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003 ゲームセットはプレイボール③
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私は夢でも見ているのかしら……
旦那様は死の一歩手前、私は盗賊共の慰み者にされる一歩手前まで追い込まれていた。
ところが、高速で飛んできた物体が彼等を吹き飛ばした。その隙を逃さず私は盗賊が落とした武器を拾い上げ、旦那様の下へ駆け寄った。
危機一髪の状況から脱したものの、状況は危機から半歩手前に戻った程度。それでも此方は何とか武器を手にし、身構える事に成功した。盗賊共は二人の仲間を殺され狼狽えていたけど、リーダー格の男が一喝して持ち直した。
つまり依然として危機である事に変わりは無かった。
だけど、その危機に対して再び奇跡が起こったわ。
対峙する盗賊共の右側から信じられない速度で何かが横切る。それは眼で追いきれる物ではないけれど、人が飛んだ事で状況は此方が有利に為った事だけは理解出来るわ。
「旦那様!」
「うむ、この隙に活路を開く! 行くぞ、エレオノーラ!!」
瞬く間に四人が吹き飛ばされ、盗賊は残り四人と為った。これならば一対二という比率になり勝機が見えてくる。
「ち、畜生! 何でこんな事に為った!!」
「デールズ、どうする!?」
「ああ、そんな事言わなくても分かるだろ! 戦うんだよ!! 俺達はヘンリー一家だぞ! 退却は許されない!!」
盗賊はこの状況に戦意喪失したようね。あの男が部下を鼓舞しているけれどもう無理よ。勝機は此方に在る。これなら私達だけでも十分に勝てるわ。
「ぐわっ!? ち、ちくしょう……」
旦那様が一人倒したわ。
私も相手が怯んでいる隙に一人倒した。これで人数差のアドバンテージは失ったわね。
「デールズ……」
「く、くそっ……」
恐らく気持ちが折れている。
それでも逃げ出さない所を見るとヘンリー一家のボスは相当恐ろしいのだろう。
「武器を捨てろ。お前たちは我が領内で裁きを下す」
「ふざけるな、俺達はヘンリー一家だ!
むざむざ降伏するものか!!」
旦那様も判っていながら情けを掛けた……
いや、違うわね。この件について事情を知りたいというのが本音ね。
でも相手は拒否した。
これで勝負は決まるわ。
「そうか、盗賊ながら逃げ出さない気持ちは評価する」
「ありがとよ。だけど勝負は最後までわからねぇんだよ!!」
デールズと呼ばれた男が旦那様へ真っ先に斬り懸かる。旦那様はその奇襲を予期していた。簡単にあしらうと返す刀で切り伏せた。
それは私も同様に、死の危険を目の前にして震えていた男が私に斬りかかって来た。でも難なく避け、相手の勢いを活かして剣を突き刺したわ。
ほんと、何度経験しても嫌な気持ち感覚ね。
「ク、ソ……、話が、ちが……」
「なっ!?」
ちょっと待って、今この男死ぬ間際に何を呟いたの!
「旦那様、今の言葉!」
「ああ、どうやら偶然狙われたわけではないようだ……」
「旦那様を狙ったのでしょうか」
「判らない。だが、そうとも受け取れる言い方だった」
旦那様はお飾り領主ではなく非常に優秀な領主様として知られている。だからこそ臨機応変に動き、頭の回転も速い。
それが証拠に領民からの支持は高い反面、他の領主からは嫉妬されている。
旦那様は暫く思案する仕草を見せると答えを導き出した。
「考えられるとすれば、私の政策に批判的な者の仕業か……」
「そんな……」
口では驚いたけど、半ば予想した通りだった。正しい事を行って命を狙われるなんて馬鹿げている。でもそれこそが貴族なのだと理解している。本当に嫉妬とは醜いものね。
「取り敢えず証拠と為る物を探そう。エレオノーラ、すまないが死亡確認を行いつつ探してくれ」
「承知致しました、旦那様」
死亡確認とは倒れた相手に剣を突き刺し、本当に死んでいるかを確かめる事。
万が一擬態となって機会を窺い、殺されるなんて事に為れば目も当てられない。
これは必ず行う事と決められている。
私は旦那様の命令に従い、心臓に剣を突き刺しながら今回の襲撃が意図されたかどうかの証拠を探す。
一人目は私を地面に叩き付けた男だった。若干の怒りが込み上げてくるけど何とか冷静に剣を突き刺し、死亡を確認した後身体を漁る。
はっきり言って男の体を触るのは嫌だけど、これも仕事の内と耐える。
しかし、僅かなお金だけで情報となる物は無かった。
「空振り。まあ下っ端の様に見えたから仕方が無いわね」
溜息混じりに呟くけど期待薄と思っていたから落胆はしなかった。
二人目に移る。うつ伏せに倒れている為注意が必要だったけど、よく見れば後頭部が破裂している。これでは助かる筈がないわ。
「これも駄目だったわね」
そして手際よく三人目、四人目と行うも手掛かりと為る情報は得られなかった。有るのは金銭ばかり、これは回収し街の発展に役立たせてもらうわ。
「何か得られたか、エレオノーラ?」
「いいえ、ここまでは何も。有るのは所持金だけです」
「それは此方もだ」
旦那様も此処までは空振りだったようね。だけど右手に掲げる小袋は明らかに金銭が詰まっている事を示していた。
すると、やはりデールズという男こそ本命という事ね。私達は自ずと視線がその男に向かった。
「旦那様」
「ああ、こいつが情報を持っているのだろう。どれ」
そう述べると、早速旦那様が動かれた。
彼は女性に優しい。本来ならこの手の作業は家臣の私が行わなければならない。
でも私が動く前に動かれてしまった。
「旦那様」
「何も言うな。これは私が確認せねばならん事だ」
そう言いつつももし此処に男が、ロドム達が居れば間違いなくやらせていた筈だ。
「ふむ、ここに何かあるな……」
同性だから触れるのかしら、と不覚にも考えてしまうほど躊躇なく陰部を確認された。
妻子ある方だから男色は無いのだけれど、躊躇しないのね……、私はそっと目を逸らす。
「やはり隠すならここだったか」
旦那様は確信があったのね。
下着に手を突っ込むとあっと言う間に何かを取り出した。正直あれに近付きたくはないし、触りたくもない。だけど我儘は許されないわね。
「ふむ、ふむふむ……」
手に乗る大きさの用紙が丸められていた。それを伸ばして旦那様は確認を行う。その間、私は盗賊のさらなる襲撃を警戒し必要な武器を纏める。
主に剣と弓矢だけど、私達の周辺に剣と矢を地面に突き刺して備えたわ。それが終わる頃、旦那様は愕然としつつ言葉を呟かれた。
「これは大変な事に為るやもしれん」
「どう言う事でしょうか?」
「話しは後だ。とにかく領地へ戻るぞ」
「は、はい」
旦那様は私の問い掛けには答えず、深刻な面持ちで移動する様に仰られる。何か重大な事が起こるのかと不安になるが、今私が為すべき事は盗賊の馬を頂き直ぐにこの場を発つこと。
幸いあいつ等の乗って来た馬は人や物音に慣れている為か直ぐ近くで草を搔い摘んでいた。
「旦那様、此方の馬がよろしいでしょう」
「そうか、あの馬達の供養もしてやりたいが、今はその時ではないな」
「はい、非常に残念ですが……」
馬は非常に費用対効果の高い動物よ。
移動手段から戦闘に到るまで活躍してくれる人間にとって欠かす事が出来ない。乗って来た馬に手を合わせ馬具を外し新たな馬に付け替える。こうしている間にも追手が迫っているのではないかと不安にさせられるが焦りは禁物ね。
「さて、急ぎ我が領地へ戻るぞ」
「はっ!」
旦那様の言葉で馬首を進行方向へと向けたその時、そちら側の草叢が音を立てて揺れ出した。
「な、何者だ!!」
私は直ぐに馬を降り、旦那様の前に立って慣れない剣を握り締めた。まだ残っていた、という考えが脳裏に浮かぶ。
「何をしている。もう居る事は分っているのだ!!」
私は腹に力を込めて言い放った。これでも戦闘経験を積んだ身として無様な格好は見せられない。
すると隠れていた者がようやく姿を現したわ。
「え、えっと……」
おっかなびっくり出てきた者は見た事の無い衣装に身を包んだ男だった。
「ワン!」
「おっ、おい、急に吠えるなよ!?」
そして左腕に仔犬を抱えているわね。少し可愛いわ……
私はどうするべきか旦那様へ視線を向ける。
「ふむ、盗賊の類には見えんな。しかし服装がどうにも……」
「はい。私も同感です」
時間が差し迫る中、これ以上この場に留まる事は出来ない。しかし、不確定要素をこのままには出来ない。
「ならば連れ帰るか……、エレオノーラ済まないが頼むぞ」
「連れ帰りますか。それは賛成で、……えっ?」
ちょっと待って、旦那様は何とおっしゃったのかしら?
「だからこの者を自由には出来ん。つまり馬を得て、逃げられたら困る。そして一刻を争う中、歩かせられない。となれば、お前の馬に乗せて連行するしかない」
「仰る通りです……」
全く以て正論です。しかし、私が男を乗せて移動だなんて……
「え、えっと……、どうすればいいんだ?」
「お前、名前は?」
「はっ、俺の名前?」
「そうだ、早く答えろ!」
私は諸々の苛立たしさも含めて怯えた雰囲気の男にぶつけてしまう。
「俺は近藤孝雄実……、です」
「変わった名前だな。まあいい……、馬に乗れ」
「えっ、無理ですよ」
こいつは何を言っているのかしら。私の言葉に反論した?
「無理とはどう言う事か?」
「馬なんて乗った事ありませんし。どうやって乗ればいいのでしょうか?」
平民でも一度くらいは乗るだろうに、こいつは何者だ。しかしこれ以上旦那様をお待たせする事は出来ないわ。
「仕方が無い」
私は先に馬に跨ると近藤に後ろに乗れと命じたわ。
彼は挙動不審ながら仔犬を私に預けると馬に跨ろうと私の太腿に手を置いた? えっ、直に触られた……
「ヒッ!?」
「よいしょっと、案外簡単に跨れるものだな。それに視線が違うと景色が異なる」
こいつ、私の脚に断りもなく触れた。
「準備出来たな、エレオノーラ。失った時間が惜しい、道中急ぐぞ」
「ック。承知致しました、旦那様。おい、移動中は極力喋るなよ。それと飛ばすから注意しろ」
私の怒りは頂点に達しようとしていた。その為、言葉だけの注意に済ませると馬の腹を蹴る。若干感情を込めて蹴ったからか、馬は驚き急発進した。
「ハッ!」
「えっ、いきなりかよ!!」
ただ跨ったままの者が突如移動されればどうなるか。
「お、落ちる!?」
進行方向とは逆の力が働き、振り落とされそうになる孝雄実は必死になって物に掴まるのは必然となる。つまり対象者は目の前に居るエレオノーラと決まるわけで。
「お、お前! ど、何所を掴んでいるのだ!!」
「突然馬を走らせるのが悪い。おれは掴み易そうな場所を掴んだだけだ!」
「だからと言って、お前は何故私のむ、胸を! 胸を鷲掴み!!」
なるほど、俺はこの美人の胸を掴んでいたのか。
だが言葉だけでは信じられない。俺は確認の為に二度三度と両手を動かした。
「あっ、柔らかい……」
「お、お前! 今私が言ったばかりだろう!! コラッ、またしても、んっ!?」
俺はその揉み心地の良さに止められそうになくなった。まるで秘薬の様な甘美な……
「いい加減にしなさいよ! この変態が!!」
「ガッ!?」
この変態、何が掴み易そうな、よ。加えて、な、何度も私の胸を揉みし抱くなんて……
「イテテ、落ちたらどうするんだよ!」
「事故よ。仕方が無かったわ。私はただ乗せただけで悪くは無い。これからは気を付けるわ!」
「グッ……、何たる横暴、理不尽な!」
「残念、私達はそれが許される立場なのよ」
二人のやりとりは当然のことながら前を進むオリマッテ・ロットロンに聞こえている。
「まったく、エレオノーラは何をやっておるのだ。だが、アイツが見知らぬ男と話せるとは……」
オリマッテは注意しようか悩んだが敢えて無視した。
それは今の言葉に全てが込められ、またこれからの状況を考えると些末な問題だからだ。
「それにしても……」
彼は重い溜息と共に言葉を吐き出すと空を見上げた。
そこはすでに森を抜け空が拝める状況にあった。
「気が重いな……」
今の気持ちを辛うじて軽減させているのが後ろの痴話喧嘩の様な会話だった事にオリマッテは笑みを浮かべる。
「なら、腰! 腰なら良いだろ!」
「いい訳があるか! お前は脚でバランスを取っていろ!!」
「無理だ。うわっ、落ちるってば!!」
孝雄実は再び落馬の危険を察知、今度は失敗しない様に彼女の腰へとしがみ付いた。
そしてまたしても彼女は悲鳴を上げる。
「ちょっと、腰にしがみ付かないでよ!」
「仕方が無いだろ。もっとゆっくり走ってくれれば離してやるよ!」
「なっ、脅迫するつもり!?」
「そんな訳あるか! あっ、なんか良い匂い」
「ヒッ、ちょっと匂いを嗅がないでよ、変態!!」
必死にしがみ付く中で一時の休息を得た孝雄実はようやく落ち着きを取り戻し、力もエレオノーラが不快に思わない程度に安定する。
「ワンッ!」
「速いなー」
孝雄実は今迄大人しくしていた仔犬を撫でて褒め称えた。
「その調子で大人しくしていてよね」
「あとどの位で着くんだ?」
「もう少しよ」
孝雄実は彼女の返答に「わかった」と素直に従い流れる景色を眺めつつ、これからの事を不安に思いながら仔犬とじゃれあうのだった。
旦那様は死の一歩手前、私は盗賊共の慰み者にされる一歩手前まで追い込まれていた。
ところが、高速で飛んできた物体が彼等を吹き飛ばした。その隙を逃さず私は盗賊が落とした武器を拾い上げ、旦那様の下へ駆け寄った。
危機一髪の状況から脱したものの、状況は危機から半歩手前に戻った程度。それでも此方は何とか武器を手にし、身構える事に成功した。盗賊共は二人の仲間を殺され狼狽えていたけど、リーダー格の男が一喝して持ち直した。
つまり依然として危機である事に変わりは無かった。
だけど、その危機に対して再び奇跡が起こったわ。
対峙する盗賊共の右側から信じられない速度で何かが横切る。それは眼で追いきれる物ではないけれど、人が飛んだ事で状況は此方が有利に為った事だけは理解出来るわ。
「旦那様!」
「うむ、この隙に活路を開く! 行くぞ、エレオノーラ!!」
瞬く間に四人が吹き飛ばされ、盗賊は残り四人と為った。これならば一対二という比率になり勝機が見えてくる。
「ち、畜生! 何でこんな事に為った!!」
「デールズ、どうする!?」
「ああ、そんな事言わなくても分かるだろ! 戦うんだよ!! 俺達はヘンリー一家だぞ! 退却は許されない!!」
盗賊はこの状況に戦意喪失したようね。あの男が部下を鼓舞しているけれどもう無理よ。勝機は此方に在る。これなら私達だけでも十分に勝てるわ。
「ぐわっ!? ち、ちくしょう……」
旦那様が一人倒したわ。
私も相手が怯んでいる隙に一人倒した。これで人数差のアドバンテージは失ったわね。
「デールズ……」
「く、くそっ……」
恐らく気持ちが折れている。
それでも逃げ出さない所を見るとヘンリー一家のボスは相当恐ろしいのだろう。
「武器を捨てろ。お前たちは我が領内で裁きを下す」
「ふざけるな、俺達はヘンリー一家だ!
むざむざ降伏するものか!!」
旦那様も判っていながら情けを掛けた……
いや、違うわね。この件について事情を知りたいというのが本音ね。
でも相手は拒否した。
これで勝負は決まるわ。
「そうか、盗賊ながら逃げ出さない気持ちは評価する」
「ありがとよ。だけど勝負は最後までわからねぇんだよ!!」
デールズと呼ばれた男が旦那様へ真っ先に斬り懸かる。旦那様はその奇襲を予期していた。簡単にあしらうと返す刀で切り伏せた。
それは私も同様に、死の危険を目の前にして震えていた男が私に斬りかかって来た。でも難なく避け、相手の勢いを活かして剣を突き刺したわ。
ほんと、何度経験しても嫌な気持ち感覚ね。
「ク、ソ……、話が、ちが……」
「なっ!?」
ちょっと待って、今この男死ぬ間際に何を呟いたの!
「旦那様、今の言葉!」
「ああ、どうやら偶然狙われたわけではないようだ……」
「旦那様を狙ったのでしょうか」
「判らない。だが、そうとも受け取れる言い方だった」
旦那様はお飾り領主ではなく非常に優秀な領主様として知られている。だからこそ臨機応変に動き、頭の回転も速い。
それが証拠に領民からの支持は高い反面、他の領主からは嫉妬されている。
旦那様は暫く思案する仕草を見せると答えを導き出した。
「考えられるとすれば、私の政策に批判的な者の仕業か……」
「そんな……」
口では驚いたけど、半ば予想した通りだった。正しい事を行って命を狙われるなんて馬鹿げている。でもそれこそが貴族なのだと理解している。本当に嫉妬とは醜いものね。
「取り敢えず証拠と為る物を探そう。エレオノーラ、すまないが死亡確認を行いつつ探してくれ」
「承知致しました、旦那様」
死亡確認とは倒れた相手に剣を突き刺し、本当に死んでいるかを確かめる事。
万が一擬態となって機会を窺い、殺されるなんて事に為れば目も当てられない。
これは必ず行う事と決められている。
私は旦那様の命令に従い、心臓に剣を突き刺しながら今回の襲撃が意図されたかどうかの証拠を探す。
一人目は私を地面に叩き付けた男だった。若干の怒りが込み上げてくるけど何とか冷静に剣を突き刺し、死亡を確認した後身体を漁る。
はっきり言って男の体を触るのは嫌だけど、これも仕事の内と耐える。
しかし、僅かなお金だけで情報となる物は無かった。
「空振り。まあ下っ端の様に見えたから仕方が無いわね」
溜息混じりに呟くけど期待薄と思っていたから落胆はしなかった。
二人目に移る。うつ伏せに倒れている為注意が必要だったけど、よく見れば後頭部が破裂している。これでは助かる筈がないわ。
「これも駄目だったわね」
そして手際よく三人目、四人目と行うも手掛かりと為る情報は得られなかった。有るのは金銭ばかり、これは回収し街の発展に役立たせてもらうわ。
「何か得られたか、エレオノーラ?」
「いいえ、ここまでは何も。有るのは所持金だけです」
「それは此方もだ」
旦那様も此処までは空振りだったようね。だけど右手に掲げる小袋は明らかに金銭が詰まっている事を示していた。
すると、やはりデールズという男こそ本命という事ね。私達は自ずと視線がその男に向かった。
「旦那様」
「ああ、こいつが情報を持っているのだろう。どれ」
そう述べると、早速旦那様が動かれた。
彼は女性に優しい。本来ならこの手の作業は家臣の私が行わなければならない。
でも私が動く前に動かれてしまった。
「旦那様」
「何も言うな。これは私が確認せねばならん事だ」
そう言いつつももし此処に男が、ロドム達が居れば間違いなくやらせていた筈だ。
「ふむ、ここに何かあるな……」
同性だから触れるのかしら、と不覚にも考えてしまうほど躊躇なく陰部を確認された。
妻子ある方だから男色は無いのだけれど、躊躇しないのね……、私はそっと目を逸らす。
「やはり隠すならここだったか」
旦那様は確信があったのね。
下着に手を突っ込むとあっと言う間に何かを取り出した。正直あれに近付きたくはないし、触りたくもない。だけど我儘は許されないわね。
「ふむ、ふむふむ……」
手に乗る大きさの用紙が丸められていた。それを伸ばして旦那様は確認を行う。その間、私は盗賊のさらなる襲撃を警戒し必要な武器を纏める。
主に剣と弓矢だけど、私達の周辺に剣と矢を地面に突き刺して備えたわ。それが終わる頃、旦那様は愕然としつつ言葉を呟かれた。
「これは大変な事に為るやもしれん」
「どう言う事でしょうか?」
「話しは後だ。とにかく領地へ戻るぞ」
「は、はい」
旦那様は私の問い掛けには答えず、深刻な面持ちで移動する様に仰られる。何か重大な事が起こるのかと不安になるが、今私が為すべき事は盗賊の馬を頂き直ぐにこの場を発つこと。
幸いあいつ等の乗って来た馬は人や物音に慣れている為か直ぐ近くで草を搔い摘んでいた。
「旦那様、此方の馬がよろしいでしょう」
「そうか、あの馬達の供養もしてやりたいが、今はその時ではないな」
「はい、非常に残念ですが……」
馬は非常に費用対効果の高い動物よ。
移動手段から戦闘に到るまで活躍してくれる人間にとって欠かす事が出来ない。乗って来た馬に手を合わせ馬具を外し新たな馬に付け替える。こうしている間にも追手が迫っているのではないかと不安にさせられるが焦りは禁物ね。
「さて、急ぎ我が領地へ戻るぞ」
「はっ!」
旦那様の言葉で馬首を進行方向へと向けたその時、そちら側の草叢が音を立てて揺れ出した。
「な、何者だ!!」
私は直ぐに馬を降り、旦那様の前に立って慣れない剣を握り締めた。まだ残っていた、という考えが脳裏に浮かぶ。
「何をしている。もう居る事は分っているのだ!!」
私は腹に力を込めて言い放った。これでも戦闘経験を積んだ身として無様な格好は見せられない。
すると隠れていた者がようやく姿を現したわ。
「え、えっと……」
おっかなびっくり出てきた者は見た事の無い衣装に身を包んだ男だった。
「ワン!」
「おっ、おい、急に吠えるなよ!?」
そして左腕に仔犬を抱えているわね。少し可愛いわ……
私はどうするべきか旦那様へ視線を向ける。
「ふむ、盗賊の類には見えんな。しかし服装がどうにも……」
「はい。私も同感です」
時間が差し迫る中、これ以上この場に留まる事は出来ない。しかし、不確定要素をこのままには出来ない。
「ならば連れ帰るか……、エレオノーラ済まないが頼むぞ」
「連れ帰りますか。それは賛成で、……えっ?」
ちょっと待って、旦那様は何とおっしゃったのかしら?
「だからこの者を自由には出来ん。つまり馬を得て、逃げられたら困る。そして一刻を争う中、歩かせられない。となれば、お前の馬に乗せて連行するしかない」
「仰る通りです……」
全く以て正論です。しかし、私が男を乗せて移動だなんて……
「え、えっと……、どうすればいいんだ?」
「お前、名前は?」
「はっ、俺の名前?」
「そうだ、早く答えろ!」
私は諸々の苛立たしさも含めて怯えた雰囲気の男にぶつけてしまう。
「俺は近藤孝雄実……、です」
「変わった名前だな。まあいい……、馬に乗れ」
「えっ、無理ですよ」
こいつは何を言っているのかしら。私の言葉に反論した?
「無理とはどう言う事か?」
「馬なんて乗った事ありませんし。どうやって乗ればいいのでしょうか?」
平民でも一度くらいは乗るだろうに、こいつは何者だ。しかしこれ以上旦那様をお待たせする事は出来ないわ。
「仕方が無い」
私は先に馬に跨ると近藤に後ろに乗れと命じたわ。
彼は挙動不審ながら仔犬を私に預けると馬に跨ろうと私の太腿に手を置いた? えっ、直に触られた……
「ヒッ!?」
「よいしょっと、案外簡単に跨れるものだな。それに視線が違うと景色が異なる」
こいつ、私の脚に断りもなく触れた。
「準備出来たな、エレオノーラ。失った時間が惜しい、道中急ぐぞ」
「ック。承知致しました、旦那様。おい、移動中は極力喋るなよ。それと飛ばすから注意しろ」
私の怒りは頂点に達しようとしていた。その為、言葉だけの注意に済ませると馬の腹を蹴る。若干感情を込めて蹴ったからか、馬は驚き急発進した。
「ハッ!」
「えっ、いきなりかよ!!」
ただ跨ったままの者が突如移動されればどうなるか。
「お、落ちる!?」
進行方向とは逆の力が働き、振り落とされそうになる孝雄実は必死になって物に掴まるのは必然となる。つまり対象者は目の前に居るエレオノーラと決まるわけで。
「お、お前! ど、何所を掴んでいるのだ!!」
「突然馬を走らせるのが悪い。おれは掴み易そうな場所を掴んだだけだ!」
「だからと言って、お前は何故私のむ、胸を! 胸を鷲掴み!!」
なるほど、俺はこの美人の胸を掴んでいたのか。
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「あっ、柔らかい……」
「お、お前! 今私が言ったばかりだろう!! コラッ、またしても、んっ!?」
俺はその揉み心地の良さに止められそうになくなった。まるで秘薬の様な甘美な……
「いい加減にしなさいよ! この変態が!!」
「ガッ!?」
この変態、何が掴み易そうな、よ。加えて、な、何度も私の胸を揉みし抱くなんて……
「イテテ、落ちたらどうするんだよ!」
「事故よ。仕方が無かったわ。私はただ乗せただけで悪くは無い。これからは気を付けるわ!」
「グッ……、何たる横暴、理不尽な!」
「残念、私達はそれが許される立場なのよ」
二人のやりとりは当然のことながら前を進むオリマッテ・ロットロンに聞こえている。
「まったく、エレオノーラは何をやっておるのだ。だが、アイツが見知らぬ男と話せるとは……」
オリマッテは注意しようか悩んだが敢えて無視した。
それは今の言葉に全てが込められ、またこれからの状況を考えると些末な問題だからだ。
「それにしても……」
彼は重い溜息と共に言葉を吐き出すと空を見上げた。
そこはすでに森を抜け空が拝める状況にあった。
「気が重いな……」
今の気持ちを辛うじて軽減させているのが後ろの痴話喧嘩の様な会話だった事にオリマッテは笑みを浮かべる。
「なら、腰! 腰なら良いだろ!」
「いい訳があるか! お前は脚でバランスを取っていろ!!」
「無理だ。うわっ、落ちるってば!!」
孝雄実は再び落馬の危険を察知、今度は失敗しない様に彼女の腰へとしがみ付いた。
そしてまたしても彼女は悲鳴を上げる。
「ちょっと、腰にしがみ付かないでよ!」
「仕方が無いだろ。もっとゆっくり走ってくれれば離してやるよ!」
「なっ、脅迫するつもり!?」
「そんな訳あるか! あっ、なんか良い匂い」
「ヒッ、ちょっと匂いを嗅がないでよ、変態!!」
必死にしがみ付く中で一時の休息を得た孝雄実はようやく落ち着きを取り戻し、力もエレオノーラが不快に思わない程度に安定する。
「ワンッ!」
「速いなー」
孝雄実は今迄大人しくしていた仔犬を撫でて褒め称えた。
「その調子で大人しくしていてよね」
「あとどの位で着くんだ?」
「もう少しよ」
孝雄実は彼女の返答に「わかった」と素直に従い流れる景色を眺めつつ、これからの事を不安に思いながら仔犬とじゃれあうのだった。
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連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
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