきっていた雰囲気はなくどんよりとした瘴気に包まれていた。

 普通の人間が入れば、すぐに瘴気にあてられ重い病に苦しんでいただろう。
 山の中に入り込むとしばらく身が重く感じていた。瘴気の影響と考えられたが、時間が経つとそれは軽減されていった。それにラーフはいやな気がした。
 レンジュが聖女の力を放出させ眷属である供の者を守っているのだ。山に入ったしばらく後レンジュが改めて自身の身に着けている数珠を一粒ずつ取り出し糸でくくったものを供の者全員に手渡していた。
 身に着けていた数珠のおかげで自分たちは瘴気に中てられずにすんでいる。

 その範囲はどこまで効果があるかわからない。サーシャの命令で先まで偵察に行っているスパルノがあっけらかんとしていた。おそらく彼もレンジュから恩恵を受けているのだろう。

「どうだった?」

 サーシャがスパルノに声をかけるとスパルノは報告した。

「この先出没する悪魔は結構骨が入りそうです。用心しなければ」

 レンジュの加護を受けているとはいえ瘴気の影響も考え、強敵と戦わなければならない。覚悟はしていることであった。

「レンジュ、疲れていない?」

 マホはレンジュに声をかけた。レンジュは笑った。

「戦っているのはみんなだよ。私は大丈夫」

 とはいえ、山道を歩くのはそれなりの労である。

「野宿によさげな場所はあったか?」

 ラーフが尋ねるとスパルノはもちろん調査済であることを言った。

「こちらに丁度よい洞穴があります。調べれば古代の遺跡の一つのようで奥に小さな古い祭壇がありました」

 雨が降ってもレンジュたちが休めるだけの広さはあるとのことであった。
 今は聖なる山と崇められているが、古代の者たちが山のあちこちの小さな祭壇を作った後があるという。
 とりあえず暗くならない前にそこへ向かうとしよう。
 いくらか先を進むと若い女性の叫び声が聞こえた。
 それに思わず皆は構えた。

「た、助けてください!」

 女性は木々から飛び出し先頭に立っていたラーフに助けを乞うた。後ろから大きな禍々しい獣の姿をした悪魔が現れた。ラーフは女性を後ろへおしのけ、剣を抜き悪魔の方へ走った。

 悪魔は目の前の新たな標的を見据え鋭い爪で襲い掛かった。ラーフはそれをよけながら悪魔の体に切りかかった。その痛みに悪魔は怯み、その隙にラーフは悪魔の肩にあがり悪魔の首にひとつきくらわせた。剣を抜くと首から大量の血を流し悪魔はその場に崩れてしまった。
 悪魔に襲われていた女性はラーフの方へ走り寄り抱き着いた。レンジュは目を丸くしてじっと見つめた。

「ありがとうございます」

 よくみれば女はとても美しい女性であった。
 涙ぐみながらも笑顔を浮かべるその表情は思わず見とれそうになるほどであった。

「こんなところに何故人がいる?」

 それとなく女を引きはがしながらラーフは質問した。
 女性は困ったように自身のことを説明した。

「私はキラ。悪魔たちに誘拐され、魔王の城に囚われていました。隙をみてここまで逃げていたら悪魔に襲われてしまいました」

 彼女のように悪魔に攫われた人の娘は何人かいるとのことである。

「一体何の為に娘を誘拐するのだ?」

 キラは困ったように頷いた。うまく説明できないようであった。

「おそらく悪魔をより強くするための生贄でしょう」

 スパルノは女性の代わりに説明した。
 悪魔はより強い力を得る方法はいくつかある。若い美しい女性の血肉を食らうことである。または人の女性に寄生することでその女性の魂を少しずつ吸い取っていく。

「昔から悪魔はそうやって力を得ていったと言います。悪魔に協力した非人徳的な魔術師によって生贄にされたり、また自身が悪魔に魂を売る魔女であったり」
「あとは実験……」

 キラは青ざめながら必死に訴えた。

「あいつら、新しい強い悪魔を作るため私たち人の娘を母胎にしているの」

 同様にとらえられた娘は悪魔の子を産むように強要されたという。

「みんな、悪魔を産んだ時の衝撃で耐えられなくてそのまま死んでしまったわ。私は、あんなの嫌……」

 だから逃げ出したのだとキラは言った。

「そうだったの。辛かったね」

 レンジュは心からキラを同情した。

「でも、今は救われた心地です。こちらの方に出会った瞬間光が差し込んだような気がしたわ。きっとこれも神のお導き」

 キラはうっとりとラーフを見つめた。その表情はほうっとしており、レンジュはそれをみて何ともいえない気分になった。
 対してラーフは気に留める様子もなく剣にこびりついた血をふき取って簡単な手入れをしていた。
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