目覚めれば異世界へ

今野常春

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004 予想外も想定内

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 エレオノーラの危惧は半ば当たっていた。
 彼等を襲撃した実行役の他に見届けるだけの人員が配されていた。彼等は仲間がどんなに不利になろうとも戦いに参加する事は許されていない。
 加えて、戦闘放棄と思われる仲間に対し、制裁を下す使命も帯びている。
 その中の一人が報告を纏め、ヘンリー一家の親玉ヘンリー・ボブスットを始めとした幹部に対し、口頭で報告を行っている。その筈なのだが、どうにも雰囲気が彼にとって悪い。むしろ最悪だ。
 言葉一つ一つ紡ぐ度に処刑への道を進んでいる様に思えたからだ。

「失敗しただと?」
「は、はい……」
「チッ、まあいい報告を続けろ」

 ヘンリーは失敗という言葉に怒気を含ませ報告者に対して苛立ちを露にした。
 真正面でそれを受ける彼は、卒倒しそうになるのを耐えて報告の続きを行う。その程度の胆力と覚悟が無ければここでのし上がる事は出来ない。その反面、褒美の面では他の盗賊に比べると格段に羽振りが良く、飴と鞭を効率よく使い分けている事が窺える。

「はっ、人数は二人でした。しかし、その最中に予期せぬ加勢が加わったとの事です」
「加勢? どう言う事だ。森へはあの時誰一人として侵入させては居なかった筈だ。そうだな?」

 報告者の言葉に更なる怒りを見せるヘンリーは、その矛先を別の者へと向ける。その者はすぐに席を立ち直立不動の姿勢となる。如何に幹部とは言え、ここでの立場は弱い。ヘンリーを頂点とし、彼の命令一つで命などあっと言う間に摘み取れてしまう為だ。ヘンリーにはそれだけの強さがあり、圧倒的だった。

「はっ、その通りです。街道という街道に妨害工作を行いました。漏れは有りません!!」

 幹部の男は直立不動のまま額に脂汗を浮かび上がらせ、声も上ずりながら当初の計画通りに実行した旨を報告する。この場合、万が一ミスが生じれば責任を取り死を以て贖わなくてはならない。幹部と雖も、地位の保障は確約されてはいない。全員が命懸けだからこそ名を轟かせている。
 その幹部は報告を終え、着席する際に報告者を人睨みする。とばっちりを受けたと思い行ったのだが、報告者からすると八つ当たりだ。

「だが加勢が入った。それが仇と為り作戦は失敗だ……、これは我がヘンリー一家として汚点だな」

 ヘンリーの言葉に作戦立案者は顔面蒼白だった。まず間違いなくこの台詞の後は制裁というイベントが待ち構えているからだ。それが判るからこそ室内はとにかく重苦しい雰囲気となっていた。
 今回は関わっていない者も、その雰囲気に当てられ温和な表情を浮かべつつも体中に汗を掻き、衣服は酷い有り様となっていた。

「さて、どうしたものか……」
かしら、追撃はどうします?」

 ヘンリー一家のみならず、盗賊稼業に作戦失敗は許されない。信頼と実績こそ成功への近道だからだ。
 失敗は屋号の失墜を意味する。更に盗賊家業は死も意味する。何故なら相手が報復しにくる為だ。これが平民であっても必ず領主が存在する。その為、殆どの確率で討伐隊が編成され実行した盗賊は殺される運命に在る。
 だからこそ、幹部の一人は確実に仕留める事を提案したのだった。

「追撃はしない」
「えっ?」
「追撃はしないと言ったのだ」

 その言葉に参加者はざわめき始める。
 ヘンリーは腕を組み、目を閉じて神妙な雰囲気を醸し出すと本来言う筈の無い台詞を吐き出した。もちろん今回の失敗は腸が煮えくり返るほど悔しいと思っている。だが、追撃はしないと言い放った。

 そして、その怒りの矛先は彼の目の前に在る机にぶつけられた。
 怒りを丈を力の限りそれにぶつけ、凄まじい破壊力故に木っ端微塵と姿を変えた。
 出席者はその光景に一瞬心臓が止まる思いと為る。
 
「テメェら分ってんのか、俺達は依頼に失敗したんだぞ」

 未だに木屑が空中に散乱する中、参加者全員にヘンリーは怒りをぶちまけた。
 特に作戦立案者は泡を吹きその場で失神したほどだ。
 関係の無い者もこの時に為り顔色を悪くし、ほぼ全員が俯く中で一人の男が平然と口を開いた。

「確かに失敗しました。ですが、この失敗を頭は予想していたのでは?」
「……ああ、確かにある程度予想していた」

 この男、ヘンリー一家に加わり僅か半年でこの幹部会に出席するだけの力を見せたテル・オアドという若い優男である。物怖じする事なく、ヘンリー一家の頭ヘンリー・ボブスットに話し掛けられる胆力に一目置かれる。そして性格は冷酷の一言に尽き、有る場面に於いてはヘンリーですら顔を顰めるほど凶悪な面を内包している。

「では追撃しない理由をお話し下さい」

 盗賊家業は表に出せない仕事を引き受ける事がある。それは今回の様な襲撃を行う場合などだ。
 元々高貴な家柄や金目の物を扱う商店などを彼等は襲い生活している。すると何時しか蹴落としたい相手を倒す様に依頼が舞い込むようになった。
 もちろん命の危険と隣り合わせの為、人脈なくして盗賊に依頼は出来ない。それでも依頼を行える者はそれなりの実力者という事に為る。

「テル、お前は俺が話さなくとも理由は分っていそうだな」
「ええ、ですが出席者の方々はまだお気付きに為られていない」

 彼等の会話に出席者は苦々しい思いを抱く。それでも声に出せない恐怖が彼らを大人しくさせる。

「全く敵わねぇな」
「いえ、ある程度の情報が無ければ答えに辿り着けませんでした」
「それが出来るお前が凄いのだ」
「お褒めの言葉有り難く頂戴いたします」
「か、頭…… そろそろ我らにもお教え下さい」

 場の空気が和んだのを見計らい、一人が口を開いた。

「ああ……、丁度良い。テルお前の答えを聞こう。答え合わせだ」
「承知しました。それでは出席の方々にお答え致します」

 テルはそう述べると席を立ち上がり、演説の様な口振りで話し始める。

「そもそも今回のご依頼は少々特殊な物でした。何しろ正規のルートを通さず依頼を受けたのです。内容が襲撃となると余計あり得ない、そうですね?」

 何事も手順という物がある。それが危険と隣り合わせに為れば尚更気を付けねばならない話だ。
 ヘンリー一家はその力と財力に物を言わせてフロント企業を営んでいる。表向きは一切関係がない様に思われる。
 通常はこの店を通じて行われている。
 それでも不正規な依頼が入ったという事は何某かの力が働いたと考えるのが彼等の常識である。
 事実、出席者の何人かはテルの言葉に頷いていた。

「襲撃対象者はオリマッテ・ロットロン男爵です。近年頭角を見せる政治手腕に加えて、優れた元商人領主との触れ込みは周知の事。彼の領地で煮え湯を飲まされている我々にとっても仇敵ともいう相手です」

 人集まる場所に悪さを企てる者も必然と集まる。しかしオリマッテが領主と為って以降、取締りの強化により盗賊の類は活動し辛くなった。その為、彼に恨みを抱く者も少なくない。彼の名が出ただけで顔を怒りで赤くする者が現れるほどだ。

「金を握らせ扇動を画策するも領民の支持は高く失敗に終わる。それが余計我らの活動を妨げる」

 テルの言葉に多くの出席者が表情を歪ませる。心当たりの有る者が居る証拠であった。

「つまり、頭はこの依頼に関し、関連して別の依頼を受けているのでしょう」
「は?」

 今迄の話の流れで予想出来なかったのか一同の言葉が重なった。

「襲撃に関する依頼の主は隣を治めるドーソン男爵でしょう」
「その通りだ。まあこの程度は予想出来るだろう」

 オリマッテとアレン・ドーソンは最悪の関係である事は平民でも知っている話だった。元々何をしたという訳ではなく、生粋の貴族であるドーソンが元平民の商人である彼に対し嫉妬しているに過ぎなかった。しかし、時が流れるとその嫉妬も怨嗟に変化し、最早他の貴族が仲介しようとも和解出来ないまでに溝が深くなっていた。
 そして、一部の心無い者たちは何時ドーソンが爆発するかと話題の種になるほどだった。

「ええ、二人の関係を知る者であれば納得と為りましょう。ですが、肝心な事はここからです。頭はドーソンからの依頼だけでは決して首を縦には振らなかった筈だ。何故ならば相手は我らと同等の悪党、いや最低の屑です。信用出来ない」

 その途端出席者の反応は半分に割れる。
 悪党、信用出来ないの言葉に怒りを含ませて怒声を浴びせる者、方や尤もな話だと笑みを浮かべる者たちだ。

「ハハハ、確かに俺達は悪党で信用は出来ないな。そうだ、あの男の依頼だけで俺は動かん」

 手を叩きテルの言葉に賛同した為、前者の者も鳴りを潜める。

「そこから考えて、我らに旨みのある依頼が別口で関連した物が舞い込んだ。それが答えです」
「ふむ……、まあこれ以上知っていれば俺はお前を殺さなければならなかった。本当に抜け目のない奴だ」
「有難う御座います、頭」

 ヘンリーはテルに満点を与えると席を立つ。
 出席者は一同背筋を伸ばし、耳を傾ける。

「今、テルの話した通りだ。依頼は関連して舞い込んだ。そして俺は後者を選択した上でドーソンの依頼を引き受けた」
「ちょ、ちょっと待って下さい。するとデールズは捨て駒だという事ですか?」
「違う。俺はあいつに命じた際、成功すれば幹部に昇進させる約束を行った。ドーソンの依頼はルートが異なっても正式な依頼だ。成功すれば栄達の道が開けた。それはあいつも理解していた」

 しかし成功確率は低いだろうと予想していた彼にしてみれば、失敗したとはいえ大健闘と言うべきは内容だった。だからこそ失敗してもそれ以上の咎めは考えていない。加えてヘンリーはデールズにもう一方の依頼について説明していない。だからこそ、オリマッテ達が気付く言動を行ったのだ。

「それで、後者の依頼主は?」
「言えん、こればかりは口が裂けてもな。勿論内容も秘密と為る」

 テルの質問に対し、ヘンリーは言い辛そうに答える。それが余計大きな存在だと予想する材料と為る。

「なるほど、それで追撃はなしという事ですか。承知致しました。御一同、納得できましたか?」

 テルの言葉に出席者で納得出来た者は少ない。しかし、ここでこれ以上追及する事は身を滅ぼす事だけは理解する者たちだった。渋々納得した彼等はここで解散と為った。
 そして残った者はヘンリーとテルだけだった。

「お前、分っていて敢えて突っ込まなかったな?」
「ええ、そろそろ邪魔者は消えて頂かないと」
「末恐ろしい事を言うな、俺もうかうかしていられないという事か」
「いえ、私は頭に憧れ、ここに所属しました。その様な事は毛頭考えていません」
「そうか、その言葉が真実である事を祈るぜ」

 所詮悪事を働く盗賊の繋がりは薄い。
 だからこそ厳しい掟や罰を設け、離脱者と裏切り者産み出さない様にし結束を高める必要があった。。それが理解出来るからこそ、ヘンリーはテルの言葉を話し半分に留めるのであった。





「な、何だとっ!? 失敗したのか!!」

 一方、ほぼ同時期に同じ報告が依頼主のアレン・ドーソンの下へと届けられていた。執務室でほぼ成功すると目論んでいた彼は大切にしている壺を丹念に磨き上げている最中であった。

「はい。先ほどヘンリー一家の使いが参られ、その様に告げるとそそくさと帰って行きました」

 対応したのは今報告した老執事だった。事情は呑み込めていないが、目の前の当主が善からぬ事を画策している事は相手を見れば理解出来る。故に不安で一杯だった。

「ぬぬぬ、どうしてくれようか……」
「旦那様、一体何をお考えに為られているのでしょうか?」

 アレンという領主は基本的に誰にも相談する事なく物事を決める。それが器量十分な者の行動であれば誰もが幸福となるだろう。しかし、彼の場合はその真逆を行く者である。
 誰に相談するわけでもなく、思った事を煮詰めもせず行い、失敗するなど領主としては失格の部類に入る。しかし、家柄がその失敗を辛うじて相殺し現在に至っている。

「何、いい加減ロットロンの存在が邪魔に為ったからな。消えて貰おうと考えただけだ」
「なっ……、なんですと……」

 老執事は相手口が塞がらなかった。
 今目の前の主は何と言ったのか、理解出来ないほどに狼狽する。

「旦那様、今何と仰られました?」
「聞いていなかったのか、ロットロンに死んでもらおうと思ったのだ」

 老執事は頭を抱えたくなった。然も平然と話せる内容ではない。それを簡単に言ってしまえるこの男に主人として、ドーソン家の当主の資格は無いと内心で確定させた。

「しかし、ロットロン男爵はブラスト辺境伯様の家臣ですぞ?」
「それが如何した、あいつは元商人上がり。それに対し私は開闢以来の名家ドーソン男爵家の当主だぞ!!」

 老執事はさらに頭を抱えたくなる。

(この馬鹿は何を言っているのだ。全く状況を理解出来ていないのか? 教育は物の見事に花開かず、これでドーソン男爵家はお取り潰しと為る……)

「旦那様、盗賊共に依頼した際、当家の名は出しておられませんな?」
「出したに決まっているだろう。そうでもしなければあいつ等は依頼を受け付けんからな」
「な、何という事を……」

 老執事は衝撃と落胆がまとめて襲ってきた感覚を覚えた。
 その後、どの様に移動したのか分らないが、気付けば帰宅していた。

「如何したのですか、あなた?」

 あまりに早い帰宅に妻のヘレンは驚いたように彼を出迎える。

「んっ、ああ……、ヘレン荷物を纏めよ。息子達にも同様の措置を講じる様に伝えてくれ」
「何か問題が起こったのですか?」
「今は話せん。時間が惜しいのだ、急げ」

 老執事は妻のヘレンに苦悶した口調で命令を出す。
 対して彼女は夫の只ならぬ雰囲気を察しこれ以上何も尋ねず、指示通り息子達へ使いを出した。

「ドーソン男爵家はこれにて終いか……。先代様、先々代様、ヘッケン如きの力では支える事が出来ませんでした。お許し下され……」

 ヘレンを動かし、一人に為った事を確認したヘッケン・ポールトンは主人が住む館へ向かい深々と頭を下げた後、闇夜に紛れ脱出し姿を消すのであった。ドーソンの領地はこの日より悪化の一途を辿る。犠牲者は必ず弱い者から始まり、怨嗟の声が日に日に増大して行く事と為る。

 この結果は代々ドーソン男爵家を支えた忠臣ポールトン家が見限ったからとも言われ、逆恨みする者も少なくは無い。しかし、大半は同情的であり、その行動は正当だと認識された。それは無能な領主に滅亡覚悟で付き合う者は無能のレッテルが与えられる為である。
 つまりある程度までは付き合うが、限界だと見做した時点で主君から離れても不義理には当たらないとされたのだ。ヘッケンは先代と先々代への義理を貫くため限界以上に耐えたが遂に終わりを迎えたのであった。

 かくしてドーソン男爵家は没落への道へ急速に転げ始め、領民は塗炭の苦しみを味わう事となる。
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