目覚めれば異世界へ

今野常春

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010 目の前に迫る危機

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 孝雄実を迎えてから五日が経過した。表面上は何時もの暮らしを営む領民たちだが、領主オリマッテ・ロットロンは深刻な事態を迎えていた。

「困った、人がいない……」

 頭を抱えたくなるほど政務に携われる人間が少ないのが原因だった。だからこそ危険を冒してまであるじブラスト辺境伯の下へと出向き、陳情を行ったのだ。
 もちろん彼は彼なりに人を集めようと苦心し、ハーシュに於いて常時人材募集を行い、毎日希望者の試験を行わせている。それでも基準を満たす人材の確保は厳しい。
 兎角教育を受けた貴族たちが参加しない為だ。

 その根本原因は彼の出自に起因している。
 元々は商人としてブラスト辺境伯家に出入りする商人、所謂御用商人として活躍していた。そのことで彼の実務能力と人柄に着目した辺境伯がオリマッテを一本釣りする形で領地を持つ貴族に仕立て上げた。

 だが何も最初から領地持ち貴族に成れたわけではない。最初は自身の身の回りで貴族とは何かを見て学ばせ、教師を付けて領地の維持管理と開発についてなど徹底した教育を施し、ブラスト辺境伯に認められ現在に到る。その後、正式な爵位を得て領地を与えられると、ブラスト辺境伯は彼に期限付きで家臣団の一部を貸し与えた。これはレンタル移籍の様なもので、安定するまではと頭角を現す前の人材をオリマッテに与え、その上で重臣二名をオリマッテの補佐役に就けた。

 周囲からすれば目も眩むような高待遇に嫉妬が生まれる事となるのは必然であり、それがもとで意図せず敵が生まれる事と為る。その最たる存在がドーソン男爵である。彼の領地は隣に在り、ぽっと出の元商人男爵が隣で好条件と良い立地にある領地経営を行うとあっては納得出来なかったのだ。
 だがブラスト辺境伯肝入りとあれば表だって何かをするわけにもいかず、嫌がらせ程度の人材派遣を止めていた。しかしその度を超えたのが彼のドーソン男爵である。
 しかし、オリマッテに与えられた初回特典も終了が迫っていた。

 一年を切り、今迄付き合ってくれた家臣たちの大半はブラスト辺境伯の下へと帰還する。
 中にはこのまま雇ってほしいと願い出る者もいるが、それは戻ったところで出世の芽が無いと考えるからだった。それでもオリマッテからすれば非常に有り難い話で、彼等の件はすでにブラスト辺境伯に伝え、了承されている。その彼等は現在ロットロン領に点在する村々の代官として派遣され、村長と共に現地で頑張っている。

 つまり、ここハーシュでオリマッテの補佐を任せられる右腕と為る存在が皆無だったのだ。彼はその様な人材を欲し、求め、主に懇願しているのだ。

「どこかに貴族家に属さない優秀な者は居ないだろうか……」

 所謂在野の人間なのだが、その様に稀有な存在が妬まれる彼の下においそれとやって来る訳が無い。その程度は理解しながらも意図せず呟くほど彼の願いは切羽詰まっていた。

「次代の人材が育つまでに時間が掛かる、それでは間に合わん。どうにか、あと半年で物に出来るだけの……」

 そう呟いた彼の下に時刻を知らせる鐘の音が届く、それを聞いた彼は席を立った。
 寝る間も惜しみ政務に当たる彼は家族との付き合いが最近極端に減っている事を懸念し、この日は昼食を一緒に取ることを前以て決めていた。

「フェーマや子供たちにも迷惑を掛けている。全く、貴族になるべきではなかったな……」

 商人時代は忙しいながらも家族との団欒を過ごすだけの時間は確保していた。しかし、貴族となってからは常に政務が存在し、それを滞らせると領民の生活に支障が出てしまう。彼が生まれながらの貴族であれば領民の生活よりも自らを優先するが、その様な考えはない。
 そして、彼の目的にも合致する為、疎かには出来ない。

 その後、家族のみでの昼食が開始され、久々の夫との父との会話を楽しむ家族風景がそこにはあった。しかし、それも束の間の事、事情を理解するロドムが申し訳なさそうにやって来た。

「旦那様、お食事中のところ申し訳ございません」
「気にするな、緊急の用件なのだろ?」
「はっ、まずは此方をご確認ください」

 彼の妻フェーマは大人であり、彼の考えを真っ先に理解し指示する第一人者である為、不満は一切表面には出さず、ただ少し寂しさを感じるが耐えられる程度のものだった。
 しかし、子供たちはまだそのような感情を完全に抑え込むにはまだ時間が必要だった。
 その表情を一瞬でも見てしまったオリマッテは彼等に背を向けて、敢えて心を鬼にしてロドムから渡された用紙に目を通す。だが、済まないと思う気持ちは瞬く間に霧散した。彼は驚きの表情でロドムに問い掛ける。

「これは本物なのだな?」
「はい。受付の者も余りの事態に二度三度と確認を行ったと聞いております」
「そうだな、俺がそこに居ても同じことをするだろう。それで、今どこにいる?」
「規定に従い試験を受ける者が寝泊まりする場所に滞在しております」
「では済まないが、ここへ呼び出してくれ」
「よろしいのですか?」
「構わん、実績十分な逸材を逃すわけにはいかない。それに領民の為でもある」

 オリマッテは領内のみならず、幅広く人材を求めている。それは質と量を求めるが為だが、それでは領外からの受験者に多大な出費を強いるとして、受験者専用の宿屋をハーシュでは開設している。

「承知致しました。それでは向こうの準備もあると思いますので一時間後、此方へ御招き致しましょう」

 ロドムはオリマッテを始め、その家族に負担を強いている事を誰よりも理解している他人である。 彼は独身である為、自分さえ頑張れる環境であれば問題ないが、家族が居ればまた違うだろうという思いから出た言葉だった。それを感じ取ったオリマッテは苦笑いを浮かべる。

「そうか、では一時間後、私の執務室へ通してくれ、すまないな」
「いえ、これも我らの役目で御座います」

 ロドムは努めて平然と答えるとこの場を後にする。その際、フェーマは確りとその意図を理解し、彼に対し目礼を行いった。

「さて、もう暫く一緒に居られるな!」

 オリマッテもその気遣いに感謝して妻と子供たちとの少しの団欒を楽しむ事に全力を傾ける。





 一方、その様な事とは無縁の孝雄実はひょんな事から距離が縮まったエレオノーラと共に与えられた仕事に従事していた。

「まさか、この仕事を与えられるとは……」
「凄いじゃない、経験有るの?」
「まあね、実家がこの職業で……」
「へぇー」

 孝雄実とエレオノーラは会話しながらも着々と作業を進める。
 二人は板に乗せたセメントを、コテを用いて器用に操り煉瓦を置き、セメントを塗り新たな煉瓦を積んで行く。

「それにしてもここは何を造っているんだ?」
「ここは新たな領民を住まわせる場所よ。最近人が増え出してね。私達も駆り出されているのよ」

 本職と臨時雇いの領民にエレオノーラたち騎士や兵士たちも混じっての作業は異様な光景だった。 しかしこれでも追い付かない程にハーシュへの人口流入が続いている。それはやはりオリマッテの政策が好転している証拠である。それを理解する彼女だからこそ進んでこの作業にあたっていた。

「へー、そうなんだ。よしっ、完成だ!」
「えっ、もう!? 早いわね、それに凄く綺麗に仕上がっているのね」

 素人が行うと繋ぎと為るセメントがはみ出すなどするのだが、孝雄実が行った場所はその後が全く見られない。むしろ本職以上の出来栄えだった。
 エレオノーラも何度か経験が在るもののこれほど見事にやってのける自信は無い。

「有難う。まあ、時間有るときに結構駆り出されていたからな」
「それだけで見に着くとは思えないけどね……」

 今と為ってはいい思い出といえるが、その当時は貴重な時間を失うから心底嫌だった。だけど、まさかここで家業が役立つとはね。

 その後、現場責任者が孝雄実の箇所を確認にやって来る。

「こいつは凄い、何て均一に仕上がっているんだ……」

 早いと雑に仕上がるという常識を持っていた男は内心で苛立ちながら確認しにきた。しかし、孝雄実の出来栄えにその思いは脆くも崩れ感心してしまう。その言葉に周囲の本職達もわらわらと集まり、彼の出来栄えに感心する。

「すまないが、君の作業を見せてくれないか?」
「はい、良いですよ」
「有難う、ではここを頼む」

 本来は明日の行程とされていた場所を敢えて選択した。
 そして男たちに見つめられながらの作業が始まった。

 ここでは地震対策などは一切関係なく、セメントの上に煉瓦を積み上げる単純な造りが一般的だ。しかし、単純だからこそ出来栄えは重要だった。セメントは均一に煉瓦もぴったりと積まなければ最後の最後で帳尻を合わせなくてはならなくなる。

 孝雄実はセメントを塗ると一斉に煉瓦を置いてゆく。
 この土台が失敗すると最後まで歪な積み方と為る為注意が求められる。しかし、その様な事はお構いなしに素早く置いて行く事に本職の男たちが声を上げる。
 だが孝雄実はその声に気付く事なく作業に没頭する。

「なあ、煉瓦ってあんな簡単に持ち運べたか?」
「馬鹿言うなよ。五十個を纏めて持つなんて出来る訳が無いだろ!」

 そう、孝雄実のやり方は常人の作業を遙かに凌駕していたのだ。エレオノーラはその事と知らず変わったやり方ね、という程度であった為さして問題にはならなかった。だが、離れて彼の作業を見て、さらには本職の言葉も加えて考えるとその異様さは理解出来る。

「まあ、孝雄実だからね」

 その呟きに気付いた者は居ないが、訓練場での出来事を思い出せば目の前の光景に多少なりとも理解出来てしまうエレオノーラだった。

 そして瞬く間に用意された作業箇所を終えた孝雄実に対し歓声が上がった。

「よし、これで完了!」
「う、うぉぉぉー!!」
「すげえ、親方よりも素早く、綺麗な仕上がりって!!」
「貴方が神か!!」

 大勢の男がむさ苦しいまでの歓声を上げる事にエレオノーラはドン引きするも、その中心にいる孝雄実は悪い気はしない。それは自らの腕が褒められたという事は、これを教えてくれた祖父も評価されたからだと思っているからだ。

「エレオノーラ様、彼は何者なのですか?」
「えっと、彼は近藤孝雄実と言って旦那様の客人です」

 その出来栄えと腕前を認めた現場責任者は当然の事として彼の名を尋ね、その経歴を聞こうと試みた。だが、彼女の口からとんでもない発言が飛び出し焦り出す。

「なっ、何ですと!? 領主様の御客人!? ま、不味いですぞ!」
「問題ありません。裁量権は私に在りますから。親方は気に為さらず私達に指示を与えて下さい」
「し、しかしですな……」
「気に為さらず。彼も楽しんでいますから、寧ろ参加させて下さい」
「は、はぁ、こちらとしては非常に有り難いことです」
「ええ、どんどん作業を申しつけて下さい」

 客人と聞いて恐縮する親方に対し、エレオノーラは一切気にせず他者と同等に扱うよう求めた。その訳はこの現場が早く仕上がる事で、新たな領民が早々に生活基盤を得て街の発展に寄与するという考えに基づく。
 だがそれで彼がこの仕事を行わなければいけない理由にはならない。

「出来るだけ疲れて貰わないとね……」

 その呟きに反応する者は居ないが、彼女の眼は真剣そのものだった。
 彼の腕前に惚れ込んだ男たちはさっそく彼の技術を学ぼうと講習会の様相となりつつある。ここに参加する者は本職の男と、この職で食って行きたい臨時雇い者に限られていた。
 その光景を見ながら、彼女の口にする物とは。

「旦那様の危惧は当たっていたという事ね。それを救えるのは私だけ、なのかしらね……」

 残された作業を行いつつも孝雄実を心配するエレオノーラの気持ちは次第に重たい物へと切り替わるのであった。
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