【完結】元罪人は聖女のことが気になって仕方がない

ariya

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本編

45 自分との戦い

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「レンジュ、どうして黙っていた。すべてが終わった後のこと」

 ラーフは魔王へ目を向けず、レンジュに声をかけた。
 その怒りのまなざしにレンジュはすぐに察知した。
 ラーフが聖女の末路を知ったことを。

「ごめんね」

 必死に鎖を外そうとしたレンジュは俯いて謝罪をいう。

「俺が聞きたいのはそれじゃない」

 そうはいってもレンジュはそれしか言えなかった。

「お前は今までどれだけ自分へ苦痛を受けてきた。今まで病に苦しむ奴らの肩代わりをずっとしてきた」

 なのに、その代価は身の消滅だというのか。

「違うよ……肉体は力に耐えられず朽ちてしまうけど、魂は救世神に救われるんだ」
「じゃぁ、すべてまるごと救ってくれればいいだろう」

 ラーフは立ち上がり、レンジュはそれを支えるように手を添えた。

「おい! 聞こえているか」

 ラーフは上を見上げ叫んだ。目の前の魔王に目もくれず。
 部屋の祭壇をみて聖女が最期に祈りを捧げ力を解放する場所だと理解できる。
 今は魔王の玉座になってしまっているが、一番救世神の力が現れやすい場所であり、救世神が見おろしやすい場所のはずだ。

「ここからならお前の声が聞こえるだろう。世界を救うのに一人の娘を犠牲にする神よ。こいつを犠牲にするな。代わりに」

 俺を犠牲にしろ。

「ラーフ……」
「お前に拾われた命なんだ。なら、お前の代わりに犠牲になってもいいだろう」

 レンジュは慌てて首を横に振った。

「何を言うかといえばとんだ茶番だな」

 魔王は呆れたようにラーフを見下ろした。

「罪人のお前に救世神の力を受け取ることなんかできないだろう」

 それができればとっくにしていた。
 魔王は冷ややかにいい、レンジュを差し出すように言った。

「私ならレンジュをふつうの娘にできる」

 ラーフはレンジュを抱き寄せ魔王の言い分を否定した。

「お前に渡せない」
「なら……、はやく連れて逃げろよ」

 魔王はいらだった声で呟いた。突然の言い方にラーフは首を傾げた。

「あの強情な娘の話など無視して、聖女であることをやめさせてみせろよ」
「何を言っているんだ」

 魔王はじっとラーフを見つめた。その眼をみてラーフは違和感を覚えた。

「まだ気づかないか。我ながら勘の鈍い奴め」
「だからどういうことだ?」

 魔王の言っていることは理解できなかった。ラーフの勘の悪さに魔王はため息をついて告白した。

「俺はお前だ」

 その言葉にラーフはあっけにとられた。すぐに理解できずにいた。
 よく見れば、どことなく面差しが似ている。自分よりもずっと年をとった30歳半ばの姿で、髪の色も、目の色も、全ての雰囲気が違っていて気づかなかった。

「どういうことだ?」
「俺は未来からきたラーフ・アーゼラ。レンジュが消滅していなくなるのを見ることしかできなかった男だ」

 レンジュがいなくなったことに虚無感をぬぐいきれなかったラーフはぼんやりと救われた大地をみた。
 大地は活気を取り戻し、実りを得て人の生活は豊かになっていった。

 はじめはレンジュの行いに人々は感謝し生きて行ったが、それは数年で忘れられようとしていた。
 そして、醜い争いと欲の中で生きる人々をみてバカらしく感じた。

 あいつの守ったものはなんだったのだろうか。

 そうしてラーフはレンジュを追い求めるようになった。
 何十年もの研究をし、ついに過去へ辿る術を身に着けた。悪魔が持つ、禁術である。体の代償が大きいが、ラーフにはどうでもよかった。
 そして百年前の魔王の力を奪い、自身が魔王になり人の世界を壊すことを考えるようになった。

「俺が、そんなことを?」

 魔王の口から出た予想外の話にラーフはついていけなかった。

「もし、ここでレンジュを失えばお前はこの道を辿るようになる。レンジュが望んでいないとわかっていても」
「……」
「ラーフ、この末路を辿りたくないならレンジュを連れていけ」
「俺は」

 ラーフはちらりとレンジュをみた。レンジュはラーフをみあげて首を横に振った。
 それは拒絶の姿勢であった。
 自分はここで決められた通りの最期を遂げたいというものだった。

「ラーフ、お願い。世界が豊かになれば飢えと病に苦しむ人たちは減る。ここで私の最後のお願いを聞いて」
「……わかった」

 ラーフはゆっくりと息を吐いた。

「お前がいなくなったら、俺も死のう」

 その言葉にレンジュは動揺した。

「魔王を倒して、願いを叶えればいい。そのあとに俺が死ねば、俺は魔王にはならない。世界も救えて、魔王も生まれない。それで、お前の言う世界を救う祈りを見守ってやる」

 これほど理想的な話はないだろう。

「違う……」

 レンジュは首を横に振って耳を抑え込んだ。

「私、……どうして」

 ぼろぼろと涙を流してしまう。
 自分が犠牲になることはいくらでも耐えられる。でも、ラーフが後追いすることなど耐えられない。
 耐えられないはずなのに。

 心のどこかで嬉しいと感じてしまう。

 ラーフが自分の為にそこまで選択してくれることを。
 何という残酷な自分。それでも感情が隠せ切れない。


「私……どうして」

 自分の奥底の思わぬ感情に動揺してしまった。
 何ともいえないものがこみあげてくる気分であった。
 言うだけのことを言い終わったラーフは、再び魔王に向き直った。

「この世界では、こうなる……俺は魔王にはならない」
「そうか……」

 魔王はそれ以上何も言わなかった。瞼を閉ざしやれやれとため息をついた。
 そして床を右足でとんと踏み直した。床に円を描いた黒い闇のものが這い上がり魔王の手にからみついた。闇が薄れると魔王の右手には剣があった。

「ここで俺を倒してみろ」
「……」

 陣の中のレンジュへ振り返り魔王は笑った。
 少女の瞳が悲しく揺れた。

「俺はここで引かない。レンジュを手に入れる為ここまできたのだ」

 白い髪にやや大人びた雰囲気をまとっているが、確かにどことなく自分と重なる部分があるのをラーフは感じた。

「ラーフ」

 レンジュは不安そうにラーフを止めようとした。
 いくらなんでも魔王となり果てた男と一人で戦うなど無謀である。
 ラーフは止めるなとレンジュに手で制止した。

「自分と戦うことになるとは……だが、丁度いい。一度は自分とけりをつけてみたかった」

 その言葉に魔王はつい口の端を釣り上げた。

 お互い剣を構え、お互いの動きを伺った。
 先に攻撃を仕掛けたのは魔王の方であった。
 金属のぶつかりあう音が重なる。
 一撃、二撃を受けながらラーフは魔王の剣捌きをじっと観察していた。

(確かにに自分だ)

 剣の癖は自分のものとそっくりであった。
 客観的に自分の剣術をみることになるとは予想もしていなかった。
 攻撃が中断し、一度魔王が後ずさりするところをラーフは一歩前へ出た。
 ラーフの剣を魔王は受け止め、お互い顔を見合わせた。

「おい、魔王……魔術とか使わないのか?」

 ラーフ自身扱うことはできない。
 だが、魔王となった未来の自分には可能だろう。
 それを使えば自分など一瞬で倒されたかもしれない。

「俺も、試したい。自分との闘いというやつを」

 それに魔術は不要である。
 魔王もラーフと同じことを考えて戦いに挑んでいるようであった。

「お前を倒して、俺は、レンジュを手に入れる」

 魔王の言葉にラーフは複雑に感じた。
 もう魔王の世界のレンジュは存在しないのだ。
 魔王がどんなに求めても。

「そんな顔ををするな」

 魔王は前へ出てラーフの剣を振り払った。
 ラーフは後ろへ崩れそうになるのが、左足で踏んばった。
 目の前の魔王から視線を外さないようにする。
 魔王の表情は先ほどのさびしい表情をうって変りふっきれたように笑った。

「そのくらいすでに気づいていた」

 はじめてこの世界のレンジュに出会った瞬間、魔王は思わず抱きしめ自分の感情をぶつけようとした。
 レンジュも魔王の正体を知っているからこそ強く拒否することはできなかった。
 魔王はその隙をつこうと思った。

 しかし、すぐに現れたラーフを見たレンジュの表情をみて、魔王は締め付けられる感情に覆われたのを感じた。
 確かに自分の世界のレンジュもあんな風に自分へ寄り添っていた。

 自分の世界での旅を思い出す。
 この祭壇に来るまで、愚かにもそれがどういう意味か気づきもしなかった。
 旅の間、妹のような存在に感じていたレンジュが自分に恋情を抱いていたなど。
 彼女の苦悩を気づけなかった自分の愚かしさに魔王はむなしさを覚えた。

 この世界へたどり着いた後、魔王は遠くからレンジュの姿を伺っていた。
 何故、あんなにきらきらした表情を目の当たりにして気づいてやれなかったのだろう。
 そう考えると悔しく辛かった。

 せめてこの世界のレンジュに今までの自分ができなかったことをしたいと思った。
 魔王となった自分は受け入られることなく拒絶されるだろうと予想できたとしても。
 それでも想いを伝え、レンジュが聖女としての末路へ進む未来を食い止めたかった。
 そして、できることならふつうの力のない少女として愛してやりたかった。

 目の前のラーフが自分の方へ突進してきた。
 それに魔王は迎撃しようと構えたが、ラーフは魔王の剣をかわし魔王の懐へ入ってきた。
 そして、鳩尾にラーフの剣が刺さった。

 こんな身になっても肉体は痛みを感じるのか。

 あまりの痛みに思わず笑みがこぼれた。
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