目覚めれば異世界へ

今野常春

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005 ハーシュという街

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 どうにかこうにか出発した一行は無事に森を抜ける事に成功した。その後街道へを進み、馬に揺られること三十分程で目的地のハーシュという街に辿り着いた。

「ふぅ、これで一安心だ」
「はい、旦那様……」
「さて、気持ちを切り替えて事に臨むぞ、エレオノーラ」
「心得ております」

 二人は眼前に見える堅固な城壁を見て安堵した。
 幾度となく戦禍に巻き込まれるもこの城壁が領民を守り続け、ここで暮らす者にとって精神安定剤となっている。
 街の名称はハーシュ、人口八千人を抱え街道を結ぶ重要拠点として周辺の村々を纏めている。そしてここの領主こそオリマッテ・ロットロンその人であった。

「や、やっと着いたのか……」
「だらしないわね、たったこれだけの距離で」
「無茶言うなよ。俺、本当に馬に乗ったの初めてなんだから……」

 孝雄実とエレオノーラの会話を他所にオリマッテは前からやって来た騎兵と合流を果たす。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ、戻ったよ、ロドム」

 孝雄実はその二人の会話を聞きつつ、前方の城壁をまじまじと眺める。
 それは圧巻と言うべき佇まいだった。
 外敵からの侵入を意識して堅牢に造られ、上部構造はそれらを排除する為の物が施されている。
 そして彼の惹き付けたのは弓を構えた兵士だった。

「す、すげぇ……」

 その呟きがロドムという騎兵に聞こえたわけではないが、相手も孝雄実に気付く。

「旦那様、エレオノーラの後ろにいる男はどなたですか?」
「それを含め一度屋敷へ移動するぞ。戦闘に巻き込まれているから少し休みたいのだ」

 その言葉にロドムはハッとする。
 そしてよくよく眼を凝らすと二人ともに移動しただけでは説明出来ない汚れに気付く。そして馬が変わっていることにも漸く気が付き、事態の深刻さを察知する。

 彼の名前はロドム、オリマッテが尤も信頼する私設騎士団の隊長にして、この街の守護者と呼ばれる男だ。恵まれた体躯に厳つい顔を持つ中年。それに加え、幾度の戦闘による刀傷が随所に見られ、猛者もさの称号が相応しい。

 彼を見た目で判断する者は猪突猛進の猪武者と揶揄するが、徹底した情報収集による作戦立案、指揮命令に優れた指揮官である。彼なしにここの防衛は成り立たないとまで云われるほどだ。
 その頭の回転の良さで、即座に部下を集める必要があると判断した。

「承知致しました。人数は如何程?」
「お前と後ろの二人、それに……、アランとダン、あとウォーレンを招集してくれ。私達は少し休憩を挟む」
「承知致しました。では一時間後に参集させます」

 ロドムはすぐさま踵を返し関係者へ連絡を取るべく行動に移る。

「こ、怖かった……」
「見た目は怖いけど、ここハーシュでは人気の守護者なのよ」
「へ、へー人は見かけによらないってことか」
「今の言葉はロドムの前では禁句だからね」
「ああ、分ったよ。エレオノーラ」

 二人はロドムの後ろ姿を見ながら会話していた。
 しかし、その彼は二人の状況を見て信じられないという思いで一杯だった。何故ならば二人は気付いていないが依然として孝雄実は彼女の腰に手を回し馬に騎乗しているのだ。
 彼女の事情を知るロドムだからこそその光景は信じ難いものであり、オリマッテと会話しつつも内心で動揺していたのだ。 

 堅物、冷酷などと女性にとっては不名誉なあだ名が陰ながら与えられるエレオノーラ、その理由は男っ気の無さだった。見た目は男を誘う素晴らしい造形美を持つものの、本人が男性を拒絶する様な振舞いする為、付き合いという点で皆無だったのだ。

 彼女の人気は街中で証明される。
 オリマッテを先頭に屋敷への道を進む中、彼女の姿を見た瞬間人が集まる。特に彼女の美貌に惹かれる男性が多いのだが、彼らには目もくれず素通りする。
 だがその事で批判される彼女ではなかった。

 うん、この男たちヤバい。
 何がやばいってエレオノーラさんに声を掛けても無視されて光悦の表情を浮かべてやがる。
 まるでご褒美ですと言わんばかりだ。
 そして女性たちもその行動に対し黄色い声を上げていたのだ。

 そのざわめきにさえ気にも留めずエレオノーラと孝雄実は気軽な会話を楽しみ、その声を聞いた領民は余計に驚きの声を上げるのである。そして不名誉な称号が与えられる彼女だが人気が非常に高い事を示していた。彼女の見た目と領主の騎士団に所属する紅一点という特異な立場から想う者が多いのだ。
 だからかその中睦まじい姿を見て涙を流す男は意外に多かった。
 そして、エレオノーラの素の笑顔を見た女性は目を奪われるのである。

(まったく、あの二人は何時の間に意気投合したのやら……)

 オリマッテは後ろの二人に注目が集まる事を予想していた。普段自らに集まる注目を逸らす為の良い機会だと考えたのだが、予想以上の注目具合に苦笑いを浮かべる。
 
(それにしても彼等は領民の視線と声に気付かんのか?)

 当然目に映り、耳に入っても不思議ではないほど通りは人が集まっている。これほど人が通りに溢れるなど久し振りと断言出来る。それに気付かないという事に呆れるオリマッテだった。

 結局二人は領民に気付く事なく屋敷へと到着した。そこで我に返ったエレオノーラは猛省することとなる。そのとばっちりを受ける形で何故か孝雄実は彼女の謝罪に付き合わされる事となった。

「道中申し訳ございませんでした。ほら、貴方も謝りなさい!」
「えっ、何を?」
「いいから、頭を下げるのよ!」

 孝雄実は訳も分からず馬から降ろされるとオリマッテに対して強制的に頭を下げさせられる。その時の彼女の力はとにかく強く、抗う事なく後頭部を押さえ付けられたのだ。

「謝罪は要らん、それよりもお前が男と仲良くするなど初めてみた。あの様な笑みを浮かべる事も出来るのなら引く手数多だぞ。どうだ、私が縁談を用意するが?」
「お、お戯れを、旦那様。この者はあくまでも……、ペット、そうペットの感覚だったのです!」
「えっ!?」

 主人からの言葉に対し恥ずかしさからの言い訳が孝雄実をペットと見做していたと言い放つ。その言葉にショックを受けるのは当然の事だ。
 女性との触れ合いが乏しい孝雄実にとってあの会話等は脈ありと断言する以外の何物でもなかったからだ。これが女性との経験が豊富な男なら、すぐさま彼女の言葉の真意を推し量る事も出来るだろう。しかし残念ながら孝雄実はそちらの経験値はゼロだった。

「エレオノーラよ、お前もそろそろ結婚しても良い時期だ。騎士として貴重な戦力ではあるが、結婚しないまでも男を知る程度は経験しておいてくれ」
「えっ……、あの旦那様、それは、そのぅ……」

 オリマッテの言葉に彼女は明らかに動揺し、顔を赤く染め上げて言葉尻がか細くなった。

「経験しておいてくれ?」
「そこは聞き流しなさい!!」
「グェ……、お前、そこは鳩尾……」

 女性とは言え鍛え上げられた者の一撃は一般男性を遥かに凌駕する。孝雄実はこの一撃を以て不用意な発言は控える事を固く誓うのであった。

「ほら、周囲の目もあるのだ。中へと入るぞ」
「は、は! ほら、中へ入るわよ!!」
「む、無理、動けない……」

 自業自得とは言え孝雄実をこのままには出来ない。彼女は仕方なく彼を背負って屋敷へと入るのであった。





 屋敷へと入り、漸く一息吐く事が出来た。
 軽い食事を済ませ、オリマッテは身形を整えてしまうが二人はそのままだった。
 そして一時間後、召集の声が掛かった者が集まる。

「皆の者、突然の召集御苦労である」
「旦那様の御命令とあらば駆け付けるのが我らの使命です」

 主人オリマッテの労いの言葉の後、部下の最上位に居るロドムが言葉を返し、全員が同意するという決まったやり取りの後着席する。
 そして彼等の視線は孝雄実に集まっていた。

「オホン、まずそこに座る者の紹介を行う。近藤、名を名乗りなさい」
「は、はい! 俺は、僕は、私は……、近藤孝雄実です!」
「ははは、そう緊張しなくていい。何もお前を取って食おうなんて考えてはいない」
「はい!」

 オリマッテのフォローがあるとはいえ、緊張するなというのは些か酷な話である。
 彼は高校生であり、学校という場所は極端に年齢を縛る檻とも言える環境下にある。身近な年上といえば二つ上が限度で、それ以上は教職員しかいない。すると、その他大勢の年上と接する機会を大幅に制限させられ、この様な場所で能力を発揮する為の経験が失われてしまう。

 コミュニケーション能力のみならず、人間に必要な能力は鍛えないと育たない。
 つまり同年代とは上手く意思疎通が出来ても、五歳も離れれば出来なくなるのはその点に在るのだろう。

「とまあ、近藤は緊張しているからあまりプレッシャーを与えぬ様に」
「承知致しました。旦那様、我らも名を名乗りますか?」
「それは後で行おう。今はこの者に関連し、私とエレオノーラに起こった出来事を話そう。エレオノーラ」
「承知致しました」

 指名された彼女はスッと席を立つとロドム達へと体を向けて此処までに至る出来事を端的に纏めて話し始める。

「此方へと帰還する最中、盗賊に襲われたわ。相手はヘンリー一家よ」
「盗賊だと、ヘンリー一家といえばっ!!」

 我慢出来ず口を開いたアランだが、ロドムの一睨みで口を閉ざす。しかし、この場にいる誰もが信じられないという表情と無事に切り抜けられ、安堵した気持ちで一杯に為る。

「話を止めて悪かった。続けてくれ」
「ええ、私と旦那様は突然現れた盗賊に追われていた。でも途中で馬が潰され逃げる手段を失ったの。相手は十人、此方は二人と圧倒的不利な状況だったわ」

 彼女の言葉からどれだけ厳しい状況であったのか、その程度は容易に想像出来るだけの経験を積んでいる彼等の表情は暗く、また厳しいものだった。そしてこの状況を切り抜けた事に感心するほどだった。そこで皆の視線は孝雄実に集まる。

「私と旦那様は最期を意識した。その時だったわ、高速で飛んできた何かに盗賊二人が倒されたのよ」

 その言葉に僅かな反応を見せた孝雄実をロドムとオリマッテは見逃さない。

「それでも相手は八人いる状況に戦況は変わらなかったわ。だけどまたしても何かが飛来し四人倒した事で流れは此方に移った」
「確かに二対四ならば確かに勝てるな」
「うむ、ギリギリの状況だったが、命辛々といったところだ。説明御苦労、エレオノーラ」
「はっ!」

 彼女が着席するのを確認したオリマッテは視線を孝雄実に向ける。それは皆の視線も集め、居心地の悪い気分にさせられる。

「さて、ここまで話した中で、私達は二度の援護射撃を貰った。そして、その後無事に切り抜け、移動手段を得た後、近藤に出会った」

 その言葉に室内は静まり返る。

「近藤、話してくれ。君はあの森になぜ居たのか。ゆっくりで構わない、但し嘘だけは吐かない様に」
「は、はい……」

 オリマッテの言葉は優しさが籠められていた。年長者が持つ独特のカリスマとも言うべき諭し方が硬軟織り交ぜた言葉を和らげる。

「俺が気付いた時は森の中でした。何故あそこに居たのか分りません。そして、こいつが近くに居ました」

 孝雄実はそう答えると仔犬を抱き上げて皆に見える位置まで持ち上げる。その時、この仔犬は器用に前足を上げて挨拶を行った。

「その後、物音のする方角へと歩いていたところ、お二人が襲われているのを発見しました」
「ではあの援護射撃は君が行った、という事で良いのかね」
「……、はい……」

 オリマッテはその言葉を尋ねたい一心でなるべく警戒させぬ様、慎重に事を運んできた。
 そして今彼の口から聞けた事で心からの笑みを浮かべた。皆も感心した気持ちを抱き、室内の重苦しさはこの時だけ晴れ渡った。

「よく我らを救ってくれた!!」

 オリマッテは席を立つと孝雄実の前にやって来て両肩に手を置き心からの感謝を示す。

「えっ?」
「近藤が居なければ私は殺され、身ぐるみを剥がされていただろう。エレオノーラは凌辱の挙句奴隷として売り払われていた筈だ」

 その言葉に誇張は無かった。
 盗賊といえば、義賊が居るとは言え極少数で、大半が口に出すのも憚る事を平然と行う集団なのだ。オリマッテは平然と自らに齎される惨劇を述べるが、孝雄実にとってはショックな話だ。

「俺からも家臣を代表し感謝を述べさせてもらおう。旦那様とエレオノーラを救ってくれた事、深く感謝する」

 ロドムが礼を述べ、頭を深々と下げると後に続き同様の仕草を行った。

「い、いえそんな、俺はただ石を投げただけで……」

 孝雄実としてはこの様に称賛される経験が無いばかりか、日本人としての謙虚さが滲み出る。しかし、彼等はその謙虚さよりも石という単語に引っ掛かった。

「石? 今、石を投げたと言ったのかね?」

 オリマッテの確認する言葉と共にこの場に居る者は愕然とした。
 確かに戦いに於いて投石は一つの武器に為る。威力や当たり所により命を奪う事も出来る身近な武器なのだが、あの光景を間近で見た二人は余計に信じられない思いだった。

「はい。この子が石を運んできまして、俺が投げました」

 仔犬は器用に右前脚を上げて功績を主張し、朗らかな雰囲気に為ったのも束の間、形や大きさを聞いて一同愕然とした。明らかに人間が投げて如何にか為るとは思えないからだ。

「それは本当の事なのか?」

 ロドムは神妙な面持ちで孝雄実に問い掛けた。幾度となく戦争に参加した彼にしてみると非現実的だった。孝雄実がオリマッテの保護下になければこの場で虚偽として斬り伏せてしまうほどだった。

「はい、本当です」

 孝雄実はロドムの問い掛けにまっすぐ目を見て真実であると語った。
 数多くの人間と接し、言葉の裏に含まれる感情を読み取れるようにもなっていた彼は、孝雄実が嘘を述べているとは到底思えない。
 それは魑魅魍魎の巣窟といわれる貴族社会にどっぷりと身を付けるオリマッテも同様だった。

「うーむ、俄かには信じ難いが」
「旦那様、たしか中央で配備が進められている銃が近しいのではありませんか」

 二人が腕を組み、孝雄実の言葉との整合性に首を傾げていたところダンが話に割って入る。

「銃か、確かに遠距離からかなりの攻撃力を誇るとは聞いてはいるが、この者が所持出来ると思うか?」
「あっ、確かにそうでした」

 ダンとしても突拍子もない話に出来る限り説明出来る様頭をフル回転させた結果、近年開発に成功したライフル銃を例に挙げた。そうでもなければ人間が石を投げたという行為と結果に結び付かないからだ。

「旦那様、やはり実際にこの目で見なければ理解出来ません」
「ふむ、やはりそうなるか……」

 オリマッテにして見てもロドムの言葉に賛同するしかない。
 何より孝雄実が援護射撃を行ったのは状況と結果から得たに過ぎず、実際に見た者はと言えばこの場には仔犬しかいないのだ。
 有り得ないという考えが皆の中に在る以上、実際に目にしなければ完全な払拭は難しい。それは孝雄実を信用する事にもならない。そこでオリマッテは決断を下す。

「近藤、今その事を証明する事は可能かな?」
「はい、投げろというのであれば」
「よし、では訓練場へと移動し彼の真偽を確認しよう」
「承知致しました」

 その後、一同は訓練場へと移動し孝雄実の投球を見る事となる。
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