目覚めれば異世界へ

今野常春

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007 ラッキースケベ

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 俺はエレオノーラさんに促されるまま部屋に入ったが、一歩目で足を止める事と為る。
 うっ、これは、この部屋は……

「な、何だこれは……」
「何って私の家よ。文句あるの?」

 文句あるのか、って堂々と良く言えるな。この部屋はあれだ、汚部屋と呼ばれる類の物だ。衣類は散乱し、ゴミと思しき物は一応纏めました、という物体が点在している。台所の様な場所はすでに使い物に為らない程度の物資で埋まっている。

「こ、これが女の家……」
「何よ、失礼じゃない」

 俺の女性像が音を立てて崩れ落ちる。違うな、エレオノーラさんという人物像が崩壊している。
 妄想し過ぎだ、という言葉もあるが如何せん俺には彼女いない歴年齢なのだから、大目に見てほしい。

「失礼って、ここで暮らしているんでしょ?」
「そうよ、何かおかしいの?」
「おかしいって……、よくこの環境で生活できるな!!」

 俺の中で何かが吹っ切れた。社会問題化するごみ屋敷にも匹敵しかねない惨状に俺は声を上げざるを得なかった。その声に彼女は驚き、仔犬も思わず声を上げて驚いた。

「と、突然大声出さないでよ! 別にいいじゃない! 生活出来るのだから!!」
「じゃあ俺はどうやって生活すればいいんだ? この汚いゴミの中をどうやって!」
「好きにすればいいわ。但し、変な事だけはしないでよ」
「変な事? この惨劇を見せらて何かしようだなんて変人は居ないと思うぜ!!」
「なっ、何ですって……」

 売り言葉に買い言葉、二人の認識のズレに口論はヒートアップする。しかし、同じタイミングで腹の虫が盛大に声を上げ始め動きを止める。

「止めましょう。私、今日本当に疲れているんだった」
「あー、俺も同じ。試合で朝早くから体動かしてきたから眠くなってきた……」

 二人は思いもよらぬ疲労感に襲われると、あっと言う間に睡魔も訪れる。そして二人は食欲よりも睡眠を選択する。

「取り敢えず一時休戦にして寝ましょう」
「賛成。それで、俺はどこで寝ればいいの?」
「あの辺りに布団があるから自由に使いなさい」

 エレオノーラが指した先にはゴミの山が存在しているだけだった。

「ゴミしかないけど?」
「うるさいわね、あの下を漁れば出てくるわよ。それじゃあ私は寝るから、おやすみー。後、私の部屋に入らないでよ!」
「なっ!」

 あの女、今迄の態度はどこに行きやがった……
 俺の中でエレオノーラという美女のイメージが崩壊した。ダメ女だ……
 だがそれでも拒否する事なく向かい入れてくれた事には感謝しないといけない訳だが……

「あー、片付けるにしてももう無理だ。体動かしたくない、何も考えたくない。どうするかな……」

 座る場所すら見付からないほど物に埋もれる床に腰掛ける訳にも行かず俺は立ち尽くす。

「やっぱ、緊急事態だから仕方が無いよな、うん。きっと理解して貰える!」

 俺は問題の処理をポジティブに考えエレオノーラの向かった先へと移動する。そう、なければ共有すればいいじゃない!

「うわっ、ここだけ綺麗にしてやがる……」

 だがそれでもまだまし程度だけど。
 仔犬も俺の後に続き、入室するとさっさと場所を確保して寝入ってしまった。くそ、羨ましい。

「うわっ、これさっきまで着ていた物じゃないか」

 ベッドへと続くエレオノーラの着衣が点々と散乱し、その先ではすでに寝入る彼女が居た。寝るの速いな!
 そして俺は気付く。これが此処に散乱しているという事は今の彼女は全裸だという事を。

「俺は変態じゃない、変態ではない。これは仕方が無いことなんだ。寝る場所が無い、悪いのは家主であって俺じゃない、という訳で」

 そう言い聞かせた俺は、唯一人として眠れる場所へと辿り着き、潜り込む。

「し、失礼しまーす……」

 だが此処に来て俺の動悸が止まらない。
 相手は女性であり一糸纏わぬままの状態で寝ているのだ。この様な経験彼女いない歴年齢という者へのイベントとしてはハードルが高いんだよ!

 しかし、睡魔に屈服した俺は意識が霞み逝く中でベッドに潜り込み眠りに就くのであった。

「ふぁーあ、お休みなさい……」





 エレオノーラは言い知れぬ圧迫感で目を覚ます。
 死の淵からの生還による疲労感が取れ切らない中、辛うじて体を動かせるだけの睡眠は取れていると思っている。しかし、どうにも体が思うように動かせない。加えて目がぼやけてしまい原因を確認出来ないでいた。

「な、何この状況……、何でこんなに体が重たいのよ。それに、体が動かせないし……」

 眠気眼には厳しく、さらに彼女の寝起きは悪い。出来る女の雰囲気を纏わせるにはそれ相応の準備時間が必要だったのだ。しかし、ぼんやりと目の前が膨らんでいる事に気付いた。

「何よ、これ。なんでこんな大きな物……、物?」

 その光景にゆっくりと脳が覚醒し、目の前に在る物体がハッキリと見えてくると怒りが沸々と湧き上がる。

「な、ななな、何であんたが此処に居るのよ!!」

 
 彼女は寝るときいつも裸で眠る習慣がある。
 だからこそ脱ぎ散らかした衣類が点々としていた。
 声を荒げるも孝雄実は目を覚ます事はなく、気持ち良さそうな寝息を立てている。それが余計に彼女の怒りを促進させた。
 そして彼女の中でブツリと切れる。

「お、乙女の、乙女の柔肌に、まだ誰にも触らせた事の無い肌……」

 同性が見ても羨む彼女の体。それは透き通る白い肌に健康的な要素が乗っかり見た目を向上させている。しかして正体は仕事一筋の中、男を知らずにいる女性であった。
 その禁を破り、孝雄実は彼女の体に真正面から胸に顔を埋め気持ち良さそうに寝入っていたのだった。

「うっ、汗臭っ!? そう言えば風呂に入らず寝てしまったんだったわ……」

 自身で言っていて明らかに残念美人の雰囲気を醸し出す。

「いい加減、この男は殺さないといけないわね……」

 そう呟くと孝雄実の手足を外し、隙間が空いたところで蹴飛ばす。

「フンッ!」
「アダッ!? 痛い、な、何が起こった!!」

 その落下音は寝床を確保し、気持よく寝ていた仔犬も目を覚ましたほどだった。

「何が起こったじゃないわよ!! よくも私が寝ているところを襲ったわね!」
「寝ていただけだ! 別に何かしたわけでもないだろ! それにあのゴミの中で寝ろって考えがおかしいとは思わねーのかよ!!」
「私の体に抱き付いて寝ていたじゃない!! それに場所が無ければ 少し片付ければいいだけじゃない! それを私のベッドに潜り込む為の口実にするなんて、小さい男ね!」
「ち、小さいって言うな!!」
「器が小さいのよ。まったく……、それで、私に抱き付いて寝ていた件について謝罪の言葉が無いのだけど?」
「ああ、とても寝心地が良かった! これだけは断言出来る。快眠有難う!」

 その後、殴り合いに発展する。
 勝敗は戦闘経験豊富なエレオノーラの完勝で決着するが、この家が集合住宅地に存在している事を家主は失念していた。

「エレオノーラちゃんの家が騒がしい様だけど、珍しいわねー」
「本当にね。あの子があそこまで感情を出す相手、とても気に為るわー」
「それはあれよ、領主様が客人として招いた御方だそうよ」
「その御方をエレオノーラちゃんのに泊める? 何かの間違いじゃないの?」
「実際に泊めているのだからねー」
「これはあの娘の旦那様候補ということかしら?」
「どうかしらねー。でも、あの娘ほど器量の有る者は居ないのだから汚部屋さえなんとかなれば、立派なお嫁に為るわよ」

 この会話は井戸端会議という名の噂好きな奥様方の社交場で繰り広げられた数々であった。哀れエレオノーラ、汚部屋の件はすでに周囲の奥様方に知られていたのである。
 しかし、婚期を逃さぬ様に彼女たち以外への情報流出は確認されていなかった。
 彼女たちにとって情報は財産であり、話の種である。おいそれと外部に漏れでもすれば娯楽が減るという恐怖からエレオノーラの怠惰な私生活事情は守られたのである。

「ふー、ふー、ふー、これで許してあげるわ……」
「り、理不尽だ。俺はただ寝たかっただけなのに……」
「私の胸に顔を埋めておいて良く言うわ。この胸はね、将来の旦那様の物なのよ!!」
「ふーん、でもこの惨状を見てどう思うかね……」

 エレオノーラの自室はこの家の平均からすればかなり片付いている。しかし、一般家庭に比べれば下の上程度にしかならない。

「うっ……」
「それが嫌なら掃除だな」
「ちょっと待って、私これから旦那様のお屋敷へ向かわなければならないのよ!」
「つまり俺一人で片付けと掃除を行えと?」
「し、仕方が無いじゃない! 私のお仕事は旦那様の騎士団員なのよ!」
「騎士団ね……、騎士って私生活はズボラでも構わないのかねー」

 その様に呟いた孝雄実だが、騎士団、騎士というファンタジーな世界でよく耳にする言葉に引っ掛かりを覚える。その僅かな体の硬直に彼女は違和感を覚える。

「な、何よ。どうかしたの、近藤?」
「えっ、ああ……、えっと……、俺が掃除しても構わないというのなら、せめてこの下着などは自分で、ブラッ!?」

 親指と人差し指の先端で摘み上げた彼女の下着を示し、自らで如何にかして欲しい旨を述べようとした瞬間、彼女の鋭いストレートが孝雄実の鳩尾へ的確にヒットした。

「エ、エレオノーラさん、流石に鳩尾は……、厳しいですよ……」
「一々見せなくていいのよ。分ったわ。この際、乙女の私生活が暴かれる事は我慢する。その代り私が帰ってくるまでにピッカピカにして置く事! それでいいかしら?」
「手伝う気はないのですね……」
「仕方が無いでしょ! 今日は勤務日で、旦那様に御相談しなければならないことと、それに近藤も品物が必要だからそれの申請だってしないと!」

 エレオノーラもオリマッテが客人と定める男を無碍にする訳にはいかない事を自覚はしている。しかし、どう言うわけか孝雄実に対しては強気な態度で接してしまう事に違和感を覚えていた。それが僅かな苛立ちとして少しちぐはぐな対応と為ってしまう。男女の仲、という関係を経験した事の無い二人だからこそその気持ちに理解が及ばなかった。

 結局エレオノーラは騎士の仕事を全うするべく街の中央に在る屋敷へと出向き、孝雄実は家の掃除に精を出す事が決定事項と為る。

「この年で主夫か……、ってあの人と結婚した訳じゃない!! さて、掃除だ、掃除!!」

 孝雄実は邪な考えを振り払い、今為すべき事に集中するべく気持ちを切り替える。

「にしても、臭いを匂いで防ぐってエレオノーラさんって、本当に残念な人だ。まあ俺も……、うん、十分汗臭い。あとで風呂に入らせてもらおう」

 掃除用具を確保し、もう一汗掻いた後の風呂を希望する事を目的に片付けと掃除が開始されたのであった。





「それで、近藤は馴染めそうかね?」
「はい。昨夜は私の家でと休んでいました」
「ほう、適応はし易いという事か、すまないが引き続き面倒を見てやってくれ。これは当座の資金だ」

 エレオノーラはオリマッテ・ロットロンの屋敷を訪れ近藤孝雄実についての報告を行っていた。本来素直な報告が信条の彼女にとってこの報告は忸怩たる思いが含まれているが、自らの痴態を晒すわけにもいかず、仕方無く当たり障りのない内容となった。
 対してオリマッテはその話を受けて彼は満足気に頷くと片手を覆う小袋を机に置いた。

「全部で一千金貨ある。これで彼に必要な物を揃えるのだ」
「えっ!? しかしこの量は……」
「構わん。エレオノーラに任せると決めたのは私だ。君に出費を求める筈がないだろ。遠慮なく使いなさい」

 この街では金貨五枚で一週間生活出来る。
 つまり二百週間の生活(約四年近くに相当)するだけの資金が与えられたという事と成り、それは一客人への遇し方としては破格だった。

「旦那様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「何かね。私はエレオノーラの質問に対し拒否する事はしないよ」
「有難う御座います。それでは、近藤殿を何故特別視するのでしょうか?」

 やはり、という思いでオリマッテは彼女の質問に対し少し思案顔を見せた後、言葉を紡ぎ始める。

「ふむ……。エレオノーラ、彼はこの国の人間だと思うかね?」
「いいえ、あの服装とそこに書かれた文字から間違いなく異国の者かと。それに黒髪なんて見た事がありません」
「そうだな、それは私も思った」

 最初に見たとき双方共に外国人の印象を受けた。しかし驚いた事に互いに言葉が通じる事で溝は大きく埋まっていたのだ。だが、それはあくまでも前提であり、エレオノーラよりも異なる部分でオリマッテは孝雄実を評価していた。

「訓練場での彼を覚えているね?」
「はい、随分と凄い技だという印象でした」
「そうだな、投石があれほどの威力を発揮するなんて見た事も聞いた事もない。ハッキリ言うと異常だとすら思ってしまう」

 誰がまっすぐに投げた石で鎧を粉砕できると予想出来るだろうか。二人を救ったという前提で確認を行い、それは真実だったことを受け入れた。しかし、この目で見ても未だ人間があの様な事を成し遂げるなんて実感が湧かない。それでも、彼は領主として常に先を見据えて着実に手を打たねばならなかった。だからこそ彼は孝雄実をこの地に縛りつけたいと考えたのだ。
 願わくは孝雄実が善意と受け取った状態で。

「つまり彼を一戦力に組み込みたいという事ですか?」
「そうだ。昨日二人が帰宅した後、私の考えをロドムとウォーレンに話した。二人とも考えた後に納得して賛同してくれたよ」
「ですがっ!」

 エレオノーラは孝雄実はまず間違いなく戦闘経験が無い極々一般的な平民だと考えている。それ故にオリマッテの考える戦力にはならないと反論しようとしたところで彼が手で制する。

「言いたい事は分る。彼は素人だ。それこそ人を傷付けるなんてした事のないほどにね。しかし、あの森で我ら二人を救った際、六人の命を奪う事と為った。今はおそらく混乱しているか、環境の変化で気持ちの整理が出来ないだろう。だが、何れ初めて人を殺した事による恐怖が彼を包み込むはずだ」

 エレオノーラは彼の言葉に納得する。彼女も二年前に初めて人を殺した。大義名分のある戦闘による殺傷である。その日、震えが彼女を襲い、始終寝付く事が出来なかったのを鮮明に覚えている。

「フォローする者が必要なのだ。そして、この街の状況を考え、是非共彼の力が必要と為る」

 人として失ってはいけない何かを喪失させない様、出来る限り付き添う事が必要だと彼は暗に言い放つ。そしてその役割はエレオノーラである事も促す。

「分りました。それでは私は旦那様のご期待に応え、彼の身の回りのお世話をさせて頂きます」
「うむ、騎士としての役割とは掛け離れた事だがこの街を守るため全力で職務を全うして欲しい。そして彼が取り乱さない様に面倒を頼むぞ」
「はい、承知致しました」

 エレオノーラは深々と礼を行うと屋敷を後にする。昨日の今日とあり、あと二日ほどは特別休暇を与えると宣告されたからだ。その間に孝雄実の身の回りを整え、生活出来る様にとの意味も込められている。彼女は一度家に戻り、彼を連れて街の紹介と共に物資を買い揃えようと考えたのである。

「まあ、その前に風呂へ向かい体を清めないとね!」

 午前中に解放された事もあり気分は最高だった。
 そして、昨日からの積み残しは体の汚れである。
 このあと孝雄実を連れて大衆浴場へ向かう事を第一に掲げて家路に着くのであった。
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