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017 ※残酷な表現有り
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「アランとダンが戻らない?」
オリマッテたち一行がハーシュを出立して三日が経過した。ある程度の話を聞いているウォーレンがエレオノーラを捉まえると二人の帰還が確認されていないことを告げた。
「うむ。確かロドム隊長が帰還させる為に人を向かわせたのだがその者も帰還していないらしい」
同席する孝雄実は内容を知らずただ黙って話を聞いているだけだが、深刻な状況である事は理解していた。
「ポールトン殿は何て仰っていたの?」
「ううむ、旦那様とロドム隊長の不在から多くの騎士が抜ける事は不味いとの事だ」
「見捨てるの?」
「……言葉を選べ、エレオノーラ。二人が帰還すれば余裕が生まれるとポールトン殿は考えられている」
オリマッテは全幅の信頼を寄せるヘッケン・ポールトンだが他との付き合いが浅く、同じ目線で物事を捉えていない為に溝が生じていた。特に騎士団の中ではこの話は不満を募らせる事と為る。
「ドーソン男爵家がどう動くか分らぬ以上、ポールトン殿のお考えも理解出来る」
「だけど!」
エレオノーラはアランとダンの二人と年も近い事もあり何かと一緒に行動する事が多かった。その為人一倍仲間意識は強く、帰還しないことへの心配が焦りを生みだす。
「耐えろ。ロットロン男爵領を守る人員が減っている今、これ以上の分散は無理なんだ。特にお前を向かわせる訳にはいかない。その理由は分っているだろ?」
「解っているわ。私が抜ければ弓隊の指揮が出来ない」
「そうだ。万が一攻められた場合このハーシュで防衛しなければならない。その時、弓隊の隊長が不在と成れば兵士の士気に関わる。だからこそロドム隊長はお前を残した」
戦いの気配を孝雄実は全く察してはいないが二人は違う。彼等は実際にこの領地を守る為に人を殺してきた。それに対し人助けとはいえ予期せず盗賊を殺してしまった孝雄実は無意識にその記憶を消している状況だった。だからこそ、その様な展開を考えない様にしている。
「それじゃあ旦那様たちが帰るまでは、待機という事に変わりないのね?」
「ああ、一応周辺の村々を見て回る事は忘れるなよ」
「分っているわ」
ロットロン騎士団の役割の一つとして騎士一人に兵士十一名を一隊と見做し領内の哨戒行動が与えられている。中でも自衛出来ない農村の守りは重要であった。盗賊は弱い場所を攻め絶滅しない程度に奪うため、頻繁に村を訪れて領民を安心させることが求められる。
孝雄実も一兵士として一度参加し、この活動が村人たちを大いに安心させている事を知り充実感を得るのであった。
翌日、やはりアランとダンの帰還報告の無いまま、エレオノーラ隊は定例の哨戒活動へ向かう事と為る。向かう場所は不運にもドーソン男爵領に近いバラムの村だった。
移動は途中で別の村の様子も窺う為ゆっくりと移動し、約半日を費やして目的地へと辿り着く。
「ようこそお越し下さいました」
「ええ、暫く世話になるわ、村長」
「はい。警備活動、宜しくお願い致します。それでは此方へ」
エレオノーラは馬を降りると部下に預けて村長と共に移動した。残された孝雄実達は決まった宿舎へと移動し暫く疲れを癒す。
「ふぅ、無事に辿り着けて良かったな」
「ああ、ドーソン男爵領の良くない噂が聞こえて来たからどうなるかとヒヤヒヤしたけどな」
すでに末端の兵士も知るほどドーソン男爵領の話は浸透していた。
「なあ、孝雄実!」
「うん、何だよエリット?」
エリットは年も近く、入隊時期も浅い為瞬く間に孝雄実と仲良くなった弓兵である。
その彼とは隣同士の寝床であった為、すぐに悪そうな表情で話し掛けて来た。
「もうエレオノーラ隊長とはヤッたのか?」
その瞬間孝雄実は床に倒れ込み、宿舎内の穏やかな話声もぴたりと止んだ。
「なあ、どうなんだよ孝雄実ー?」
下卑た表情へと変化したエリットは追及を止める気配はなく、他の同僚達も耳を大きくして傾けていた。
「イタタッ、おい! 突然変な事を聞くなよ!!」
「いや、だってよ。お前、隊長と一緒に暮らしてて何も無いって事は無いだろ?」
孝雄実とエレオノーラの同棲は誰もが知るところだった。当然周辺のマダムが広めたわけではなく、本人達の何気ない街中での行動が憶測を呼び、結果として後を付けられ発覚したことだった。初めてハーシュに来た際の衝撃も大きかったが、今回の件はさらに大きな衝撃を与える事と為る。
彼女は才色兼備であり、私設とはいえ騎士団の一員である。名目上は貴族の端くれでもある。その彼女の人気は非常に高かった。
もちろん声を掛けて来たエリットも彼女の事を大いに慕う青年であり、初めてその事を知った時の暴れ様は語り草と為っている。この時、孝雄実と一戦交えた結果、互いを認め合い何でも言い合える仲に進展する。
「あのな、俺がエレオノーラとそんな事になる訳がないだろ?」
「そこだよ! お前だけだぜ、隊長を呼び捨て出来る男なんて」
その指摘には一同同意して頷く。
「それにさ、隊長って男嫌いだって知ってるだろ?」
「ああ、そうらしいな。でも言われなきゃ分らなかったぜ」
「これだよ。いいか、男嫌いを見せないってだけでああ、男女の関係に為っているんだなって考えるのが普通だ、そうだなみんな?」
その問い掛けにもう一度全員が頷いた。
「もう一度聞くぜ。もうヤッたのか?」
孝雄実としては仕方が無かったとはいえ、裸の彼女を抱締め胸に顔を埋めて朝を迎えている事実がある為答えに詰まる。と、そこで思い切り床を叩き付ける音が宿舎内に響き渡った。
「エリット、いい加減にせんか!!」
兵士長のコーブは隊の最古参としてエレオノーラからの信頼厚い男だった。その彼は齢五十を超えながらも弓の扱いに長け、兵士たちからも慕われる欠かす事の出来ない人物である。
「お、親父さん……」
「まったく、お前はそんな考えをしているから弓の技術が上がらんのだ!」
厳しい口調でエリットを責めながら近付くと拳骨を頭に浴びせる。
「痛ったー!!」
「当然の報いだ。いいか、隊長が誰とどうなろうと我らが首を突っ込んで良い話ではない! 兵士であるからには常に緊張感を持ち、何時いかなる時も襲撃を警戒してだな……」
「ああ始まった……」
最初は含蓄ある名演説かと思いきや、話の内容が次第に自らの栄光を語り始める。これはコーブ唯一の欠点であり、話が始まると満足するまで終わらない。
「と、言う訳で俺はな……、んっ、他の奴らはどうした?」
「えっと、村の警戒に向かうと言って出て行きました」
凡そ三十分にも及ぶ演説は無事に終了すると、コーブの前には孝雄実と犬のラッキーが残るだけだった。張本人のエリットなど我先にと宿舎を脱出していた。その状況にコーブは首を横に振り溜息を吐く。
「ふぅー、やれやれ……」
そして彼はエリットの寝床にドカッと腰掛け、孝雄実へ自分の寝床に腰掛ける様指示を出した。
「お前は他の奴らとは違うな」
「そうですね、肌の色や髪の……」
「いやそうではない。お前の持つ雰囲気だ」
「はあ……?」
唐突に話し掛けられ訳が判らぬままコーブの話は続く。
「隊長が男嫌いである理由は知っているか?」
「奴隷だったことが影響しているとロドムさんから聞きました」
「ロドムさん、か……。その点でも俺達とは違うな」
ロドムはロットロン男爵領内で戦闘部門のトップを務めている。孝雄実の立ち位置から考えてその言い方は殴られても文句は言えない。しかし、それを指摘されていない時点でコーブは孝雄実を一般兵士と異なると確信するが、敢えてその話は持ち出さない。
「す、すみません……」
「謝る必要はない。領主さまや総隊長が許している時点で俺から言う事は無い。但し、この部隊内だけにする様にな」
「はい」
「話を戻すぞ。隊長が奴隷だった事は知っているが、その当時の惨状は知らないという事だな?」
孝雄実は黙って頷いた。どこか重い話になるのではないかと察し、言葉が出ない。
「隊長を救った時、俺も戦闘に参加した一人だった。あれは奴隷商人が不当に奴隷を集めていると情報が入った時の事だ。まだ領主様がここを治められて間もない頃、その間隙を突き、秘密の監禁場所が設けられていた。幸いブラスト辺境伯様の家臣が領主様の下に残られていた為、情報収集に於いては十分機能していた。それが幼かった隊長を救う事と為る」
コーブは昔の事を思い出す様にゆっくりと話すが、思い出すだけで怒りが湧いてくる為に手はきつく握られていた。
「奴隷商人の摘発は領主様にとって初陣だった。丁度ロットロン騎士団も一応の形を見せ始め、士気は高かった。だが、その奴隷商人は人間のクズだった」
初陣のオリマッテを始め、ロドムも全軍の指揮を執る事は初めてという事もあって、補佐としてブラスト辺境伯の家臣レイトベンが参加する新生ロットロン軍の初任務だった。当初は奴隷商人と侮っていたのかハーシュを出発した時の様子は士気旺盛で皆の眼がやる気に満ち溢れていた。
しかし、現場に到着すると様子は一変する。
奴隷商人は商品の奴隷を自らが指揮する部隊の前面に立たせて待ち構えていたのだ。奴隷は逃げ出せない様に両足を鎖で繋がれ、片方の足はそれぞれ隣の奴隷と繋がれ文字通り人の壁が形成されていた。参加した者は初めて見る光景にどう対処して良いのか分らず、激しい動揺が生じる。それを好機と見た奴隷商人は奴隷を前に進むよう命じる。
だが当然の様に奴隷は前進しない。相手は完全武装の領主軍であり、無抵抗のまま殺されたくないのが本音である。ところが奴隷商人は奴隷の心情を良く理解していた。後方に陣取っていた武装する自らの部下に対し、見せしめに奴隷を突き刺す命令を出した。
部下も奴隷商人の言葉を確りと理解して軽傷で済み、悲鳴を上げる箇所を軽く武器で突き刺す。
すると奴隷は目論見通り激しい痛みによって絶叫し、それが奴隷の恐怖を煽る。自らはこうなるまいと重い足取りながら一歩、また一歩と歩みを続けたのだ。
対してロットロン軍はより激しい動揺を見せたのは言うまでもない。だが、この場にレイトベンが居た事が救いと為る。直ぐに適切な指示を出した事で最小限の被害で済ませる事に成功したのだ。
戦闘で生き残った部下と奴隷商人は捕縛。部下はその場で処刑が行われた。余りの惨たらしさにオリマッテは非人道的な処刑を命じる。奴隷に行わせることを決めたのだ。この奴隷たちは奴隷商人によって不当に奴隷に落された者たちであり、瑕疵のない普通の平民だったのだ。金銭で済ませる事は出来ても心まで救う事は出来ないと考えた結果だった。
もちろんそれを拒否する奴隷も数名現れるが大半は怨みを込めて嬉々として行った。
しかし、その報復も全て終わると虚しさが奴隷を襲い、地面にへたり込むと泣き始めた。
「と、ここまでで済めば良かったのだ。だが、奴隷の全てが男性であったことに違和感を覚えた領主様は近くに居た奴隷に尋ねた。これで全てかと。すると奴隷商人のアジトにまだ女子供が残されていると告げられた。それからが地獄だった……」
すぐに救出部隊を送り込むと兵士の一人が血相を変えてオリマッテの下へと現れた。彼は無事に発見したと思い尋ねると言葉に為らぬ報告を兵士が行い、彼は苛立ちを覚える。そこで案内するよう求めると兵士はもう戻りたくないと言わんばかりに首を横に振った。普通なら命令拒否で殺されても仕方が無かったが、異様な反応だったことで保留とされオリマッテを始め主だった者がアジトへと向かう。そして、その場にコーブも随伴したのだ。
「奴隷商人は捕まえた奴隷に無理矢理子供を生ませていたのだ。環境は劣悪、中には吐き出す者も現れる始末だ。加えて多くの子を成した奴隷はすでに精神を病み、手遅れだった」
オリマッテも胃から上がって来る物を堪えつつ何とか命令を下す。すでに手遅れの者は来世を謳歌出来る様祈りつつ殺す。それ以外は速やかに保護を行う。
「そこで見つけたのが隊長だ。彼女はアジトの最奥で身を屈めて隠れていた。発見したのは確か、ロドム総隊長だった。発見時酷く怯えていたのを今でも鮮明に覚えている」
この怯え方には理由が有り、奴隷商人は女奴隷に子を成し、出産までを子供たちが居る前で行わせていたのだ。寝る間も惜しみ絶えず悲鳴等が響き渡る中、エレオノーラは絶えず体を震わせ期待出来ない救いを求めていた。
「それが原因で隊長は未だに男嫌いが続いている。だが一応俺達や顔馴染みの領民とは会話できるまでに回復したが、お前の様に接する事の出来る男は未だ現れなかった。だから頼む、隊長を! エレオノーラ嬢ちゃんを出来る限り幸せにしてやってくれ!! 恐らく領主さまもそれを見抜いて一緒に暮らす様命じたのだと思う」
孝雄実の心は張り裂けんばかりだった。自然と涙が溢れ、体は怒りで震えていた。
中々動かない口を必死に動かし、唯一出た言葉は「はい」であった。コーブは結婚まで求めているのではなく、年相応の女性が得られる幸せを孝雄実が与えられる事を望む。
戦いとは無縁な相貌ながら、涙を流して必死に頷いて受け入れた孝雄実だからこそエレオノーラは自然に引き寄せられたと理解するコーブであった。
オリマッテたち一行がハーシュを出立して三日が経過した。ある程度の話を聞いているウォーレンがエレオノーラを捉まえると二人の帰還が確認されていないことを告げた。
「うむ。確かロドム隊長が帰還させる為に人を向かわせたのだがその者も帰還していないらしい」
同席する孝雄実は内容を知らずただ黙って話を聞いているだけだが、深刻な状況である事は理解していた。
「ポールトン殿は何て仰っていたの?」
「ううむ、旦那様とロドム隊長の不在から多くの騎士が抜ける事は不味いとの事だ」
「見捨てるの?」
「……言葉を選べ、エレオノーラ。二人が帰還すれば余裕が生まれるとポールトン殿は考えられている」
オリマッテは全幅の信頼を寄せるヘッケン・ポールトンだが他との付き合いが浅く、同じ目線で物事を捉えていない為に溝が生じていた。特に騎士団の中ではこの話は不満を募らせる事と為る。
「ドーソン男爵家がどう動くか分らぬ以上、ポールトン殿のお考えも理解出来る」
「だけど!」
エレオノーラはアランとダンの二人と年も近い事もあり何かと一緒に行動する事が多かった。その為人一倍仲間意識は強く、帰還しないことへの心配が焦りを生みだす。
「耐えろ。ロットロン男爵領を守る人員が減っている今、これ以上の分散は無理なんだ。特にお前を向かわせる訳にはいかない。その理由は分っているだろ?」
「解っているわ。私が抜ければ弓隊の指揮が出来ない」
「そうだ。万が一攻められた場合このハーシュで防衛しなければならない。その時、弓隊の隊長が不在と成れば兵士の士気に関わる。だからこそロドム隊長はお前を残した」
戦いの気配を孝雄実は全く察してはいないが二人は違う。彼等は実際にこの領地を守る為に人を殺してきた。それに対し人助けとはいえ予期せず盗賊を殺してしまった孝雄実は無意識にその記憶を消している状況だった。だからこそ、その様な展開を考えない様にしている。
「それじゃあ旦那様たちが帰るまでは、待機という事に変わりないのね?」
「ああ、一応周辺の村々を見て回る事は忘れるなよ」
「分っているわ」
ロットロン騎士団の役割の一つとして騎士一人に兵士十一名を一隊と見做し領内の哨戒行動が与えられている。中でも自衛出来ない農村の守りは重要であった。盗賊は弱い場所を攻め絶滅しない程度に奪うため、頻繁に村を訪れて領民を安心させることが求められる。
孝雄実も一兵士として一度参加し、この活動が村人たちを大いに安心させている事を知り充実感を得るのであった。
翌日、やはりアランとダンの帰還報告の無いまま、エレオノーラ隊は定例の哨戒活動へ向かう事と為る。向かう場所は不運にもドーソン男爵領に近いバラムの村だった。
移動は途中で別の村の様子も窺う為ゆっくりと移動し、約半日を費やして目的地へと辿り着く。
「ようこそお越し下さいました」
「ええ、暫く世話になるわ、村長」
「はい。警備活動、宜しくお願い致します。それでは此方へ」
エレオノーラは馬を降りると部下に預けて村長と共に移動した。残された孝雄実達は決まった宿舎へと移動し暫く疲れを癒す。
「ふぅ、無事に辿り着けて良かったな」
「ああ、ドーソン男爵領の良くない噂が聞こえて来たからどうなるかとヒヤヒヤしたけどな」
すでに末端の兵士も知るほどドーソン男爵領の話は浸透していた。
「なあ、孝雄実!」
「うん、何だよエリット?」
エリットは年も近く、入隊時期も浅い為瞬く間に孝雄実と仲良くなった弓兵である。
その彼とは隣同士の寝床であった為、すぐに悪そうな表情で話し掛けて来た。
「もうエレオノーラ隊長とはヤッたのか?」
その瞬間孝雄実は床に倒れ込み、宿舎内の穏やかな話声もぴたりと止んだ。
「なあ、どうなんだよ孝雄実ー?」
下卑た表情へと変化したエリットは追及を止める気配はなく、他の同僚達も耳を大きくして傾けていた。
「イタタッ、おい! 突然変な事を聞くなよ!!」
「いや、だってよ。お前、隊長と一緒に暮らしてて何も無いって事は無いだろ?」
孝雄実とエレオノーラの同棲は誰もが知るところだった。当然周辺のマダムが広めたわけではなく、本人達の何気ない街中での行動が憶測を呼び、結果として後を付けられ発覚したことだった。初めてハーシュに来た際の衝撃も大きかったが、今回の件はさらに大きな衝撃を与える事と為る。
彼女は才色兼備であり、私設とはいえ騎士団の一員である。名目上は貴族の端くれでもある。その彼女の人気は非常に高かった。
もちろん声を掛けて来たエリットも彼女の事を大いに慕う青年であり、初めてその事を知った時の暴れ様は語り草と為っている。この時、孝雄実と一戦交えた結果、互いを認め合い何でも言い合える仲に進展する。
「あのな、俺がエレオノーラとそんな事になる訳がないだろ?」
「そこだよ! お前だけだぜ、隊長を呼び捨て出来る男なんて」
その指摘には一同同意して頷く。
「それにさ、隊長って男嫌いだって知ってるだろ?」
「ああ、そうらしいな。でも言われなきゃ分らなかったぜ」
「これだよ。いいか、男嫌いを見せないってだけでああ、男女の関係に為っているんだなって考えるのが普通だ、そうだなみんな?」
その問い掛けにもう一度全員が頷いた。
「もう一度聞くぜ。もうヤッたのか?」
孝雄実としては仕方が無かったとはいえ、裸の彼女を抱締め胸に顔を埋めて朝を迎えている事実がある為答えに詰まる。と、そこで思い切り床を叩き付ける音が宿舎内に響き渡った。
「エリット、いい加減にせんか!!」
兵士長のコーブは隊の最古参としてエレオノーラからの信頼厚い男だった。その彼は齢五十を超えながらも弓の扱いに長け、兵士たちからも慕われる欠かす事の出来ない人物である。
「お、親父さん……」
「まったく、お前はそんな考えをしているから弓の技術が上がらんのだ!」
厳しい口調でエリットを責めながら近付くと拳骨を頭に浴びせる。
「痛ったー!!」
「当然の報いだ。いいか、隊長が誰とどうなろうと我らが首を突っ込んで良い話ではない! 兵士であるからには常に緊張感を持ち、何時いかなる時も襲撃を警戒してだな……」
「ああ始まった……」
最初は含蓄ある名演説かと思いきや、話の内容が次第に自らの栄光を語り始める。これはコーブ唯一の欠点であり、話が始まると満足するまで終わらない。
「と、言う訳で俺はな……、んっ、他の奴らはどうした?」
「えっと、村の警戒に向かうと言って出て行きました」
凡そ三十分にも及ぶ演説は無事に終了すると、コーブの前には孝雄実と犬のラッキーが残るだけだった。張本人のエリットなど我先にと宿舎を脱出していた。その状況にコーブは首を横に振り溜息を吐く。
「ふぅー、やれやれ……」
そして彼はエリットの寝床にドカッと腰掛け、孝雄実へ自分の寝床に腰掛ける様指示を出した。
「お前は他の奴らとは違うな」
「そうですね、肌の色や髪の……」
「いやそうではない。お前の持つ雰囲気だ」
「はあ……?」
唐突に話し掛けられ訳が判らぬままコーブの話は続く。
「隊長が男嫌いである理由は知っているか?」
「奴隷だったことが影響しているとロドムさんから聞きました」
「ロドムさん、か……。その点でも俺達とは違うな」
ロドムはロットロン男爵領内で戦闘部門のトップを務めている。孝雄実の立ち位置から考えてその言い方は殴られても文句は言えない。しかし、それを指摘されていない時点でコーブは孝雄実を一般兵士と異なると確信するが、敢えてその話は持ち出さない。
「す、すみません……」
「謝る必要はない。領主さまや総隊長が許している時点で俺から言う事は無い。但し、この部隊内だけにする様にな」
「はい」
「話を戻すぞ。隊長が奴隷だった事は知っているが、その当時の惨状は知らないという事だな?」
孝雄実は黙って頷いた。どこか重い話になるのではないかと察し、言葉が出ない。
「隊長を救った時、俺も戦闘に参加した一人だった。あれは奴隷商人が不当に奴隷を集めていると情報が入った時の事だ。まだ領主様がここを治められて間もない頃、その間隙を突き、秘密の監禁場所が設けられていた。幸いブラスト辺境伯様の家臣が領主様の下に残られていた為、情報収集に於いては十分機能していた。それが幼かった隊長を救う事と為る」
コーブは昔の事を思い出す様にゆっくりと話すが、思い出すだけで怒りが湧いてくる為に手はきつく握られていた。
「奴隷商人の摘発は領主様にとって初陣だった。丁度ロットロン騎士団も一応の形を見せ始め、士気は高かった。だが、その奴隷商人は人間のクズだった」
初陣のオリマッテを始め、ロドムも全軍の指揮を執る事は初めてという事もあって、補佐としてブラスト辺境伯の家臣レイトベンが参加する新生ロットロン軍の初任務だった。当初は奴隷商人と侮っていたのかハーシュを出発した時の様子は士気旺盛で皆の眼がやる気に満ち溢れていた。
しかし、現場に到着すると様子は一変する。
奴隷商人は商品の奴隷を自らが指揮する部隊の前面に立たせて待ち構えていたのだ。奴隷は逃げ出せない様に両足を鎖で繋がれ、片方の足はそれぞれ隣の奴隷と繋がれ文字通り人の壁が形成されていた。参加した者は初めて見る光景にどう対処して良いのか分らず、激しい動揺が生じる。それを好機と見た奴隷商人は奴隷を前に進むよう命じる。
だが当然の様に奴隷は前進しない。相手は完全武装の領主軍であり、無抵抗のまま殺されたくないのが本音である。ところが奴隷商人は奴隷の心情を良く理解していた。後方に陣取っていた武装する自らの部下に対し、見せしめに奴隷を突き刺す命令を出した。
部下も奴隷商人の言葉を確りと理解して軽傷で済み、悲鳴を上げる箇所を軽く武器で突き刺す。
すると奴隷は目論見通り激しい痛みによって絶叫し、それが奴隷の恐怖を煽る。自らはこうなるまいと重い足取りながら一歩、また一歩と歩みを続けたのだ。
対してロットロン軍はより激しい動揺を見せたのは言うまでもない。だが、この場にレイトベンが居た事が救いと為る。直ぐに適切な指示を出した事で最小限の被害で済ませる事に成功したのだ。
戦闘で生き残った部下と奴隷商人は捕縛。部下はその場で処刑が行われた。余りの惨たらしさにオリマッテは非人道的な処刑を命じる。奴隷に行わせることを決めたのだ。この奴隷たちは奴隷商人によって不当に奴隷に落された者たちであり、瑕疵のない普通の平民だったのだ。金銭で済ませる事は出来ても心まで救う事は出来ないと考えた結果だった。
もちろんそれを拒否する奴隷も数名現れるが大半は怨みを込めて嬉々として行った。
しかし、その報復も全て終わると虚しさが奴隷を襲い、地面にへたり込むと泣き始めた。
「と、ここまでで済めば良かったのだ。だが、奴隷の全てが男性であったことに違和感を覚えた領主様は近くに居た奴隷に尋ねた。これで全てかと。すると奴隷商人のアジトにまだ女子供が残されていると告げられた。それからが地獄だった……」
すぐに救出部隊を送り込むと兵士の一人が血相を変えてオリマッテの下へと現れた。彼は無事に発見したと思い尋ねると言葉に為らぬ報告を兵士が行い、彼は苛立ちを覚える。そこで案内するよう求めると兵士はもう戻りたくないと言わんばかりに首を横に振った。普通なら命令拒否で殺されても仕方が無かったが、異様な反応だったことで保留とされオリマッテを始め主だった者がアジトへと向かう。そして、その場にコーブも随伴したのだ。
「奴隷商人は捕まえた奴隷に無理矢理子供を生ませていたのだ。環境は劣悪、中には吐き出す者も現れる始末だ。加えて多くの子を成した奴隷はすでに精神を病み、手遅れだった」
オリマッテも胃から上がって来る物を堪えつつ何とか命令を下す。すでに手遅れの者は来世を謳歌出来る様祈りつつ殺す。それ以外は速やかに保護を行う。
「そこで見つけたのが隊長だ。彼女はアジトの最奥で身を屈めて隠れていた。発見したのは確か、ロドム総隊長だった。発見時酷く怯えていたのを今でも鮮明に覚えている」
この怯え方には理由が有り、奴隷商人は女奴隷に子を成し、出産までを子供たちが居る前で行わせていたのだ。寝る間も惜しみ絶えず悲鳴等が響き渡る中、エレオノーラは絶えず体を震わせ期待出来ない救いを求めていた。
「それが原因で隊長は未だに男嫌いが続いている。だが一応俺達や顔馴染みの領民とは会話できるまでに回復したが、お前の様に接する事の出来る男は未だ現れなかった。だから頼む、隊長を! エレオノーラ嬢ちゃんを出来る限り幸せにしてやってくれ!! 恐らく領主さまもそれを見抜いて一緒に暮らす様命じたのだと思う」
孝雄実の心は張り裂けんばかりだった。自然と涙が溢れ、体は怒りで震えていた。
中々動かない口を必死に動かし、唯一出た言葉は「はい」であった。コーブは結婚まで求めているのではなく、年相応の女性が得られる幸せを孝雄実が与えられる事を望む。
戦いとは無縁な相貌ながら、涙を流して必死に頷いて受け入れた孝雄実だからこそエレオノーラは自然に引き寄せられたと理解するコーブであった。
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