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アプロット・ゴーライデン・エルノアンを司令官とするドーソン男爵家討伐隊は六日間の行軍でハーシュに到達した。事前に連絡を受けたものの、領主不在の為ヘッケン・ポールトンを始めとした十数名が彼等を出迎える。
「ようこそお越し下さいました。私ロットロン男爵家で領主代理を任されておりますヘッケン・ポールトンと申します」
「アプロット・ゴーライデン・エルノアン男爵だ。突然の事だが苦労を掛ける」
「いえいえ、栄えある王国騎士団を迎える事に主人は光栄であると申しましょう」
「して、そのロットロン男爵は何処に?」
「ブラスト辺境伯様のお屋敷に滞在中でございます」
アプロットはその言葉を聞いて不快に感じた。
「隣領が危機と知ってもか?」
「はい。どうしてもブラスト辺境伯様の力添えが必要なのです」
「そうか、まあ仕方がない。ではポールトン、済まないが我が部隊の休息場所を指示してくれ」
「はい。その点は抜かり御座いません。兵士の方々は此方の者どもがご案内致します。騎士様以上の方は私どもがご案内させて頂きます」
兵士は城壁の外に確保された広大な土地で天幕を張り野営する。騎士でも身分の低い者はハーシュの宿屋が宛がわれる。身分の高い者はオリマッテの暮らす館を提供する事が決まっていた。
「活気のある良い街だ」
「有難う御座います、旦那様がお聞きに為られればお喜びになると思います」
街中を通り抜け、館へと通されるとアプロットは早速道中の感想を述べた。貴族でもないヘッケンに媚び諂い、お世辞を述べる事が無いことから本心であると彼は受け取り喜び笑顔で礼を述べる。
騎士たちはそれぞれ使用人の案内で部屋へ案内される。対し、状況を聞くためアプロットとコーンスッド子爵、ユーラカル子爵の三名は従者一名を伴って客間に移動する。
「それで、現状はどうなっている」
「三日前、難民による略奪が発生致しましった。その為現在はドーソン男爵領に通じる街道の封鎖を実施しております」
王都出発に際し、フロランス侯爵から最新情報をえている。その後も逐一最新情報が伝えられていたが、この情報は入っておらず彼等を驚かせる。情報は一度王都に届けられ、それを届ける為どうしてもタイムダグが生じる。王都から離れるとそれだけ鮮度が落ちてしまう。
「その後、再び難民が暴れ始めなんとか抑えているところで御座います」
「ふむ、ドーソン男爵領からの難民はどの程度辿り着いた?」
「約三千名が辿り着いて御座います」
「三千!!」
ヘッケンは疲労たっぷりの表情で人数を発表し、三人もその数に仰天する。子爵家が有する領地でも突然三千名を食わせる事など不可能であるからだ。もし自領で同じ事が起これば間違いなく大混乱に陥ると想像し、背筋が冷やりとした。
「だ、大丈夫なのか?」
「一応備蓄の放出と商人の伝を得まして格安で品物の購入が出来ております。ですが、これ以上増えますと流石に……」
まだ数に余裕が在るが、王国騎士団に物資の供出を行う事は避けたいと考えた。
アプロットは男爵領との事から既に限界を迎えていると考えている。そもそも三千人を受け入れている段階で主人(ブラスト辺境伯)に救援を求める必要がある。その為ここの領地経営の素晴らしさを実感した。
「分っている。なるべく素早くここを出立する。あと物資の提供を求める事は無いと約束する」
「何のお手伝いも出来ず申し訳ありませんが、何卒宜しくお願い申し上げます」
「ああ、では我らはこれで部屋に移動するとする」
「畏まりました。ではお部屋へと御案内致します」
その後、三名と従者はそれぞれ部屋へと通された。アプロットは司令官の立場から三階の最も大きく、見晴らしの良い部屋を宛がわれた。彼は鎧を脱ぐと、そのまま窓際へ移動してハーシュの街並みを見やる。
「ふぅ、事態は深刻というべきか……、それにしてもここの活気は素晴らし」
眼下に望む街並みと時折聞こえてくる平民の活気ある声に急成長の音色と空気が伝って来る。感想を抱きつつ、景色を楽しんでいるとドアがノックされた。
「入れ!」
「失礼する」
そうして入室してきたのはグレア・コーンスッドだった。爵位はグレアが上である為、アプロットはすぐに身を正し謝罪する。
「コーンスッド子爵でしたか、申し訳ありません」
「気にしないでもらおう。私は卿の指揮下に入っている。解散するまでは言葉に気を付ける必要は無い」
「ですが……、困りましたな」
「何、卿は王国騎士団の上に行くのだろう。そうすれば私の様に爵位が上位の部下を持つ事と為る。その予行演習と思えばいい」
「は、はぁ……」
どうにもやり辛いというのが素直な答えだった。だが自身にも野心がある為、渡りに船と彼の言葉に感謝する。
「ではそうさせて頂こう。それで、何用だ?」
「はい、これからの行軍についてお話に参りました」
「これから? すでに計画は決まっているではないか」
「あくまでも計画です。領主代理の話を聞く限り王都を出立した時より事態は悪化しています。恐らくまだまだ難民は増えると考えますと、ドーソン男爵領を解放した際に領民の居ない領地が誕生してしまいます。これは上層部の意向と異なります」
計画は難民を考えて作成されていない。威風堂々とした行軍でドーソン男爵領に進入、アレン・ドーソンに対し女王陛下による御裁可を発表後ただちに一族の捕縛を行う事と為っていた。
「難民が発生した以上、ドーソン男爵は王国騎士団が動くと考えるのが定石。もしくはブラスト辺境伯が軍を差し向ける可能性も考えなければなりません」
「な、なるほど……」
年齢が倍程あるグレアの言葉には説得力があった。ついアプロットは頷いて聞き入ってしまった。
「なるほど、ではありません。恐らくドーソン男爵は一戦を覚悟している可能性があるのです」
その事を指摘されると心臓が跳ね上がる。
「一戦……、望むところといいたいのだが、混成部隊故に不安があるな」
「はい。特に我が部隊とユーラカル子爵の部隊が王国騎士団と連携出来るかどうか……」
最新装備を与えられた銃兵部隊が参加する為、王国騎士団は精鋭揃いで編成されていた。
それもあり行軍は非常に素早く、フロランス侯爵の下で指揮していたグレアの部隊も付いて行くのに苦労したほどだった。ユーラカル子爵の部隊は練度が低く度々行軍停止に追い込まれるなど、完全なお荷物だった。
「それにもう一つ不安があります」
「ドーソン男爵の部隊だな?」
「はい。あそこは山が多く、奇襲攻撃を行うには最適な地形です」
「少数精鋭で切り込んでくると?」
「はい。あそこも王国開闢以来の名家、中央貴族の一つです。いくら現当主がダメでも先代以前は非常に立派な方でした」
私設騎士団とは言え、長い歴史を持つ以上そこには伝統と家名に誇りを持つ者が少なからず存在するとグレアは考えた。現当主には失望しても、先代が残したこの家を守らんとする考えから奇抜な戦いを展開するのではないかと危惧したのだ。
「銃兵は機動力に弱い面があります。突如騎兵に襲われた場合、どう対処するか……」
「これは厳しいな……」
「はい。此方も地形を把握していますが、相手はそれ以上に詳しく地の利を活かすでしょう」
「だがゆっくりもしていられないぞ?」
「はい。明日にはここを出立し、ドーソン男爵領に入らねば為りません」
「そうだ。そこからはマルベールに向かい、陛下のお言葉を伝えなければ」
「困った事になりましたね」
グレアの言葉には三つの意味が込められていた。
一つは部隊に漂う高揚感である。銃兵が参加し、精鋭部隊との触れ込みをそのまま受け取る兵士が居る事。二つはその部隊にイレギュラーな存在が二つ加わった事による連携が未知数という事だ。三つ目が戦闘の可能性が高まった事の三点だった。
「ポールトンから情報を得るとするか」
「その方が宜しいでしょう。私はユーラカル子爵と話して参ります」
アプロットはその後ヘッケンに道中の地図とドーソン男爵領内の詳細を手に入れた。
「感謝する」
「いえいえ、私もかつてはドーソン男爵家で執事を務めていました。何卒、あの家の事をお願い申し上げます」
「そう言えば、ロットロン男爵が保護したのだったな……。分った」
「有難う御座います」
ヘッケンの想いはアプロットに伝わる。彼の想いは当主アレン・ドーソンではなく先代と先々代たちが築き上げてきたあの領地に在る。速やかな排除と財産とされる領民たちが害されない様に願ったのである。だからこそヘッケンは難民の受け入れを精力的に頑張って来た。つい十数日前までは彼等を守って来た身としてオリマッテに対し、万が一難民が発生した場合は出来る限り救うように願い出ていた。
一方、グレアはユーラカルの部屋へと向かい今後の懸念を説明し、これ以上足を引っ張るのならここで待機する様に伝えていた。
「なっ、け、卿は我が騎士団が邪魔だと申すか!?」
「そう申していない。だが、地の利は向こうに在る。王国騎士団は新編成の銃兵部隊を加え力試しを行おうとしている。そんな中、卿の部隊が引っかき回す事が無い様に忠告しているのだ」
「それは我が部隊が邪魔だと申している様なものではないか!!」
ホッテン・フレイド・ユーラカルはグレアの言葉に激昂する。そもそもの原因は行軍中度々遅れ、全軍の動きを止めた事なのだが、彼はすでに忘れているのか気にも留めていない。この国では各領地で独自の軍事力を持つ事が許されているが、軍事系財務系どちらに所属するかで練度に大きな差があった。ユーラカル子爵家は財務系に属し財務状況は良好だが、軍事に対し予算を絞ったため常備軍が少なく、訓練も経費削減を理由に殆ど行われていない。今回の討伐隊に参加した者も領内で徴兵した者が参加していた。彼等は軍事訓練など受けた事なく、突然鎧を纏わされ武器を持たされただけの農民であった。
(はっきり言えば邪魔だ。だがそれを言えばフロランス侯爵にご迷惑を……)
「邪魔なのではない。卿の部隊に明らかに練度が低い者が混じっている為危険だと申して居るのだ」
「わ、我がユーラカル騎士団を侮辱するか!!」
「侮辱はしておらん……」
グレアは「困ったものだ」と呟き、猛り狂うユーラカルの抗議は続く。その後、如何にか諌め、練度の低い者はグレアの選別でハーシュ待機とすることが決まった。
ここにはフロランスとロッダロックの間に交わされた約束からユーラカルが渋々折れた。
翌日、討伐部隊はハーシュを出発し一路ドーソン男爵領へ向け進軍する。
討伐部隊と入れ違うようにオリマッテがハーシュに帰還した。必死の形相で館に戻ったがヘッケンから出立したと伝えられ肩を落とす。
「間に合わなかったか……」
「はい。今朝方出立されました」
「これでは全てを中央に持って行かれてしまう……」
「旦那様、後を追っては如何でしょうか?」
どうするか考えているオリマッテにヘッケンが提案を行った。
「追う?」
「はい。どうやら討伐部隊はドーソン男爵領で戦闘を覚悟しているようです」
「なっ、王家に抵抗すると!?」
「ドーソン男爵家の騎士団の結束力は高いのです。特に先代様への忠義に溢れる者がまだまだ残っております。彼等の事を考えますと、必死の思いで抵抗するかと」
「そこで我が部隊を参加させると言う事か?」
「その通りでございます」
ヘッケンは中央貴族の思い通りにさせるつもりは無かった。オリマッテに対する恩義と忠義はあるが、先代先々代ドーソン男爵に対する忠誠心の方が勝っている。すでに亡くなっている為、覆しようが無い事からも逆転は出来ない。騎士団にも知り合いは多数存在し、彼らがどの様に動くか手を取る様に分る。そこで彼等の犠牲を利用して、オリマッテに手柄を取らせ中央貴族の領地介入を減らそうと考えたのである。
「ロドム、どう思うか?」
「ポールトン殿のお考えに賛成です。もしロットロン騎士団が救援に駆け付けたとなればドーソン男爵領への影響力を持つ事が出来ましょう」
討伐部隊からすると微々たる戦力だが、地の利が有ると理解するロドムには勝機が在った。だがそれは自らの手足となる部下が居てこそなのだが、ヘッケンから現状を知らされ悩みだす。
「アランとダンが帰還していない?」
「はい。すでに十日近く戻っておりません」
「馬鹿な、……捜索は?」
「ウォーレンが数名を選び出して行わせています」
「そうか……」
本音を言えば自らが出向き捜索したいのだが、立場上許されないと堪える。
「どうする、ロドム?」
「いえ、彼等は戻ってくると信じています。私は部隊を編成し、ドーソン男爵領へと向かいます」
覚悟を決めた想いがロドムの目に宿っていた。二人を心配する気持ちもある。しかし、そこで思考停止させる訳にはいかないと、覚悟を決めて出陣する。
「分った。準備はヘッケンと私に任せ、お前は休め」
「旦那様、それでは」
「ここまでの強行軍で疲労が蓄積している筈だ。一日で抜けるとは思わぬが、出来る限り体を休ませろ」
「既に街道封鎖実施の為、各地で徴兵が進んでおります。ある程度の編成も出来ておりますのでご安心ください」
「……承知しました。では私は休ませて頂きます。部隊編制宜しくお願い致します」
「ああ、ゆっくりと休め」
ロドムは二人に深々と頭を下げて家に戻り、体の汚れを落とし文字通り休む事にする。
「眠れん……」
眠る事も任務と頭では分かっても未だ帰らぬアランとダンの二人を案じる気持ちが彼に睡眠を齎す事は無かった。
「ようこそお越し下さいました。私ロットロン男爵家で領主代理を任されておりますヘッケン・ポールトンと申します」
「アプロット・ゴーライデン・エルノアン男爵だ。突然の事だが苦労を掛ける」
「いえいえ、栄えある王国騎士団を迎える事に主人は光栄であると申しましょう」
「して、そのロットロン男爵は何処に?」
「ブラスト辺境伯様のお屋敷に滞在中でございます」
アプロットはその言葉を聞いて不快に感じた。
「隣領が危機と知ってもか?」
「はい。どうしてもブラスト辺境伯様の力添えが必要なのです」
「そうか、まあ仕方がない。ではポールトン、済まないが我が部隊の休息場所を指示してくれ」
「はい。その点は抜かり御座いません。兵士の方々は此方の者どもがご案内致します。騎士様以上の方は私どもがご案内させて頂きます」
兵士は城壁の外に確保された広大な土地で天幕を張り野営する。騎士でも身分の低い者はハーシュの宿屋が宛がわれる。身分の高い者はオリマッテの暮らす館を提供する事が決まっていた。
「活気のある良い街だ」
「有難う御座います、旦那様がお聞きに為られればお喜びになると思います」
街中を通り抜け、館へと通されるとアプロットは早速道中の感想を述べた。貴族でもないヘッケンに媚び諂い、お世辞を述べる事が無いことから本心であると彼は受け取り喜び笑顔で礼を述べる。
騎士たちはそれぞれ使用人の案内で部屋へ案内される。対し、状況を聞くためアプロットとコーンスッド子爵、ユーラカル子爵の三名は従者一名を伴って客間に移動する。
「それで、現状はどうなっている」
「三日前、難民による略奪が発生致しましった。その為現在はドーソン男爵領に通じる街道の封鎖を実施しております」
王都出発に際し、フロランス侯爵から最新情報をえている。その後も逐一最新情報が伝えられていたが、この情報は入っておらず彼等を驚かせる。情報は一度王都に届けられ、それを届ける為どうしてもタイムダグが生じる。王都から離れるとそれだけ鮮度が落ちてしまう。
「その後、再び難民が暴れ始めなんとか抑えているところで御座います」
「ふむ、ドーソン男爵領からの難民はどの程度辿り着いた?」
「約三千名が辿り着いて御座います」
「三千!!」
ヘッケンは疲労たっぷりの表情で人数を発表し、三人もその数に仰天する。子爵家が有する領地でも突然三千名を食わせる事など不可能であるからだ。もし自領で同じ事が起これば間違いなく大混乱に陥ると想像し、背筋が冷やりとした。
「だ、大丈夫なのか?」
「一応備蓄の放出と商人の伝を得まして格安で品物の購入が出来ております。ですが、これ以上増えますと流石に……」
まだ数に余裕が在るが、王国騎士団に物資の供出を行う事は避けたいと考えた。
アプロットは男爵領との事から既に限界を迎えていると考えている。そもそも三千人を受け入れている段階で主人(ブラスト辺境伯)に救援を求める必要がある。その為ここの領地経営の素晴らしさを実感した。
「分っている。なるべく素早くここを出立する。あと物資の提供を求める事は無いと約束する」
「何のお手伝いも出来ず申し訳ありませんが、何卒宜しくお願い申し上げます」
「ああ、では我らはこれで部屋に移動するとする」
「畏まりました。ではお部屋へと御案内致します」
その後、三名と従者はそれぞれ部屋へと通された。アプロットは司令官の立場から三階の最も大きく、見晴らしの良い部屋を宛がわれた。彼は鎧を脱ぐと、そのまま窓際へ移動してハーシュの街並みを見やる。
「ふぅ、事態は深刻というべきか……、それにしてもここの活気は素晴らし」
眼下に望む街並みと時折聞こえてくる平民の活気ある声に急成長の音色と空気が伝って来る。感想を抱きつつ、景色を楽しんでいるとドアがノックされた。
「入れ!」
「失礼する」
そうして入室してきたのはグレア・コーンスッドだった。爵位はグレアが上である為、アプロットはすぐに身を正し謝罪する。
「コーンスッド子爵でしたか、申し訳ありません」
「気にしないでもらおう。私は卿の指揮下に入っている。解散するまでは言葉に気を付ける必要は無い」
「ですが……、困りましたな」
「何、卿は王国騎士団の上に行くのだろう。そうすれば私の様に爵位が上位の部下を持つ事と為る。その予行演習と思えばいい」
「は、はぁ……」
どうにもやり辛いというのが素直な答えだった。だが自身にも野心がある為、渡りに船と彼の言葉に感謝する。
「ではそうさせて頂こう。それで、何用だ?」
「はい、これからの行軍についてお話に参りました」
「これから? すでに計画は決まっているではないか」
「あくまでも計画です。領主代理の話を聞く限り王都を出立した時より事態は悪化しています。恐らくまだまだ難民は増えると考えますと、ドーソン男爵領を解放した際に領民の居ない領地が誕生してしまいます。これは上層部の意向と異なります」
計画は難民を考えて作成されていない。威風堂々とした行軍でドーソン男爵領に進入、アレン・ドーソンに対し女王陛下による御裁可を発表後ただちに一族の捕縛を行う事と為っていた。
「難民が発生した以上、ドーソン男爵は王国騎士団が動くと考えるのが定石。もしくはブラスト辺境伯が軍を差し向ける可能性も考えなければなりません」
「な、なるほど……」
年齢が倍程あるグレアの言葉には説得力があった。ついアプロットは頷いて聞き入ってしまった。
「なるほど、ではありません。恐らくドーソン男爵は一戦を覚悟している可能性があるのです」
その事を指摘されると心臓が跳ね上がる。
「一戦……、望むところといいたいのだが、混成部隊故に不安があるな」
「はい。特に我が部隊とユーラカル子爵の部隊が王国騎士団と連携出来るかどうか……」
最新装備を与えられた銃兵部隊が参加する為、王国騎士団は精鋭揃いで編成されていた。
それもあり行軍は非常に素早く、フロランス侯爵の下で指揮していたグレアの部隊も付いて行くのに苦労したほどだった。ユーラカル子爵の部隊は練度が低く度々行軍停止に追い込まれるなど、完全なお荷物だった。
「それにもう一つ不安があります」
「ドーソン男爵の部隊だな?」
「はい。あそこは山が多く、奇襲攻撃を行うには最適な地形です」
「少数精鋭で切り込んでくると?」
「はい。あそこも王国開闢以来の名家、中央貴族の一つです。いくら現当主がダメでも先代以前は非常に立派な方でした」
私設騎士団とは言え、長い歴史を持つ以上そこには伝統と家名に誇りを持つ者が少なからず存在するとグレアは考えた。現当主には失望しても、先代が残したこの家を守らんとする考えから奇抜な戦いを展開するのではないかと危惧したのだ。
「銃兵は機動力に弱い面があります。突如騎兵に襲われた場合、どう対処するか……」
「これは厳しいな……」
「はい。此方も地形を把握していますが、相手はそれ以上に詳しく地の利を活かすでしょう」
「だがゆっくりもしていられないぞ?」
「はい。明日にはここを出立し、ドーソン男爵領に入らねば為りません」
「そうだ。そこからはマルベールに向かい、陛下のお言葉を伝えなければ」
「困った事になりましたね」
グレアの言葉には三つの意味が込められていた。
一つは部隊に漂う高揚感である。銃兵が参加し、精鋭部隊との触れ込みをそのまま受け取る兵士が居る事。二つはその部隊にイレギュラーな存在が二つ加わった事による連携が未知数という事だ。三つ目が戦闘の可能性が高まった事の三点だった。
「ポールトンから情報を得るとするか」
「その方が宜しいでしょう。私はユーラカル子爵と話して参ります」
アプロットはその後ヘッケンに道中の地図とドーソン男爵領内の詳細を手に入れた。
「感謝する」
「いえいえ、私もかつてはドーソン男爵家で執事を務めていました。何卒、あの家の事をお願い申し上げます」
「そう言えば、ロットロン男爵が保護したのだったな……。分った」
「有難う御座います」
ヘッケンの想いはアプロットに伝わる。彼の想いは当主アレン・ドーソンではなく先代と先々代たちが築き上げてきたあの領地に在る。速やかな排除と財産とされる領民たちが害されない様に願ったのである。だからこそヘッケンは難民の受け入れを精力的に頑張って来た。つい十数日前までは彼等を守って来た身としてオリマッテに対し、万が一難民が発生した場合は出来る限り救うように願い出ていた。
一方、グレアはユーラカルの部屋へと向かい今後の懸念を説明し、これ以上足を引っ張るのならここで待機する様に伝えていた。
「なっ、け、卿は我が騎士団が邪魔だと申すか!?」
「そう申していない。だが、地の利は向こうに在る。王国騎士団は新編成の銃兵部隊を加え力試しを行おうとしている。そんな中、卿の部隊が引っかき回す事が無い様に忠告しているのだ」
「それは我が部隊が邪魔だと申している様なものではないか!!」
ホッテン・フレイド・ユーラカルはグレアの言葉に激昂する。そもそもの原因は行軍中度々遅れ、全軍の動きを止めた事なのだが、彼はすでに忘れているのか気にも留めていない。この国では各領地で独自の軍事力を持つ事が許されているが、軍事系財務系どちらに所属するかで練度に大きな差があった。ユーラカル子爵家は財務系に属し財務状況は良好だが、軍事に対し予算を絞ったため常備軍が少なく、訓練も経費削減を理由に殆ど行われていない。今回の討伐隊に参加した者も領内で徴兵した者が参加していた。彼等は軍事訓練など受けた事なく、突然鎧を纏わされ武器を持たされただけの農民であった。
(はっきり言えば邪魔だ。だがそれを言えばフロランス侯爵にご迷惑を……)
「邪魔なのではない。卿の部隊に明らかに練度が低い者が混じっている為危険だと申して居るのだ」
「わ、我がユーラカル騎士団を侮辱するか!!」
「侮辱はしておらん……」
グレアは「困ったものだ」と呟き、猛り狂うユーラカルの抗議は続く。その後、如何にか諌め、練度の低い者はグレアの選別でハーシュ待機とすることが決まった。
ここにはフロランスとロッダロックの間に交わされた約束からユーラカルが渋々折れた。
翌日、討伐部隊はハーシュを出発し一路ドーソン男爵領へ向け進軍する。
討伐部隊と入れ違うようにオリマッテがハーシュに帰還した。必死の形相で館に戻ったがヘッケンから出立したと伝えられ肩を落とす。
「間に合わなかったか……」
「はい。今朝方出立されました」
「これでは全てを中央に持って行かれてしまう……」
「旦那様、後を追っては如何でしょうか?」
どうするか考えているオリマッテにヘッケンが提案を行った。
「追う?」
「はい。どうやら討伐部隊はドーソン男爵領で戦闘を覚悟しているようです」
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「ドーソン男爵家の騎士団の結束力は高いのです。特に先代様への忠義に溢れる者がまだまだ残っております。彼等の事を考えますと、必死の思いで抵抗するかと」
「そこで我が部隊を参加させると言う事か?」
「その通りでございます」
ヘッケンは中央貴族の思い通りにさせるつもりは無かった。オリマッテに対する恩義と忠義はあるが、先代先々代ドーソン男爵に対する忠誠心の方が勝っている。すでに亡くなっている為、覆しようが無い事からも逆転は出来ない。騎士団にも知り合いは多数存在し、彼らがどの様に動くか手を取る様に分る。そこで彼等の犠牲を利用して、オリマッテに手柄を取らせ中央貴族の領地介入を減らそうと考えたのである。
「ロドム、どう思うか?」
「ポールトン殿のお考えに賛成です。もしロットロン騎士団が救援に駆け付けたとなればドーソン男爵領への影響力を持つ事が出来ましょう」
討伐部隊からすると微々たる戦力だが、地の利が有ると理解するロドムには勝機が在った。だがそれは自らの手足となる部下が居てこそなのだが、ヘッケンから現状を知らされ悩みだす。
「アランとダンが帰還していない?」
「はい。すでに十日近く戻っておりません」
「馬鹿な、……捜索は?」
「ウォーレンが数名を選び出して行わせています」
「そうか……」
本音を言えば自らが出向き捜索したいのだが、立場上許されないと堪える。
「どうする、ロドム?」
「いえ、彼等は戻ってくると信じています。私は部隊を編成し、ドーソン男爵領へと向かいます」
覚悟を決めた想いがロドムの目に宿っていた。二人を心配する気持ちもある。しかし、そこで思考停止させる訳にはいかないと、覚悟を決めて出陣する。
「分った。準備はヘッケンと私に任せ、お前は休め」
「旦那様、それでは」
「ここまでの強行軍で疲労が蓄積している筈だ。一日で抜けるとは思わぬが、出来る限り体を休ませろ」
「既に街道封鎖実施の為、各地で徴兵が進んでおります。ある程度の編成も出来ておりますのでご安心ください」
「……承知しました。では私は休ませて頂きます。部隊編制宜しくお願い致します」
「ああ、ゆっくりと休め」
ロドムは二人に深々と頭を下げて家に戻り、体の汚れを落とし文字通り休む事にする。
「眠れん……」
眠る事も任務と頭では分かっても未だ帰らぬアランとダンの二人を案じる気持ちが彼に睡眠を齎す事は無かった。
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毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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