みさご図書館物語

如月みさご

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ピアノからカンパーニュ

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 すとんと布に受け止められたような感覚で、心が意識にはまりました。
 私は目が覚めたことに気づきました。
 みさご図書館の朝……より先に私の朝。
 カーテンが薄く明るいことはまぶたの向こうに感じています。でも、まだ少しだけ意識からはみ出したままの心。
 膝が少し肌寒い。
 しゅる、とお布団のなかでめくれた毛布を足で少し直しました。
 これでもう一度お休みができます。
 無遠慮な何かが私の幸福たるお布団の上を、ぬし、ぬしと進んできました。軽い、けど重い。それは私が起きたことに気づいてやってきたのです。そしてぬさりと私の胸の上で居住まいを決め丸くなりました。
 サン=テグジュペリさん。みさご図書館の茶虎猫。
 餌の催促でもなければ構って欲しいわけでもないでしょう。
 そういう性格なのです。
 空気に甘い香りが漂いました。
 サン=テグジュペリさんが歩いて部屋の空気が動いたのでしょうか。
 りんごの甘みとさくらんぼの酸味とに似たルームフレグランスのミドルノート。
 華やかな香りにまたひとつ心が意識に収まっていきます。
 でもまだ私は夢に心を捧げたまま。
 小さくため息をついた私はお部屋に音楽を願いました。
 淡い色の蝶が瞼の向こうにふわりと踊り、お部屋の隅に置かれたチューリップ型のスピーカーを備えた再生機に入り込みます。静かなお部屋に微かなノイズが零れてから、ピアノの小さな旋律が流れ始めました。
 小さな小さな二音が繰り返されます。
 そこに新たな旋律が小鳥の戯れのように重なりました。
 はるか向こうからフルートの光。光は一緒にヴァイオリンの煌めきと共にありました。
 次第に増えていく音と色彩。
 とくん、とくん、と私はリズムの中に自分の心臓を聞きました。
 ピアノと楽器たちの協奏が私の血肉に溶けていくのを感じます。
 私の今日が、私の命が音楽に乗せて始まる。
 伸びやかな弦の響きに釣られて息を吸い込み、体を起こしました。
「はっ!」
「にゃああああ」
 ごろりんとサン=テグジュペリさんが転がっていきました。
「あらごめんなさい」
 お布団をよけ、ベッドから起き上がる。私はうーん、と体を伸ばす。
「さあ、今日はどのような一日になるのかしらね。サン=テグジュペリさん」
 目覚めはイングリッシュブレックファーストティーをストレートで。朝食のクルミとレーズンのパン・ド・カンパーニュにはたっぷりバターを乗せて。
 私は口の中いっぱいに広がったイメージを追いかけて、キッチンに向かうのでした。

ピアノからカンパーニュ 了
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