目覚めれば異世界へ

今野常春

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 マルベールに於ける戦いは始まっていた。
 最初に攻撃を仕掛けたのは意外にもドーソン軍だった。どの程度の力なのかを確認する意味を込めて、大将ユラルンは領民を兵士に仕立て上げ討伐軍に向けて移動させる。
 その事に討伐軍は多いに浮足立つ。

「馬鹿な、殺される様な物だぞ!!」
「しかし、やらなければ、此方に被害が出てしまう!」
「そ、そうですぞ。これ以上の被害は容認できません!!」

 ユーラカル子爵の言葉は切実だった。只でさえ予算を切り詰めた部隊を連れてきているのに、虎の子の騎士十名を喪っている以上、一人の被害も出したくないのだ。討伐軍司令官のアプリットも同様である。王国騎士団は王家の部隊であり、これ以上の損害は許容出来ない。対処法を討論する間にもゆっくりと敵は近付き、自然と緊張感が高まって来る。彼らよりも前で構える兵士は喉がカラカラに為り始めていた。

「仕方がない、ここは目の前の敵を倒す」
「よろしいのですか?」

 グレアはアプリットの考えに否と答えるつもりはない。あくまでもその考えが最終決定なのかを確認しただけだ。アプリットは大きく頷くと王国騎士団の幹部に通達し下へと命令が伝わって行く。それに合わせ、グレアとユーラカルも部下に同様の命令を下し討伐軍の行動は定まった。

「構え!!」

 最初に攻撃命令を出したのは弓兵だった。射程に収まったドーソン軍の頭上に満遍無く矢による雨が降る事と為る。その刹那、ドーソン軍は突撃命令が出された。

「駆けろ! 死にたくない者は目の前の敵に駆け、己の力で生き残れ!!」

 今まで恐怖で抑圧されていた領民兵士たちは一気に爆発し駆け始める。それに驚いた弓兵指揮官は直ちに攻撃を命じ矢は空高く舞い上がった。ところが矢の半数が外れ、倒した敵は予定の半数にも満たない。二射目を準備しようにも目と鼻の先に群がっている為弓兵の出番は此処までと司令官アプリットは判断する。

「槍!! 騎士も動くぞ!!」

 討伐軍一千名に対し、ドーソン軍は三千名(うち二千四百が領民兵)と守る相手に対し定石とは行かず、苦しい戦いが予想される。今領民を主体とした部隊を潰しても逃げ帰った元ドーソン男爵騎士団が待ち構えている。アプリットは騎士の投入は避けたいと考えたが、やむを得ない状況ではこの決断しかなかった。

 生き残りたい領民兵はとにかく討伐軍に向け突撃する。中には恐怖から精神を擦り減らされ楽に為りたいと考える者も存在し、勢いが全く弱まらないまま両軍が衝突した。案の定討伐軍は訓練通りの動きで効率よく敵を葬り去る。

「問題は無いか」
「まあ、相手は訓練を受けた事のない者たちだからな」

 グレアは戦闘が始まると思わず言葉が元に戻っていた。そこまで気にかけるほど彼も余裕が有るわけではない。

「チッ、やはり領民を使うだけでは葬り去れぬか……」

 一方、城壁上から戦況を眺めるユラルンは腕を組みながら現状の評価を下していた。元々期待してはいなかったが、ここまで容易く倒されるとは思っていなかった為「使えない」内心で悪態を吐き思わず手に力が入る。

「隊長、援護しますか?」
「駄目だ。この距離では矢は届かない。そうなると城門を開き兵を出さなければならなくなる。……」

 部下の問い掛けに対し、自らに言い聞かせる様な口調でユラルンは答えた。

 その頃、ロドムは一人マルベール付近にやって来るとこの戦況を眺めていた。

「攻城戦っ!? 何故、この期に及んで王国騎士団と戦う必要がある!」

 最早抵抗は無意味だと彼ですら分っている中、領民と思われる者を前面に押し立て、彼が最も嫌う戦いをし怒りすら覚えている。その愚か者の決断により無意味な虐殺が行われ、それを行わなければならない者たちに同情してしまう。

「これではドーソン男爵領の民が居なくなってしまうぞ……」

 基本平民は領主の所有物である。気軽に移住など出来るような環境ではない為、貴重な存在だと貴族たちは考えつつも決して口には出さない。

 暫くすると領民兵が瓦解し始める。流石に殺され過ぎた為か脅迫も意味が無くなり逃走を開始する。それに対し討伐軍は追撃を行わなかった。

「追う必要はない。もし投降すれば無碍に扱わぬと言い聞かせよ」

 アプリットは彼等について現場司令官の権限として不問に付すと決めた。そもそも望まぬ戦いに駆り出された哀れな領民という憐れみを向けている程だった。その命令により、投降を促す声明が出されると我先にと領民兵は武器を捨て討伐軍に向かった。

「この程度が限界か……」
「如何しますか?」

 ユラルンの諦めに対し、部下は人質の対処を求めた。すると彼は問答無用で斬れと命令を出し、もう後の無い元ドーソン男爵騎士団の者たちは忠実に命令を実行する。彼等はこの時点で領民と領地を守る軍隊から単なる人殺しを行う集団に為り下がってしまった。
 この行為による絶叫はマルベールを飛び出て討伐軍とロドムの耳に届いた。それは投降した彼等にも届き、今更ながら自分達が何を捕られていたのか思い出し悲嘆に暮れる。

「ここまで外道だとは……」

 アプリットは拳を強く握り締め血が滴り落ちていた。

「司令官、そろそろ部隊を近付け攻撃を行いましょう。流石に味方にも動揺が広がり始めています」
「ああ、準備は整っているな?」
「はい。戦死者から防具を脱がせたことで即席の防具も設えてありますのでこの人数でもなんとか城壁に上がる事は出来るでしょう」
「相手はどの程度残っている?」
「およそ六百名かと」

 アプリットは王国騎士団の幹部と作戦について詰める。一千名の戦力が残っていても本来なら行ってはならない戦力に決断が鈍る。ここでハーシュに向け死傷者を戻した際、銃兵部隊を付けた事を後悔する。行軍の評価だけと考えていた部隊が、あの威力を目の当たりにして以降は戦力の中核となると彼は理解している。そして、真価を発揮する場面はここだと考えていた。だがそこで嘆いても居ない部隊が現れるわけではない。

「一点集中で攻める」
「はっ!!」

 弓の数では此方に分が有り、城壁部分に居る弓兵を倒せば終わると考えている。あとは力押しで城壁を奪取し城門を解放すれば全部隊を突入出来ると言い聞かせ、幹部たちに命令を下す。

「始まるか……」

 盾を持った兵士と身を隠し後に続く弓兵が射程距離まで近付く。すでに相手からは弓が放たれ、盾に鏃が突き刺さる音が聞こえてくる。

「放てっ!!」

 ようやく距離を詰めた討伐軍の弓兵が攻撃を開始する。ここで彼我の力量が姿を見せる。
 互いの弓兵の放つ間隔と精度が違っていたのだ。

「流石王国騎士団だ!」

 ロドムは第三者の視点で両者の戦力の評価を行っていた。場所も両軍を見詰めるのに必要な位置を確保し冷静に見物を行う。領民兵無きあとは騎士団同士の戦闘である為、ロドムは思わず興奮していた。やはり戦いはこうでなければいけないと思わず言葉を漏らすほどに。

「梯子用意ー!!」

 急造梯子を数名の兵士が担ぎ、城壁に掛ける。彼等はそのまま真下で梯子を固定する役割を担う。 全部で二十の梯子が一斉に掛けられるとそれぞれに割り振られた兵士が駆け足で梯子を移動し城壁上を目指す。それをどうにか防ごうと掛けた梯子を外し、またはそうとするドーソン軍に対し、弓兵が効果的な援護射撃を行う。その為、数に勝る討伐軍の全てに万遍無く兵士を振り分ける事敵わず一部が素早く城壁に取り付いた。

「素早いな、もう城壁に上ったのか……」

 ロドムも感心する早さであっという間に城壁上の戦闘が始まると、瞬く間に討伐軍の数が増える。討伐軍一人が倒される間にドーソン軍は五人ほどが倒され、只でさえ少ない数が擦り減らされる展開にロドムも終焉が近付く事を悟る。

「城門を開けろ!!」

 上部の戦闘はほぼ終了し、騎兵が閉じられた城門前に集結していた。ここにはコーンスッド・ユーラカル両部隊の騎兵も参加し、今か今かと待ち侘びている。
 そこに城門がゆっくりと開くとすぐさま騎兵が跳び込んで行った。
 ここに来てアプリットを始めとした幹部たちも終了が近いと安堵の表情を見せる。ユーラカルも不安げな表情から安心した面持ちに変わるほど気持ちが楽に為っていた。

 だがグレアだけは彼らとは異なる感覚に見舞われていた。彼を始めとした軍人の常識から防御施設に籠る相手と叩くには三倍の兵力を用いる事とされているからだ。訓練度などにより差は生じるが、こうも脆いのかと疑ってしまうほど簡単に城壁を奪取し、城門を開けてしまった。

「何かもう一つ有るのではないのだろうか……」

 ドーソン男爵家がこうも変化した理由もその点にあるのでは、と思わず考えてしまうグレアであった。
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