【完結】よめかわ

ariya

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9.終

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 宮中では鈴姫の入内の話で持ち切りであった。その間、夏基の不在など気にもとめないようであった。
(まぁ、ちょうどよかったのかな)
 彼方はそう感じていた。夏基の白川殿を連れ宇治へ行っていた。風早中納言の墓参りを提案したと聞いた時は驚いた。
 まさか想い人のかつての恋人の墓参りについていくとは。
 とはいえ、誰も夏基がどこへ行ったかなどよりは鈴姫の入内がどのようにあるかの方が興味あるようである。今まで入内してきた姫はどれも東雲内大臣の権威を脅かせるほどの者ではなかった。それどころかどの姫も生家は東雲内大臣家に与している。鈴姫の入内、親王が生まれれば東雲内大臣の権力は確実なものになろう。
(夏基はどんな気持ちなんだろうか。手を出そうとしていた姫が入内するなんて)
 しかも、鈴姫は夏基の恋文をみてすぐに父に売り渡したのである。今までどの女も靡いてしまった夏基の文をである。それだけ鈴姫の妃入内の気持ちは強かったのだろう。
「あ、風早の君」
 向かいに立っている男に気づき彼方はあいさつした。風早の君はじっと彼方を見つめていた。
 自分は何かやったのだろうか。彼方は内心どきどきした。
「少し話をしてもいいかな」
 そういい風早の君は彼方を連れ庭の方へ出た。ここでなら人の話は聞かれずに済むだろう。
「あの」
「夏基殿は白川殿とうまくやっているのか?」
 突然の質問に彼方はどう答えていいか悩んだ。
「え、と……」
「どうなんだ?」
 ずいと顔を近づけ風早の君は強く問い質した。彼方は思わず正直に話してしまう。
「たぶんうまくいっているのでは? 二人で旅行に行っているみたいですし」
 それを聞き風早の君は顔を離した。
「そうか。よかった」
 それを聞き彼方はあれっと首を傾げた。
「あの、風早の君は白川殿を快く思っていないのでは」
「ああ……、世間はそうみているな。あれも不憫な姫だ」
 その言葉にますます首を傾げてしまう。これ以上は聞いてはいけないような気がする。彼方は急用を思い出したといいその場を去ってしまった。

 風早の君は何を言おうとしたのか。
 彼の胸中は複雑なものだったが、ここでいっても意味はなさない。

 あれは仕組まれたことだったなど。
 本当は風早の君が白川殿と恋仲になる予定だった。
 先の太政大臣と東雲内大臣の台頭を快く思わない派閥がいた。その者らは白川殿が入内する計画を知り何とか阻止しようと企てていた。
 その内容が白川殿の醜聞で入内計画を頓挫させるというものだった。
 その恋人役にあてがわれたのが風早の君であった。風早の君はこの計画に悩んだ。まだ元服して間もないし色恋もそこまで達者でなかったし、何より姫を騙すことは気持ちいいことではない。とはいえ、立案者は風早父子ともにとっての恩人であり無視はできない。
 風早の君は父に相談した。

 ――「では、まずはその姫をまず見に行ってみよう」

 父の提案だった。
 実物を見て気が進まなければ父から断るという。
 丁度白川殿は母を失って弔いの為に山寺に籠っているという。父が母の為に山寺で写経をしに行くのを装い彼女を見に行こうというのだ。風早の君も一緒に行こうとしたが、風早の君は熱病で寝込んでしまった。
 父だけが行き、戻った父は言った。

 ――「寂しそうな表情をする姫であった」

 気づけば父は姫と逢引し文を交わす間柄となっていた。
 本来は風早の君がそれをすべきことだったのだが、父はその文の交流を楽しんでいた。はじめはあのように幼い姫を騙すのは私の心が傷つくと察した父があえて自分で名乗り出たのだろう。
 しかし、白川殿が純粋に慕ってくるのに父は次第に心を傾けるようになったようである。
 計画は異なるものに変わったが、親子の年の差の恋は白川殿の名誉を傷つけるのに十分な話であった。
 そして入内に乗り出そうとしたところで父と白川殿の醜聞が吹聴された。その間に受けた白川殿への扱いは辛いものであっただろう。
 せめて父が彼女のもとへ通いつづけられたら少しはましだっただろう。
 しかし、運が悪いことに父は病に倒れ回復する兆しもみられなかった。
 父もこれは誤算だったようである。仮に白川殿が尼寺に追いやられようとされれば掻っ攫いともに隠居生活をして過ごそうと計画していたようだった。父はたいそう悔しそうにしそのまま息を引き取ってしまった。
 ここで父に期待を持って若い時代を過ごさせるのは不憫と思っていた。
 白川殿の醜聞の後では寄り付く男もいない。ほとぼりが冷めた頃に自分が会いに行けば別の醜聞になるだろう。風早の君自身、距離を置くしかなかった。
 頃合いのよい、殿方を見つけられないものかと考えていたが、そこで現れたのが夏基であった。

 はじめはあのような軽薄な男と思っていたが、まさか今まで出会った女性にけじめをつけるとは思わなかったな。

 そこから見直し、果たして白川殿が彼とうまくやれているのか気になっていたがなかなか声をかける機会がなかった。

「これで、よかったのだろう」

 風早の君は複雑な表情を浮かべて、遠くの雲を見やった。景色はまだ不安定なものだろう。
 だが、これが明ければ次の季節が訪れる。

 ◆◆◆

 寺に戻ると僧侶たちにお湯と新しい衣類を用意してくれた。白川殿はあらかじめ柚木が準備してくれた袿一式がありそれを合わせた。

「私、お別れを言っていました」

 雨宿りをしながら白川殿はそう語った。
「すると風早様が林の中へ消えていくのが見えて思わず追いかけてしまいました」
 お別れを言ったのに、彼の姿を追い求めるなど。
「未練がましくて自分が嫌になりました」
「何故、別れを?」
「だって、……」
 白川殿はちらりと夏基を上目遣いで言った。
「私にはあなたがいるから」
 白川殿の言葉に夏基はしばらく動作を停止した。いろいろ考えてじっと白川殿を見つめた。
「つまり私を夫として認めてくれたのですか?」
「認めるも何ももう夫でしょう」
 自分の為に今まで関係を持った女性に別れを告げ、殴られたり恨み言を言われてもそれをやり遂げた。そして、こうして白川殿の前の恋人との再会のために協力してくれた。
「ここまでしてくださる方をいつまでも認めないのは……悪いじゃないですか」
 だが、自分はなかなか風早中納言への想いを忘れられずにいられない。切り捨てるのは難しくとも別れは告げなければと思った。
「まだ私は風早様が好き……でも、あなたのことも嫌いじゃありません」
 夫婦になれるように努力しなければと白川殿は考えるようになったのだ。
「それでも良ければよろしくお願いいたします」
 歓喜した夏基は思わず白川殿を抱きしめる。
「ああ、もちろんです。あなたが私を愛してくれるようにうんと愛します」

 愛しい姫よ。

 そう囁く夏基に白川殿は頷き、夏基がそっと顔を近づけるのを許した。雨の音が響く部屋の中でお互い抱き寄せ唇を重ね合わせた。

 ◆◆◆

 その後、白川殿と夏基との間に1男1女が生まれた。
 長男の方は出家しとある寺の高僧となり、長女はさる女御に仕え宮中で才女と持て囃されるようになる。
 白川殿は邸を娘に譲り京から離れた別宅に夏基と住み静かに暮らしたという。

(終わり)

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