【完結】捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya

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本編 第三部

23 ノエル・ゴーヴァン

 少年には家族がいなかった。生まれて間もなく孤児院に捨てられて、福祉の中で生きていた。

 少年には前世の記憶があった。
 前世も孤児院の中で過ごした。
 今が天国と思えるほど劣悪な環境であった。
 食べ物も飲み物も与えられず、得られたのは腐った食べ物。暴力は日常茶飯事、時には院長に強要された。

「お前の母はとんでもない悪女だった! だからお前は謝るんだよ。僕の母親が悪いことをしました。ごめんなさい!て」

 言われる通りにすれば綺麗なパンを食べられた。
 だから何度も母の悪口を言っては食べ物をもらった。悪口を言っている間は殴られずにすむ。

 ――本当にお母様は悪い人だったの?

 記憶の中にある赤髪の女性はいつも少年に優しかった。くまの出る絵本を読んでくれて、泣いたらとんとんして寝かしつけてくれた。
 優しくて穏やかな女性で、いつも怒ってばかりの院長とは違う。

 一度院長に意見を言うと何度も叩かれた。蹴られて、足の骨が折れて。
 数日後には感染を引き起こして倉庫へ隔離された。
 虫の息の中、もう助からないとズタ袋に詰められて捨てられた。

 意識が朦朧とする中、少年は腕についたブレスレットを掴んだ。自分の汗と血で汚れてしまった、たったひとつ残された母からの贈り物。

 ああ、僕が悪い子だったから。だからお母様はいなくなったのかな。

 ――お母様、僕はいい子になります。

 ――だからまた会わせてください。

「お母様に、会いたい……」

 それを願った先は、別の世界――日本という国だった。
 孤児院で育つ身の上をみて落胆した。

 僕が悪いから会えなかった。

 小学校で孤児とバカにされて、いじめにあい、次第に少年の生活は荒んで行った。
 中学にあがる頃には手のつけられない乱暴者で、孤児院の先生たちはどうしていいか悩んでいた。

 傷害沙汰に巻き込まれて骨折して、病院に送られた。

「ソーシャルワーカーの地浦です」

 面談に来たのは病院のソーシャルワーカーだった。
 少年は目を見開いて女性を見つめた。

「ええと、まずは何を話そうかな」

 ソーシャルワーカーは考えながらパンフレットを見せてくれた。

 調べにより少年は無実と立証されたようだ。だが、このまま同じ孤児院では過ごせない為、新しい生活について案内してきた。

「北川君は何かしたいことはある?」
「あ、えと」

 少年は視線を下に移した。

 気づかれていない? 覚えていない?

 自分に何度も問いかける。

 ――この人はお母様だ。

 記憶の中にある赤髪ではない。だが、前世の母だとすぐに気づいた。

 それから少年は心変わりした。今まで荒れた生活を正し、勉強をするようになった。
 どうしたら母の近くで過ごせるか考えた。
 病院に勤務する仕事、自分がいまから頑張れそうな試験はなんだろう。

 図書館で調べ物をしていると地浦がいて少年は思わず隠れてしまった。
 彼女が見ていた本が気になりコーナーをみると毒の本で、ちょっとびっくりした。

 彼女の行動を観察するのはストーカーみたいで気まずい。
 だからといって「前世はあなたの子でした!」なんて言えば頭のおかしい子だと思われる。

 距離感を悩みながらも、図書館で彼女を見ると気になって閉館時間まで残ってしまう。
 地浦が帰宅するところを後ろから追いかけた。

 また、院長に叱られるな。

 新しい施設の院長を思い浮かべながら少年は地浦の後を追いかけた。

 路地裏へ引き摺り込まれるのを見て少年は慌てて走った。
 悲鳴と共に男の罵声が聞こえてきた。

 路地裏の向こうで起きていることに少年は冷や汗を感じた。動悸が苦しく、唇が震える。

 それでもあの人を放っておくわけにはいかない。

 路地裏に入ると、血だらけで倒れている地浦の上で男が馬乗りになり何度もナイフで突き刺しているのが見えた。

「やめろ!」

 少年は男に襲いかかったが、力で敵わず首を切られてしまった。

「くそっ!」

 男は悪態をついてその場を立ち去った。
 少年は首筋から血が出ているが、ハンカチを出して地浦の体で一番血が吹き出している部分にあてた。

「いやだ、いかないで」

 泣きそうな声で地浦に声をかけた。

 どうしてこうなったんだろう。
 僕が悪い子だから、また行ってしまうの?

 もう悪いことしない。
 いい子にしている。

 だから、行かないで。

「お母様……」

 泣きながら少年は冷たくなっていく女性に声をかけた。自分の首から血が流れているのも構わず女性に呼びかけて。

 二人の死亡が確認されたのは1時間後に発見された頃だった。
 少年が必死に女性の救護活動をしていた跡がみられて二人の関係性に警察は首を傾げた。

 少年が次に目を覚ましたのは見覚えのある天井だった。

 ああ、またどうせ捨てられるのだろう。

 諦めの境地で新しい生を受け入れるかどうか悩んでいるうちにおくるみに包まれた。

「ノエル。ようやく会えた」

 優しく微笑むのは、少年の前世の母親だった。
 赤い髪、緑の瞳の優しい女性。

 どういう訳か自分ははじめの生に戻ってきたようだ。

 これは神様がくれたチャンス?

 僕はいい子になります。
 ミルクもおむつも決まった時間に求めます。
 お母様が勉強していたら静かにします。

 だから、今度はそばにいて。
 どこにも行かないで、お母様。

 ◆◆◆

「行かないで、お母様」

 ノエルは必死にヴィヴィアに声をかけた。
 彼から流れる涙は下へと落ちていく。

 その様子をみていたベザリーは複雑な表情を浮かべた。

「行かないで、お母様……か」

 皮肉げに笑う彼女はするりと手を放した。

 ――ベザリー! 何故手を放した。

 怒り狂う悪竜に、ベザリーは滑稽だと笑った。

「いいじゃないの。他者を蹴落として踏み潰すことしか知らないあなたには私がお似合いよ。あの女がいては食あたりを起こすかも」

 そう言いながらベザリーは魔力を解放した。
 呪いではなく治癒魔術を。

「ベザリー……」

 彼女の行動に驚きを隠せないヴィヴィアは下を見た。

「ほんの少し時間を稼いであげる。早く悪竜の呪いを消せる魔術師の元へ行きなさい!」

 そう叫ぶベザリーは黒い泥の中に消えていく。

「お母様」

 ノエルの言葉にヴィヴィアはこくりと頷いた。もう片方の腕を伸ばして、ノエルに引き上げられた。

「ノエル、ノエルなのね」

 姿は違うけど今ならわかる。
 前世で自分が担当した非行少年の北川君。
 彼がノエルの生まれ変わりなど気づかなかった。その前に前世の頃はヴィヴィアの記憶がなかった。いや、実際はあった。あったが、受け入れられなかった。

「そうか、私はヴィヴィアだったのね」

 今まで小説の中の悪役と思い込んでいたのは逃避行為だった。あまりに辛い過去を他人事のように妄想する行為。

「ごめんね。もっと早くに気づいたらあなたに寂しい思いをさせずにすんだのに」

 現代日本で新しい生活を過ごすこともできたかもしれない。
 ノエルは首を横に振った。

「お母様、僕はいい子になります。だから……だから」

 帰ってきて。

 その言葉にヴィヴィアは涙が溢れそうになった。
 ノエルを抱きしめた。

「うん、帰るわ。あなたの元へ。だから待っていてね」

 涙を流しながらヴィヴィアはノエルに言った。
 暗闇の中、光がさしこむ。
 眩い光にヴィヴィアは目を細めた。

 明るい太陽のような光、私が愛した人がそこにいるのね。

 そこに手を伸ばすと、強く握りしめる手があった。――

 気づけばヴィヴィアはコンスタン公爵家のダンスホールでクリスの腕の中にいた。

 
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