【完結】アリスの記憶

ariya

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10 アリスのものがたり

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 それはアリスがどこかへ忘れてしまった記憶、アベルが大事に持っている記憶である。

 壊れたおもちゃの散乱していた部屋でアリスはひとつずつ直せそうな人形やぬいぐるみを手にとっては裁縫で直していった。
 部屋の主である少年はアリスに寄りかかりながらそれをじっと見つめていた。

 途中退屈そうにしていた少年が求めるままに物語をしてあげていた。
 今した話は『人魚姫』の話。

「ねぇ、教えて」
「?………なんだ」
「どうしてあなたはこんなにおもちゃを壊してしまうの」

 アリスは今しがた終えたおもちゃを少年に見せた。紳士の人形である。

 アリスが直す前は服がボロボロで足がひとつなかった。
 失った足をアリスはおもちゃ箱からようやく見つけ、それを元に戻してあげる。

 服を綺麗に縫い直してやったが黒い髪の毛がボサボサで見栄えしなくなってしまった。
 だから、アリスは余った布を使いシルクハットを作って着せてあげた。
 示された人形を見て少年はぷいっとそっぽを向いた。

「この子、可哀想と思わない? ずっと足を失って痛いって言っていたのよ」

 アリスの言葉に少年は皮肉気に笑う。
 人形が痛がるわけないじゃないかと。
 それにアリスはもうっと怒った。

「可愛くない子ね。こんな風にするならはじめから持たなければいいのに」
「時折嫌になるんだ」

 少年はぽつりと呟いた。

「なんかわからないけど、むしゃくしゃして怒りが湧いてきて………気づけば」
「人形たちを苛めていた」

 アリスの言ったことが事実なので少年はそれ以上言わなかった。

「どうしてむしゃくしゃするの?」

 少年は首を振って言う。わからないと。

「わからないわけないじゃない。それじゃ苛められたこの子たちが溜まらないわ」

 そして部屋の中を見回す。
 そこらじゅう埃だらけできちんと換気すらされていないようだった。ろくに掃除されない部屋。

「こんな部屋にいるから気分が悪くなるのよ」

 アリスは立ちあがって少年の手を引く。それに少年はびくりと震えた。

「お外へ出ましょう」
「いやだ!!」

 アリスの提案に少年は強く拒否した。

「どうして?」

 アリスはふと少年の手が震えているのに気がついた。
 少年はとても怯えていた。外に出ると言うことに何故こうも恐怖を抱くのだろうか。

「外は嫌なことでいっぱいなんだ。だから出たくない」

 少年は首を横に振っていやだいやだと言う。
 アリスは苦笑いして、震える少年の体を包むように抱きしめた。

「大丈夫よ。ちょっと外へ出るだけよ。お外の新鮮な空気を吸って、青いお空を見て、小鳥の囀りを聞くのよ。そうすればわかるわ」

 少年はきょとんと顔をあげる。
 何がわかるのかと聞きたそうだった。
 それにアリスはにこりと笑った。

「嫌なものでいっぱいと思ってた場所は思った以上に嫌じゃないってこと。大丈夫、私も一緒に行ってあげる。手を繋げば怖いものも感じなくなってくるわ」

 アリスは重い扉を開けた。少年が自分で開くのを諦めていた扉を彼女は片手で一生懸命開けた。もう片手は少年の手を繋いでいるからだ。

「ね?大丈夫だったでしょ、アベル」
「うん………」

 アリスに手を繋がれて、城の外に出ると綺麗な庭が一面広がっていた。空を見上げると綺麗な青空がみえる。
 二人でしばらくお庭で遊んでいた。
 アリスは花の冠をつくり少年の頭に被せてやる。
 少年の姿をみてアリスは「王子様みたい」と目をきらきらとさせた。
 それに少年は変なことを言うなと笑った。

「僕は王子様みたいじゃなくて、王子なんだよ」

 その言葉の後に会話は続かなかった。重い鎧の音と共に兵士たちがアリスを取り囲む。

「いたぞ!! あの女だ!! 女王陛下に狼藉を働いた娘・アリスだ!!」

 兵士たちの声に、怒りの形相で現れたのはアベルに似た大人の女性である。彼女の登場に兵士たちは震え、アリスを逃がさないように強く抑えつけた。

「すぐに裁判所へ連れて行くのよ! すぐに裁判を開いて」

 兵士の命令に兵士たちはアリスをずるずると連れて行ってしまった。
 少年の声を聞かないまま。
 兵士にとって少年の声などどうでもよく、大事なのは女王の命令なのである。

「アリス!!」

 この時少年ははじめて自分のふがいなさを感じた。
 自分に力があれば兵士たちはアリスを裁判所へ連れて行ったりなどしなかっただろう。
 自分が臆病で不甲斐なくなかったら、アリスは危険な逃亡中に外を出る必要もなかっただろう。

   ◇◆◇

 扉の向こうからざわめきが聞こえてくる。大勢の人がこのイベントにやってきたのだ。
 突然設けられた祝いの場だというのによくもまぁこんなに多くの人がやってきたものだ。
 そう感心してしまうくらいの人の集まりである。

 そのざわめきを制止したのは白の魔女・アマリア。
 彼女が声をかけるとざわめきはぴたりとやんだ。

「さぁさぁ、ようこそいらっしゃいました。私の従者の祝いの場。さぁ、新婦の登場です。皆さま、盛大に迎えてください」

 重い扉が開かれて盛大な拍手と共に現れるのはレイモンドと共に現れた新婦・アリスであった。
 アリスはぼんやりと目の前の様子を眺めていた。

(どうして、こんなにいっぱい人がいて拍手しているのかしら)

 すると頭の中にアマリアの声が響いてくる。

『それは、あなたの結婚式だからよ』

 耳元に響くアマリアの言葉にアリスは繰り返し呟く。

「結婚?」

(そうだ、自分は結婚するのだ。でも、変ね。はじめてきた場所なのに、どこかで見たような建物だわ)

 そして新郎のいるところまでレイモンドに支えられながら歩く。
 目の前までやってくるとマリオンがアリスに手を差し出す。
 アリスはゆっくりとマリオンの手を握った。
 また盛大に拍手が鳴り響く。

「人が、いっぱい………」

 アリスがぽつりと呟くとマリオンはにこりと笑って答える。

「俺たちを祝ってくれているんだよ」

 アリスはぐるりと聖堂の中を見回す。
 やはり先ほど感じたことがある通りここを一度見た気がする。

(どこだったかしら)

 マリオンに手を引かれながらアリスはアマリアのいる場所へと歩く。
 アマリアの前にアリスとマリオンは並んで立った。
 それにアマリアは満足げに笑った。

「マリオン、あなたはアリスを妻とすることを誓いますか?」
「誓いますか?」

 マリオンは迷わず答える。

「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも、夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか」
「勿論です」

 その様子にアマリアは楽し気に微笑んだ。

「アリス、あなたはマリオンを夫とすることを望みますか」
「はい」

 アリスは暗示の通りアマリアの言うことに頷いた。

「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも、妻として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか」

 誓うと唇が動こうとしたとき、扉は再び開かれる。

「ちょっと待て!!」

 結婚式の途中に聖堂に乱入してきたのはアベル。アベルは目の前で繰り広げられることに焦りアリスの元へと急ぐ。
 その前に現れ、阻むのはレイモンド。

「どけ!!」
「ハートの女王よ。式の途中だ。静かに席についてもらおう」

 アベルは細剣をレイモンドに突きだす。それにレイモンドは杖を構え、交わした。

「ふざけるな!! こんな式があってたまるか! アリスの意志を無視して、こんな………」

「陛下、危ない!!」

 セラがナイフを持ってアベルを横から狙って来たのだ。
 ブランが飛び出し、アベルを庇う。
 ブランはぱさりと倒れこむ。せっかく修繕された腹からまた綿が飛び出てくる。

「役立たずでも盾くらいにはなれたんだ」

 セラは感心して言った。そしてアベルの方へ向く。

「あなたも人のこと言えないでしょう。どうせ、王の権限使って、魔法使ってアリスをかどかわすつもりだったくせに」
「違う、僕はそんなことしない。僕はアリスに正当に求愛するつもりだった。そして、アリスが首を振れば何も言わず元の世界に戻すつもりだった」

「本当に?信じられないな」
「本当だ!! マリオン、レイモンド、セラ、お前たちが僕を恨むなら恨めばいい。だが、アリスだけは………」

 そう言い、アベルは必死でアリスの方へ向かおうとするが、レイモンドが杖ではじきアベルは倒れこむ。

 それを見てアマリアはくすと笑った。
 この白の聖堂はアマリアの敷地の一部なのだ。
 ハートの女王としての力は弱くなっている。動きも鈍くなるように魔法をかけておいたので、従者が遅れをとることはない。

 アマリアは再びアリスに問う。先の質問の答えを。

 アリスはぼんやりと今何が起きているのかわからないままだったが、こくりと頷いた。それは先の質問の肯定ということ。

 アマリアは両手を広げ二人に祝福の言葉を贈る。

「わたしは、お二人の結婚が成立したことを宣言いたします。お二人が今私たちの前でかわされた誓約を神が固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように」

 マリオンはアリスの手を取り、指に指輪をかける。アリスもアマリアに薦められるままにマリオンの指に指輪をつけた。

「では、誓いのキスを」

「アリス!!」

 アベルの必死の声にふとアリスは視線をアベルの方へ向ける。
 キスをしようというのに他所を向こうとし、マリオンは苦笑いした。
 自分の方へ向けさせようとするが、アリスは動かない。

(アベル、あんなに必死にどうしちゃったのかしら………変ね。何故か前にもこんなことがあったような)
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