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本編 第二部
12 解毒茶ができるまでの話
しおりを挟む「あの、閣下」
実はずっと執務室にいたモリス秘書官に気づき、彼は思い出したような表情を浮かべた。
「私への処罰はいつ決まりますか?」
その言葉にクリスは首を傾げた。
「私に時期を問う資格はないでしょうが、色々仕事の引き継ぎをしておきたくて」
「お前がいなくなると私が忙しくなるだろう」
そうなればヴィヴィアと過ごす時間が減る。
「ですが、私もモカ令嬢の毒におかされ」
「ヴィヴィアに危害を加えた訳でもないだろう」
「モカ令嬢に心酔するあまり、無礼な発言をしました。閣下不在の間、モカ令嬢が館内を出入りして使用人たちに毒をばら撒くのを許してしまいました」
メイドたちよりよほど罪深い。いや、メイドたちのヴィヴィアに対する不敬の要因を作った。
「ふっ、あのメイドたちはベザリーが登場する以前からヴィヴィアに対して陰口を叩いていたものたちだ。ベザリーがいなくても解雇する予定だった」
ヴィヴィアが公爵家へやって来た時に口さがない者たちのリストは作ってあった。
対して、モリス秘書官は。
「初対面のヴィヴィアに対して礼節を重んじていた。ヴィヴィアへの無礼は普段のお前からは有り得ないものだったし。それに、私自身お前に後ろめたく思っている」
「後ろめたい?」
クリスがモリス秘書官に感じる後ろめたさとは何だろう。仕事量か。
「お前にベザリー・モカの対応をさせた」
危険人物とわかっていたにも関わらず。
モーガンから王都に戻った際にモリス秘書官が洗脳を受けたと気づいていた。
だが、ベザリーの洗脳の手口を調べる為に放置していた。
「メドラウトの解毒茶の被験体にもなっていたし、それでなしだ」
「被験、体」
モリス秘書官は昨日のことを思い出した。
◆◆◆
クリスがヴィヴィアに回帰のことを告白する前日のことである。
ヴィヴィアがシャルコット公爵家へ訪問する準備をしている間にクリスは朝方に館を出た。
モリス秘書官を伴って。
クリスが学園へ行くと誘われて、ベザリーに洗脳されていた彼は浮き足立っていた。
ようやく閣下はモカ令嬢に会ってくれるのだ。
学園に来ると迎えに来たガエリエ卿をみてますます期待した。
彼も自分と同じくベザリー・モカの心酔者である。星河祭のパーティーではクリスとモカ令嬢を近づけるのに失敗していたが、ようやく挽回できたようだ。
そうだ。あの無能者ではなく彼女こそゴーヴァン公爵家の女主人に相応しい!
閣下はようやく気付かされたのだ。
運命の時を目の当たりにできるという高揚感と共に訪れた学園、その先は。
「ジェフリー・モリスか。あの時のチビが生意気に俺より背が高いとはな」
訪れたのは賢者メドラウト。学園長室だった。
その瞬間思い出すのは幼少期のこと。――
クリスの学友としてゴーヴァン公爵家で過ごした日々、さまざまな学問、剣術、魔術学を学んできた。
メドラウトはゴーヴァン公爵家お抱えの魔術師でクリスたちの魔術学の師であった。
しかし、彼が教えるものは直観的なものが多すぎてついていけない。仕方ないとメドラウトが取った方法は実体験で覚えるというもの。
魔物が大量に棲む森にサバイバル学習させられて、滝に飛び込んだり、危険な草を口にいれることもあった。
何度死ぬかと思ったか。
その度に薬草師が作成した薬で大事に至らなかったが、メンタルが大事だった。
体力作りが必要だな。
そう言ったかといえば、剣を取りひたすら模擬戦をさせられた。クリスをはじめ学友たち30名を一度に相手取りメドラウトは歯牙にもかけず倒した。
魔術師なのに、剣にも優れて剣術を教える師よりも強く厳しいなんてありえないだろう。
彼の半端ない指導についていけない学友が続出し、泣いて実家に帰る者もいた。
ジェフリー・モリスもあと少しで実家に逃げるところだった。
教え子の実家からのクレームが出てメドラウトが指導から外れた。そうしてジェフリー・モリスは平和な日々を手に入れた。
その時には学友は6名になっていた。――
まるで走馬灯のように過去の映像が駆け巡った。
「なるほど、随分大量に毒を摂取させられたな」
メドラウトの言葉にモリス秘書官は間髪容れず否定した。
「ここ最近毒なんて飲んでませんよ。今まで私に毒を飲ませたのはあなたくらいです!」
「ちゃんと解毒してやったぞ」
そういう問題ではない。
「毒だけじゃなく呪いもアルバート・ガエリエよりも強めだな。効くかな」
メドラウトがテーブルの方をみた。
テーブルにはカップが並べられている。
中に入っているのはお茶だが、怪しい。
「面倒だな。直接、俺の魔術で解毒するか」
メドラウトはモリス秘書官に近づく。
ヒィッとモリス秘書官は反射的に逃げの姿勢をする。
この男の解毒の魔術は暴力的だ。直接体の肝臓、腎臓あたりに手を出してバフをかける。その手を出す行為が殴る、叩くというもの。
この男の魔術は、解毒が最低最悪なのだ。
クリスはとんとメドラウトの肩を掴み留めた。
「解毒茶を作るのが目的でしょう」
そう言われてメドラウトは口をへの字にした。
「多少微調整で時間がいるな」
「なら、私は王城へ行きます。仕事が終わったらモリス秘書官の様子を教えてください」
クリスはこのままモリス秘書官を置いていくようだ。
この悪魔の部屋で1人残されるなんて!
モリス秘書官が逃げようとすれば、ガエリエ卿が部屋の外で待ち構えていた。
あっさり取り押さえられたモリス秘書官はそのままメドラウトの解毒茶の被験者となった。
夕方には解毒茶の調整が終わり、モリス秘書官はすっかり毒と呪いから解放されて自分の行いに恥じ入り自決しようとしていた。
そこに出たメドラウトの言葉。
「死ぬなら外でしてくれ。後処理が面倒くさい」
モリス秘書官を心配するどころか、要件が終わり興味がなくなっていた。メドラウトが解毒茶のレシピを助手に早口で伝えていた時にクリスは戻ってきた。
モリス秘書官が自害するのをガエリエ卿が必死に止めていたところだった。
メドラウトの助手はクリスに解毒茶のもとを袋詰めにしたものを手渡す。
横でメドラウトが説明した。
「とりあえず調整した解毒茶を10人分作ってみた。明日追加分を館に持っていく。ついでにヴィヴィアに会わせろ」
クリスはにこりと微笑んだ。
「ガエリエ卿に解毒茶を運んでもらいます。ヴィヴィアは今大事な時期です。あなたは胎教に悪い」
その言葉に助手は「まぁ」と嬉しそうにした。
「おめでとうございます」
女性の温かみのある言葉にクリスは頷いた。
そんなやりとりをしてモリス秘書官はガエリエ卿に抱えられる形で帰宅した。
◆◆◆
モリス秘書官はあの解毒茶の効果を思い出した。
飲むたびに胃や腸が活性化され、背中や脇腹が熱くなり痛く苦しいものだった。
あれを朝から夕方まで休みなく飲まされ続けたのは一種の拷問だろう。
「という訳でお前のは不問にする。どうしても罪の意識にとらわれるなら変わらず仕事に励め」
メイドたちへの処断も、服毒を放置していたこともあり治療の手配と紹介状は作る予定のようだ。
彼女たちが反省したかしていないかで紹介状の内容が変わるが。
「はぁ」
クリスの言葉にモリス秘書官はうなだれた。
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