【完結】たまゆらのゆめ

ariya

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3 暗殺者

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 マコモと別れた後、ツミは山を下りることにした。いくらか過ぎた頃にツミは立ち止まり木々の中の一点を睨みつけて言い放った。

「何の用だ? イマズ」

 すると木の影から一人の男が現れ、笑いかけた。

「そんな言い方はないだろう、ツミ。可愛い弟分がきちんと仕事できているかどうか見に来てやったのに。何しろ今回は大仕事だからなぁ。統領も心配して、俺に見に行って来い。必要があれば手伝ってやれってさ」

 優しいね、と笑うイマズの笑い声にツミは不愉快そうに眉をゆがませた。今になっても信用されていないということだと感じ取ったのだ。

「お前に心配されるまでもない。与えられた仕事は全うする、それだけだろ」
「ああ、そうだ。まぁ、今回は楽勝だろ………もう標的に接触しているみたいだから」

「何?」
「あれ、気づいていたんじゃないのか? さっきの女がお前の標的だ」

「何故、そんな」
「あの女の手首につけている腕輪、琥珀の装飾がなされていただろ」

 腕輪までは見ていなかったな。
 そう思ったツミにイマズはにやにやして続けて言った。

「随分高価な装飾がなされていた。一介の巫女があんなものつけられると思うか」

 つまりあの女はかなり高貴な地位にいると考えて良い。

 高貴な女――【モリノミ】の姫巫女。

   ◇   ◇   ◇

 神社に戻ったマコモは鬼のように怒ったタカクにこってりしぼられた。しかも、それから随分の間、マコモは神社から抜けだす機会を失ってしまった。抜けだすことが可能になったのはさらに三週間後のことであった。

「タカクってばどうして心配性なのかしら」

 マコモはそう言いながら、神社を後にした。
 おかげで外に出るのに苦心した。
 マコモはあの手、この手を駆使しようやく抜け出せたと言う次第だ。

「また、あの人に会えるだろうか」

 マコモは心を弾ませながら例の泉へと向かった。
 泉にはやはり誰もいない。
 しかし、しばらく待てば彼が来るかもしれない。
 マコモはそう思い、泉の傍に腰かけぼんやりと滝を眺めていた。

「………」

 しばらく待っていたのだが、やはりあの男は来なかった。
 やはりもう【モリノミ】山にはいないのかもしれない。
 それもそうだ。
 最後に会ってからもう三週間もたつのだ。
 少し残念な気がしたが、帰るとしよう。

「おい」

 聞き覚えのある男の声にマコモは歓喜して振り返った。

「え?」

 横にかかる冷たい感触にマコモは首を傾げた。
 自分のすぐ横に冷たい刃物が押し当てられていたから。
 少しでも動けば首に傷がつく。
 マコモはどうすればいいかわからなかった。
 しかし、刃物はあっさりとマコモから離れていった。
 マコモは怖いと思いながらも後ろを振り返った。

 そこにいたのはツミだった。

 ツミは感情の見せない冷たい瞳でマコモを捕えていた。
 手に持つ剣を決して収める気配がななかった。
 マコモはじっとそんなツミの様子を見つめた。

 沈黙が続いた。口が開いたのはツミの方だった。

「お前は【モリノミ】の姫巫女なのか?」

 マコモはじっとツミの瞳を見つめた。その瞳はとても暗く感情が読めなかった。

「……………私を、どうするの?」

 マコモが否定もせず、疑問をぶつけた。

「…………」

 ツミは何も答えなかった。一瞬だけマコモの応えに少し残念そうにした。
 しかし、すぐに表情をもとに戻す。彼の口がようやく開いたのは詫びの言葉であった。

「お前には恨みも何もない。ただ、姫巫女がいたら困る奴が外にたくさんいる。たったそれだけだ」

 つまりマコモに死んで欲しいということか。

「外ってどこ?」
「………………この国を欲しがっている国………」
「そう」

 マコモはそれ以上追及はしなかった。

 タカクの言う、マコモの命を狙う他国の刺客というものか。まさかと思っていたが、こうして現実をつきつけられるとショックであった。
 まさか、同郷の人間が刺客だなんていくらなんでもあんまりだ。
 しかし、同郷の者であろうと他の者からしてみればマコモはツミに気を許しすぎていた。
 山の神の領域といえど供を連れず彼に会いに人気のない泉へ来るなど本来許されない。
 なのに、マコモは今日もツミに会いに来た。

 供さえもつけず。

 ツミが同郷だったからだろうか。

 確かにそれもある。

「悪いな。仕事なんだ」
 そう言い、ツミは剣を振りかざした。

「………………安心しろ。一瞬で苦しまないように殺してやる」

 同郷のよしみでせめてもの情けだ。そうツミは呟いた。

「じゃぁ、同郷のよしみついでに聞いても良い?」
「何だ?」

 時間稼ぎのつもりではとツミはじっとマコモを睨みつけた。
 マコモはそれに真っすぐと見つめて言った。

「あなたの名前は何?」

 何を聞くかと思えばとツミは呆れた表情を浮かべた。

「ツミだ」
「違うわ、あなたの本当の名前よ」

 その言葉にツミは驚いたように瞳を見開いた。

「それはあなたの名前なんかじゃない。だって、あなたの器と不釣りあいだわ。それに、あなたはとても重苦しそうにそれを背負っている」

 ツミは応えない。

「ねぇ、そんなもの捨てちゃいなさい。そのままだとあなたは壊れてしまうわ」

 まっすぐとツミを見据えるマコモの声はツミに強く響いてきた。

「ツミ、何を躊躇っているんだ」

「あっ」

 マコモは後ろから男に首を締めあげられ、顔をゆがませた。

「よせっ、イマズ!」

 マコモを捕えたのはツミの同業者のイマズだった。
 ツミはマコモをイマズから引き離す為に近づこうとした。
 それを見たイマズがマコモの首を絞める力を強めた。

「っ、………」

 さらに苦しそうにするマコモを見て、ツミは躊躇した。

「おいおい、折角の好機なのに。何やっているんだ。まさか、情でも移ったかぁ?」
「そんなはずないだろ。それは俺の仕事だ。勝手に手を出すな」

 たかが名前を見抜かれたくらいで情が移るなんてない。
 イマズに指摘されたツミは内心動揺したが、そう自分に言い聞かせ落ち着かせた。

「そうだ、情が移るわけがないよな? 残念だったな、姫巫女」

 イマズはすっとマコモに声をかけた。

「でも、可愛そうだから御褒美に死ぬ前に教えてあげよう」

 イマズは嫌らしく笑って、マコモが死なないように少しだけ首にかける力を緩めた。

「余計なことはするな」

 ツミがイマズを止めようとしたが、イマズは腕の動きひとつで脅しかけ制した。
 自分に攻撃しかけたらマコモを自分が殺すと。

 それは困る。

 与えられた仕事は自分の力で遂行しなければならなかった。
 そうでなければ相応の報酬が、得られない。

 本当にそれだけなのか?

 本当に俺はマコモを殺すつもりなのか?

 どこかから尋ねてくる声がしてきた。

 当たり前だ。俺が殺さなければ、意味がないんだ。

 ツミはイマズに攻撃しかけるのをやめた。ツミが自分の指示に従ったことに満足したイマズはわざと優しく作った声でマコモに語りかけた。
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