みさご図書館物語

如月みさご

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 図書館には多くの本が収蔵されております。
 深く高く並ぶ本棚は布で装丁された本、革で装丁された本、金の箔が押された本、金属で飾られた本、鍵のかけられた本……様々なお顔を持ちます。
 こふ、と絨毯を踏む私の靴音がひとつ。
 足を止め、目を閉じる。
 瞼の内側の暗闇に、淡い波紋が膨らんで消える。くり返し、くり返し。それはいつの間にか音に変わります。
 さざぁ、さざざぁと人々の声が重なり喧騒になりました。
 これは物語の音、命の鼓動、本の囁き。
 景色、動物、人物、作者、無数の時間が私の胸に聞こえてきました。
 昔はこの本の奏でる囁きが恐怖でしかありませんでした。
 本を書くという憧憬。けれど、もし才能がなかったならば、つまらなかったならば、私は憧憬に押しつぶされてしまうでしょう。
 実際才能はありませんでした。
 あったならば幼い頃から書いていたでしょう。
 目を開き、薄暗い図書館の光を覚えて、正面にあるえんじ色の本の背表紙に指を当てました。装丁された布を構成する糸の繊細なおうとつ、厚紙の硬く柔軟な感触、金色に箔押しされた表題の艶。誰かが文字を紡ぎ、物語を描き、また誰かが本と言う構造物に作り上げた。
 私の文字はここに辿り着くことができるのでしょうか。
 向き合うことができない恐怖。深淵。底の見えない闇。
 でも、今はこうして物語の中におります。
 文字を書く才能がないのならば、書くしかないのだと気づいたのです。
 恐怖も、憧れも、誰かの承認も、評価も私に追いつくことができないほどの速度で書くしかないのです。
 息が切れても、言葉を失っても、文字が尽きても、手が動くのならば、物語を描くしかない、そう自分に言い聞かせました。これができなくば、憧れる資格すら失うと己の「好き」に刃を向けました。
 喉元に突きつけられた冷たい刃に誓って文字を書き連ねる日々は、苦しくも心地よいものでした。あらゆる己の枷を振り払い、吐き出し続けるのです。
 言い訳を切り伏せ、選択肢を投げ捨て、手段を燃やし、決して倒れぬ恐怖と向き合うことで書くチカラを培ってまいりました。
 美しさなどそこには何一つありません。荒々しいだけの修羅でした。少なくとも、それまでの無能以下の怠惰な自分を破壊するためには、それだけの憎悪に似た熱が必要だったのです。
 極端だとは言われます。地道が苦手な癖に、酷く苦しい手段を取り続けることに躊躇はしないようです。
 娯楽で書くことができるようになったのは、最近かもしれません。
 今はそんな自分がとても誇らしく思えます。
 同人誌とはいえ自作の物語を生み出すに至ったのです。きっとここにある本の1ページ程度には私も並ぶことができたのではないのでしょうか。
 本を読むことも、書くことも恐れていた私が今はこうして物語に埋もれております。なんとも数奇なことでしょうか。
 あのとき白刃を向ける勇気を持てたことが誇らしく思います。
「みぃぁん」
「あら」
 足にサン=テグジュペリさんが首をこすりつけてきておりました。
「まあ、なんて甘えた声を出すのかしら。驚いて踏みつけてしまうところでしたよ。そんなにお腹が空いているの?」
 目の端を微かに細め、私を見上げ天邪鬼に微笑むサン=テグジュペリさん。あざとさは私には通用しないことを理解しているのでしょう。
「はいはい、私もおやつにしようかしら。執務室にいきましょう」
 なぁ、と短めのお返事をするとサン=テグジュペリさんは、とふとふと得意げにしっぽをゆらして執務室に向かっていきました。私を置いて。
 私もと、と、とっと小走りに追いかけます。
「さて、おゆはんは何にいたしましょうね。え? 私のお話ですよ。サン=テグジュペリさんはいつもの猫さんフードです」

 もじにかける 了
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