【完結】その悪女は笑わない

ariya

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本編③ 狩猟祭の事件

32 ホワイト・グラスランド

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 シオンとアルバートが再び会うことになったのは家業を継ぐようになってからである。

 シオンは父の代わりの処刑人の仕事を執行するようになった。そして、処刑の仕事がない日は教会に行き祈りを捧げ実家の医業に携わっていた。

 シオンの通うジュノー教会にさるお方が来て、神父の依頼で治療をすることになった。

「それってエレン王子のこと?」

 話の途中にアリーシャは質問する。
 あれ、とシオンは首を傾げたがエレン王子がそこに療養目的で滞在しているというのは知っている者はそれなりいたかとすぐに納得した。

「なるほどね。エレン王子の病気をあなたが治療していた。だからシオンに懐いていたのね。シオンに近づくなって言ってきたのも子供の駄々だったというわけだ」
「そんなことを言っていたのですか」

 シオンはやれやれとため息をついた。

 話を続ける。

 1年かけてようやくエレン王子の治療を開始して塗り薬や飲み薬の調合を確認した。皮膚病の進行は治癒魔法で抑えていきながら念入りに合わせ技で治療を続けていった。
 皮膚病の痣が小さくなっていったのは治療1か月経過したところであった。
 神父も、シスターも喜んで一緒に皮膚病の勉強をしていた。

 そんな時にジュノー教会へ馬車が到着した。

「随分豪華な馬車ですね」
「ああ、おばあ様だろう。よく本やおもちゃを送ってくるから」

 エレン王子の言葉にシオンはなるほどと思った。
 そうであれば自分は早々に退場しておいた方がよさそうだ。

 表の馬車の人間に気づかれないように教会の裏から出ることにした。
 自分の馬が繋がっている場所へと周る。
 馬の頭に小鳥が乗っているなと思いながら馬の手綱を引き帰ろうとしたときに突然後ろから引っ張られた。

「久々の友人に挨拶もなしか」

 随分冷たくなったなと声をかけてきたのは大人になったアルバートであった。
 馬の頭にいた小鳥はシオンの肩の元へとまりピピっと鳴く。
 その時に頭の中に届く情報は「薄情者」だった。

 例の馬車の持ち主はアルバートだった。そしてアルバートの目的はエレン王子ではなくシオンである。
 彼は最近はじめた事業で、シオンの協力を得ようと彼を探し伝令魔法を繰り返しシオンを探し続けていたのだ。
 処刑の場では声をかけられる雰囲気ではなく、仕事のない日を選んでのことだ。

 アルバートが協力を頼んだのは最近開始した軟膏剤の販売であった。他には熱さましの薬も検討中であった。
 シオンに製剤の協力者になってもらうように依頼してきたのだ。
 彼の医学の知識できっと良いものを作れるだろうと。そしてシオンの調合する塗り薬は一部の間で評判だった。

「もちろんタダではない。協力してくれた初期費用、研究費用、売り上げの一部を出すつもりだ」

 足りない部分があれば意見してもらっても構わないとアルバートは書類を用意していた。

「私が協力者と知ったら君の事業に影響するのではないか?」
「そういうと思ったから偽名を用意した。本当は代理人でいこうと思ったが、お前の功績を他人のものになるのはもやもやするし」
「偽名……してもいいのか」
「芸名や作家名のようなものだろう。論文に通称で出している人もいるし。俺も匿名で事業をいくつか出資しているし」

 いいのかな。いいのか。

「君に迷惑かからないのなら……でも、少し考えさせてほしい。せめて父に相談しておきたい」

 引退した父に相談して、売り上げの一部を医療設備の改善に利用できれば良いのではと引き受けることにした。

「事業の代理人だ。既にお前のことは知っているが、金になるのであれば気にしない奴だ」
「酷い言い方ですね。子爵様」

 代理人となる壮年の男は準男爵の地位にあるが、根っからの商売人であった。

「製品を販売する上での屋号は子爵様の案を採用しております」

 代理人はくすくすと笑ってシオンにもったいぶりながら教えた。

「#ホワイトグラスランド(白い草原)と言います」

 白い草原の古語はシャーリィという。
 シオンの苗字のシャーリーストーンからとっていた。

   ◇   ◇   ◇

「それを聞いてから、私はアルバートと交流を再開することにしました。ですが、やっぱり自分の身分でアルバートに影響を与えるのは避けたいのでこっそりとで……アリーシャ様」

 続けて言うシオンはアリーシャをみて言葉が途絶えた。

 アリーシャは不可解な表情を浮かべた。
 あの時シオンから譲られた軟膏の名前がシオンとアルバートの共作だった。
 そう思うと何ともいえない敗北感を感じた。

「いえ、まさか白い草原の事業者がアルバート様だとは知らず」

「そうですね。アルバートは父親に内緒でいくつか隠れて投資もしているようです。彼が需要あると予想したものは結構ドンピシャであたるので錬金術でも学んだのかなと思う程です」

「何か色々ずるいような気がした」

 何がどうというわけではない。ただの嫉妬である。

 アリーシャはふとシオンの顔をみてあれと気づいた。シオンの頬に赤い血が流れ落ちていた。

「シオン様、血が出ています」
「あ、まだ止まっていませんでしたか。お目汚し失礼します」

 先ほどの馬での逃亡の際、矢がかすめた時のものだろう。
 アリーシャに気づかれないように止血していたつもりであったが出てしまったという。

 アリーシャはハンカチを取り出し、手にしていた水で濡らしてシオンの血を拭いた。

「いけません。アリーシャ様のハンカチが汚れてしまいます」
「いいのよ。これくらい。私を助けてくれたのだし遠慮しないで」

 アリーシャはぐいぐいとシオンの顔をハンカチでふき取る。
 その時に頬が触れて、自分の頬よりもちもちすべすべしているのにショックを覚えた。顔に出さなかったが。

「申し訳ありません。ハンカチは綺麗にして後日届けます」
「え、いいのよ。別に」

 ハンカチをみてアリーシャは慌てた。そのまま持ち帰られると恥ずかしい。

「いえ、そうわけには……」

 ハンカチの柄をみてシオンは首を傾げた。赤い宝石を装飾するように白いラナンキュロスが添えられている。
 シャーリーストーン家の家紋である。

「これは、私に?」
「いえ、その……たまたま色々作ってみたらそうなっただけで」
「そうですか。アリーシャ様が私の為に作ってくれたのかなと自惚れてしまいました」

 恥ずかしそうに笑うシオンの顔にアリーシャは顔を赤くして叫んだ。

「あなたの為に作りました」

 その言葉にシオンは目をぱちぱちとさせた。

「でも、もうあなたには淑女にいただいたハンカチがあるようなので必要ないかなぁって」
「いえ、淑女からいただいておりませんよ」

 ではその剣の柄についているハンカチは何なのだ。アリーシャはじとっと剣の柄のハンカチを見つめた。

「ああ、私が誰にも貰えないだろうとエレン王子が哀れんで下さったのですよ。元々私ではなくエレン王子に招待が来ていたのですが、エレン王子が行かないのであれば私に行くようにと王命が下り」
「そ、そうなの」

 少し拍子抜けしてしまった。同時にほっとしてしまった。

「では、いただいてもよろしいですか? 特に大した獲物はとれておらず申し訳ないのですが」
「いいのよ」

 アリーシャはシオンにあげたかっただけである。
 アルバートからシオンも参加していると聞いて、彼の為に作れないかとこっそりドロシーに家紋が載った本を用意してもらい作ったものだ。

 彼は嬉しそうに受け取ってもらえた。それがとても嬉しい。

 アリーシャは胸に触れると心臓がばくばくと早くなっているのが感じた。
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