目覚めれば異世界へ

今野常春

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008 汚部屋を綺麗にするぞ!

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 俺はエレオノーラさんが出掛けてからすぐさま片付けを開始する。
 しかし、この家の惨劇を見て俺は深い溜息を吐く。

「にしても大半が衣類かな……」

 はっきり言ってこの散らかり様は納得が出来ない。

「よし、始めますか! 仔犬……、って名前が必要だよな。よし、お前はラッキーな」
「ワンッ!」
「うん、お前は今からラッキーって名前で呼ぶから」
「ワンッ!!」

 ラッキーは嬉しそうに尻尾を振り俺の顔を舐める。

「そうか、嬉しいか。それじゃあこの家の片付けを手伝ってくれよ!」
「ワンッ!」

 かくして始まったエレオノーラさん家の大掃除は長時間を覚悟した孝雄実だが、予想に反し終了を迎える事と為る。

 開始から三十分ほどが経過した頃、扉を叩く音が聞こえてくる。
 俺は口元を押さえていたタオルを取り、掃除用具を持ったまま玄関へと移動し対応する。

「はーい」
「あら、お忙しいところ御免なさいね」
「え、いやそんな。忙しいだなんて」

 訪ね人は恰幅の良いおばさんだった。恐らく御近所の主ともいうべき存在なのだろう。
 この手の類は噂好き、お喋り、空気読まない等など、好ましくない事を平然とやってのける。エレオノーラが居ない俺にとっては最悪の相手だ。

「いいのよ、分っているから」
「は、はぁ……」

 何が分っているのか尋ねようと思ったがこのおばさんが話を止めようとしなかった。

「突然来た事は悪かったのだけれど、エレオノーラちゃんが男を連れ込んだって噂に為ってね。どんな方か気に為ったのよ!」

 何だよ、早く終わってくれよ。それに男って俺を見に来たってことじゃないか。

「それにしても……、今はお掃除中なのよね?」
「そうなんですよ。もう大変で、どれをどう片付けて良いのか判断に迷いまして」

 ようやく目の前のマダムから発言を許された俺は困った表情を浮かべて実情を説明する。
 その言葉に彼女は親身になって話を聞いてくれた。やだ、案外優しい……

「それは大変ね。あの娘、騎士団の仕事が忙しくて身の回りの事まで手が回らないのよ。本当は私達が手伝って挙げたいのよ。でも頑なに拒否されてね」

 まあ要らない事を詮索され、話が尾ひれを付けて拡散しかねないからな。だけどもう手遅れか、どう見てもエレオノーラさんのことを知っている。つまり汚部屋の事もばれている。

「そうでしたか。確かにエレオノーラさんは大変なお仕事をされていますからね」
「そうなのよ! あっそうだ! 私はユーノン、三軒隣の家に住んでいるわ。よろしくね!」
「近藤孝雄実です、よろしくお願いします。お姉さん」
「あら、やだわ。お姉さんだなんて煽てても手伝うくらいしか出来ないわよ! それにしても変わったお名前ね、孝雄実ちゃん」
「ははは、よく言われますよ。では洗濯物をお願いしてもよろしいですか、お姉さん」
「だから煽てないでってば、洗濯物ね。確かに男性が行うには抵抗があるわよね! 任せなさい!!」

 とはいえ室内の洗濯物を見てユーノンさんは愕然としたようだ。それとラッキーがエレオノーラさんの衣類を集めていることにも驚いたようだった。

「あ、あら。これは流石に私だけでは無理そうね。それにこの子はお利口さんね」
「ラッキーって言います。俺の相棒なんですよ」
「あら、そうなの。エレオノーラちゃんの事、お願いねー」
「ワンッ!!」

 目を細めたユーノンさんはラッキーの頭を撫でるとエレオノーラさんの事を心配する。
 それほど慕われるのか、あとで聞いてみるかな。

「さて、この量を捌くには人手が必要ね! 孝雄実ちゃん、少し待ってなさい」
「はい……」

 駆け出して家を後にしたユーノンさんはそれから暫くして七名のお姉様方を従えて再び姿を現した。

「待たせたわね、孝雄実ちゃん」
「い、いえ。それほど待っていませんよ」

 彼女を先頭に計八名のお姉様が俺の前に集結する。その視線は俺を値踏みする様な物で若干緊張してしまう。

「あら、少し緊張しているわね」
「ははは、お姉様方を前に緊張するのは仕方のない事ですよ」
「お姉様方って私達のことかしら?」
「ええ……」

 お世辞と分っても言われて嫌な気分にさせる孝雄実ではなかった。寧ろ彼女たちは孝雄実のお世辞を好意的に受け取り初対面での掴みを確かなものにする。

「はいはい、それじゃあ皆にやって貰うのはこれを迅速に処理することよ」
「もう、ユーノンさん。少しは彼とお話しても良いじゃない」
「時間が無いのよ。終わったら好きにしなさい」
「わかったわ。それにしてもエレオノーラちゃんは溜め込んだわねー」

 天井までとは行かないまでも堆く積まれた衣類にお姉様方は溜息を洩らす。その全ては彼女の洗濯物なのだ。
 その反面室内は大分片付いていた。

「そうなのよ。でもね、あの娘が居るからこそこの街で平和に暮らせる。だからその恩に報いるためにも手分けして処理するわよ!」
「分ったわ! それじゃあ私は下着を中心に洗濯するわ!」
「私はこれね!」

 作業分担は迅速だった。
 ユーノンさんの音頭で始まった作業はあっと言う間に役割が決まり、それぞれの定位置で洗濯が開始される。

「凄い……」
「凄い? まあ助け合いが無ければここでは生きていけないわよ。それにエレオノーラちゃんに街の防衛を任せているからこそ私達はこうして洗濯し、食事に有り付け、安心して寝る事が出来る。この程度の事大した事ないわ。それじゃあ私も洗濯を始めるから、孝雄実ちゃんは他の事を任せたわよ!」
「はい!」

 気付けば彼女が現場指揮を執っていた。
 だが、適材適所という言葉がある様に、慣れない俺ではどうしても時間が掛かってしまうという物だ。

「よし、ラッキー俺達も頑張るぞ!!」
「ワンッ!!」

 家の大半が彼女の衣類というこの世界でも信じられない量を溜め込んでいた事は後に不思議がられるも、今はすっきりとした室内の掃除に専念する。
 箒で隅から隅まで掃き清め、布切れを使って雑巾がけを行い兎に角磨き上げる。
 整理整頓は当たり前が高校時代の口癖だった俺としては綺麗になる家庭に楽しさを覚えていた。

「ふぅー、かなり綺麗になったな!」
「ワンッ!」

 家自体がそれほど大きくなく部屋数も少ないことが幸いし、洗濯物が捌けるとあっと言う間に室内は片付き、見えていなかった床が顔を覗かせる。それは家本来の姿が漸くお出ましに為ったというところだった。
 そして俺は家の中心に立ち室内を見渡した。

「結構この家も広かったのか、それにしても女性の家とは思えないくらい殺風景だな」

 俺の中の女性像はもう少し小物などが置かれ、明るい色を好むなどもう少し趣味を感じさせるものだと思っていた。だがエレオノーラさんの私物はほぼ衣類だけだと理解した。

「料理とかどうするんだろう……」

 食器類は有るものの調理器具が存在しないという謎に俺は直面した。その文明の利器を意識すると自らの置かれた状況を考え始める。

「ここって明らかに時代が違うんだよな……」

 やるべき事が無くなり手持無沙汰になった俺は考えない様にしていた内容に触れる。するとラッキーが徐に近付き、足下に体を擦り付けてきた。

「お前も一緒に考えてくれるのか?」
「ワンッ!!」

 俺は椅子に腰掛けるとラッキーを抱き上げて此処までの事を思い返す。

「そもそも俺は試合中にピッチャー返しで打球が頭に当たったんだよな……」

 俺は呟くとゆっくりと当たった箇所に触れる。すでに痛みもなく、腫れも無かった。

「おかしいな、あの痛みは確かに在った。たった一日で回復するなんて有り得ないし……」

 ボールに当たった事があれば分るだろうが、一日やそこらで元通りに為るなどあり得ない。
 その次だ。森の中で目を覚まし、ユニフォームのままだった。指と帽子のつばにこびり付いたロジンの粉とスライディングで付着した土もそのままだ。

「そもそもここって何処なんだ? 日本から遠く離れた地、何て思うほど馬鹿ではない……」

日本語が通じ、見た目が全く違う人しかいない。加えて建物の造りが明らかに古い。そして重要な物が一度もお目に掛かっていない。

「水道、電気、在って当たり前の設備が一切ない。ロットロンさんがここで一番偉いと言うのに電球の類が無かった。それに洗濯も洗濯機何て使用する気配が為った……」

 俺はそこで敢えて考えなかった答えを呟く。

「過去にタイムスリップしたか、ここは異世界か……、言葉が通じる事から後者が濃厚か……」

 そう思った俺は抱いているラッキーの顔をまじまじと見詰める。
 この世界にコーギーが存在するのか分らないが、タイミングを見計らった様に出現するなんて有り得ないよな。

「お前は全てを知っているのか?」
「ワフ?」

 ラッキーは俺の問い掛けに可愛らしく首を傾げるだけだった。そんな円らな瞳で見ないでくれ……

「まあここがどこかは後で聞くとして、俺は元の場所に戻れるのか? そもそも試合はどうなった……」

 そう考えていると再び扉がノックされ、洗濯を終えたお姉様方が入室してきた。

「お洗濯終わったわよ、孝雄実ちゃん」
「有難う御座いました」
「あら、随分と礼儀正しいのね。それにしても随分と片付いたわね」

 お姉様方はさほど疲れた様子なかった。

「はい。大半が衣類でしたから、それが無くなればこの通りです」
「年頃の娘がこんな殺風景なんてね……」
「俺も驚きました。エレオノーラさんはどう言った人なんですか?」

 ここぞとばかりに俺はお姉様方に尋ねる。しかし、彼女たちは難しそうな表情を浮かべ今迄の口調からほど遠く重たい。

「あの娘には本当に感謝しているのよ。それに申し訳ないとも思っているわ」

 大声で話していたお姉様は途端に暗い表情を見せた。
 そして紡ぎ出される言葉に俺は胸が締め付けられる。

「エレオノーラちゃんは今でこそ領主様の騎士団に所属する紅一点として活躍しているけれど、元々は孤児で奴隷だったのよ」
「こ、孤児、奴隷……?」
「そうよ。彼女がここへ連れて来られたのはまだこの位の頃よ」

 彼女が手で示した大きさはまだ子供だった。

「詳しい経緯は知らされていないけど領主様が彼女をこの街に連れて来られたのよ」

 その時のエレオノーラさんは大層酷かったそうだ。俺は話を聞いていて気持ちが沈む。

「こうして立派な騎士と成った今も若しかしたら昔の事を引きずってのかも知れないわね」

 つまりエレオノーラさんにはトラウマが在るという事か……

「それが男嫌いという事ですか?」
「そうだと思うわ。私達も積極的に接していたわけじゃないから分からないけど、ここまで男っ気が無いとそうとしか言えないわ」
「でも不思議よね、貴方に対してはごく自然な態度で接している」
「そうなのよね、これって良い機会よね」

 お姉様方は俺との関係を好意的に見ていたようだ。

「私達は何か出来るとすればこの程度よ。でもそれ以上の事を私達はしてあげられないし、出来ないわ。あの娘は此処に来てからひたすら領主様に恩返しする為、身を粉にして頑張って来たわ。だからこそ領主様もその気持ちに応えようと騎士団に所属する事を認めたわ。でも女の役目はそんな事じゃないと思うのよ」

 お姉様の話に他のお姉様方も同様に頷いた。今の話を日本ですれば問題発言だと言う人もいるんだろうな。

「それは俺にどうしろと?」
「特に考える必要はないと思うわ。ごく自然にあの娘と接してくれればそれでね」
「ごく自然に……」
「姐さん、そう注文を付けちゃ彼が困るわよ。何も考えずって、これじゃあ同じだね」

 姐さんって、随分と穏やかじゃないよな。

「そうだね。それじゃあ私達はこれまで通り二人を生暖かく静観しようか」
「え、えっと……」

 生暖かくって、この人たちは何を考えているんだ……

「ふふっ、人生はなる様になるものなのよ。孝雄実ちゃんが思うままにエレオノーラちゃんに接すればいいのよ。その延長で恋仲に為り、結婚し子を成すまで行けば尚よし! 頑張りなさい!!」
「え、えー!!」

 このお姉様、有ろうことか人差し指と中指の間に親指を差し込みやがった。俺だって性の知識は有るし、大いに興味はある。だからこそ何を意図しているのか分ってしまう。
 だからこそエレオノーラさんとの事を想像し逆上せてしまう。

「あらやだ、少し挑発し過ぎたかしら?」
「姐さん、若い子をいじめないのよ」

 お姉様方は俺の反応を楽しみ、大いに笑うと家を後にする。

「それじゃあ洗濯物が乾いたら持ってくるからね!」
「はい。本当に有難う御座いました」
「いいのよ、私達がやりたかったのだから。それじゃあ、失礼するわね」

 揃ってエレオノーラの家を後にする。
 その姿を丁度帰宅したエレオノーラが遠目で発見する。

「何が起こったの……」
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