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「ダン、が、頑張れ! あと少しだ!!」
「ハァ、ハァ……、アラン……」
二人は辛うじて馬にしがみ付き一路目的地へと移動する。多くの血を流し、意識が朦朧としながらも見た事を伝えなければならないという使命感に支えられ二人は歯を食いしばる。
「み、見えたぞハーシュだ!!」
「ああ、早く旦那様にお知らせ、しなけれ、ば……」
「ダン!?」
アランは馬を寄せ、意識を失い掛けている彼の後ろに飛び移り、ダンの体をしっかりと固定して手綱を握る。
「頑張れ!」
「すまない……」
「気にするな、俺達は仲間だ! 必ず助けてやる!!」
アランの言葉に安心したダンは彼の腕の中で意識を失った。それを見届けたアランは馬に鞭を入れ自らの思いを伝えた。
「帰って来なかったな」
一日経過し、ロドムは編成準備が整ったロットロン騎士団の先頭に在った。必ず帰って来ると信じたアランとダンの二人はついに戻らず、出発の時間を迎える。
「隊長、そろそろ」
「ああ、経路は頭に叩き込んであるな?」
「はい。皆も十分に」
総勢四十名からなる騎兵部隊はやる気に満ち溢れていた。
元々ヘッケンとオリマッテが準備した部隊は歩兵も合せて五百名から構成されていた。
だがロドムは騎兵のみによる高速移動こそ必要と考え、歩兵はハーシュに残す事を進言する。それを受け、オリマッテはロドムを信じ即了承する。その後、ロドムは騎兵を集め、これから進む経路を示す。それを全員がしっかりと頭に叩き込み、少しで早く駆け付ける事を目的とした。
「よかろう、ではこれより出発する。俺の考えが正しければ討伐軍の遥か前方に出る事が出来る。強行軍になるが、俺を信じ、俺の背中を見て付いてこい!」
「はっ!!」
「では出陣!!」
ロドムは愛馬の腹を蹴ると、一気に加速しハーシュを出る。討伐軍は三経路在る真ん中の街道を選択し、最短距離を進む移動速度が遅くなる事を考慮した結果だった。対してロドムは北側の街道を進み、途中でショートカットを行う予定だ。これは事前に討伐軍の速度をヘッケンが話から割り出した事でロドムの考えに繋がっている。
話は少し遡る。
孝雄実達はバラムの村で捕まえた男から事情を聴いていた。村から少し離れた大きめの小屋で行われている。
「グッ……」
「もう一度尋ねる。何故あの場で難民を煽る様な言葉と行動に出た?」
「……」
右手にこびり付いた血を振り払いウォーレンは男に尋ねる。すでに何度となく殴っている為、彼の顔は酷い有り様ながら口を開かない。それでも時間が無い為、悠長な事はしていられないと、極力行わない様に命令されていた拷問で聞き取りを行っている。
「嫌なら宿舎に戻っていいのよ」
「いや、俺は残るよ。この人は俺が意識を失わせたから」
孝雄実は望んでこの取り調べに参加した。人を再び殺めたという罪の意識も覚めやらぬまま、今度はこうして拷問を見つめる。隣に立つエレオノーラは不安そうに孝雄実を気遣った。
「ここまで殴られて口を割らんとは、お前ただの平民ではないな?」
ウォーレンの言葉に同席する者たちに緊張が走る。
「ぐっ、こ、殺せ……」
「殺すさ。お前が話した後でな」
ウォーレンは睨み付ける男の髪を掴み上げ、壁に押し付ける。そして兵士に腕を持つよう指示を出す。次に行うのは爪を剥がす事だ。それを理解するエレオンーラは孝雄実に目を逸らす様に伝える。
だが彼は目を逸らそうとはしなかった。
「ギャァァー!?」
痛みに絶叫し腕を振り払おうとするも力ある兵士に腕を拘束されては無駄な足掻きでしかない。
「話すか?」
「ぐっ……」
「ではもう一度だ」
親指から始まり人差し指、中指、薬指に小指と右手の爪は全て剥がされ、血が滴り落ちる。それでも男は口を割ろうとはしない。
「いい加減吐いたらどうだ?」
「だ、だれが……!? ギャァ!?」
男が言い終わる前にウォーレンは左指の爪を剥がす。それを男は焦りと見た。
「フ、フフ、フフフ……」
「何が可笑しい?」
「あ、ハァ、焦って、ハァハァ……、いるようだな……」
「何?」
「だ、だんだん、と……、ハァハァ、間隔、が……、短く、なっている」
その言葉にウォーレンは固まるが、平静を装う。
「焦る? 焦る意味がどこにある」
「い、今、体、硬直、した……。それが、証拠、だ……」
その言葉でウォーレンはもう一度彼の顔を殴り付ける。今度は床に倒れるほど力強く、血飛沫も尋常ではない。男はこの一撃で再び気を失った。
「ウォーレン!!」
「ハァハァ……」
「そんな思い切り殴ってはこいつから情報が!」
「分っている。だが判った事がある。こいつは王国の人間ではない」
激高し殴った事が功を奏した。慌てるエレオノーラにウォーレンは静かに話す。
「こいつは恐らく、ハバスロット帝国人だ」
「……ハバスロット帝国?」
エレオノーラは拍子抜けした口調で尋ねる。するとウォーレンは殴り付けた生々しい拳を見せる。
するとそこには血液以外に欠片のような物が張り付いていた。
「これは何かしら?」
「恐らく仮面だ」
「か、仮面?」
エレオノーラはまだ状況が呑み込めず、同じ単語を問い質すだけだが彼は気絶する男の髪を持ち上げ、顔を確認し易い様に位置を変える。
「あっ!」
エレオノーラは顔の下に褐色の肌が見えている事に気付いた。リーンスロンド王国の人間の肌色は白い。髪の色は幾つか分かれるが肌の色は統一されている。男も最初は白い肌を見せていたのだが、奥からハバスロット帝国人と分る褐色の肌が見えたのだ。
「これは凄いぞ、ぴったりとくっ付いている。剥がすのに苦労するな」
割れた部分周辺には亀裂が生じているが、それ以外は普通の肌と遜色のない見栄えだった。それをウォーレンは丁寧に剥がす。
「この程度で十分だな」
「ええ、確かにこの顔はハバスロット帝国の人間ね……」
顔付きに特徴の在るハバスロット帝国人は、聞いた通りの相貌だった。
しかし新たな謎が生じる。
「何故、ここにハバスロット帝国の人間が居る。それに何故煽る必要がある?」
ウォーレンの問い掛けに対し、すぐ答えられる者はいない。聡明なエレオノーラですら困惑した顔で男の顔を見詰めるだけだった。
「取り敢えずこの事を知らせた方がいいんじゃないかな?」
その発言に一同の視線が孝雄実に集まった。
「そ、そうだな。先ずはヘッケン殿に知らせよう」
「そうね、起こった事を含め先ずは報告に、誰が向かうの?」
「この場は俺が指揮を執る。エレオノーラ、すまないが戻ってこの事を詳しく伝えてくれ。あと近藤を連れて行け」
「分ったわ!」
その後、エレオノーラは孝雄実を伴い急ぎハーシュへと戻る。
二人が移動している頃、ハーシュではアランとダンが保護されていた。城壁に備え付けられている櫓から二人を乗せた馬がゆっくりと向かってくるのを発見したからだ。
その知らせを受け、オリマッテは急いで現場へと急行する。
「アラン! ダン!!」
動かす事も危険と判断され、医者を現場に呼び付け治療しているところに彼が姿を見せた。彼は飛び掛かる勢いで二人の前で停止する。
「だ、旦那様……」
「アラン!!」
ダンは気を失ったままだが、アランは伝えなければという一心で気を張っていた。ゆっくりと手を上げるとそれをオリマッテが両手で掴む。
「ヘ、ヘンリー一家は……、何年も前に、消滅……。ハバス……」
「はばす? おい、おいっ、アラン!!」
「領主様、なりません! 彼を揺らしてはなりませんぞ!!」
肝心な所を伝えようと頑張って来たが、アランもここで気絶した。両肩を掴み揺すり起こそうとするオリマッテを医者はすぐに注意する。
「あ、ああ、それでこの二人の容体は?」
「かなりの出血です。此方の方はすでに危篤と申し上げておきます。今気絶された方も……」
止血と消毒は出来ても輸血する技術は無い。大出血の場合は本人の生命力に賭けるしかなかった。
「そ、そんな……」
「力及ばず、申し訳ありません」
「お前の責任ではない。二人を動かしても良いのか?」
「はい。ですが、慎重にお運び下さい。後は只管回復を祈るのみです」
二人の命も重要だが、アランの言葉がより気になるオリマッテは兵士に二人を任せて館へ戻った。
「如何でしたか?」
「二人とも危険な状態だ」
沈痛な表情でヘッケンに答えるとオリマッテは椅子に腰掛ける。
「兎に角回復を待ってお話を」
「いや、アランが最後にヘンリー一家は何年も前から消滅していたと話していた。あと『はばす』と述べたところで気を失った。一体はばす、とは何なのだ……」
「はばす、ですか……。その様な単語は聞いた事が有りませんな」
ヘッケンも必死に記憶を穿り返すが、全く分からないと言った表情だった。
「しかし、一応前進はしたな」
「はい。ですが新たな謎が生まれました。ドーソン男爵は誰に襲撃を依頼したのでしょうか?」
「確かにそれは気になるところだな。あれは確かにヘンリー一家の……」
考えれば考えるほど二人の考えは混乱する。
そこで一度考えるのを止め、取り敢えず二人が戻った事を出発したロドムに知らせる為伝令を走らせた。
それから数時間後、バラムの村を出た二人が戻る。
「おお、よくぞ戻ったな」
「旦那様、至急お話する事が御座います」
「わかった、では此方へ」
エレオノーラはオリマッテの出迎えもそこそこに真剣な表情で話が有ると伝え、彼もその様子から無礼と言わず直ぐ部屋に移動する。
「難民にハバスロット帝国の人間が紛れ込んでいました」
「何っ、ハバスロット帝国だとっ!?」
「ハバスロット……、はばす……。旦那様!!」
ヘッケンはようやく謎の単語『はばす』の答えを得た。
「アランの申した『はばす』とはハバスロット帝国を指すのではありませんか?」
「そうか!! いやまて、だが何故ハバスロット帝国が……?」
孝雄実もこの場に同席しているがハッキリと言って何を話しているのか分らなかった。その為オリマッテとヘンケンが腰掛ける奥に飾られる大きな地図をぼーっと眺めていた。それは王国全土と周辺諸国を記した位置が大体わかれば良い程度の簡略図だった。それでも何がどうなっているのかは分る程度に書き込まれてある。
(ハバスロット帝国はこの山脈の向こう側、たしか越えられないってエレオノーラが話してたよな。それじゃあ此方側に入れる場所って何処にあるんだ?)
地図を右から左に見やり、進入場所を考える。
(まあ、この森が怪しいわけだが、あの森はどんだけ広いんだ?)
地図からはみ出すほど大きく大森林と書かれ、孝雄実は字を読め無いがその絵で考えていた。
(あれ、そう言えば、王都が有る方角はハバスロット帝国と繋がっているんだよな)
地図を見ると確かに街道が通っていると書き込まれていた。
(あの形は城かなんかってことだよな。するとハバスロット帝国とは敵対関係にある?)
王国でも屈指の要塞群を孝雄実は城と考えていた。
(それで此処にハバスロット帝国の人間が民衆を煽る……)
地図と睨めっこする姿の孝雄実が気になったのか、エレオノーラが話し掛ける。
丁度詰まっていたタイミングで在ったため、二人も孝雄実に注目する。
「どうしたのよ、ぞっと地図を見て」
「ああ、ハバスロット帝国の人間がどうやって来たのかなって」
「ふむ……、考えられるとすれば大森林からだな。まさかあの山脈を越える事は出来ないだろう」
「そうですな、森を抜ければこちらへ来られますが、辿り着けるとは思えません」
ヘッケンの述べた理由は簡単だった。どんなに慎重に進んでも迷う事と、あの森特有の動植物により人間は殺されてしまうとの事だった。しかし森の外円部はその限りではなく、そこに盗賊のアジトが存在する。
「だが、近藤の話も気になるな。どうやって此方に来たのか……」
「他に何かあるの?」
「んっ、あそこが王都だろ。その下に在るのは城?」
「違うわ。あれはハバスロット帝国を警戒する要塞よ」
「要塞ね。それはどこにでも在るの?」
「うーん、在るには在るけど、そこほど頑強な造りではなかった筈よ」
エレオノーラも人伝の為自信を持って孝雄実に答える事は出来なかった。
「それがそんなに気になるのかね?」
「はい。この国って横に長いじゃないですか。もし此方で騒動を起こした場合、王都から軍隊が向かわないのかなって」
孝雄実の何気ない問い掛けにヘッケンは何かを閃き、体を震わせる。
「旦那様、もしかするととんでもない事態になるやもしれません……」
僅かの間に汗を浮かび上がらせるほど尋常ならざる姿に三人は驚き固まる。
「ハァ、ハァ……、アラン……」
二人は辛うじて馬にしがみ付き一路目的地へと移動する。多くの血を流し、意識が朦朧としながらも見た事を伝えなければならないという使命感に支えられ二人は歯を食いしばる。
「み、見えたぞハーシュだ!!」
「ああ、早く旦那様にお知らせ、しなけれ、ば……」
「ダン!?」
アランは馬を寄せ、意識を失い掛けている彼の後ろに飛び移り、ダンの体をしっかりと固定して手綱を握る。
「頑張れ!」
「すまない……」
「気にするな、俺達は仲間だ! 必ず助けてやる!!」
アランの言葉に安心したダンは彼の腕の中で意識を失った。それを見届けたアランは馬に鞭を入れ自らの思いを伝えた。
「帰って来なかったな」
一日経過し、ロドムは編成準備が整ったロットロン騎士団の先頭に在った。必ず帰って来ると信じたアランとダンの二人はついに戻らず、出発の時間を迎える。
「隊長、そろそろ」
「ああ、経路は頭に叩き込んであるな?」
「はい。皆も十分に」
総勢四十名からなる騎兵部隊はやる気に満ち溢れていた。
元々ヘッケンとオリマッテが準備した部隊は歩兵も合せて五百名から構成されていた。
だがロドムは騎兵のみによる高速移動こそ必要と考え、歩兵はハーシュに残す事を進言する。それを受け、オリマッテはロドムを信じ即了承する。その後、ロドムは騎兵を集め、これから進む経路を示す。それを全員がしっかりと頭に叩き込み、少しで早く駆け付ける事を目的とした。
「よかろう、ではこれより出発する。俺の考えが正しければ討伐軍の遥か前方に出る事が出来る。強行軍になるが、俺を信じ、俺の背中を見て付いてこい!」
「はっ!!」
「では出陣!!」
ロドムは愛馬の腹を蹴ると、一気に加速しハーシュを出る。討伐軍は三経路在る真ん中の街道を選択し、最短距離を進む移動速度が遅くなる事を考慮した結果だった。対してロドムは北側の街道を進み、途中でショートカットを行う予定だ。これは事前に討伐軍の速度をヘッケンが話から割り出した事でロドムの考えに繋がっている。
話は少し遡る。
孝雄実達はバラムの村で捕まえた男から事情を聴いていた。村から少し離れた大きめの小屋で行われている。
「グッ……」
「もう一度尋ねる。何故あの場で難民を煽る様な言葉と行動に出た?」
「……」
右手にこびり付いた血を振り払いウォーレンは男に尋ねる。すでに何度となく殴っている為、彼の顔は酷い有り様ながら口を開かない。それでも時間が無い為、悠長な事はしていられないと、極力行わない様に命令されていた拷問で聞き取りを行っている。
「嫌なら宿舎に戻っていいのよ」
「いや、俺は残るよ。この人は俺が意識を失わせたから」
孝雄実は望んでこの取り調べに参加した。人を再び殺めたという罪の意識も覚めやらぬまま、今度はこうして拷問を見つめる。隣に立つエレオノーラは不安そうに孝雄実を気遣った。
「ここまで殴られて口を割らんとは、お前ただの平民ではないな?」
ウォーレンの言葉に同席する者たちに緊張が走る。
「ぐっ、こ、殺せ……」
「殺すさ。お前が話した後でな」
ウォーレンは睨み付ける男の髪を掴み上げ、壁に押し付ける。そして兵士に腕を持つよう指示を出す。次に行うのは爪を剥がす事だ。それを理解するエレオンーラは孝雄実に目を逸らす様に伝える。
だが彼は目を逸らそうとはしなかった。
「ギャァァー!?」
痛みに絶叫し腕を振り払おうとするも力ある兵士に腕を拘束されては無駄な足掻きでしかない。
「話すか?」
「ぐっ……」
「ではもう一度だ」
親指から始まり人差し指、中指、薬指に小指と右手の爪は全て剥がされ、血が滴り落ちる。それでも男は口を割ろうとはしない。
「いい加減吐いたらどうだ?」
「だ、だれが……!? ギャァ!?」
男が言い終わる前にウォーレンは左指の爪を剥がす。それを男は焦りと見た。
「フ、フフ、フフフ……」
「何が可笑しい?」
「あ、ハァ、焦って、ハァハァ……、いるようだな……」
「何?」
「だ、だんだん、と……、ハァハァ、間隔、が……、短く、なっている」
その言葉にウォーレンは固まるが、平静を装う。
「焦る? 焦る意味がどこにある」
「い、今、体、硬直、した……。それが、証拠、だ……」
その言葉でウォーレンはもう一度彼の顔を殴り付ける。今度は床に倒れるほど力強く、血飛沫も尋常ではない。男はこの一撃で再び気を失った。
「ウォーレン!!」
「ハァハァ……」
「そんな思い切り殴ってはこいつから情報が!」
「分っている。だが判った事がある。こいつは王国の人間ではない」
激高し殴った事が功を奏した。慌てるエレオノーラにウォーレンは静かに話す。
「こいつは恐らく、ハバスロット帝国人だ」
「……ハバスロット帝国?」
エレオノーラは拍子抜けした口調で尋ねる。するとウォーレンは殴り付けた生々しい拳を見せる。
するとそこには血液以外に欠片のような物が張り付いていた。
「これは何かしら?」
「恐らく仮面だ」
「か、仮面?」
エレオノーラはまだ状況が呑み込めず、同じ単語を問い質すだけだが彼は気絶する男の髪を持ち上げ、顔を確認し易い様に位置を変える。
「あっ!」
エレオノーラは顔の下に褐色の肌が見えている事に気付いた。リーンスロンド王国の人間の肌色は白い。髪の色は幾つか分かれるが肌の色は統一されている。男も最初は白い肌を見せていたのだが、奥からハバスロット帝国人と分る褐色の肌が見えたのだ。
「これは凄いぞ、ぴったりとくっ付いている。剥がすのに苦労するな」
割れた部分周辺には亀裂が生じているが、それ以外は普通の肌と遜色のない見栄えだった。それをウォーレンは丁寧に剥がす。
「この程度で十分だな」
「ええ、確かにこの顔はハバスロット帝国の人間ね……」
顔付きに特徴の在るハバスロット帝国人は、聞いた通りの相貌だった。
しかし新たな謎が生じる。
「何故、ここにハバスロット帝国の人間が居る。それに何故煽る必要がある?」
ウォーレンの問い掛けに対し、すぐ答えられる者はいない。聡明なエレオノーラですら困惑した顔で男の顔を見詰めるだけだった。
「取り敢えずこの事を知らせた方がいいんじゃないかな?」
その発言に一同の視線が孝雄実に集まった。
「そ、そうだな。先ずはヘッケン殿に知らせよう」
「そうね、起こった事を含め先ずは報告に、誰が向かうの?」
「この場は俺が指揮を執る。エレオノーラ、すまないが戻ってこの事を詳しく伝えてくれ。あと近藤を連れて行け」
「分ったわ!」
その後、エレオノーラは孝雄実を伴い急ぎハーシュへと戻る。
二人が移動している頃、ハーシュではアランとダンが保護されていた。城壁に備え付けられている櫓から二人を乗せた馬がゆっくりと向かってくるのを発見したからだ。
その知らせを受け、オリマッテは急いで現場へと急行する。
「アラン! ダン!!」
動かす事も危険と判断され、医者を現場に呼び付け治療しているところに彼が姿を見せた。彼は飛び掛かる勢いで二人の前で停止する。
「だ、旦那様……」
「アラン!!」
ダンは気を失ったままだが、アランは伝えなければという一心で気を張っていた。ゆっくりと手を上げるとそれをオリマッテが両手で掴む。
「ヘ、ヘンリー一家は……、何年も前に、消滅……。ハバス……」
「はばす? おい、おいっ、アラン!!」
「領主様、なりません! 彼を揺らしてはなりませんぞ!!」
肝心な所を伝えようと頑張って来たが、アランもここで気絶した。両肩を掴み揺すり起こそうとするオリマッテを医者はすぐに注意する。
「あ、ああ、それでこの二人の容体は?」
「かなりの出血です。此方の方はすでに危篤と申し上げておきます。今気絶された方も……」
止血と消毒は出来ても輸血する技術は無い。大出血の場合は本人の生命力に賭けるしかなかった。
「そ、そんな……」
「力及ばず、申し訳ありません」
「お前の責任ではない。二人を動かしても良いのか?」
「はい。ですが、慎重にお運び下さい。後は只管回復を祈るのみです」
二人の命も重要だが、アランの言葉がより気になるオリマッテは兵士に二人を任せて館へ戻った。
「如何でしたか?」
「二人とも危険な状態だ」
沈痛な表情でヘッケンに答えるとオリマッテは椅子に腰掛ける。
「兎に角回復を待ってお話を」
「いや、アランが最後にヘンリー一家は何年も前から消滅していたと話していた。あと『はばす』と述べたところで気を失った。一体はばす、とは何なのだ……」
「はばす、ですか……。その様な単語は聞いた事が有りませんな」
ヘッケンも必死に記憶を穿り返すが、全く分からないと言った表情だった。
「しかし、一応前進はしたな」
「はい。ですが新たな謎が生まれました。ドーソン男爵は誰に襲撃を依頼したのでしょうか?」
「確かにそれは気になるところだな。あれは確かにヘンリー一家の……」
考えれば考えるほど二人の考えは混乱する。
そこで一度考えるのを止め、取り敢えず二人が戻った事を出発したロドムに知らせる為伝令を走らせた。
それから数時間後、バラムの村を出た二人が戻る。
「おお、よくぞ戻ったな」
「旦那様、至急お話する事が御座います」
「わかった、では此方へ」
エレオノーラはオリマッテの出迎えもそこそこに真剣な表情で話が有ると伝え、彼もその様子から無礼と言わず直ぐ部屋に移動する。
「難民にハバスロット帝国の人間が紛れ込んでいました」
「何っ、ハバスロット帝国だとっ!?」
「ハバスロット……、はばす……。旦那様!!」
ヘッケンはようやく謎の単語『はばす』の答えを得た。
「アランの申した『はばす』とはハバスロット帝国を指すのではありませんか?」
「そうか!! いやまて、だが何故ハバスロット帝国が……?」
孝雄実もこの場に同席しているがハッキリと言って何を話しているのか分らなかった。その為オリマッテとヘンケンが腰掛ける奥に飾られる大きな地図をぼーっと眺めていた。それは王国全土と周辺諸国を記した位置が大体わかれば良い程度の簡略図だった。それでも何がどうなっているのかは分る程度に書き込まれてある。
(ハバスロット帝国はこの山脈の向こう側、たしか越えられないってエレオノーラが話してたよな。それじゃあ此方側に入れる場所って何処にあるんだ?)
地図を右から左に見やり、進入場所を考える。
(まあ、この森が怪しいわけだが、あの森はどんだけ広いんだ?)
地図からはみ出すほど大きく大森林と書かれ、孝雄実は字を読め無いがその絵で考えていた。
(あれ、そう言えば、王都が有る方角はハバスロット帝国と繋がっているんだよな)
地図を見ると確かに街道が通っていると書き込まれていた。
(あの形は城かなんかってことだよな。するとハバスロット帝国とは敵対関係にある?)
王国でも屈指の要塞群を孝雄実は城と考えていた。
(それで此処にハバスロット帝国の人間が民衆を煽る……)
地図と睨めっこする姿の孝雄実が気になったのか、エレオノーラが話し掛ける。
丁度詰まっていたタイミングで在ったため、二人も孝雄実に注目する。
「どうしたのよ、ぞっと地図を見て」
「ああ、ハバスロット帝国の人間がどうやって来たのかなって」
「ふむ……、考えられるとすれば大森林からだな。まさかあの山脈を越える事は出来ないだろう」
「そうですな、森を抜ければこちらへ来られますが、辿り着けるとは思えません」
ヘッケンの述べた理由は簡単だった。どんなに慎重に進んでも迷う事と、あの森特有の動植物により人間は殺されてしまうとの事だった。しかし森の外円部はその限りではなく、そこに盗賊のアジトが存在する。
「だが、近藤の話も気になるな。どうやって此方に来たのか……」
「他に何かあるの?」
「んっ、あそこが王都だろ。その下に在るのは城?」
「違うわ。あれはハバスロット帝国を警戒する要塞よ」
「要塞ね。それはどこにでも在るの?」
「うーん、在るには在るけど、そこほど頑強な造りではなかった筈よ」
エレオノーラも人伝の為自信を持って孝雄実に答える事は出来なかった。
「それがそんなに気になるのかね?」
「はい。この国って横に長いじゃないですか。もし此方で騒動を起こした場合、王都から軍隊が向かわないのかなって」
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