目覚めれば異世界へ

今野常春

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 サラとエレオノーラは速やかに地上へと戻り、真っすぐドーソン男爵家の館へと急いだ。そして身分と緊急性から司令官アプリットとの面会を望み、その希望はすぐに叶う。

「何、地下深くにトロッコが在る?」

 護送準備を整えている最中の面会に、近くにはアレン・ドーソンが拘束された状態で椅子に座らされていた。一方、協力的なテール・オレイナーは家族と共に護衛を付けられ、一足先にハーシュへと向かっていた。

「どう言う事か説明して頂けますか?」
「ト、トロッコとは何だ? 私は地下にトロッコが在るなんて知らない」
「この期に及んで、嘘はマイナスに為りますわよ?」
「本当に知らない! お願いだ、信じてくれ!!」

 サラは丁寧な口調でドーソンに問い掛けた。すると彼は顔面蒼白となって首を横に振りながら必死で訴え、サラは追及を諦める。

「その地下に在るトロッコはどう言った代物なのだ?」
「分りません。ですが、相当古い物だったと。ねっ、エレオノーラ?」
「は、はい。確かに腐食の具合から長い間人の手が入っていないと考えられます」

 あの場所を思い出すエレオノーラはマリアンと孝雄実が別れる切っ掛けを生み出したもので忘れもしない。対してアプリットとグレア、加えてドーソンはトロッコについて話し始める。そこに二人も参加し、街の見取り図を元に地下空間を記していった。

「ここの建物の下に、この様に……、線路はこの向きでしたわね、エレオノーラ?」
「建物が……、はい。確かにこの向きで線路が伸びていました」

 サラが一直線に線路を引くと皆が一様に顔色を変える。 マリアンと孝雄実が乗ったトロッコが向かった先にはハバスロット帝国の国境線が引かれていたのだ。

「これは……」
「エルノアン男爵、至急フロランス侯爵に知らせる必要がる。ユーラカル子爵からも連絡させロッタロック侯爵も知る必要がると俺は考えている」
「確かに……。サラ・フロランス少佐、直ちにユーラカル子爵を此方へ呼び出してくれ」
「承知致しました」

 場所が場所だけに一地方という考えは捨て去らなければならないと彼等は考えた。それぞれが思いのままに書くのではなく、一致した内容を送る為一斉に報告書を作成し、その日のうちに王都へ人を送る。これが届くのはヘインゼン公爵の部下が情報を届けるのとほぼ同時に到達する。

 その頃、孝雄実とマリアンは加速の付いたトロッコにしがみ付き二人揃って恐怖を味わっていた。

「ブ、ブレーキは無いのか!?」
「無い! そもそもこれにブレーキが付いていない!!」
「そ、そんな訳あるかー!!」

 慌てる孝雄実に、マリアンも慌てて答える。すでに風で松明の火が掻き消され、暗闇も相まって二人は物凄い速さを体感している。そして、彼女の足に何かが触れ、それを持ち上げた。
 マリアンは申し訳なさそうに足下から鉄の棒を持ち上げた。

「それが、ブレーキだ!!」
「私じゃない! 私じゃない!! 落ちてたんだー!!」
「そんな事は分ってる! どうやって止めるか考えろ!!」

 二人はとにかくトロッコの減速を試みるも、一度加速の付いた物を止める術は無く、自然と止まる事を祈る他なかった。

「くそ、ずっと、下り坂が続いて止まる気配がない」
「ああ、もう諦めよう……。姉様、先立つ不孝をお許し下さい」
「ばっ、お前もう少し考えろよ! 諦めるなよ。まだ何か出来る筈だ!!」

 彼女はすでに諦めた心情に到り、手を胸の前で組みサラの顔を思い出し謝罪の言葉を述べていた。
 一方孝雄実は必死に為って暴走トロッコの停止を考える。だが、この場に停める手段が無い事は一目瞭然だった。そして次第に傾斜が大きくなり、トロッコが加速している事に気付く。それが余計に孝雄実を急かし、考えを妨害させる。

「くそっ、何か、何かないのか……」

 二人の足下にはブレーキの制御棒だった棒が落ちているだけで、それをつっかえ棒にしてもこの速度のまま脱線し二人の命は間違いなく失われる。

「この場から脱出するしかないのか……」

 追い詰められた孝雄実は発想を逆転させる。今迄はトロッコをどうにかして停めようと考えていたが、二人がここを脱出すると言う事に気付いたのだ。

「となると……」

 孝雄実は突如着ていた服を脱ぎ切り裂き始める。それを見たマリアンは首を傾げる。

「な、何をしている?」
「紐を作る」
「紐を作る!?」
「ああ、話している時間が無い。マリアンも紐を作るのに協力してくれ!!」
「あ、ああ……」

 この時マリアンは孝雄実の雰囲気に呑み込まれ死を受け入れると言う事を忘れてしまった。彼の言葉に感化され、死の間際に在る二人は異性という考えは消え去り、ただ生き残る事に必死に為る同士の感覚だった。マリアンは一瞬考えると隠すべき部分を除き紐にするべく切り裂き始める。そのお陰もあり、すぐさま太く長い紐が完成する。

「それをどうする?」
「これに縛り付けて……」

 幸運にも棒には輪っかが付いていて孝雄実はそこに紐を通し、外れない様にきつく結ぶ。それを見たマリアンはある考えに到る。

「お、お前、それをどうするつもりだ?」
「何って、これを、投げる」

 マリアンはそれに猛抗議するが、考えが脱出する事に切り替わっている孝雄実届くはずもなく、投擲の要領で頑丈そうな岩肌に投げ付ける。紐はそれほど長くはない為、すぐにマリアンを抱えるとトロッコから飛び出した。

「いくぞっ!」
「やっ、やっぱりー!!」

 かなり深くに突き刺さった棒は二人がぶら下がっても抜け落ちる事はなく、急加速地獄から脱出できたことに一先ず安堵する。しかし、新たな問題が発生する。

「マ、マリアン、これからどうしようか……」
「上るか落ちるか選ぶしかないな」
「落ちるのはちょっとな……」
「じゃあ、登るしかないぞ。ほら、あそこなら歩けるのではないか?」

 暗闇に目が慣れた彼女は真っ先にこの状況から落ち着ける場所を発見する。そこで孝雄実は抱えている彼女を先に向かわせ、その後を続く事を提案する。

「一言言っておく。絶対上を見るなよ」
「えっ、何で?」
「い、言わなくても分るだろ! 今の私はほぼ裸に近いんだ!! それを見られるのは……」
「あ、ああ、そう言う事か、分ったよ。極力見ないようにするから早く登ってくれ」
「分った。絶対だぞ。絶対だからな……」

 無言の状態で二人は紐を伝って登る。特に注意を受けた孝雄実はこの手の約束を破る事はしない。
 ふざけて言い時かどうかの分別は備わっていた。

「ふー、取り敢えずは助かったのか?」
「助かったが、この状況では本当の意味で助かったとは言えないぞ」

 取り敢えず暴走トロッコによる死亡事故は免れただけで、根本的な脱出手段がなければ意味がないと彼女は指摘する。

「それはそうだけど、ここは何処なんだ……」
「知るか、そもそもこの様な場所が在る事を誰が知っているというのだ」
「そうだけど……、あっこの奥進めそうだ」
「なら移動するしかない。私が前を進むからお前は付いてこい」
「いいのか?」
「この際仕方がないだろ。それにお前はこの様な場所を進んだ経験が有るのか?」
「いやない」

 その言葉でマリアンが前を進み、孝雄実が離れずあとに続く事が決まる。ゆっくりと慎重に進む二人は次第に心の距離を縮めていた。

「なあ、マリアンはサラの妹なんだよな?」
「そうだ。それと姉様の事を呼び捨てにするな。まあ義妹だけどな」
「そうだったな。理由って聞いても大丈夫なのか?」
「普通その手の話はデリケートな部分だから訊ねないだろ。まあ、お前なら構わないか。私は元々別の王国貴族家に生まれた。母がハバスロット帝国よりも南に位置する国から嫁いだことで偏見を持たれていたんだ」

 彼女が物心ついた時には母親は亡くなっていた。そして、彼女は使用人として幼いころから働かされていた。父はこの家の当主であり、この扱いは本来あり得ない。だが、母方が問題と為り、家のメンツとして臭い物には蓋が為されたのだ。

「そうだったのか」
「まあ、気付いた時には使用人として働いていたから私の境遇が悪いとは思わなかった。だけど、その家が没落した時だ。私の義父フロランス侯爵に救って頂いた」

 没落した理由は簡単だった。領地経営に見合わぬ出費に、穴埋めを領民から税を毟り取る事で補っていた。それに加え、領民を奴隷として出荷していた事に廃絶の理由がたったのだ。

「あの家の人間は平民に落され数年程で死んでしまった。対して私はあの日真実を聞かされ、フロランス侯爵家の娘と為った」

 彼女が娘と為った理由は知らされていない。ただサラの妹に為って欲しいと言われただけだった。

「私は妹だが年が一つ上なんだ」
「じゃあ、姉だよな、普通」
「ああ、だけど義父の考えに私は素直に従う。それに今の関係がずっと続けばいいと心から願っている」

 あの家は人間を信じる事を失わせた。そしてその影響はまだ残るものの、フロランス侯爵家の優しさとサラという義姉の存在に救われ、今のマリアンは在る。

「だからこそ私の全ては姉様とフロランス侯爵家に捧げている」

 孝雄実はそれに対して何も答えなかった。己の命を捧げることに対し理解出来なかったというのがあるからだが、その境遇に為らないと分らない心情とも考えられる為、軽々な発言は問題だと考えた。

「さて、話はもう良いだろう。漸く洞窟も終わる」

 先に歩いていたマリアンは地下空間とは思えない広々とした場所に出る事を告げた。
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