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あの晩より夏基は白川殿の姿を忘れずにいた。三日夜の餅にて初めて見た彼女は想像以上に可愛かった。こんなに一人の女の姿が頭から離れなかったことはない。
「夏基、どうした? ぼーっとして」
彼方が顔を覗き込んでくる。
「なぁ、彼方」
夏基は思いつめたように尋ねる。あまりに真剣な表情に彼方はどうしたんだと首を傾げた。
「ちらっと見た女の顔がずっと頭から離れないてことあるか?」
何を言い出すのかと思えばと彼方は呆気に取られた。
「お前なぁ、もう少し自重しろよ。新婚なんだからもうどこぞの姫にちょっかい出そうとしているな」
さすがに呆れた彼方はべしっと夏基の額に手刀をなげかける。
「ち、違う。そのな……白川殿が」
「ん? あの白川殿がどうしたんだ? まさか、白川殿のせいにする気か? それはさすがに軽蔑するぞー」
夏基は結婚相手に対してずいぶん冷たかったことを思い出し彼方はジト目であった。
「可愛かったんだ」
夏基は頬を染めて呟く。
「白い肌に桜色に染まった紅がぷくっとして愛らしくて、顔立ちもまだ幼い感じがしたんだけどとっても綺麗でさ。ちょっと陰りがあった感じが何だかぐっときて」
昨日はじめてみた彼女の顔の感想をありありと述べる。
初日は暗い女だとか、ああいうのはパスとか言っていた男とは思えない。
一体何があったのだと彼方は目を瞬いた。
先ほど言っていた忘れられない女というのはどうやら白川殿のことらしい。
「つまり一目ぼれか」
そして姿形はまさに夏基の好みそのままだったということか。
「一目ぼれ?」
彼方の言葉を鸚鵡返しして夏基は考え込む。
「そうそう。というか女遊びに長けたお前がそれに気づかないなんてどうなんだ」
「いや、だって………私の好みといったら」
才色兼備の派手な美人である。
華やかなサロンを開く梅壷女御や才気溢れ男も頼ってしまう美人局の萩内侍あたりが夏基の理想の美女である。今までつきあった女性もだいたいその系統である。幼さの残る若い姫でも凛として将来好みの美女になるなぁと思わせる少女ばかりである。
白川殿にはその傾向はない。夏基の好みとは正反対である。
だが思ったよりも顔立ちが整っていて華やかさはなかったが穏やかに咲く東菊(あずまきく)のようであった。
「……惚れたね」
彼方はびしっと指差して断言する。
夏基は衝撃を受けたような表情を示した。
「まさか、私が白川殿に」
言われてみるとしっくりしてしまう。否定しようと思ってもできなかった。
「でも良かったね。遊び男卒業のときか」
めでたいめでたいと彼方は繰り返す。
「そうか。私はああいうのが好きだったのか。あんな保護欲をそそるようなのが」
「君に保護されなくても白川殿は十分生きていけるでしょ」
何しろ先の太政大臣から一生働かなくても生きていけるだけの遺産を残されたのだから。
「まぁ、何となくお前の好みは普段つきあっている姫たちではないなて思っていたけど」
やっぱりなと彼方は頷いてみせた。
「な、何でそう言いきれるんだ」
「佳夜(かや)様」
その名を耳にして夏基は視線を背けた。
「お前の初恋はあの人だもんね」
佳夜。
夏基の継母で、とても穏やかで優しい女性である。兄の理基はすぐに彼女を母と慕った。極めて良好な継子関係を築けていた。
だが成長と共に夏基は微妙にこの女性と距離をとったのだ。
それは彼方の言うとおり佳夜が初恋の女性だったのだ。それが父の再婚相手。
心中複雑で無意識のうちに距離をとるようになった。兄からはもっと母を労わるようにと注意してくる程に。
だがだめだった。近くにいればいるほどもどかしく感じる。やはり距離をとってしまう。
元服してから他の貴族たちのように姫や女房と恋の駆け引きをするようになった。
夏基は狙う女性はいつも自信溢れる華やかな女性を選んだ。佳夜とは正反対の女性を。
確かに今考えると白川殿はどことなく佳夜に雰囲気が被る。似ているというわけじゃないが系統が一緒だと感じた。
「まさか、そんな」
「まぁ、良かったじゃないか。相手は未婚の姫、遠慮はいらない」
一応例の男とは三日夜の餅を食したそうだが、世間的には夫婦とは認められていないようである。とはいえ、すでに男は故人で彼方の言うとおり遠慮のいらない相手である。
「だが、どうすればいいんだ」
「そんなの決まっているだろう。夫婦としてあるべき関係を持てばいい」
とは言ったものの初日のやりとりで二人の関係はかなり冷えたものである。
「そんなことは知ったことない。お前の責任だ」
確かに夏基があのようなことを言わなかったら冷えたものにならなかったかもしれない。
白川殿が他の男を好きになる気はないと言ったのも夏基の売り言葉に買い言葉であったかもしれない。
「今まで数多の女性を弄んだつけだな」
「ど、どうすればいいんだ。私は」
情けない声をあげるのはとても今源氏と呼ばれる男とは思えない。彼方は甘えは許さず厳しく言った。
「誠心誠意白川殿と打ち解けろ」
確かにそれ以外はないだろう。
夏基ははぁとため息をついた。
せめて初日もう少し灯があって白川殿の顔を拝んでいればあんなことを言わなかったかもしれないのに。
そう考えるのはやはり自分勝手なものだと彼方はさらに切り捨てた。
「夏基、どうした? ぼーっとして」
彼方が顔を覗き込んでくる。
「なぁ、彼方」
夏基は思いつめたように尋ねる。あまりに真剣な表情に彼方はどうしたんだと首を傾げた。
「ちらっと見た女の顔がずっと頭から離れないてことあるか?」
何を言い出すのかと思えばと彼方は呆気に取られた。
「お前なぁ、もう少し自重しろよ。新婚なんだからもうどこぞの姫にちょっかい出そうとしているな」
さすがに呆れた彼方はべしっと夏基の額に手刀をなげかける。
「ち、違う。そのな……白川殿が」
「ん? あの白川殿がどうしたんだ? まさか、白川殿のせいにする気か? それはさすがに軽蔑するぞー」
夏基は結婚相手に対してずいぶん冷たかったことを思い出し彼方はジト目であった。
「可愛かったんだ」
夏基は頬を染めて呟く。
「白い肌に桜色に染まった紅がぷくっとして愛らしくて、顔立ちもまだ幼い感じがしたんだけどとっても綺麗でさ。ちょっと陰りがあった感じが何だかぐっときて」
昨日はじめてみた彼女の顔の感想をありありと述べる。
初日は暗い女だとか、ああいうのはパスとか言っていた男とは思えない。
一体何があったのだと彼方は目を瞬いた。
先ほど言っていた忘れられない女というのはどうやら白川殿のことらしい。
「つまり一目ぼれか」
そして姿形はまさに夏基の好みそのままだったということか。
「一目ぼれ?」
彼方の言葉を鸚鵡返しして夏基は考え込む。
「そうそう。というか女遊びに長けたお前がそれに気づかないなんてどうなんだ」
「いや、だって………私の好みといったら」
才色兼備の派手な美人である。
華やかなサロンを開く梅壷女御や才気溢れ男も頼ってしまう美人局の萩内侍あたりが夏基の理想の美女である。今までつきあった女性もだいたいその系統である。幼さの残る若い姫でも凛として将来好みの美女になるなぁと思わせる少女ばかりである。
白川殿にはその傾向はない。夏基の好みとは正反対である。
だが思ったよりも顔立ちが整っていて華やかさはなかったが穏やかに咲く東菊(あずまきく)のようであった。
「……惚れたね」
彼方はびしっと指差して断言する。
夏基は衝撃を受けたような表情を示した。
「まさか、私が白川殿に」
言われてみるとしっくりしてしまう。否定しようと思ってもできなかった。
「でも良かったね。遊び男卒業のときか」
めでたいめでたいと彼方は繰り返す。
「そうか。私はああいうのが好きだったのか。あんな保護欲をそそるようなのが」
「君に保護されなくても白川殿は十分生きていけるでしょ」
何しろ先の太政大臣から一生働かなくても生きていけるだけの遺産を残されたのだから。
「まぁ、何となくお前の好みは普段つきあっている姫たちではないなて思っていたけど」
やっぱりなと彼方は頷いてみせた。
「な、何でそう言いきれるんだ」
「佳夜(かや)様」
その名を耳にして夏基は視線を背けた。
「お前の初恋はあの人だもんね」
佳夜。
夏基の継母で、とても穏やかで優しい女性である。兄の理基はすぐに彼女を母と慕った。極めて良好な継子関係を築けていた。
だが成長と共に夏基は微妙にこの女性と距離をとったのだ。
それは彼方の言うとおり佳夜が初恋の女性だったのだ。それが父の再婚相手。
心中複雑で無意識のうちに距離をとるようになった。兄からはもっと母を労わるようにと注意してくる程に。
だがだめだった。近くにいればいるほどもどかしく感じる。やはり距離をとってしまう。
元服してから他の貴族たちのように姫や女房と恋の駆け引きをするようになった。
夏基は狙う女性はいつも自信溢れる華やかな女性を選んだ。佳夜とは正反対の女性を。
確かに今考えると白川殿はどことなく佳夜に雰囲気が被る。似ているというわけじゃないが系統が一緒だと感じた。
「まさか、そんな」
「まぁ、良かったじゃないか。相手は未婚の姫、遠慮はいらない」
一応例の男とは三日夜の餅を食したそうだが、世間的には夫婦とは認められていないようである。とはいえ、すでに男は故人で彼方の言うとおり遠慮のいらない相手である。
「だが、どうすればいいんだ」
「そんなの決まっているだろう。夫婦としてあるべき関係を持てばいい」
とは言ったものの初日のやりとりで二人の関係はかなり冷えたものである。
「そんなことは知ったことない。お前の責任だ」
確かに夏基があのようなことを言わなかったら冷えたものにならなかったかもしれない。
白川殿が他の男を好きになる気はないと言ったのも夏基の売り言葉に買い言葉であったかもしれない。
「今まで数多の女性を弄んだつけだな」
「ど、どうすればいいんだ。私は」
情けない声をあげるのはとても今源氏と呼ばれる男とは思えない。彼方は甘えは許さず厳しく言った。
「誠心誠意白川殿と打ち解けろ」
確かにそれ以外はないだろう。
夏基ははぁとため息をついた。
せめて初日もう少し灯があって白川殿の顔を拝んでいればあんなことを言わなかったかもしれないのに。
そう考えるのはやはり自分勝手なものだと彼方はさらに切り捨てた。
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