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孝雄実とエレオノーラとの共同生活も安定し始めた頃休日を見計らい、彼女は孝雄実にある提案を行った。
「この国の事?」
「そうよ。孝雄実はこの国の出身ではないのでしょ?」
「うん、そうだね」
「なら、この国の事も全く知らないのよね」
「そうだね。……ああ、そうか。うん、お願いするよ」
朝食も済ませ穏やかな雰囲気の中、彼女の提案は孝雄実にとって渡りに船だった。どこから来たのか分らないという建前は勿論方便であり、単に説明出来ないからと言えればどれだけ楽なのか。
孝雄実は何時もそう考え、如何にかこの国の事を知る術は無いかと考えていたのだ。
「分ったわ。まあ、それほど難しい話ではないからこのまま続けるわ」
「うん、お願い」
「では、この国の名前はリーンスロンド王国と言ってね……」
唐突に始まった彼女の説明に孝雄実はどこか浮世離れした気持ちだった。自らの状況がタイムスリップや異世界移転の可能性を挙げていたが、非現実的だと無理矢理消していた。しかし、彼女の話を聞けば聞くほどその可能性が濃厚となる。
時代設定が不自然であり、リーンスロンド王国と言う名の国は知らない事も拍車を掛ける。
「我が国は現在マリーノ女王陛下が治められているわ」
「マリーノ女王……」
「ええ。前ゲルア王の死去に伴い、幼い王子を即位させると国に混乱を招くとして、暫定的な措置でね」
ゲルア王の死因は不明ながら、まだ王としては若い部類に入る彼の死は王国に衝撃を齎す。特に国家の中枢と領地を持つ貴族の混乱は激しく、それこそ有力貴族が我こそはと、後見人として幼子を擁立しようという噂も出る始末だった。それは王家の乗っ取りに等しい。
日本でも似た様な例が存在する。
それは織田信長と羽柴秀吉の関係を当てはめれば良い。王家を信長、有力貴族を秀吉と見立て本能寺の変以後に於ける秀吉の動きはまさしくそれである。
信長の孫を織田家の当主と定める清州会議に於いて秀吉はまんまと後見人の座に座り、名目上は織田家の筆頭家臣という事と為る。だがその実彼こそが信長の後継ぎであるかのように目され、天下統一へと邁進する事と為る。
尚、以降織田家は歴史の主役から降板する事と為る。
マリーノ王妃は女性という事から政治の世界から離された生活を余儀なくされていたが、その実気概を持った女傑である。彼女自身政治を知らぬとは自覚し、貪欲に知識を吸収する傍ら為政者に求められるのはここぞという場面の決断力である事を理解していた。家の中ではなく、巨大な国家を運営するのであるから、それを隅々まで一人で行なえる為政者は存在しない。つまり、家臣が優秀であり、その者の提案や情報をもとに決断する勇気が必要であることを解っていた。
彼女は危機に直面し元々在った才能が開花したといえる。それも覚醒という強烈な成長度合いでだ。結果、王国は未曽有の危機を乗り越える事に成功した。早期に平和裏な解決により一部不穏な気配を見せていた領地持ちの有力貴族も忠誠を誓い、現在に到る。
意志・行動力という面に於いて政策云々や評価は兎も角、イギリスの宰相マーガレット・サッチャーを想像すればマリーノ女王がどのような人物か想像出来る筈だ。
だがここで予想外の事態が生じる。
マリーノ王妃は女王へと成った時、自らの引き際を明確に考えていた。それは子供が成人したと同時に位を譲り命尽きるまで見守るつもりであった。だが彼女の手腕とカリスマに惹かれた者たちがそれを拒否した。彼女の力強さと突然の王の死去に伴う混乱を経験した多くの貴族が若き王子が王と為る事を危惧したのだ。
王族として十分な帝王学を身に付けたとはいえ、領地運営を僅かに経験した程度の者を王として戴くという考えは消え去っていた。
この点に於いてマリーノの誤算であった。
対して彼女には王国の危機を救った覆し難い実績がある。王家の力は絶対的な物だが、領地を持つ有力貴族が連合し、他国と連携した場合その定義は崩されてしまう。だからこそ彼女の存在は必要不可欠な物へと進化していた。
これには一定の説得力があり、マリーノ女王も否とは言えなかった。結果、五十を超えても王位に就き、息子ゲバンは三十を過ぎても王太子のままであった。
「と、言う訳なのよ」
「ふーん、そうなんだ……」
エレオノーラは母国の現状を不安げに説明する。
彼女にとって国家、というよりはこのハーシュの安寧こそが第一義なのだが、王家の問題はリーンスロンド王国の問題として必ず混乱に巻き込まれる。だからこそ核となる王家が確りと腰を据え、貴族が反乱を起こす様な芽を摘むと共に他国に介入されないことを望んでいる。
しかし、孝雄実の反応は芳しくは無い。確かに彼が外国人だと分っても自らの想いからその反応は少しムッとするものだった。
「随分と素気ないじゃない」
「えっ、そうかな。ただ王家って俺からすると雲の上の存在だからさ」
「まあ、確かにそうだけど……」
「それにしてもエレオノーラは詳しいんだね」
「当然よ。私は私設騎士団とはいえロットロン男爵の騎士なのよ。王家に忠誠を誓う以上この程度の認識は必要なのよ」
この点で彼女は説明し忘れている。それは彼女自身も名目上は貴族なのだ。
騎士団には二種類存在する。
一つは王家直属の近衛騎士団や王国直轄の王国騎士団の様な、王族を中心とした騎士団だ。これには一般に貴族の子弟が加入する事が出来、能力至上主義を掲げ実質戦力の要と為っている。
もう一つは領地を持つ貴族が制限を設けられた騎士団を設立する事だ。
共通点はどちらも騎士と為った時点で貴族の仲間入りなのだが、私設騎士団の騎士は立場が圧倒的に弱い。そのため貴族からすると平民と遜色の無い存在だった。
「立場上必要な教養ってやつか」
「そうよ。孝雄実も何れこの程度の話は簡単に出来ないと困るわね」
「それって俺も騎士に為れってこと?」
「うーん、そこまでは求めないと思うけれど、孝雄実のあの投石は間違いなく力に為るわ」
「そ、そうかな……」
エレオノーラの投石と単語に孝雄実の表情は悪くなる。何とか耐えて答えるが痩せ我慢という言葉が相応しいほどだった。そのため彼女は話題を切り換える。
「ここまでは王国と王家について話したけど、これからは此処の話をするわ」
「う、うん。頼むよ」
「ワフ?」
今迄大人しく話しを聞いていたラッキーも主人の変化を察し声を掛ける。その行為が嬉しかった孝雄実は膝の上に座るラッキーの頭を撫でて気持ちに応えた。
「旦那様はここハーシュを始め、周辺の村々を治める領主様であることは理解しているわよね?」
「ごめん、俺の国とは違うから……」
具体的にどう違うか尋ねられれば困ったものだが彼女はただ呆れるだけだった。
「どんな国なのよ。まあいいわ。それじゃあ詳しく話すわね。旦那様はこの辺一帯を治められているブラスト辺境伯様の家臣として男爵位を授けられているわ」
エレオノーラは教え方が上手く、さらに複雑に為るだろうからと態々紙に書いて孝雄実に説明する。この時点で孝雄実は授業を受けている様な気持に為る。科目は世界史と言ったところだろう。
「貴族にも二つの種類があってね」
爵位を賜る場合、王より与えられるか貴族から与えられるかという二つの系統が存在する事を彼女は説明する。どちらも貴族である事に違いは無いが、王の家臣となるか貴族の家臣となるかで大きな違いが出てくる。
王より爵位を授けられた場合は王家の直臣となり王国貴族に列せられる。対して貴族から授けられた場合は例外的に王家から準男爵位を与えられた上で正式な爵位を与えられるのだ。
因みに準男爵位はリーンスロンド王国においてみなし貴族扱いであり、騎士よりも上のランクに在るものの立場は低い。その為彼等に他国と交渉する権利は与えられない。
と、そこまでの話を聞いて孝雄実はある疑問が浮かぶ。
「それじゃあロットロンさんは貴族じゃないの?」
「貴族よ。これにはからくりが在ってね。王より頂いた位は準男爵と言って爵位の中では最下位に位置しているわ。それでも旦那様は正式な貴族として認められる。だけどブラスト辺境伯様から男爵位を授けられたことで国内では男爵として振る舞う事が認められ、この領地を与えられたのよ」
エレオノーラの説明はあくまでも彼女の視点で為されている。いくら孝雄実が全く事情を知らないとはいえゼロという考えは持ち合わせていなかった。
だが孝雄実も立派に高校生を務めているわけではない。義務教育を卒業し、試験に合格して今に到る。それこそ大学は有名私大に十分合格出来るだけの模試判定を受けている。つまり歴史に於ける教養は根付いていた。
だからある程度端折った説明でも納得出来ていた。
その後、周辺地域を覚える為、地図を用意しての説明が始まる。
「私達が暮らすハーシュはここ、その東側にあの森が在ってね」
彼女は孝雄実の表情を窺いながら説明を行い、幸いにも彼の表情に変化が見られないことを確認し話は続けられる。
彼女が用意した地図はハーシュを中心とした王国全土の記載が無い拡大図だった。ハーシュを起点に描かれたそれは大まかに言えばロットロン男爵領の詳細図で、その周辺は彩る程度だ。だが周辺を抑える程度ならばこれでも十分だと彼女は考えている。
「森を超えるとブラスト辺境伯様が暮らすブラストルアイクという街が在るのよ」
「なあ、辺境伯という事はその向こうは他国なんだよね?」
「そうよ、そこは知っているのね」
まさかその様な言葉が出るとは思わず、エレオノーラは感心する。
「まあね」
「辺境伯様の隣はゴーリンガ王国という国よ。概ね友好的な関係を築き交流もそれなりにされているわね。でも不測の事態が起きないとも言い切れないわ」
「つまり最前線ってこと?」
「そうではないわ。国境を接する場所は王家の直轄領に為っていて、辺境伯の称号を持つ方はその後方支援の位置付けに為っているのよ」
平時は物資の供給源に戦時は速やかに大部隊を前線に送る起点としての役割を担う者が辺境伯だった。
「貴族に対し無暗矢鱈な行動はさせないってことか」
「ねえ、本当はどこかの貴族なんじゃないの? 若しくは間者?」
「馬鹿言うなよ」
エレオノーラの言葉も仕方が無かった。
本来辺境伯とは国境付近を治める領主に授けられる。しかしその事が原因で貴族が接する相手国の貴族と連携する可能性を考えると気が気ではない。
また領地が接すると何か問題が発生したとき勝手に戦端を開く事も懸念される為、国境付近は須く王家直轄領にその内側を辺境伯が治める事と定めたのだ。
彼女が孝雄実の言葉を訝しんだのは的を射たものだったからだ。
「そうよね。まあそんなオーラは無いわ」
「それは俺を馬鹿にしているのか?」
「そうじゃないわよ、ただ人には格ってものが有るでしょ。孝雄実は貴族や間者には向いていないってだけ」
誤魔化しては居ないが、どうにもスッキリしない孝雄実は少し不貞腐れる。その感情が出易い彼だからこそ、向いていないのだと彼女は思った。
「さて、東側はこれでいいわね。南側だけど、ここは山脈が存在し、その向こう側にハバスロット帝国が在るわ」
「ここは交流が少ないのか?」
「少ない、ではなく皆無ね。此方側は人が越えられる場所は存在しないのよ」
リーンスロンド王国は東西に長く、彼らが居る場所は東に位置している。そして山脈は国家を隔てながらも辛うじて王都の在る西部に人が行き交う場所を創り出していた。
だが部隊が通れるような場所は無く、商魂逞しい商人や国の使者が通る程度であった。
「すると王都の有るその西側は帝国の影響も含まれている?」
「多少はあるでしょうね。もっとも私は王都へ出向いた事が無いから何とも言えないけど、王都に店を構える商人からは帝国産の品物が旦那様に届けられるわ。旦那様にとって縁の下の力持ち的な存在ね」
元商人が領主と為って治めるハーシュでは同業の誼から付き合いを強める商人も存在する。
その彼らが王都から遙々品物を売りにやってくるのだ。人が増加するハーシュはこれも一因として考えられる。
「まあ隣国と争わないのが一番だよな」
「それは理想ね。だけど隣国こそ最も警戒しなければいけない国なのよ」
「そ、そうなのか?」
「当然でしょ。国境を接しない国とどうやって争うのよ。一番の敵は隣国よ。だからこそ出来るだけ争わない様に関係を維持し、他方で常に最悪に備えるのでしょ」
エレオノーラは孝雄実の浮世離れした考えに呆れた表情で答える。ただ二人の考えに差異が生じる事は仕方が無い。生まれ育った環境の違い、特に陸地で繋がる場合と海を隔てた場合ではその危機感が異なるのだ。だが隣国は隣国であり備えは必要である。
加えて飛行機や大型船等が存在しないこの世界ではより隣国の脅威は顕著なのだ。
「なるほど、勉強に為るよ」
「勉強に為るって、一体孝雄実はどんな教えを受けて来たのよ……」
この国の勉強から始まり、関係が有る様で無い様な会話が続き午前中は終わりを迎える。
そして、昼食を挟み剣の稽古へと赴こうとしたところ、二人に緊急招集が掛けられたのであった。
「この国の事?」
「そうよ。孝雄実はこの国の出身ではないのでしょ?」
「うん、そうだね」
「なら、この国の事も全く知らないのよね」
「そうだね。……ああ、そうか。うん、お願いするよ」
朝食も済ませ穏やかな雰囲気の中、彼女の提案は孝雄実にとって渡りに船だった。どこから来たのか分らないという建前は勿論方便であり、単に説明出来ないからと言えればどれだけ楽なのか。
孝雄実は何時もそう考え、如何にかこの国の事を知る術は無いかと考えていたのだ。
「分ったわ。まあ、それほど難しい話ではないからこのまま続けるわ」
「うん、お願い」
「では、この国の名前はリーンスロンド王国と言ってね……」
唐突に始まった彼女の説明に孝雄実はどこか浮世離れした気持ちだった。自らの状況がタイムスリップや異世界移転の可能性を挙げていたが、非現実的だと無理矢理消していた。しかし、彼女の話を聞けば聞くほどその可能性が濃厚となる。
時代設定が不自然であり、リーンスロンド王国と言う名の国は知らない事も拍車を掛ける。
「我が国は現在マリーノ女王陛下が治められているわ」
「マリーノ女王……」
「ええ。前ゲルア王の死去に伴い、幼い王子を即位させると国に混乱を招くとして、暫定的な措置でね」
ゲルア王の死因は不明ながら、まだ王としては若い部類に入る彼の死は王国に衝撃を齎す。特に国家の中枢と領地を持つ貴族の混乱は激しく、それこそ有力貴族が我こそはと、後見人として幼子を擁立しようという噂も出る始末だった。それは王家の乗っ取りに等しい。
日本でも似た様な例が存在する。
それは織田信長と羽柴秀吉の関係を当てはめれば良い。王家を信長、有力貴族を秀吉と見立て本能寺の変以後に於ける秀吉の動きはまさしくそれである。
信長の孫を織田家の当主と定める清州会議に於いて秀吉はまんまと後見人の座に座り、名目上は織田家の筆頭家臣という事と為る。だがその実彼こそが信長の後継ぎであるかのように目され、天下統一へと邁進する事と為る。
尚、以降織田家は歴史の主役から降板する事と為る。
マリーノ王妃は女性という事から政治の世界から離された生活を余儀なくされていたが、その実気概を持った女傑である。彼女自身政治を知らぬとは自覚し、貪欲に知識を吸収する傍ら為政者に求められるのはここぞという場面の決断力である事を理解していた。家の中ではなく、巨大な国家を運営するのであるから、それを隅々まで一人で行なえる為政者は存在しない。つまり、家臣が優秀であり、その者の提案や情報をもとに決断する勇気が必要であることを解っていた。
彼女は危機に直面し元々在った才能が開花したといえる。それも覚醒という強烈な成長度合いでだ。結果、王国は未曽有の危機を乗り越える事に成功した。早期に平和裏な解決により一部不穏な気配を見せていた領地持ちの有力貴族も忠誠を誓い、現在に到る。
意志・行動力という面に於いて政策云々や評価は兎も角、イギリスの宰相マーガレット・サッチャーを想像すればマリーノ女王がどのような人物か想像出来る筈だ。
だがここで予想外の事態が生じる。
マリーノ王妃は女王へと成った時、自らの引き際を明確に考えていた。それは子供が成人したと同時に位を譲り命尽きるまで見守るつもりであった。だが彼女の手腕とカリスマに惹かれた者たちがそれを拒否した。彼女の力強さと突然の王の死去に伴う混乱を経験した多くの貴族が若き王子が王と為る事を危惧したのだ。
王族として十分な帝王学を身に付けたとはいえ、領地運営を僅かに経験した程度の者を王として戴くという考えは消え去っていた。
この点に於いてマリーノの誤算であった。
対して彼女には王国の危機を救った覆し難い実績がある。王家の力は絶対的な物だが、領地を持つ有力貴族が連合し、他国と連携した場合その定義は崩されてしまう。だからこそ彼女の存在は必要不可欠な物へと進化していた。
これには一定の説得力があり、マリーノ女王も否とは言えなかった。結果、五十を超えても王位に就き、息子ゲバンは三十を過ぎても王太子のままであった。
「と、言う訳なのよ」
「ふーん、そうなんだ……」
エレオノーラは母国の現状を不安げに説明する。
彼女にとって国家、というよりはこのハーシュの安寧こそが第一義なのだが、王家の問題はリーンスロンド王国の問題として必ず混乱に巻き込まれる。だからこそ核となる王家が確りと腰を据え、貴族が反乱を起こす様な芽を摘むと共に他国に介入されないことを望んでいる。
しかし、孝雄実の反応は芳しくは無い。確かに彼が外国人だと分っても自らの想いからその反応は少しムッとするものだった。
「随分と素気ないじゃない」
「えっ、そうかな。ただ王家って俺からすると雲の上の存在だからさ」
「まあ、確かにそうだけど……」
「それにしてもエレオノーラは詳しいんだね」
「当然よ。私は私設騎士団とはいえロットロン男爵の騎士なのよ。王家に忠誠を誓う以上この程度の認識は必要なのよ」
この点で彼女は説明し忘れている。それは彼女自身も名目上は貴族なのだ。
騎士団には二種類存在する。
一つは王家直属の近衛騎士団や王国直轄の王国騎士団の様な、王族を中心とした騎士団だ。これには一般に貴族の子弟が加入する事が出来、能力至上主義を掲げ実質戦力の要と為っている。
もう一つは領地を持つ貴族が制限を設けられた騎士団を設立する事だ。
共通点はどちらも騎士と為った時点で貴族の仲間入りなのだが、私設騎士団の騎士は立場が圧倒的に弱い。そのため貴族からすると平民と遜色の無い存在だった。
「立場上必要な教養ってやつか」
「そうよ。孝雄実も何れこの程度の話は簡単に出来ないと困るわね」
「それって俺も騎士に為れってこと?」
「うーん、そこまでは求めないと思うけれど、孝雄実のあの投石は間違いなく力に為るわ」
「そ、そうかな……」
エレオノーラの投石と単語に孝雄実の表情は悪くなる。何とか耐えて答えるが痩せ我慢という言葉が相応しいほどだった。そのため彼女は話題を切り換える。
「ここまでは王国と王家について話したけど、これからは此処の話をするわ」
「う、うん。頼むよ」
「ワフ?」
今迄大人しく話しを聞いていたラッキーも主人の変化を察し声を掛ける。その行為が嬉しかった孝雄実は膝の上に座るラッキーの頭を撫でて気持ちに応えた。
「旦那様はここハーシュを始め、周辺の村々を治める領主様であることは理解しているわよね?」
「ごめん、俺の国とは違うから……」
具体的にどう違うか尋ねられれば困ったものだが彼女はただ呆れるだけだった。
「どんな国なのよ。まあいいわ。それじゃあ詳しく話すわね。旦那様はこの辺一帯を治められているブラスト辺境伯様の家臣として男爵位を授けられているわ」
エレオノーラは教え方が上手く、さらに複雑に為るだろうからと態々紙に書いて孝雄実に説明する。この時点で孝雄実は授業を受けている様な気持に為る。科目は世界史と言ったところだろう。
「貴族にも二つの種類があってね」
爵位を賜る場合、王より与えられるか貴族から与えられるかという二つの系統が存在する事を彼女は説明する。どちらも貴族である事に違いは無いが、王の家臣となるか貴族の家臣となるかで大きな違いが出てくる。
王より爵位を授けられた場合は王家の直臣となり王国貴族に列せられる。対して貴族から授けられた場合は例外的に王家から準男爵位を与えられた上で正式な爵位を与えられるのだ。
因みに準男爵位はリーンスロンド王国においてみなし貴族扱いであり、騎士よりも上のランクに在るものの立場は低い。その為彼等に他国と交渉する権利は与えられない。
と、そこまでの話を聞いて孝雄実はある疑問が浮かぶ。
「それじゃあロットロンさんは貴族じゃないの?」
「貴族よ。これにはからくりが在ってね。王より頂いた位は準男爵と言って爵位の中では最下位に位置しているわ。それでも旦那様は正式な貴族として認められる。だけどブラスト辺境伯様から男爵位を授けられたことで国内では男爵として振る舞う事が認められ、この領地を与えられたのよ」
エレオノーラの説明はあくまでも彼女の視点で為されている。いくら孝雄実が全く事情を知らないとはいえゼロという考えは持ち合わせていなかった。
だが孝雄実も立派に高校生を務めているわけではない。義務教育を卒業し、試験に合格して今に到る。それこそ大学は有名私大に十分合格出来るだけの模試判定を受けている。つまり歴史に於ける教養は根付いていた。
だからある程度端折った説明でも納得出来ていた。
その後、周辺地域を覚える為、地図を用意しての説明が始まる。
「私達が暮らすハーシュはここ、その東側にあの森が在ってね」
彼女は孝雄実の表情を窺いながら説明を行い、幸いにも彼の表情に変化が見られないことを確認し話は続けられる。
彼女が用意した地図はハーシュを中心とした王国全土の記載が無い拡大図だった。ハーシュを起点に描かれたそれは大まかに言えばロットロン男爵領の詳細図で、その周辺は彩る程度だ。だが周辺を抑える程度ならばこれでも十分だと彼女は考えている。
「森を超えるとブラスト辺境伯様が暮らすブラストルアイクという街が在るのよ」
「なあ、辺境伯という事はその向こうは他国なんだよね?」
「そうよ、そこは知っているのね」
まさかその様な言葉が出るとは思わず、エレオノーラは感心する。
「まあね」
「辺境伯様の隣はゴーリンガ王国という国よ。概ね友好的な関係を築き交流もそれなりにされているわね。でも不測の事態が起きないとも言い切れないわ」
「つまり最前線ってこと?」
「そうではないわ。国境を接する場所は王家の直轄領に為っていて、辺境伯の称号を持つ方はその後方支援の位置付けに為っているのよ」
平時は物資の供給源に戦時は速やかに大部隊を前線に送る起点としての役割を担う者が辺境伯だった。
「貴族に対し無暗矢鱈な行動はさせないってことか」
「ねえ、本当はどこかの貴族なんじゃないの? 若しくは間者?」
「馬鹿言うなよ」
エレオノーラの言葉も仕方が無かった。
本来辺境伯とは国境付近を治める領主に授けられる。しかしその事が原因で貴族が接する相手国の貴族と連携する可能性を考えると気が気ではない。
また領地が接すると何か問題が発生したとき勝手に戦端を開く事も懸念される為、国境付近は須く王家直轄領にその内側を辺境伯が治める事と定めたのだ。
彼女が孝雄実の言葉を訝しんだのは的を射たものだったからだ。
「そうよね。まあそんなオーラは無いわ」
「それは俺を馬鹿にしているのか?」
「そうじゃないわよ、ただ人には格ってものが有るでしょ。孝雄実は貴族や間者には向いていないってだけ」
誤魔化しては居ないが、どうにもスッキリしない孝雄実は少し不貞腐れる。その感情が出易い彼だからこそ、向いていないのだと彼女は思った。
「さて、東側はこれでいいわね。南側だけど、ここは山脈が存在し、その向こう側にハバスロット帝国が在るわ」
「ここは交流が少ないのか?」
「少ない、ではなく皆無ね。此方側は人が越えられる場所は存在しないのよ」
リーンスロンド王国は東西に長く、彼らが居る場所は東に位置している。そして山脈は国家を隔てながらも辛うじて王都の在る西部に人が行き交う場所を創り出していた。
だが部隊が通れるような場所は無く、商魂逞しい商人や国の使者が通る程度であった。
「すると王都の有るその西側は帝国の影響も含まれている?」
「多少はあるでしょうね。もっとも私は王都へ出向いた事が無いから何とも言えないけど、王都に店を構える商人からは帝国産の品物が旦那様に届けられるわ。旦那様にとって縁の下の力持ち的な存在ね」
元商人が領主と為って治めるハーシュでは同業の誼から付き合いを強める商人も存在する。
その彼らが王都から遙々品物を売りにやってくるのだ。人が増加するハーシュはこれも一因として考えられる。
「まあ隣国と争わないのが一番だよな」
「それは理想ね。だけど隣国こそ最も警戒しなければいけない国なのよ」
「そ、そうなのか?」
「当然でしょ。国境を接しない国とどうやって争うのよ。一番の敵は隣国よ。だからこそ出来るだけ争わない様に関係を維持し、他方で常に最悪に備えるのでしょ」
エレオノーラは孝雄実の浮世離れした考えに呆れた表情で答える。ただ二人の考えに差異が生じる事は仕方が無い。生まれ育った環境の違い、特に陸地で繋がる場合と海を隔てた場合ではその危機感が異なるのだ。だが隣国は隣国であり備えは必要である。
加えて飛行機や大型船等が存在しないこの世界ではより隣国の脅威は顕著なのだ。
「なるほど、勉強に為るよ」
「勉強に為るって、一体孝雄実はどんな教えを受けて来たのよ……」
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