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ブラスト辺境伯が治めるブラストルアイクはリーンスロンド王国東側最大の都市にして、隣国ゴーリンガ王国と接する事から軍事拠点としても重要視され大いに栄えている。他国であればこの様な発展は有り得ないのだが、この国は貴族が独断で隣国と事を構える事が無い様に王家が国境線付近の領土を直轄領としている。だからこそブラストルアイクは発展し、いざ武力衝突が発生すれば速やかに部隊と物資を最前線に送る役割が期待されている。
その為オリマッテが連絡艇で降り立ったラーブの港街からブラストルアイクまでは幅の広い綺麗な一本道が形成されている。これは街道を起点に街や農村を形成し易い事と速やかな部隊と物資輸送を可能にする事を主眼に置いたものだった。
「やはりこの街道整備は素晴らしいな」
「はい。ですが此処までに投じた資金を考えますと恐ろしいですね」
先着していたオリマッテとロドムはブーラからの後続を待ち、部隊を整えるとラーブを出発した。
幅広く、隙間なく敷き詰められた石畳に感動を覚える一同はそれぞれ感想を抱く。中でもオリマッテとロドムの二人は改めてこの道の必要性を感じ、ロットロン領もどうにか導入出来ないか考えていた。
「出来れば我が領内の一部だけでもこれが出来るといいのだが」
「何れその時が来るでしょう。ヘッケン殿が加わり、政務の負担が減った今なら旦那様の元商人としての才覚を発揮できるのではないのですか?」
「そうかな、うん、そうかもしれぬ。これを目標とはせず、さらに素晴しい街道を築きブラストルアイクに劣らぬ街造りとしたいものだ」
「その為にも今回は無事に切り抜けましょう!」
ラーブを出てから半日、ここでも馬を変え移動し続けた結果無事に目的地へと到達する。
「着いたな。ロドム、他の者も御苦労だった」
「はっ!」
城門に到達するとすぐに門番がオリマッテの下へやって来る。
「お待ちしておりました。旦那様より案内するよう仰せ付かっております」
「そうか、態々痛み入る。それで旦那様は?」
「現在は御公務で不在で御座います。本日中には御帰還為されるとの事です」
「承知した。ではその間待たせて頂く」
「はい。それでは御案内致します。馬についてはあちらの者が管理致します。ロットロン男爵とロドム殿はわたくしが、他の御方は此方の者が対応いたします」
オリマッテたち一団はブラスト辺境伯爵家の者にそれぞれ案内された。二人は豪華な客室に通され、その他の兵士は彼等に見合った待遇でもてなされていた。
「少し尋ねたいのだが、構わないかね?」
「はい、なんなりと」
「前回此方を訪ねてそれほど時間は経っていないのだが妙に雰囲気が緊張していないかな?」
ブラスト辺境伯が暮らす屋敷までの道程から敷地へ、そしてこの部屋までの廊下に到るまでどこか張詰めた空気が漂っていた。戦闘経験豊富なロドムは元よりオリマッテまでと為ると相当な緊張感が漂っている事と為る。
二人に対応していた男は少し考えてから口を開く。
「はい、実は大森林から盗賊共が此方側へ襲撃を始めまして。旦那様はその対応に当たられております」
「盗賊の襲撃? このブラストルアイクへ?」
「はい。農村を抜け、まっすぐ此方へ連合となって襲って来たらしいのです」
「盗賊共が連合を!?」
盗賊はそれ一つ一つが家族である。その為連携して襲う事はあっても決して一つの戦闘集団に纏まる事は無かった。
「はい。今迄はブラストルアイク周辺の村々を襲うのがせいぜいでした。言い方は悪いのですが、それ以外はロットロン男爵領を始め西側を襲っていました」
「うむ。盗賊どもには手を焼かされている」
忌々しい相手とオリマッテの表情は非常に厳しいものだった。
「ところが今回は非常に統率に優れ、近隣に配する部隊では太刀打ち出来なかったため、旦那様自ら部隊を率いて討伐へと向かわれたのです」
「なるほど……、だからこの空気なのだな」
「はい。ですがロットロン男爵が到着為さる少し前に盗賊は壊滅させたとの知らせがありました」
「それでこの緊張感とは、素晴らしいですな旦那様」
「ああ、流石はブラスト辺境伯が治められるだけの事はある。見習わなくてはならんな」
それから出されたお茶などを飲み食いしつつ待つと、凱旋を知らせる喧騒が外から聞こえて来た。
「帰ってこられたな」
「はい。それではこれより旦那様をお出迎え致します。ロットロン男爵は此方のお部屋でお待ち下さい」
それだけ述べると彼は足早に屋敷の外へ向かった。
「恐らく屋敷に居る者の大半は出迎えに向かっただろうな」
「はい。屋敷内の騒がしさが一気に無くなりましたからね」
「そう言えばアランとダンは帰還命令を伝えたか?」
「はい。今頃帰還の途についている頃かと。如何為さいました?」
「いや、何。あの二人だけで向かわせて良かったのか、とな」
オリマッテ自らが命じ騎士のアランとダンはヘンリー一家のアジトへ向かわせた。その訳は敵情視察である。あくまでも討伐ではなく、追撃部隊が送られていないかを調べるためであり、不利と悟れば退却する様に言い含めていた。ところがヘッケン・ポールトンの加入により事が大きくなると考えた彼は、直ちに二人を引上げさせる命令をロドムに出したのである。
「大丈夫でしょう。あの二人は衣装さえ揃えば盗賊の下っ端と遜色ありませんから」
「お前の部下だぞ。そう酷い事を言うものではない」
「いやいや、これは褒めているのです。実力が有り、特殊な環境下に送り込める部下を持って私は幸せ者です」
「まあそう言う事にしておこう。さて、ここからが私の戦いだな」
オリマッテはお茶を一気に飲み、気持を切り換える。
「御武運を、旦那様」
「ああ、何とか王国騎士団の介入を避けなければならぬからな」
それから暫くの後、クルアン・コローン・ブラスト辺境伯が急ぎ足で部屋へと入って来た。凱旋したままの恰好であった為豪華な甲冑を纏ったままだった。
「つい一週間ほど前に会ったばかりだというのにどうしたのだ!」
「旦那様、まずは戦勝おめでとう御座います」
「ああ、しかし盗賊相手に祝ってもらうまでもない。それより用件は何だ?」
クルアンは回りくどい言い回しや無駄な挨拶、前置きを非常に嫌う。特に親しい者や家臣との会話では無駄を省く傾向が強い人物だった。
「先日の帰途、大森林を移動中ヘンリー一家の襲撃を受けました」
「それはレイトベンから聞いている。それだけで私の下へ来る筈がないだろ」
「はい。その後、調べを続ける中で私の襲撃に際しドーソン男爵家の依頼を受けての行動と判明し、同家の執事ヘッケン・ポールトンを家臣に加え、彼の証言から明らかに諭された気配を感じました」
「諭された……、か。それで」
「私の考えは中央貴族が絡み、下手をすれば討伐目的で王国騎士団を差し向けられるかも知れないと」
オリマッテの言葉にクルアンは思い切り拳を握りしめ机を叩く。
「あいつらの要らぬプライドの為に此方が迷惑を被る事に腹が立つな」
「誠にその通りかと。特にドーソン男爵領は鉱山利権を有しています。私への襲撃を大々的に、それこそ陛下を始め上層部が知るところ成ればお家取り潰しは必須です」
「それを中央貴族の誰かが手にし、懐を温めるという訳か……」
「はい。私とヘッケンはその様に結論付けました」
「お前の右腕か、良い人材を得たな」
「有難う御座います。これで旦那様の家臣として自立する目途が立ちました」
ポールトン家の保護を宣言したその日、オリマッテとヘッケンは寝る間も惜しみ襲撃に絡む一連の流れを確認し、何が起こるかを必死に考え結論を出していた。その一つに中央の貴族が地方の貴族を下に見る風潮があると睨んでいる。リーンスロンド王国の歴史は古く、その分成長が鈍化している。
収入は地方貴族が増え続け、中央は現状維持が続く。その維持できる者は少なく、大半は前年よりも減っている。だからこそ何とかして新たな収入源を虎視眈々と狙っている。
「難癖を付け目ぼしい家を潰すか……、これこそ亡国への道まっしぐらだな」
「私の口からは何も申せませんが、王国にとって好ましくはありません」
「まあいい。それで、お前は俺にどうしろと言いたいのだ?」
「ドーソン男爵家はそれなりの責任を取って頂かなくてはなりません」
「証拠を持って陛下に討伐を願い出ろという事だな?」
「はい。私が直接動けば陛下の臣に弓引いたと中央貴族から責められましょう。すると旦那様に多大なご迷惑を掛けてしまいます」
ブラスト辺境伯とドーソン男爵は共に王から直接爵位を賜った直臣という立場である。それをブラスト辺境伯の家臣たるオリマッテが勝手にドーソン男爵家を攻める事は、王家に弓引いた逆賊という汚名を被せられる。それは間違いなくブラスト辺境伯を追い落とす格好の材料と為ってしまう。
「だろうな。王都を始めとした周辺に開発の余地は無い。と為ると地方へ手を伸ばさなければ中央貴族の裕福な生活は維持出来ない。と成れば少しの綻びを必死になって探しだし責め立てるか。よかろう、お前の言葉に従い陛下に直接討伐令を賜ろう」
「有難う御座います。それと、此方へ赴くブーラに於いて連絡船が故障しておりました」
「連絡船の?」
「はい、マストが根元から折られ、あと二日ほどは出向出来ないとの事です」
オリマッテは詳しい話をクルアンに告げる。
水運はどの時代も莫大な金を生み出す。ブラスト辺境伯爵家の財政もこの湖を中心とした水運が中核を成している。だからこそ些細な事も見逃せない。
そこでオリマッテが話し終わるとクルアンは近くにあったベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか旦那様?」
「至急両港町へ調査に向かえ、船が故障したとの事だ。それと意図的に特注の品が紛失したらしい。報告が届いていない事も説明させろ」
「承知致しました」
呼び出した者は彼にとって懐刀というべき存在であり、ほぼ共通の認識で物事を考え行動出来る欠く事の出来ない人物だった。
「これもあいつ等の仕業なのか?」
「どうでしょうか、ですが私が旦那様の下へ参る事を妨害すると考えれば辻褄が合うかと」
「それもそうだな。しかし、あいつ等がここまで壮大な行動を行えるのか?」
「それは分りません。ですが、何事も過小評価するべきではありません」
「そうだな。さて、話は以上だな?」
「はい」
「では俺は一休みするとしよう。オリマッテ、お前たちは夜に開かれる戦勝パーティーに出席しろ」
「へっ!? 私とロドムも、で御座いますか?」
「ああ、服などは此方で用意する。少しは我が家臣との交流も必要だろう。この後の事を考えて必ず出席する様に」
「承知致しました」
一抹の不安は残るもののやるべき事は終わる。
その代りにオリマッテにとって中々関われないパーティーに出席する事を命じられた。
これはオリマッテの基盤が弱い事を懸念するクルアンの配慮だった。もうすぐ貸し与えた家臣の返却期限を迎えるロットロン男爵家は何かと厳しい状況を迎える。その為、少しでブラスト辺境伯の家臣同士知己を得て交流を深めて助け合える様にとの考えであった。
クルアンはそのまま部屋を後にし、残された二人は席に着いた。
「私も出席してよろしいのでしょうか?」
「旦那様が仰ったのだ。構わんのだろう」
ロドムが何故、という考えはある。しかしクルアンから言われた以上拒否する事は出来ない。二人は出席の準備の為、風呂へ案内され用意された服に着替えその時に備えるのであった。
一方、ポールトン家が出奔しロットロン男爵家が保護宣言を行って以降、歴史あるドーソン男爵家は凋落の一途を順調に辿っている。アレン・ドーソンはその話を聞くと盛大に荒れ、家臣も何とか諌めるも逆に切り殺される始末だった。その為、誰もが怖れ近付けず領地の運営は混沌と化していた。
元々ヘッケン・ポールトンに丸投げしていた領地経営だった為、突然当主に出来る筈がない。
何事も一人で行なえる筈もなく、基盤は完全に崩壊している中で今迄のツケが一気に返って来る。
最初は商人の取引拒否であった。その理由は金銭の不払いが原因であったが、どこから漏れたのかオリマッテが盗賊に襲撃を受けたという話が商人の間で広まった事が真の理由だった。中でも盗賊に依頼して襲わせたという内容まで漏れる始末であり、同じ商人仲間という認識が強い者への攻撃は許されるものではない。
次に領民の大量逃散だった。
「金が支払えないのなら税で絞り取ればいいじゃない」最悪の領主が考える答えだった。
食う事も出来ない領民が増え始めると余力が有るうちに夜に紛れ逃げ出す領民が増え出した。元々領民は領主の資産と見做されている為自由に移動する事は許されない。
他の領地で生活する為には必ず領主の許可が必要なのだが、この現状を生み出した領主が許可等する訳がないと理解する領民は我先にと逃げ出したのだ。
負のスパイラルだった。逃げ出した領民の負担は残った領民に向かう。その領民も限界を迎えると逃げ出す始末に領主の怒りは激しさを増す。そして残らざるを得なかった領民は限界を迎える。やられる前に殺るとばかりに普段は生活で重宝する道具を武器にして立ち上がったのだ。
「平民どもが貴族に楯突くか!!」
アレンはすぐに討伐隊を編成し瞬く間に殲滅する。本来は鎮圧なのだが、今迄の鬱憤を晴らすが如く文字通り皆殺しにしてしまった。だがこの件はすぐに中央貴族に伝わり、上層部内の王へ上奏出来る者の耳に届いてしまう。
「馬鹿者が、王国開闢以来の名家がこの様な不祥事で潰される事となるとは……。軍務大臣を呼べ」
「はっ!」
その為オリマッテが連絡艇で降り立ったラーブの港街からブラストルアイクまでは幅の広い綺麗な一本道が形成されている。これは街道を起点に街や農村を形成し易い事と速やかな部隊と物資輸送を可能にする事を主眼に置いたものだった。
「やはりこの街道整備は素晴らしいな」
「はい。ですが此処までに投じた資金を考えますと恐ろしいですね」
先着していたオリマッテとロドムはブーラからの後続を待ち、部隊を整えるとラーブを出発した。
幅広く、隙間なく敷き詰められた石畳に感動を覚える一同はそれぞれ感想を抱く。中でもオリマッテとロドムの二人は改めてこの道の必要性を感じ、ロットロン領もどうにか導入出来ないか考えていた。
「出来れば我が領内の一部だけでもこれが出来るといいのだが」
「何れその時が来るでしょう。ヘッケン殿が加わり、政務の負担が減った今なら旦那様の元商人としての才覚を発揮できるのではないのですか?」
「そうかな、うん、そうかもしれぬ。これを目標とはせず、さらに素晴しい街道を築きブラストルアイクに劣らぬ街造りとしたいものだ」
「その為にも今回は無事に切り抜けましょう!」
ラーブを出てから半日、ここでも馬を変え移動し続けた結果無事に目的地へと到達する。
「着いたな。ロドム、他の者も御苦労だった」
「はっ!」
城門に到達するとすぐに門番がオリマッテの下へやって来る。
「お待ちしておりました。旦那様より案内するよう仰せ付かっております」
「そうか、態々痛み入る。それで旦那様は?」
「現在は御公務で不在で御座います。本日中には御帰還為されるとの事です」
「承知した。ではその間待たせて頂く」
「はい。それでは御案内致します。馬についてはあちらの者が管理致します。ロットロン男爵とロドム殿はわたくしが、他の御方は此方の者が対応いたします」
オリマッテたち一団はブラスト辺境伯爵家の者にそれぞれ案内された。二人は豪華な客室に通され、その他の兵士は彼等に見合った待遇でもてなされていた。
「少し尋ねたいのだが、構わないかね?」
「はい、なんなりと」
「前回此方を訪ねてそれほど時間は経っていないのだが妙に雰囲気が緊張していないかな?」
ブラスト辺境伯が暮らす屋敷までの道程から敷地へ、そしてこの部屋までの廊下に到るまでどこか張詰めた空気が漂っていた。戦闘経験豊富なロドムは元よりオリマッテまでと為ると相当な緊張感が漂っている事と為る。
二人に対応していた男は少し考えてから口を開く。
「はい、実は大森林から盗賊共が此方側へ襲撃を始めまして。旦那様はその対応に当たられております」
「盗賊の襲撃? このブラストルアイクへ?」
「はい。農村を抜け、まっすぐ此方へ連合となって襲って来たらしいのです」
「盗賊共が連合を!?」
盗賊はそれ一つ一つが家族である。その為連携して襲う事はあっても決して一つの戦闘集団に纏まる事は無かった。
「はい。今迄はブラストルアイク周辺の村々を襲うのがせいぜいでした。言い方は悪いのですが、それ以外はロットロン男爵領を始め西側を襲っていました」
「うむ。盗賊どもには手を焼かされている」
忌々しい相手とオリマッテの表情は非常に厳しいものだった。
「ところが今回は非常に統率に優れ、近隣に配する部隊では太刀打ち出来なかったため、旦那様自ら部隊を率いて討伐へと向かわれたのです」
「なるほど……、だからこの空気なのだな」
「はい。ですがロットロン男爵が到着為さる少し前に盗賊は壊滅させたとの知らせがありました」
「それでこの緊張感とは、素晴らしいですな旦那様」
「ああ、流石はブラスト辺境伯が治められるだけの事はある。見習わなくてはならんな」
それから出されたお茶などを飲み食いしつつ待つと、凱旋を知らせる喧騒が外から聞こえて来た。
「帰ってこられたな」
「はい。それではこれより旦那様をお出迎え致します。ロットロン男爵は此方のお部屋でお待ち下さい」
それだけ述べると彼は足早に屋敷の外へ向かった。
「恐らく屋敷に居る者の大半は出迎えに向かっただろうな」
「はい。屋敷内の騒がしさが一気に無くなりましたからね」
「そう言えばアランとダンは帰還命令を伝えたか?」
「はい。今頃帰還の途についている頃かと。如何為さいました?」
「いや、何。あの二人だけで向かわせて良かったのか、とな」
オリマッテ自らが命じ騎士のアランとダンはヘンリー一家のアジトへ向かわせた。その訳は敵情視察である。あくまでも討伐ではなく、追撃部隊が送られていないかを調べるためであり、不利と悟れば退却する様に言い含めていた。ところがヘッケン・ポールトンの加入により事が大きくなると考えた彼は、直ちに二人を引上げさせる命令をロドムに出したのである。
「大丈夫でしょう。あの二人は衣装さえ揃えば盗賊の下っ端と遜色ありませんから」
「お前の部下だぞ。そう酷い事を言うものではない」
「いやいや、これは褒めているのです。実力が有り、特殊な環境下に送り込める部下を持って私は幸せ者です」
「まあそう言う事にしておこう。さて、ここからが私の戦いだな」
オリマッテはお茶を一気に飲み、気持を切り換える。
「御武運を、旦那様」
「ああ、何とか王国騎士団の介入を避けなければならぬからな」
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「つい一週間ほど前に会ったばかりだというのにどうしたのだ!」
「旦那様、まずは戦勝おめでとう御座います」
「ああ、しかし盗賊相手に祝ってもらうまでもない。それより用件は何だ?」
クルアンは回りくどい言い回しや無駄な挨拶、前置きを非常に嫌う。特に親しい者や家臣との会話では無駄を省く傾向が強い人物だった。
「先日の帰途、大森林を移動中ヘンリー一家の襲撃を受けました」
「それはレイトベンから聞いている。それだけで私の下へ来る筈がないだろ」
「はい。その後、調べを続ける中で私の襲撃に際しドーソン男爵家の依頼を受けての行動と判明し、同家の執事ヘッケン・ポールトンを家臣に加え、彼の証言から明らかに諭された気配を感じました」
「諭された……、か。それで」
「私の考えは中央貴族が絡み、下手をすれば討伐目的で王国騎士団を差し向けられるかも知れないと」
オリマッテの言葉にクルアンは思い切り拳を握りしめ机を叩く。
「あいつらの要らぬプライドの為に此方が迷惑を被る事に腹が立つな」
「誠にその通りかと。特にドーソン男爵領は鉱山利権を有しています。私への襲撃を大々的に、それこそ陛下を始め上層部が知るところ成ればお家取り潰しは必須です」
「それを中央貴族の誰かが手にし、懐を温めるという訳か……」
「はい。私とヘッケンはその様に結論付けました」
「お前の右腕か、良い人材を得たな」
「有難う御座います。これで旦那様の家臣として自立する目途が立ちました」
ポールトン家の保護を宣言したその日、オリマッテとヘッケンは寝る間も惜しみ襲撃に絡む一連の流れを確認し、何が起こるかを必死に考え結論を出していた。その一つに中央の貴族が地方の貴族を下に見る風潮があると睨んでいる。リーンスロンド王国の歴史は古く、その分成長が鈍化している。
収入は地方貴族が増え続け、中央は現状維持が続く。その維持できる者は少なく、大半は前年よりも減っている。だからこそ何とかして新たな収入源を虎視眈々と狙っている。
「難癖を付け目ぼしい家を潰すか……、これこそ亡国への道まっしぐらだな」
「私の口からは何も申せませんが、王国にとって好ましくはありません」
「まあいい。それで、お前は俺にどうしろと言いたいのだ?」
「ドーソン男爵家はそれなりの責任を取って頂かなくてはなりません」
「証拠を持って陛下に討伐を願い出ろという事だな?」
「はい。私が直接動けば陛下の臣に弓引いたと中央貴族から責められましょう。すると旦那様に多大なご迷惑を掛けてしまいます」
ブラスト辺境伯とドーソン男爵は共に王から直接爵位を賜った直臣という立場である。それをブラスト辺境伯の家臣たるオリマッテが勝手にドーソン男爵家を攻める事は、王家に弓引いた逆賊という汚名を被せられる。それは間違いなくブラスト辺境伯を追い落とす格好の材料と為ってしまう。
「だろうな。王都を始めとした周辺に開発の余地は無い。と為ると地方へ手を伸ばさなければ中央貴族の裕福な生活は維持出来ない。と成れば少しの綻びを必死になって探しだし責め立てるか。よかろう、お前の言葉に従い陛下に直接討伐令を賜ろう」
「有難う御座います。それと、此方へ赴くブーラに於いて連絡船が故障しておりました」
「連絡船の?」
「はい、マストが根元から折られ、あと二日ほどは出向出来ないとの事です」
オリマッテは詳しい話をクルアンに告げる。
水運はどの時代も莫大な金を生み出す。ブラスト辺境伯爵家の財政もこの湖を中心とした水運が中核を成している。だからこそ些細な事も見逃せない。
そこでオリマッテが話し終わるとクルアンは近くにあったベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか旦那様?」
「至急両港町へ調査に向かえ、船が故障したとの事だ。それと意図的に特注の品が紛失したらしい。報告が届いていない事も説明させろ」
「承知致しました」
呼び出した者は彼にとって懐刀というべき存在であり、ほぼ共通の認識で物事を考え行動出来る欠く事の出来ない人物だった。
「これもあいつ等の仕業なのか?」
「どうでしょうか、ですが私が旦那様の下へ参る事を妨害すると考えれば辻褄が合うかと」
「それもそうだな。しかし、あいつ等がここまで壮大な行動を行えるのか?」
「それは分りません。ですが、何事も過小評価するべきではありません」
「そうだな。さて、話は以上だな?」
「はい」
「では俺は一休みするとしよう。オリマッテ、お前たちは夜に開かれる戦勝パーティーに出席しろ」
「へっ!? 私とロドムも、で御座いますか?」
「ああ、服などは此方で用意する。少しは我が家臣との交流も必要だろう。この後の事を考えて必ず出席する様に」
「承知致しました」
一抹の不安は残るもののやるべき事は終わる。
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これはオリマッテの基盤が弱い事を懸念するクルアンの配慮だった。もうすぐ貸し与えた家臣の返却期限を迎えるロットロン男爵家は何かと厳しい状況を迎える。その為、少しでブラスト辺境伯の家臣同士知己を得て交流を深めて助け合える様にとの考えであった。
クルアンはそのまま部屋を後にし、残された二人は席に着いた。
「私も出席してよろしいのでしょうか?」
「旦那様が仰ったのだ。構わんのだろう」
ロドムが何故、という考えはある。しかしクルアンから言われた以上拒否する事は出来ない。二人は出席の準備の為、風呂へ案内され用意された服に着替えその時に備えるのであった。
一方、ポールトン家が出奔しロットロン男爵家が保護宣言を行って以降、歴史あるドーソン男爵家は凋落の一途を順調に辿っている。アレン・ドーソンはその話を聞くと盛大に荒れ、家臣も何とか諌めるも逆に切り殺される始末だった。その為、誰もが怖れ近付けず領地の運営は混沌と化していた。
元々ヘッケン・ポールトンに丸投げしていた領地経営だった為、突然当主に出来る筈がない。
何事も一人で行なえる筈もなく、基盤は完全に崩壊している中で今迄のツケが一気に返って来る。
最初は商人の取引拒否であった。その理由は金銭の不払いが原因であったが、どこから漏れたのかオリマッテが盗賊に襲撃を受けたという話が商人の間で広まった事が真の理由だった。中でも盗賊に依頼して襲わせたという内容まで漏れる始末であり、同じ商人仲間という認識が強い者への攻撃は許されるものではない。
次に領民の大量逃散だった。
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他の領地で生活する為には必ず領主の許可が必要なのだが、この現状を生み出した領主が許可等する訳がないと理解する領民は我先にと逃げ出したのだ。
負のスパイラルだった。逃げ出した領民の負担は残った領民に向かう。その領民も限界を迎えると逃げ出す始末に領主の怒りは激しさを増す。そして残らざるを得なかった領民は限界を迎える。やられる前に殺るとばかりに普段は生活で重宝する道具を武器にして立ち上がったのだ。
「平民どもが貴族に楯突くか!!」
アレンはすぐに討伐隊を編成し瞬く間に殲滅する。本来は鎮圧なのだが、今迄の鬱憤を晴らすが如く文字通り皆殺しにしてしまった。だがこの件はすぐに中央貴族に伝わり、上層部内の王へ上奏出来る者の耳に届いてしまう。
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生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
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