みさご図書館物語

如月みさご

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活字の軌跡

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 窓からの光は活字を美しく、明瞭に私の目に映してくださいました。
 みさご図書館の窓辺は今日も暖かく、サン=テグジュペリさんもお昼寝しております。
 私は息を吐き、舌を叩き、喉を奏でて淡色の紙に印刷された文字を読み上げました。

「命を賭けた作戦に対し『それは提案ですか』と部下は言います。隊長は答えます、『命令だ』。それに部下はただ一言、『了解』と」
 この本は

チ。-地球の運動について- 魚豊

 地動説を巡るフィクションです。
 劇中では正統教会は異端を苛烈に弾圧します。その中で、芸術、信念、感動様々な形で地動説が託されていきます。地動説は異端ですから信じる者、語る者、弾圧対象です。でも、「それ」は様々な手段で繋がっていきます。針に糸を通すような可能性を信じて。しかし、血と命を賭して細く硬く。
 世界を変える為には事実だけが伝わればいいのですが、劇中でお金を信念としていた女性ドゥラカは、自分に感動を伝えようとした人の意志を後世に残したいと言いました。
「ヨレンタさんの目的はあっても、記憶がない。後ろめたさも後悔も、迷いもない」
 という言葉で。
 私は窓から入る光に照らされる無限の本棚に目を送りました。毎日、毎日、棚と棚を歩き回り、本を戻し、あるいは取り出します。そのすべては誰かの物語です。生まれ、愛され、憎まれ、悩み、傷つき、愛し、悲しみ、笑い、泣き、怒り、夢を見て今日を生きた誰かの記憶。それと、記した人たちの命。
 すべてを、人のあったすべてをみさご図書館は愛し残したいとここにあります。私はすべてを知るわけではありません。でも、あらゆる命には自身にしか知り得ない物語があるのです。知らないことを私は知っていたい。忘れたくないと願い、日々本を管理しております。
 記された文字が繋ぐものは意味だけではないのです。書いた人がいたという、私たちと同じ物語を歩む人がいたという事実を伝えるものです。
 私は私設図書館司書として、本を生み出した世界を守っていきたいと思うのです。
 私は本を閉じ、表紙に触れました。
「みぃ」
 珍しく控えめにサン=テグジュペリさんが声を上げました。
 椅子の上からふわりと体を伸ばして前脚から静かに着地。私の目を見てからどこか嬉しそうに、尻尾を立てて本棚の間に歩いて生きました。
 きっと物語の見回りでしょうね。サン=テグジュペリさんは物語が好きなようです。
 私はふゆふゆと揺れる茶虎猫、サン=テグジュペリさんの尻尾が本棚の奥に消えていくのを見送るのでした。

活字の軌跡 了
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